目覚め後死闘
スマートフォンにて失礼します。
金縛りと似たような感覚と共に意識が覚醒する。無理矢理目を開けて周囲を見回しても朧気にしか認識できない。
でも音と地面に伝わる振動はハッキリ認識できた。
「ぉ…ねぇ…ちゃ…」
「GRRRRRRR…」
──未来!
未来の声を聴いて無理矢理にでも意識を目覚めさせる。そして私は瞬時に状況確認に努める。
今見えているのは壊された壁、歪んだ檻、砕かれたコンクリート。視線を下の方に向けると随分とボロボロになった服を纏う私の体。右には壁。左を向くと巨大な体躯。未来の声はその向こうから聞こえてきた。
地面に未来の姿は見えない。持ち上げられてる?どうやって?そんなの解りきっている!
「その汚い手を離せ!!!この犬っころがあああああああああああ!!!!!!」
左手に持った剣銃をその巨体の脚に向けて発砲する。
──ズダァアン!!!
「GRAAAAAAANNNNN!?!?!?!?」
「ッ痛!ケホッケホッ!」
つい感情的になり女性らしくない言葉を発してしまった。反省反省。
撃ち出された銃弾は狙い違わず巨体の左足を撃ち抜いた。発砲音の割に私には全く反動が無く、まるでサバイバルゲーム用のエアガンを撃っているような気さえした。でもそれがもたらした結果は確かなもので、ソイツは撃ち抜かれた左脚を庇うように蹲っていた。右腕に捕まれていた未来は、早々に私の方へ避難している。
「未来…大丈夫だった?」
「凄く痛かったしもう死んじゃうかと思ったけどお姉ちゃんのおかげで平気。立てる?」
「何とか…」
両手に持った剣銃を支えに何とか立ち上がる。未来は私の武器を見て目を見開いた。
「お姉ちゃんそれ…」
「話は後で。今はこの状況を何とかしないと」
ソイツは撃ち抜かれた脚を気に掛けるそぶりをしながら立ち上がる。2mを超えそうな巨躯に丸太のように太い手足。それを構成する筋肉も逞しく、支える骨も丈夫に違いないだろう。
「GRRRRRRR.....」
呻り声と共に振り返る。見た目は今まで見てきた犬頭の魔物と似ているけど、何より放ってくる威圧感が圧倒的だ。並の精神力ではソイツを目にした途端立って居られ無くなりそうになる。
「スゥー…ハァー…」
気持ちを落ち着けるために深呼吸をする。当然私もヤツの気に当てられている。それに加えて先程の銃撃で『何か』が体から抜けた感覚が有り、上手く体に力が入れられない。それでも意地で剣銃の切っ先と銃口をヤツに向けている。
「……」
「GRRR...」
睨み合う。今は互いにこれからの動作を読み合っている。向こうは先程攻撃したのは私であることに気付いている。しかしどのような動作から引き起こされた攻撃なのかが解らないため、下手な動きが出来ない状況だ。
一方私はヤツの脚を壊したとは言え、まだ全身が凶器であることに変わりないと考える。あの小さな犬頭でさえあれだけの力を持っていたから尚更油断できない。少しでもこの睨み合いが続くことを願う。そうすればこっちの体力を回復させる時間を少しでも稼ぐことが出来るからだ。最も、それは相手も同じらしい。銃弾は貫通しているため、傷を塞ぐのは簡単だったらしい。いつの間にか出血が止まっているのが見えた。
「GUARAAAA!!!!」
「未来!離れて!」
先に動いたのは巨大犬頭の魔物だった。未来は私の声と同時に戦域を離脱。犬頭は右手を振り上げて私に掴みかかろうとする。私はヤツの動きに沿って剣を傾ける。
──スッ
そんな音が聞こえそうなくらい綺麗に刃が入った。
「でも浅い!」
私の剣銃は犬頭にも有効なことが解った。でもヤツも本能で理解したのか、剣が入ったと同時に右腕の軌道を逸らして私の後ろ側の壁を叩いた。
──ドゴォォォン!!
人生で初の壁ドンを経験した。シチュエーションとしては全く嬉しくないし、命の危険しか感じない。どうせされるなら灰田先輩が良かった。
私はヤツの右腕が壁にめり込んでいる隙に剣銃を振る。しかし瞬時に立て直した犬頭はバックステップでそれを回避する。結構素早い。
戦闘は振り出しに戻り、再び睨み合いが始まる。私を捕まえようとした右腕は傷が浅いため動きに支障は無さそうだ。対して私はそこそこ体力も回復したため、多少派手に動いても問題ないと判断する。
「よっほっ!」
相手の攻撃はとにかく速い。ならジグザグに動きながら接近すれば懐に入れるだろうと踏んだ。
が、この手の駆け引きにとにかく疎い私はこの後どう動けばいいかを失念していた。
「GRRAA!!」
「ひょえっ!?」
この結果私は見事に動きを読まれ、ステップ先に攻撃が飛んできてしまった。咄嗟に左手に持った剣銃で防げたのは良かったと言えるかもしれない。
──だったら左脚!
今度はキチンと狙いを定めて攻撃を行う。先程銃撃で負傷させた左脚。どうもその辺りを異様に気にしているようだ。考えてみたら先程の壁ドンも本来だったらもっと勢いが強かったように見える。
先に潰しておいて本当に良かった。
「GU!?」
狙い通りヤツは左脚を庇う姿勢を取る。そしてヤツの利き腕であろう右腕が私を捉えようと唸りを上げる。ヤツの背が高いせいで私の攻撃が届かないからヤツが攻撃したタイミングしか腕にダメージを与える術が無いのが私を焦らせる。銃撃すればいいとも思ったが、未来を助ける際に撃った弾丸が思いの外強力で、しかも発砲後は何故か異様に疲労する。正直銃撃の度にそのような状態になったら話にならない。
そんなことを考えている内にヤツの腕が大砲の砲弾のような速度で撃ち出される。
──ここ!
一瞬身を屈めてやり過ごし、右手の剣銃をヤツの腕に対して刃が水平になるように立て、そして左手の剣銃を下から振り上げる。
──ドン!ダン!
重い肉が地面に落ちる音が鳴る。ヤツが右腕を失って狼狽えている隙に振り上げた左手の剣銃を左脚に振り下ろす。
しかしヤツは直ぐに復帰してステップを踏んで私から距離を取る。
直ぐに追撃。けれど右手の剣銃も左手の剣銃も巨体に見合わない身軽なステップで簡単に避けられてしまう。
ここまで来ると相手も体の動かし方に慣れてきたのか、ステップの速度や跳躍距離も伸びてきて私の速度ではもう追いつけなくなる。
そして再び距離を取っての睨み合い。
──ええい!一か八か!
こういうときの私は我慢が利かないらしい。ヤツの左脚に向かって駆け出す。私を迎え撃とうとしてか、左腕を突き出そうとする構えを取る。左脚はガラ空き。
──これなら!
右手の剣銃を振り上げ、その瞬間ヤツの左脚に向かって銃撃。
──タン!
何故か今回は音が軽い。反動も無いため故障かと思いながら剣銃を振り下ろす構えを取る。けれどどうやらヤツにはキチンとダメージは入っていたらしい。怯んでいる隙に左脚に剣を振り下ろす。ギリギリで避けられてしまい、浅く斬るに留まる。それでも太腿に入ったようで、かなりの出血を確認できた。
──後はこのまま一気に倒す!
そう考えた刹那だった。
「NNNNN....」
「?何?」
ヤツはその場で立ち止まって、鼻から思い切り息を吸い込んでいる。一体何を考えている?まぁ、とにかくその邪魔な脚を──
「GOOOOOOOOOOOOOWWWWWWWWWW!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「がぁふっ!?」
大咆哮。
空気が爆発した。比喩では無く本当にそんな衝撃が私を襲った。ヤツに切り込むために急接近していた私は至近距離でそれを喰らってしまい、反対側の壁まで吹き飛ばされ叩き付けられた。一瞬だけだったが意識が飛び、地面に崩れ落ちる。
──早く、早く立たないと!
そう思っていても体が思うように動かせない。焦りだけが募る。
「GRRR....」
小さく呻り声を上げたかと思うと、私に背を向ける。何で?私にトドメを刺すなら今がチャンスだと思うのに。
私がそう考えていた時、ヤツはまた思いがけない行動に出る。
「NNGRRR...」
部屋の隅。建物を支える柱を掴む。いやいやまさかね…。
「GGGRRRAAAA!!!!」
──メリメリガラガラバキィ!
「うそん…」
ヤツはこの建物の柱を力任せにもぎ取った。そしてそれを大きく振りかぶり──
「──やば」
こちらに向かって力任せに思い切り振り下ろす。咄嗟の判断で横に転がって避けたものの、振り下ろされた衝撃でまた壁に吹き飛ばされる。
「ぅあ!」
飛びそうになる意識を何とか気力だけで繋ぎ止めて攻撃地点を見る。
「うげ…」
壁が完全に破壊されている。外へ逃げるならここからかもしれないが、今は相手が悪い。そう言えば未来はどこへ逃げたのだろう。壁破壊の衝撃に巻き込まれていないといいが。
──って言うかいい加減立ち上がれ!また次が来る!
適当に何も無さそうな空間に向かって転がる。その際に手にした剣銃を巨大犬頭に向けて何発か発砲。微かに怯んで攻撃地点が私から少しだけ逸れる。
──ゴガァアアン!!!
「──っく!」
今度は先程より威力が控えめの打撃になった。先の発砲で威力が下がったと思うことにする。それに今の一撃では柱が壊れたみたいだ。衝撃で一瞬体が地面から浮かび上がったのを利用し、隙間に足を入れて何とか立ち上がる。崩れた壁とは正反対の位置に移動してしまったようだ。
「マズいわねこれ…」
思わず呟いてしまったが本当にマズい。
もう私自身が体力や気力が限界に来ているため、次の瞬間にはヤツの目の前で倒れたしまいかねない。おまけにヤツは五体満足とは行かないにしろ、その戦闘能力は健在。試しに何発かヤツの左脚に向かって発砲するも、簡単に避けられてしまい距離を空けられる。そして発砲する度に私の意識に重石が乗せられていく。もう下手に弾なんて撃てない。
──まだよ。まだ諦めるわけには行かない!
それでも今の私に出来るのは立ち続けることだけ。それも意地だけで成していること。長続きしないのは誰が見ても明らかだった。
──それでも諦めるものか!
巨大犬頭が身を屈める。きっと次の瞬間には私は押し倒されて頭から喰われるに違いない。そんな未来が鮮明に見えてしまい、思わず目を瞑りたくなる。それでも私は最後の意地でヤツを睨み返す。
ふとヤツが身を屈めた向こうを見てみると、何か筒のようなものを口に咥えた未来の姿が見える。その正体を理解した私は──
「未来!撃って!」
「ッフ!」
──トスッ
そんな音がヤツの脚から聞こえてきた。
「GRUA...?」
『何が起きた?』と奴は言っている気がした。効果が表れるまではまだ少し時間が掛かりそうだ。
「どうしたの?さっさと来なよ…」
正直今の私にもうそこまで動く力は残っていない。だったら向こうからきてもらった方がやりやすい。相手は何か探るような目つきをしているが、こっちが手負いと見るや否やその巨体に見合わない速度で接近して腕を振り上げる。直撃したら私もただでは済まないだろう。
でも先ほどより格段に動きが鈍く、大雑把になってきている。
「――シッ!」
悲鳴を上げる足腰に活を入れて何とか身をかがめて避ける。片腕だけのソイツは腕を振った勢いで軽く体勢を崩す。
その隙に剣を振る。今度は深く入った。奴も怯んで距離を取ろうとするがうまく体を動かせないらしい。
――思ったより効くのが早い。
先ほど未来が撃ったのは吹き矢タイプの麻酔。動物園では脱走した動物の捕獲に用いられるものだが、未来が目聡く発見していたらしい。
奴はもう先ほどのように動けないと悟るとまだ残っている腕と動かせる足を駆使して私に接近戦を挑む。
対する私は武器が手に馴染んでもまだそれを扱うスキルが無く、何故か強化された感覚だけを頼りに奴の攻撃をそらしたり迎撃したりで防戦一方の状態。
蹴り、爪、たまに牙、足、拳、あらゆる方向から様々なタイプの攻撃が私に向かってくる。私はそれに対して武器を当てて弾いたり逸らしたりと言ったことしか出来ず、迎撃手段に乏しい。そのためたまに攻撃が掠り、その度に意識が飛びそうな痛みが走るがここで飛んだらそれこそお終いなため維持だけで意識を繋ぐ。その意地もあとどれくらい持つか解らないが、持たせらるのなら持たせるしかない。
今になっても相手の方がまだ強い。向こうは客観的に見ても満身創痍なのにそれでも動きの切れを失わず、それどころか時間を追うごとに段々鋭くなって段々此方の対応が追い付かなくなってくる。
逆に此方は消耗する一方だ。本当の所、今この場で立っているだけでもやっとだと思っている所で相手の猛攻を凌いでいる。度々攻撃を攻撃を受けて意識が飛びそうになるのをこらえ、それでも最後まで諦めるものかと食らいつく。顔に喰らって目が霞む。足に当たってバランスが崩れそうになる。腕を殴られて武器を取り落としそうになる。もはや相手の攻撃を視覚や聴覚だけでとらえることは不可能に思えてきた。
――まだだ!まだ諦めるものか!
目は殆ど見えないし、耳も音を捉えにくくなっている。それでも肌感覚は生きている。私は必死になってまだ使える感覚を頼りに相手の猛攻を凌ぐ。不思議なことに、これ以降は相手の攻撃をほとんど受けることが無くなった。拳に柄を当てる。振られる腕を剣で斬る。跳び上がる脚を銃弾で押し戻す。軌跡を描いて飛んでくる爪を切払う。迫りくる牙に剣を噛ませる。
今の私はどこからどのような攻撃が来て、どう防げばいいのかが感覚で解っていた。相手のリードに合わせてそれに合うステップを踏む。たまに動きが変わっても慌てる事無くそれに合わせて動く。慣れとはまた違う境地に至る。不思議な高揚感を感じる。ダンスを踊っている気分に近い。
――まだ終わりたくない。
それは自身の生命の終わりに対するモノだけではなく、祭りのような高揚を、そこで踊り狂う快感を終わらせたくないという凡そ命のやり取りの中で感じるはずの無い場違いな昂ぶりも含まれていた。
けれど終わりは唐突に訪れる。
「―フッ!」
――トス
「G!?..RUA?...」
未来が二発目の麻酔針を傷口に命中させた。さすがに2発も喰らえば立って戦うことが出来ないみたいで、その場で崩れ落ちる。
そして私は迫りくる犬頭の首に向かって両手の剣を振る。
「…私達の勝ちだ」
そう言って私はヤツの首をを斬り、その巨体は大きな音を立てて倒れた。
誤字脱字などの報告があればよろしくお願い。します。用語集はもう暫くお待ち下さい。




