驕り
スマートフォンにて失礼します。
奥から犬頭が走ってくる。数は2。一方が私で、もう一方が未来を狙ってる。
「フッ!」
左腕の痛覚を気合で遮断しながら未来を狙っている一体の射線に入る。私を狙った一体の攻撃を避けつつ未来狙いの一体に狙いを定め、相手の勢いをそのままに、右手の短剣を振り抜き犬頭の脇腹を開く。私を狙った方は今度は未来に狙いを定めて駆けようとするが、その前に私の短剣がヤツの後ろ頭に突き刺さり絶命した。
空気を斬っているみたいに抵抗無く相手を斬れる短剣は、振ったあとに殆ど隙を晒すこと無く復帰できるのが強みだった。そのおかげで私は未来が襲われる前に奴を倒すことが出来た。
「まだ3体」
「あとどれくらい?」
「さぁ、どれくらいかしらね」
まだまだ始まったばかりだ。早く終わらせたい。また2体走ってくる。今度は2体とも未来を狙ってる。タイミングをずらして飛び掛かってきた。先に来たのに短剣を軽く振って牽制。後から来たのを相手の勢いのまま両断。やはり殆ど手応え無く絶命。しかし──
「うっ!」
「未来!」
やはり勢いまでは殺せていない。倒した一体の死体はそのまま肉の砲弾となって飛んでくる。私ほどでは無いが未来も怪我を負った。でも今はそっちに気を取られている暇は無い。
「Gurrrr...」
先に飛んできたのは私が振った短剣で目蓋が切れたのか、いつも以上に慎重な足運びになっている。
「ッハ!」
チャンスと思って短剣を構えて手負いの犬頭に駆ける。そしてその勢いに任せて短剣を振り下ろす。
──取った!
けれど相手に短剣が届いたと思った瞬間。
「Guu!!」
まるでこちらの全部が見えているみたいに後に跳んで避けた。
「──!」
流石に予想外の事で、何とか斬擊を相手に届かせようと追い縋る。
「この!この!この!」
しかし犬頭は私の攻撃を全て、それもギリギリ当たるか当たらないかという絶妙な間合いを保って避ける。いつの間にか後に居る未来と距離が離れてしまっているが、頭に血が上った私は気がつかなかった。
だからこんな致命的なミスを簡単に犯す。
「お姉ちゃん!こっち来てる!!」
「ハッ!?」
気がつけば私は二階へ続く階段のところに差し掛かっており、犬頭たちは私という障害が無くなったのを見て未来を狩ろうと走り出していた。数は3。他に気配は無い。どうやらこれで全部みたい。
私は急いで未来の元へ引き返す。向こうはもちろん速い。中には壁まで走って狙いを付けさせないヤツもいる。先ずは殿の一体に走りながら短剣を振る。延髄を斬ったらしく、そのまま倒れる。2体目をとにかく目に付いた部位を斬る。脚と腰をまとめて斬ったようで、苦しげに崩れ落ちる。最後は先頭の一体。苦しげな仲間に構うこと無く、未来に向かって飛び掛かった。
「未来!構えて!」
「え!?えぇえ!」
犬頭の牙が未来の体を捉える前にヤツの武器だった棍棒を横に構える未来。ヤツの牙は未来に届く寸前に武器を噛み締める。未来はその勢いのまま押し倒される。
「Garrr!!!Garrr!!!!!」
「お姉ちゃん!早く!!」
押し倒された未来は噛まれたくない一心で、渾身の力で武器をヤツの口に押し返し続ける。ヤツも力任せに武器を噛み千切ろうとして顎に力を込める。ミシミシと何かがきしむ音が聞こえる。
その間も私は急いで未来に近付く。短剣を構えて振り抜く。
「お姉ちゃん!」
「ハッ!」
短剣が相手の項を切り裂く。勢い良く走った私は躓き犬頭と共に未来に倒れ込む。
「グエッ!?」
「う、ゴメン未来」
急いで未来の上からどく。
「怪我は無い?」
「大したことは──お姉ちゃん後ろ!」
「──!ガァッ!?」
私が目蓋を斬った犬頭が未来を助けて油断したところを後ろから押し倒した。身構える暇が無かった私はその勢いを殺すことが出来ず顔面を地面に強打する。そして──
「GaU!!!」
「ぐぁあああああああああああああああああああ!!!!!!」
「お姉ちゃん!」
犬頭はその鋭い牙の全てを使って私の肩に噛み付いた。しかもただ噛み付くだけじゃ無い。噛み付いたまま頭を振って傷口を広げたり、また別のところに噛み付いて私の肩を引き千切ろうとする。首じゃ無くて良かったが、段々そこにも近付いているように感じるのは気のせいでは無いと思う。私は何とか抜けだそうと藻掻くが、相手も捕まえた獲物が抜け出さないように全体重を乗せて拘束している。状況は絶望的だ。
「あああ!!あああぁあああ!!!!があああああ!!!!」
「ッ!お姉ちゃんから離れろ!」
「Gu!?」
未来は手にした棍棒で私に噛み付いている犬頭の後頭部を打つ。一瞬力が緩んだ気がするが、直ぐにまた肩に力が込められる。
「この!離れて!やめて!離れてよ!」
未来は何度も犬頭の後頭部を手にした棍棒で打つ。何度も、何度も、何度も。その内私に噛み付く力が完全に抜けた。それでも未来は棍棒を振り続けた。
「この!この!このぉ!離れろよ!いい加減離れろよぉおお!!!」
「…み…く」
未来の声には悲鳴が混ざっていた。私はそこにどんな感情が込められているかはよく解らないが、私の声が聞こえていないところを見るに、相当激しいものなのは解った。未来、もう大丈夫だよ。そう伝えたいのに上手く喋れないし、そもそも今の未来に私の声は届くのだろうか?
「フッ!ヘァッ!!ハァッ!!!」
──バキッ!コンコン。
文字にするとこのように表せそうな音が廊下に響いた。恐らく未来の持ってた棍棒が限界を迎えて折れたんだと思う。そんなに脆かっただろうかと思ったけど、よく考えたらあの犬頭に噛み付かれた時にすごい音がしていたと思う。結構重たくて強度もあったはずだが、ヤツの咬合力の前だと口枷にもならないらしい。きっと壊れるのも時間の問題だったんだ。
「ハァハァハァ…」
未来も今ので漸く落ち着きを取り戻したらしい。『もう大丈夫』と頭を撫でたいのにろくに体を動かせない自分が恨めしい。
「ぁぁぁ…ぁぁぁぁ…」
「みく…もう…」
大丈夫。そう言葉にしようとした。
──ドン!!!ドン!!!!
「「──!?」」
何か大きな気配が外に居る。今まで気が付かなかった。扉は?大丈夫なのか?そもそもどうして?疑問は尽きない。でも今解るのは──
「お、お姉ちゃん…」
「みく…にげるよ…」
──ドン!!!ガン!!!
そうとしか言えなかった。現状を打開する術は私達には何も無く、ただこの後起こる未来を先延ばしにすることくらいしか出来なくて──
「…うん、行こうお姉ちゃん」
「みく?」
「これくらいしか出来ないから…」
未来は俯せになった私の上に乗っている犬頭の魔物を何とかどかして、無事な私の右腕を引っ張って起き上がらせる。
──ガン!!!!バン!!!!
「こっちだよね?」
「そう、そっち…」
私は未来に肩を貸して貰って檻を目指す。道中は私が殺してきた犬頭の魔物の死体で溢れている。脚と腰を両断された魔物は出血が多すぎたのかもう動かない。
「…ごめんね」
「お姉ちゃん?」
「やすもうなんて……ここにいこうなんていって……」
「大丈夫、大丈夫だから。お姉ちゃんは悪くないから」
「ごめん…ごめんね…」
口から出て来るのは誰に向けたのかも解らない謝罪の言葉。口をついて出てくるそれは後悔の念で溢れている。
──ドガン!!!バギャン!!!!
「もう少し、もう少しだからね。諦めちゃダメだからね」
「うん…」
あの檻の中に入ればまだ安全だろうか?でも外から聞こえてくるあの感じだと、気休めにもならない気がする。
「着いたよ!さぁ入ろう!」
開けっぱなしの格子戸から未来と共に檻の中に入る。ヤツ等が出て来たときに開いたものみたいで、入るのは楽に出来た。
未来は私を壁際にそっと降ろして寝かせる。
──ドギン!!!!ギャガン!!!!
建物の入り口はとにかく頑丈に造っていたためか、相当強い力で叩かれているにもかかわらず、中々壊れる気配を見せない。でも扉は丈夫でも周りはそうでも無いみたいで、少しずつ崩壊する音が遠くから聞こえてくる。
「ぃよいっしょ!!」
未来は内側から格子戸を閉めて器用に鍵を掛けた。本来は外側にあるはずだがそれを内側から掛けるなんて、さすがは我が妹。頭を撫でてやりたい。
「これでしばらくは大丈夫なはず、お姉ちゃん大丈夫?」
「…うん」
まだ何とか生きている。体は、うん。何でか解らないけど少しずつ動けるようになってきているみたい。
「ここって誰を入れる檻なのかな?」
「さぁ…誰だろうね…」
動物によってはもっと頑丈に造る必要がありそうだけど、ここはその中でも群を抜いている気がするのは何でだろう?とにかくここは少し集中して回復に専念できそうだ。
「未来」
「なに?どうしたのお姉ちゃん?」
「暫く寝かせて」
「ッ!寝たらダメだよ死んじゃう!」
「雪山か、ここは…」
思わず笑いそうになったけど、そうじゃないと思い直す。
「見てて」
「?何を──」
「うっ!くっ…」
先程まで酷い噛み傷を負っていたはずの左腕を持ち上げる。10分もしない内にここまで回復した。
「!お姉ちゃんそれって…」
「あと少しすれば、何とかなりそうなんだ…だけどもう少し集中すればもっと早く治る気がするの…だからそのためにも…」
「わかった。ゆっくり休んで、お姉ちゃん」
「うん、ありがとう」
未来にお礼を言って直ぐに私の意識は闇の底へ落ちていく。私が完全に意識を失うのと──
──ズガン!!!ガラガラガラ…
完全に同じタイミングで建物の扉が破壊された。
誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。




