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異変 - でももう恐くないよ

スマートフォンにて失礼します。

 中盤。レストランから出て暫く歩くとオーストラリア大陸のエリアに入った。広大な敷地の中をカンガルーやワラビーなどの有袋類(ゆうたいるい)。そしてエミューが各々寛いだり走り回ったりしていた。


「はぁ~❤エミュー可愛いなぁ~❤」

「カンガルーも可愛いな~。あ!袋から誰か顔を出した!赤ちゃんだよお姉ちゃん!」

「お!?ホントだ!初めて見た!」


 今まで見たことが無かったから気分が良い。どこかに説明書きはあるだろうか?


「えーとなになに?『ルーとガーのカップル』か~」

「どっちが男の子?」

「ルーみたい」

「どっちかというとそれ女の子の名前じゃない?」

「細かいことは気にしたらダメなんだよ、きっと」


 取り止めの無い会話を交わしながら園内を進んでいく。このエリアは肉食の動物が殆ど居ないせいか、終始穏やかな雰囲気に包まれている。それもあってか、私達も普段よりのんびり移動している。


「ねぇお姉ちゃん。少し気になることがあるんだ」

「?なに?」


 だからだろう。未来が私に聞きたいことがあるのを私はすっかり忘れていた。


「どうしてお姉ちゃんはあの時帰ってこなかったの?」

「──っ」


 解っていた。解りきった話だった。いつかは訊かれるとは解っていた。それに対する返答も持っていて然るべきだった。でも今の私には…。


「ごめん…ちょっと、考える時間が欲しいかな?」

「何を考える時間?」

「何から話したら良いのか、本当に解らないんだ…整理が付いていない、いや違うな、何だろう?ホント上手く言葉に出来ないんだ、ホントに…」


 あれは、本当に私が毎日夢に見て、けれど手を伸ばしても取り戻せない、確かに有ったはずの──


「んーん。もう大丈夫だよお姉ちゃん」

「未来?」

「さ!行こ!」


 私に向かって未来は手を差し出す。握れと言うことだろうな。


「…うん、ありがとう。本当にありがとう未来」


 私はその手を握って、まだまだ続く園内の道を歩き始めた。


 ◇ ◇ ◇


 終盤。アラスカエリアに入った。北国特有の寒さに適した体作りをしている哺乳類や鳥類が檻の中や柵の向こうを元気に走り回っている。どう言う仕組みなのかは知らないが、ここ一帯はある一定の温度を保つ仕組みがあるらしく、中に入ると少し肌寒く感じる。


「(ブルル)急に冷えたねぇ、今日は少し気温が高いはずなんだけど」

「ここは丁度去年出来たエリアみたいで、詳しいことはよく解らないんだってさ。何でも特殊な装置を使ってこのエリア一帯の気温を下げる仕組みがあるらしいのよ」

「技術の進歩って凄いねぇ」


 本当にその通りだ。何だかこの辺りだけ別世界に来た感じさえ有る。近くではまだ工事の音がしており、新エリアの開発がまだ行われているそうだ。サバンナ、アマゾン、北欧、インド、その他色々なエリアがで構成されている中、まだまだ開発する余地があるようだ。ひょっとして次は南極辺りだろうか?


「あ!トナカイさんだー!!!」

「おお可愛いー」


 アラスカ特有の静謐と躍動が混在した空間を私達は歩いていく。人が少ないのが幸いして殆ど独占状態となっていた。そうしてアラスカエリアも終わりが近付いたころ。


「ねぇお姉ちゃん」

「なぁに未来」

「ここってこんなに静かだったっけ?」

「いや、そんなはずは…」


 アラスカエリアを脱けた。今私達が居る場所はエリア同士を繋ぐ細い通路にいる。目の前にはトンネルが有り、その向こうに新エリアが広がっている仕組みになっている。


「た、たまたま静かになるタイミングが来ただけじゃ無いかな?」

「そ、そうだよね!アハハ…」


 私は仮説を立て、未来はそれに同意する。そうだ何も心配は要らない。心配する余地などどこにも無い。だってここは動物園だよ?全く人が居ないなんて事はあって良いはずが──


 ──そこ付近は例の行方不明者の足取りが途絶えたポイントの一つでもあるから。


「違う…」


 そう、ここは違う。浅田さんは動物園というワードでは安心してた。問題だったのはレストランだったはずだ。


「未来、変なこと聞くけどいい?」

「?何お姉ちゃん」

「水を取ってくるとき、何か変な物は見なかった?」

「?特に見てないよ、強いて言うならやたらと関係者以外立ち入り禁止の看板が多かったことかな?」

「…そっか」


 あの辺りで何か事件が起きたのはほぼ確定。でも何が起きたのかは殆ど伏せられている?そもそも事件が起きたのはいつだった?行方不明者の特徴は?余りに情報が少なすぎる。

 加えてここは動物園だ。本来だったら事件なんて殆ど起こりそうに無いもののはず。でもだとしたら何故?


 トンネルを脱ける。どうか私の心配が杞憂であって下さい。


「あれー?何でまたここに?」

「…嘘でしょ」


 アラスカエリアだった。先程と違うのはまだ昼時を少し過ぎたばかりなのに誰一人としてひとがいないことだった。


「でも人が居ないね、しかも工事の音も聞こえない。何でだろ?」

「……」

「お姉ちゃん?」


 私は無言で鞄から短剣を取り出す。こんな事はあって欲しくないけど、何か有ってからでは遅い。


「どうしたのお姉ちゃん。そんなに恐い顔して」

「未来、これから私の言うことを守れる?」

「?内容によると思うけど」

「簡単な事よ、何が有っても私の言う通りにする。それだけよ」

「?なんかよくわからないけどけど解ったよ!」


 やっぱり未来にも見えていない。でもそれでなんか安心している私が居る。手元の短剣に目を落とす。

 全体的に透明な刀身。柄を握ると金属質の冷たさは無く、どこか温かみのある独特な質感。

 見詰めると何故か胸の奥がざわつき、理性では目を逸らしたくなる衝動に駆られる。でも感情が、本能が目を逸らしてはならないと叫んでいて、それがまるで私の奥底を覗いているような感覚に襲われて──


 ──oooooooon


「──!」

「お姉ちゃん、今の何?」


 遠くで何かの声。オオカミの遠吠え?この前とは違うのか?


「行こう。ここもいつまでも安全じゃ無いかもしれない」

「え?安全じゃ無い?なんなのなんの事?」

「多分その内嫌でも解る」

「え?それってどう言う──」


 未来が言い終わる前にソレは私達の前に姿を見せた。


 ソレを一言で表すなら『二足歩行をする犬』だ。厚い毛皮、長い耳、鋭い牙、そして何よりその手に持つ得物。獣の骨で作った棍棒か?どちらにしろ当たったらタダでは済まない。


「Grrrrrr…」


 私を見て唸り声を上げている。相当警戒されてる。単独行動をしている生き物は数多く居るけど、コレは何か違う。


「お、お姉ちゃん…あれ…」

「動かないで」


 睨み合いは長く続かなかった。ソイツは近くに居た私に飛び掛かった。


「Grrrraaaa!!!」

「──ふっ!」


 私はソイツの動きに合わせて身を低くして、懐に潜り込んで短剣を突き立て振り抜いた。


「Gava!?」


 そんな断末魔を上げてソレは絶命した。私は短剣を振り抜いた勢いでヤツの下からは脱けだしたため、返り血は殆ど浴びていない。


「フゥー…」


 息を吐いて体の緊張をほぐす。

 前よりよく見える。

 前より思い通りに動ける。

 前より冷静になれている。

 …前より殺すことに抵抗が無くなっている。

 私の中で何かが()()()()()()()()感覚がある。前の私には備わっていなかった奇妙な感覚。頼もしいのと同時に不気味さも感じた。


 私はソイツの手から棍棒を取り上げると未来に差し出す。


「お、お姉ちゃんそれは?」

「持ってて、せめて自分だけでも身を守れる武器が無いと」

「でもお姉ちゃんは?」

「さっきの見たでしょ?だから大丈夫だって」


 未来は尚も心配そうな顔をする。


「次はこうも上手く行かないかもしれない。そのためには未来は未来自身で身を守れるようにならないと」

「で、でも…」

「大丈夫だよ、案外適当に振り回すだけでも効果はきっとあるよ」


 それからも何とか未来を説得して棍棒を持って貰った。手にした重みに顔を顰める未来。それが容易く命を奪う重みだと理解したからだろう。軽く素振りをして感触を確かめている間は彼方此方に緊張が走っているように見えた。


「うぅ…こんな事なら体育の剣道の授業真面目に受けておくべきだったよぉ…」

「だとしてもこんな事になるなんて誰も思わないわよ」


 私の様子を見て多少は不安が紛れたのか、殆どくっつくようになって先へ進んでいく。アラスカエリア特有の肌寒さはここに来て秋の寒さに近いものになった。


「制服のブレザー持ってて良かったよ」

「何も知らなかったら今頃寒さに震えながらここを歩くことになってたのかなぁ」


 鞄からブレザーを出して着込む。ある程度寒さは和らぐが、少しばかり動きにくい。いざとなったら直ぐに脱ぎ捨てられるよう準備しておく。


「それにしてもさっきのは何だったの?」

「それはどれのことを言ってるの?さっきのってだけでも色々有り過ぎると思うし」

「えーと…あの化け物とお姉ちゃんのその力がいつから有るのかとか?」

「まぁ、そうだよねぇ…」


 こうなったら話すしかないか。別に隠す必要も無さそうだし。


「アイツらについては何も解らない。私は魔物と心の中でカテゴライズしている」

「魔物?何でそんなのがこんな現代社会に?」

「それは私が聞きたい」


 そう聞いたらそう思うに決まっている。そう言えばまだ確認していないことがあった。


「みんなには私の事故の原因は何だと説明されてた?」

「えーと確か大型車両による正面衝突、だったかな?」

「何でそれで生きてるのよ私は…」

「だから回復の報せを聞いたときはみんなビックリしたよ。夢でも見てたみたいだ!って」

「そうだね…夢ならもっと良かったのに…」

「…まさか!?」


 やっぱり未来は賢い。


「多分正解。魔物に襲われた。そして戦って、あと一歩のところまで行って、結果あの大怪我よ」

「──」


 衝撃の事実に何か喋ろうとしても言葉にならない。未来の驚きのレベルは一目で明らかだ。でも今のを見たら信じてもらうしか無いと思う。


「場所は袋小路でさ、逃げ場が無い中で奥からワラワラと沸いて出てくるの。倒したら近くのヤツを狙って斬って、斬って斬って斬って、斬る度にそいつらが死んでいって、でもその間にアイツらも反撃してくるからその度に怪我をして、でも体は動かせたからまた戦って──」

「だ、大丈夫だったの?」

「全然大丈夫じゃ無かった。だって凄く痛いの。強く斬られたり殴られたりなんて、しかも下手したら死んじゃう可能性もあるところで。でもやるしか無かった、その果てに今私はここに居るの」

「すごく、がんばったんだね…あれ?でも今はどうしてそんなに余裕なの?」

「余裕があるわけじゃ無いよ。でも今回は前とは違うけど何とか戦えてる。どういう訳か体が凄く軽いんだ」

「なんかプロのスポーツ選手みたいだったよ」


 コレについては少し意外だった。単に体が慣れただけだと思いたいが、そうで無かった場合はどうしよう?


「私については今はこの辺りで、話し声とかで補足されたら堪らない」

「あ、うんそうだよね…抜き足差し足忍び足…」


 未来よ、あんまりゆっくり歩いても地面は砂利道だからどうあっても音は鳴っちゃうのよ。

 だからほらね?


「「Grrrrrr....」」


 居る居るめっちゃ居る。凄く見てる。しかも二体だ。周囲に気配は無し。だったら──


「──シッ!」


 先手必勝!一気に潜り込む!


「Ga!?」

「先ずは一体!」


 私の動きを読み間違えたのか、もう片方が棒立ちになっている。私がその隙を見逃すはずも無く。


「Gi!?」

「終わり!」


 もう一体も返す刀で斬り伏せた。


「すごいなぁ、どうやってるの?」

「私にしか見えない武器があってさ、それで斬ってるのよ」

「えぇー…」


 そりゃそうなるよね。浅田さんもそんな感じだったし。


「うーんこの辺りに何か有るって事でしょ?何も無いと思うけど…」


 やはり短剣は未来の手をすり抜けた。私以外の人間には触れず、魔物を豆腐のように切り裂く。そんな都合の良い素材が現実にあっただろうか?


「学校の下駄箱でそれが入っているのに気が付いてさ、訳が解らなくて恐かったわよ。今ではすごく頼もしいけど」

「そうだったんだ…」

「コレについては本当に何も解らない。警察の間でもただの法螺だったり、与太話の類いで片付けてたみたいなの。でも現実に、ここに存在している」

「何なんだろうね?」


 解っているけど解らない。それがもたらす事象や結果はわかっている。でも理屈が、仕組みが解らない。


「私の武器については殆ど何も解らない。でも魔物についてはある程度解ったことがある」

「どんな?」

「魔物にはある程度の知性があると思う」

「うん、なんかそうだよね。殺意?みたいなのを感じたもん」

「そう、殺意。私が初めて会った魔物は、最初はただの狩猟対象を見る目、もとい食料を見る目だったの」


 人を人と見ていないあの時の眼差しを思い出して身震いする。


「お姉ちゃん食べられそうになったの!?」

「正確にはもっと酷いかな。目の前で解体されて行くのを見ちゃって、その後のことを理解して衝動的にその油断している背中に襲い掛かった感じ」

「そ、そうだったんだ…」

「あとは序列がある。アイツらはリーダーの指示に従って確実に私を殺しに来てたからよく覚えてる」

「本当に、よく生きてたね…」

「全くよ…どうやって助かったのかしら?」

「え?覚えてないの?」

「それが綺麗サッパリ。誰かの攻撃を受けて壁に激突して、アイツが私の首を落とそうとして──」


 思い出して猛烈な吐き気に襲われた。あんな気持ちは二度と味わいたくない。


「──それで…あぁダメだ、その後が病院のベッドの上だ」

「お、お姉ちゃん…」


 私は本当にどうやって助かったんだ?あんな大怪我をして満足に動けるはずもないし。況してや殺される寸前も憶えてる。でもその後に何か──


 ──首から噴水のように血を噴き出すヤツらのリーダー格。


「──!?」


 何だ?自然に首が飛ぶのはあり得ないこと。なら誰かが居たはず。でも誰?あそこには他に誰が居たの?他に生きている人間が居たの?


「誰か居たはず…でも誰?解らない…何も思い出せない…」

「お姉ちゃん…」

「…このまま悩んでいても仕方が無い。先に進もう」

「…うん」


 既に現実では有り得ないアラスカエリアのようなどこかを未来と共に歩く。先は見えず、出口も解らない。周りから聞こえてくるのはオオカミの遠吠え。未来には言ってないが耳を澄ませば後ろにも誰かの歩く気配がする。


「お姉ちゃん?何か心配事?」

「そうね、取り敢えずここがどこなのかが解らないのが心配かな。まぁ何とかなるでしょ」

「どうして?」

「今の私は一人じゃ無い。未来が居てくれて本当に良かったよ」

「え、えへへ♪どういたしまして♪」


 そう。今の私は一人じゃ無い。これだけでもすごく心強い。あの時はたまたま一人で他は全て敵だった。

 でも今ここには未来が居る。今はそれだけでも勇気が湧き出てくる。多分この先もどうにかなるだろうと言う安心感も得られた。この前は私も脱出できたんだ、今回も何か手がかりは有るに違いない。そう考えると気が楽になった。そう考えられるのも未来が居てくれるおかげかも知れないけどね。

誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。

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