お疲れ様。そしてありがとう
スマートフォンにて失礼します。
私はこれまでの出来事を余すこと無く浅田さんに話した。彼は時折首を傾げて私に質問を投げ、私はそれらに解る範囲で回答していった。
「また報告書に書き辛い話が出て来たなぁ…」
「私も本当にそう思います…」
「え、えーと…」
何だろう、この空気。未来はそんなことを考えてるに違いない。
「ところで君が新しく手に入れたという武器は今ここで出せそうかい?」
「…どうしてです?」
「純粋な興味かな?やっぱり、そう言うのは見てみたくなるのが男の子というものさ」
「私はあまり理解できませんけど…」
「そう?私は何となく解るよ。それにあの時のお姉ちゃん格好良かったし♪」
「未来…お前ってヤツは…」
「で、どうだい?今すぐには無理そうかな?」
言われて少し悩む。果たして今ここで彼に見せても構わないかを。話してしまえば何か相談には乗ってくれるかもしれない。でも今の私は明らかに銃刀法を違反している。彼なら何かしら便宜は図ってくれるかもしれないが、どうだろうか。
「最初に言っておくと、俺はここでこのメモに記録したこと以外は話すつもりは毛頭無い。だからここからは仕事では無くプライベートとして扱ってくれていいよ」
「仕事としてどうなんですかそれは?」
「こっちは君が前にくれた情報で殆ど眠れてないんだ、少しくらい息抜きはしたい…」
「──え?それは一体…」
「まぁいいんじゃ無いお姉ちゃん?ひょっとしたら使い方のアドバイスをしてくれるかもよ?」
「…はぁ、解りました。これです」
意識を内側に向けて、自分の内側を見渡せるところに自分を置く。見渡した中から剣のシルエットが有るところに手を入れるイメージをし、そこから引き抜くことを思い描く。気が付いたら私の両手にはそれぞれ一丁ずつの剣銃が握られていた。
「また随分使いにくそうなものが出て来たものだ…」
「未来の時もそうでしたが、やっぱり今回は見えてるんですね」
「そのようだね。触ってもいいかな?」
「いいですよ」
「じゃあ遠慮無く──」
そうして浅田さんが刃に触れた途端。
「ウッ!?」
「浅田さん!?」
「っ!?いや、大丈夫。直ぐに手を離したから、問題は無い。うっぷ…」
「本当に大丈夫ですか?お水こちらです」
「ありがとう…」
そう言って浅田さんは私が差し出したコップの水を一気に飲み干した。
「ッパハ~…あぁビックリした」
「おぉ凄いよお姉ちゃん。250のペットボトルくらいの水が一息で飲み干されたよ」
「それってつまり250mlの水って事よね?大丈夫でしたか?」
「あぁ、もう大丈夫。しかしとんでもない目に遭った…」
「一体何を見たんですか?」
「やめてくれ、今は何も考えたくない…」
「あ、ごめんなさい」
浅田さんは何やら凄く深刻な顔をしている。けれど深入りはして欲しくないらしく、今回は理由を聞くことは難しそうだ。
「取り敢えず、その武器について解ったことは二つ。本人にしか扱えなさそうと言うこと。いざ警察が押収しようとしても実質本人にしか触れない。そして出し入れが自由。こっちとしてももう完全にお手上げだ」
「確かに、そうかも知れませんね…」
私は二丁の剣銃を意識の海に投げ入れるイメージをする。すると私の中に何かが沈む感覚と共に手元から剣銃が消えた。
「やっぱりそうなるか…」
「私も初めてやりましたけど、ちょつと怖いですね…」
「うーん、なんかアニメのキャラみたいで格好いいけどね?」
「確かにそんな見方も有りそうだが、警察としてはちょっとなぁ…」
「まぁそうですよねぇ…」
またなんとも言えない微妙な空気になる。目の前で起きた事実を前にお互いに言葉を選びかねている。先に口を開いたのは浅田さんだった。
「一先ず、これは俺から警察としてでは無く一人の人間としての願いだ。無茶はしないでくれ」
「?えと、済みません意味がよく…」
「これは何となくだが、明日見くん。君はこれからも何かしらの無茶をすることになると思う。それも自分から望んだことでは無く、何某かの事態に巻き込まれる形でだ」
「勘弁して下さい…」
私は本来斬った張ったは好きじゃ無い。この前のも状況が状況のためやむを得ずだった。そんな私が昨日みたいな無茶?
「いやいやナイナイ」
「あ、そう言えば何かで読んだかも。ええと確か『一度幽霊に取り憑かれた人はその後も憑かれやすくなる』だったかな?」
「…なんか不吉な予感しかしないけど、なんで?」
「一度ヤッちゃえば二度も三度も変わらないよネ♪」
「未ィィ来ゥゥ!?!?」
「まぁ、くれぐれも気を付けたまえよ」
そう言って浅田さんは椅子から立ち上がる。そして軽く咳払いをしてこう言った。
「本日は事情聴取に御協力頂きありがとうございました」
その言葉が出たことで私は浅田さんが帰ることを理解した。
「ちょっと待って下さいよ浅田さん!せめて、せめて何か生きるための助言を!」
「なら俺から贈る言葉は一つだけだ。絶対に諦めないこと。それだけだ」
「そ、そんなんで?」
「意外と大事なことだぞ?じゃあこの後は別件が有るからまた今度なぁ」
そう言って軽く手を振りながら私達に背を向けて彼は病室を出て行った。
「ん?また今度?」
「あーあ、行っちゃったかぁ。もっとお話ししたかったなぁ。ね?お姉ちゃん」
「正直ああ言うのはもう勘弁…」
また巻き込まれるとか不吉なことを言わないで欲しいよまったく。
「にしても浅田さんは何を見たのかな?」
「何をって?」
「お姉ちゃんの剣を触ったときに何か見たんだよね?だったらそれは何かな?」
「未来も触りたいとか言わないでよ?」
「い、いやぁ…そんなわけ無いじゃないかぁ…ア、アハハー」
そのリアクションを見て、私はこれまでで一番『イイ笑顔』を作った。
「未来」
「な、なに?」
「ダメだよ」
「はぁーい…」
あまり本気では無かったのか、声のトーンは下がってもあまり残念そうには感じられない返事が返ってきた。
◇ ◇ ◇
「まぐまぐモグモグ」
「むぐむぐパクパク」
昼食の時間。ある程度まで動けるまでになった未来と病院食を食べる。この前ほどお腹が空いていたわけでは無いが、やはり昨日は夕食を食べていなかったのが効いていたみたいでかなりの勢いで食が進む。
「ゴクゴクぷはー!おかわり!」
「有りません」
「えー」
未来の言葉に返事をしたのは看護師さんの安西さんだ。私の方は心配は要らないと判断して未来に付き添ってくれている。
「もーこんなんじゃ足りないよぉ、お腹いっぱい食べたーい!」
「イイから今はそれで我慢しなさい。君は見た目以上に大変なんだから」
「そんなぁー」
「あの、そんなに未来は大変なんですか?」
安西さんのその一言で心配になり、未来の状態を訊いてみる。
「別に外傷はそこまでじゃないのよ。精々擦り傷が多いくらいね」
「では内側が?」
「そう。腕の方は骨折はしてないけど相当な負荷が掛かってたみたいで、軽く罅が入ってる。脚もちょっと無理してたみたいね、裾をめくったら黒い斑点があちこちに出来てる。まだ痛いんじゃ無いの未来ちゃん?」
「未来、そうなの?」
未来にも訪ねる。
「ア、アハハー。流石にお医者さんにはばれちゃうかー」
「未来…」
「これでも昨日よりはマシになったんだ。でも動かすとまだ痛いかなぁ」
「やっぱりねぇ。そうと解ったら患者さんにはお医者さん達の言うことをキチンと聞いて貰わないとねぇ」
「あ、安西さん。お手柔らかにお願いします…」
「大丈夫だよ未来。この人達は信用できるから」
「明日見ちゃんにそう言われちゃったら応えないわけには行かないわね。二人の食器を下げるわ。その後で君達は検査ね」
「「はーい」」
未来と共に返事をする。安西さんは私達が食べ終わった食器を片付け、ワゴンに乗せて病室から出て行った。
「ねぇ未来」
「どしたの?」
「何で黙ってたの?」
「うーん…何でかなぁ…」
「私、安西さんに言われるまで解らなかった。何でそんな無理してたの?」
「うーん…強いて言えば、お姉ちゃんに心配掛けたくなかったからかな?」
「未来…」
未来は私に向けていた顔を正面に向けて語っていく。
「心配掛けたくなかった。いや、違うかも。意地、と言うのも違う気がする。いやどうだろう。お姉ちゃんが頑張ったから、私も頑張りたかった。うん。なんかそれがしっくり来る。頑張りたかったんだ。お姉ちゃんが頑張ったんだ。私も頑張らないと。大体そんな感じ。アハハ、なんか可笑しいよね。どうしてかそうとしか言えないんだ」
「……」
頑張った。言葉や字にすると曖昧で漠然としてて、何より結果が自分にしか残らない。けれど私にはそれを笑うことは出来ない。私にも覚えが有る。『誰かに出来たから私もやりたい。やったら出来るはずだ』と。私はそれが全くの見当違いだと気付くのに3年も掛かってしまった。それでも何かに頑張った3年間を私は否定したくない。
だから私は未来を嗤わない。いや寧ろ私が未来にするべきなのは──
「未来はよく頑張ったよ」
「お姉ちゃん?」
私は自分のベッドから立ち上がり、未来のベッドに腰掛けて傍に寄る。そして未来の頭を撫でながら自分の気持ちを伝える。
「昨日の未来は本当に良く頑張ったよ。それによく考えたら昨日の私は未来が居なかったら間違いなく死んでいたしね」
「あ…」
犬頭の魔物に途轍もなく強い力で噛まれた事を思い出す。あの時は咄嗟に頭を動かして狙いを逸らしたが、その結果左肩を引き千切られそうになった。その時も未来が声を掛けてくれなかったら頭から喰われていた。噛まれた後も未来に助けられた。未来が私に乗った魔物を倒してくれなかったら今の私はここに居ない。最後の巨大犬頭の魔物にしてもそうだ。未来がアイツを弱らせてくれた。私だけでは決して勝てなかった。
「だからね未来。本当にありがとう。君は私の命の恩人なんだよ」
「お姉ちゃん…」
この時の未来の心情を一言で表す言葉を私は持ち合わせていない。生きて帰ってこられた事への喜びか安堵か、または何度か殺され欠けたことを自覚したことの恐怖か。或いはもっとそれ以前から望んでいた何かが叶ったかのような。
本人の口からは何も語られない。適切な言葉が見当たらないのだろう。けれどその感情は本人の意識していない中から溢れてきている。見開いた両目から涙が出ていた。
「お、お姉ちゃぁん…」
「うん」
「怖かった…怖かったよぉ…」
「うん」
「でもね…でもね…」
「うん。うん」
「またお姉ちゃんと…ヒクッ…いっちょに遊べてっ!」
「うんうん」
「でも何だかお姉ちゃんも怖くて…グスッ…」
「あーうん」
「でも…でもね…」
「うん?」
「うれしかったの…」
きっと、最後はそこに行き着くものだったんだろう。その言葉には万感の想いが込められている気がした。
「お疲れ様。それとありがとう」
「う…ううう…うあああああああぁぁぁぁん!!!!」
「おぉーよしよし、いいこいいこ」
今まで張り詰めていたものが切れたみたいに未来は泣き出した。私はそんな未来を胸に抱いて気持ち優しく頭を撫でる。考えてみたら今までこんな事をしたことは一度も無かった気がする。今の私はキチンと姉らしいことは出来てるだろうか?これからの私はキチンと彼女の姉をやれるだろうか?
「まぁ、今はこんなんでイイか」
「うあああぁん!怖かったよぉぉぉぉ!!」
──ところで私はいつまでこうしていればいいんだろう?
結局安西さんが戻って来て検査に案内されるまで未来は泣き止むたことは無く、戻って来た後も未来は私に対して引っ付き虫となって眠るまで私から離れることは無かった。
誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。
心情や感情の描写は難しいのですね。




