また病室
スマートフォンにて失礼します。
「お…終わった?」
「…うん」
建物の中を静寂が包む。先程まであちこちが砕けたり壊れる音や銃の発砲音、そして咆哮が響いてたので、少しだけ耳に痛い静けさだ。
そして目の前には先程まで私が戦っていた巨大犬頭の骸が横たわっている。あれほど暴れていた巨体は、今はピクリとも動かない。切り落とした頸からは絶えず鮮血が流れ落ち、周囲を赤く染め上げている。
「…取り敢えず、移動、しな、きゃ…」
「お姉ちゃん?お姉ちゃん!」
──あれ?地面がこんなに
おそらく強敵を倒したことで気が抜けてしまったのだろう。そうしたらもう体を支える力はどこにも入るはずは無く。
「お姉ちゃん!しっかりしてお姉ちゃん!」
──みく?どうしたの?
こうして地面と熱いキッスすることになってもそれを自覚することも出来ず。
「ど、どうしよう…えーと…」
──へんだな、なんかくらく
加えて疲労も祟って意識も段々遠のいていく。
「だ──!だ──たす──!」
──あ、やば。ねむい
「っ!───よおね───ん!しっ────!」
意識を手放す直前に聞こえてきたのは、私の状態を見て酷く慌てる未来の声と。
──ドドドドド。ガガガガ。ガコンガコン。カンカンカン。
工事現場から聞こえてくるような機械類の出す音だった。
◇ ◇ ◇
『続いてのニュースです。昨夜月の入動物園内の工事中エリア内で大怪我を負った女子高生と女子中学生の姉妹が発見され病院に搬送されました。二人とも命に別状はありませんが、姉の方はまだ意識が戻っておらず、治療を受けているとのことです。園長の桑田健治は記者会見で『二度とこのような事態にならないよう、全力で原因を究明し再発の防止に努めたいと宣言します』との発言をし、具体的には園内の警備体制の強化などを施行して安全強化を図りたいとしているそうです』
『続いてのニュースです。本日未明千田グループ社長の千田和典の息子で月ヶ峰高校生徒会副会長の千田典明が違法薬物所持の疑いで逮捕されました。被疑者は取り調べに対して『身に覚えが無い』と容疑を否認しているとのことです』
『続いてのニュースです──』
◇ ◇ ◇
「うっ…んーん…」
朝日の光に顔が照らされ、顔全体が熱を持ったことで目が覚める。
「…見覚えのある天井だ」
目覚めて最初に目に付いたのはどこか見覚えのある清潔感満載の白い天井。そして聞こえてくる時計の秒針。ここが緑肌の魔物と戦った後に気が付いた病院の一室だと気が付くのに時間は掛からなかった。
「──あれ?」
何だかいつもより意識がハッキリしている。いつもなら朝は大分寝惚けているはずなのに。
──ウィーン
「おや?目が覚めたみたいだね」
扉を開けて入ってきたのは、前に私の担当医をした恵比寿医師だった。相変わらずの恵比寿顔とメタボ気味な腹部をしている。
「あの…私はどのくらい?」
「いいかい?先ずは落ち着いて聴いてくれたまえ」
恵比寿さんはそう言って語り出した。
「君がこの病院に搬送されて目が覚めるまで経った時間は…」
私の寝ているベッドの脇を歩きながら、ゆっくり私に顔を向けてこう言った。
「8時間だ」
…………はい?
「…え?なんて?」
「いやぁ、随分ゆっくりとお休みだったみたいだねぇ、私でもそんなにゆっくり眠れるのは年に数回あるかどうかなのに。本当に羨ましい…」
待って待って。いやいやどう言う事?え?じゃあ…
「あの…」
「ん?なんだい?」
「今…何時ですか?」
「今かい?丁度8時を過ぎた頃だよ。あぁ、学校のことは心配しなくて良いよ。何故か欠席連絡が既に通ってたからね」
「え?え?」
いや本当に理解が追い着かない。
「ちょ、ちょっと整理する時間を頂けませんか?まだ少し頭が混乱していて…」
「?別に構わないよ。取り敢えずこっちはご家族の方と、後警察の方にも連絡しなきゃいけないからね。そうそう、妹さんはそっちのベッドに居るから安心してね」
「あ、はい」
恵比寿さんの顔を向けた方向に視線を向けると、安らかな顔で静かに寝息を立てる未来の姿があった。
そっか。未来は無事だったんだ。良かった。
「それじゃごゆっくり~」
──ウィーン
あの扉ってそんな音してたっけ?そんな詮無いことを一瞬だけ考えて記憶の整理に入る。
動物園。
未来と一緒に学校サボり。
おかしな空間。
異界。
二足歩行の犬。
魔物。
休みたくて。
それで…それで…。
そうだ、武器。あの時の剣銃はどうしたんだ?
「うげっ…」
わかる。ここには無いがハッキリ近くに在ることが何となく解る。その気になれば直ぐにでも手に取れそうな感覚。いや実際に直ぐに手に取れる。何故かは解らないが解る。力は直ぐそこに在る。
「浅田さんになんて相談しよう…」
こればかりはもうどうしようも無い気がする。なんかあの人の前で隠し事は無理そうだ。
記憶の整理に戻る。
後残ってるのは、噛まれたこと。そうだった、危うく頭から喰われそうになってたっけ。
檻の中で休んで、目が覚めたら未来が喰われそうになってて、私が逃がして、その巨大犬頭と戦って、何とかして勝って。
そこで記憶は途切れてる。次の瞬間には目が覚めている感じだ。
「じゃあ、今は?」
何とか腕を動かそうと体に力を入れる。多少ぎこちなさは有るものの、あっさり体は動いてくれた。
「大分慣れてきたって事?」
それならと思い切って上体を起こしてみる。身体中に筋肉痛みたいな痛みが走るが、何とか起き上がれた。
向かって右に未来のベッドとその荷物。向かって左側に私の荷物が有る。私の鞄からスマートフォンを取り出してSNSや諸々のニュースサイトを巡回する。
『怪奇!神隠しからの帰還か!?』
『立入禁止区域で女子中高生が大怪我!管理側の不手際か!?』
『千田グループ長男逮捕!違法薬物所持の疑い』
『千田グループは崩壊か!?諸々の黒い噂が今明らかに!』
大体こんな調子の見出しが長々と続いた居る。千田ねぇ、千田千田。
「え!?あの千田!?」
「う…うぅーん…」
しまった未来がグズりだした。と言うのは冗談で、ちょっと五月蝿くし過ぎたかもしれない。起きてきたら謝ろう。
「んー…あれ?ここは?」
「あ、起きた?ごめんね、五月蝿くしちゃって」
「お姉ちゃん…?」
「そうよ、未来の明日見お姉ちゃんよ」
「お姉ちゃん…お姉ちゃん!」
寝惚け目だった未来が一気に目を醒ました。
「おねえ──ッァグ!?」
「あぁコラコラ、あんまり急に動かないの」
私の無事を確かめようとして、起き上がろうとした未来だったが──どこか怪我をしているのだろう──それは叶わなかった。結果として未来はベッドの中から私を見上げるカタチとなった。
「イテテ…ここって?」
「病院よ。前に私が搬送された」
「じゃあ私もお姉ちゃんに続いて病室デビュー?」
「デビューて、スポーツ選手とかじゃ有るまいし…」
「だってお姉ちゃんが病室でぬくぬくしてるのがなんか羨ましくて…」
「羨ましがらないでよお願いだから…」
「勿論冗談だヨ♪」
「コイツ…」
なんかどっと疲れた。すっかり普段通りの未来に戻っている気がする。
そっちがその気なら私も普段通りにやりますか。そう思ってスマートフォンのアプリゲームを起動する。
「あれ?お姉ちゃん音ゲーなんてやってたの?」
「あぁうん。こっちの方がなんか肌に合ってるみたいでね、今なんかこんな感じよ」
そう言ってプロフィール画面を未来に見せる。
「現在イベント進行アンド周回中。メイン全曲全難易度フルコンボ達成。ガチャはイベント限定を除いて全取得アンド限凸済み!どうよ!」
「…何がすごいのかは解らないけど、なんか大きな数字がいっぱいですごいことは解った」
「…まぁそんな理解でいいわ」
クソ!誰かに見せる機会があったら思いっきり自慢してやろうと思ったのにこのゲームを知らない未来に何を言ってもこの反応が来ることは解ってたはずなのにそれでも誰かに自慢したかった私ィ!!
「どしたのお姉ちゃん、なんか凄い百面相してたよ」
「何でもないわ」
「あ、そう」
そう言って私はログインボーナスをプレゼントボックスから受け取り、スタミナの消化に入った。
「あ、曲可愛い」
「でしょ?」
そんな他愛ない会話を交わしながらも、私の手つきは鈍ること無くノードをタップしていく。ヨシ!今回もフルコンボ!
「ガッツポーズお姉ちゃんカワイイ♪」
「うっ…いいじゃん別に…」
「うんうんイイヨイイヨー」
「もう…ウフフッ」
「アハハッ」
そしてどちらからとも無く笑い出す。前の私からは考えられないほどの穏やかな時間がここにはあった。
それからは動物園での感想の言い合いになった。アレが可愛かった、アレ格好良かった、飼ってみたい、友達になりたい、生まれ変わったらどれになりたい?などのそんな話が続く。私?ダチョウ。
そして最後はこの話題に行き着いた。
「本当に帰ってきたんだね、私達」
「うん、そうだよ」
「夢じゃ、無かったんだよね?」
「うん、アレは夢なんかじゃ無い」
「お姉ちゃんは…」
「うん…」
「怖くなかった?」
「怖かった。一人だともう泣いちゃってたかもね」
「じゃあ…あの時も?」
「うん…」
あの時とはおそらく、私が最初に迷い込んだ異界のことを言っているのだろう。
「ゲームセンターで遊んでたら急に男の人に連れ去られて、いやぁビックリしたなぁ…」
「え、そんなことになってたの!?」
「あれ?ひょっとして未来達は何も聞いてない?」
「うん初耳」
諸々の事情を伏せていたのか?だとしたら誰がなんで?
「連れ去られたら手足をビニールテープで拘束されて、アイツらが目を離している隙に何とか脱け出して、鞄に入ってた短剣を取って、無我夢中で逃げた」
「それでそれで」
「あとはこの前話したとおり。いつの間にか異界に居て、そしてそこの魔物と戦って、そんでもって死にかけた。その後は未来の知っての通りよ」
あの時のことは思い出す度に体が震えてくる。周りの至る所から剥き出しの殺意に晒されて、段々追い詰められて、最後には動けなくなりトドメを刺されそうになった。
最近は先輩が死んだ日のことよりもこの時の夢を見ることが増えたと思う。今でも忘れられないのはどちらも同じ筈なのに。
「でもだとしたら何なんだろうね?」
「と言うと?」
「お姉ちゃんを助けた誰かさん」
「それはもう本当に何も思い出せないんだ…本当に何でなんだ?」
二人して私を助けた何者かに思いを馳せる。私を助けた誰か。あの異界に居ても問題なく戦える強さを持つ誰か。死にかけている人間を助けられるだけの能力を持つ誰か。
「本当に誰なんだろう…」
──トントン
唐突に、病室の扉がノックされる音が聞こえた来た。
「?はーい、どちら様で?」
『浅田だ。入っても構わないかな?』
「あ、浅田さん。いいですよ。どうぞお入り下さい」
『じゃあ失礼するよ』
──ウィーン
「数日振りだね、明日見くん。それと妹さんは初めまして」
「あ、昨日お姉ちゃんが電話してた声」
「コラ未来。済みません、そしてお久しぶりです。なんか感覚的にそう感じてしまうみたいで…」
「いや、それについては無理も無いと思う。改めて報告と、それから君たちの話を聞きたい」
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