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月の入動物園

スマートフォンにて失礼します。

「ううぅ……ごめんなさいお父さんお母さん。私は不良になっちゃいました…」

「いいのいいの、未来は学校からの信頼もあるんだし多少は平気だって」

「でもお姉ちゃん…」

「それにここまでホイホイ着いてきた時点でその気があったと言うことでしょ?」

「ううぅ……」


 私達は今列車の中にいる。けれどいつも向かっている方向とは正反対で、私は勿論未来の学校からも大分離れて行っている。気分は未来の言う通り『不良』そのものだ。


「でも不良って言うのも案外悪くないものよ?」

「…どうして?」

「何も(わずら)わしいことを考えなくて済む。そして…」

「そして?」

「誰にも内緒で楽しいことをする背徳感がまた最高なんだ」

「な、なんか実感こもってるね」

「実際その通りだからねぇ…」

「そうだったんだ…」


 冬休みが終わった私はメールで送られてくる課題を速攻で済ませて提出した後は、割と暇を持て余していた。

 でも家族にはキチンと学校に行っていると言った手前外出しないわけにはいかない。その時間を利用してバイトをし、そこで貯めたお金で遊興(ゆうきょう)に耽ったのだ。


「あれ?でもそうするとお姉ちゃんが持ってきた成績表のあの好成績はどうして?」

「ああ、月校は少し特殊なんだ。なんか授業態度とかのそう言った姿勢は前の成績が一度だけそのまま引き継がれる仕組みみたいなの」

「どうして?」

「何でも『それまでキチンと受けられたのなら、その姿勢はこっちに居ても変わらないはず。でも次はちゃんと来てね?』と言う意味らしい」

「流石は上位進学校、やることが違う…」


 でもこの仕組みは殆ど外部に伝わっていない。この話も前の担任だった横山先生から聞いた話だ。理由を尋ねても『知らないんだなぁこれが』と言って答えはくれなかった。


「その先生には感謝しないとね」

「もう離任しちゃったからそれも言えず終いだけどね」


 今になってそれが少し心苦しい。彼のおかげで自分を見つめ直す切っ掛けが出来たと思ったのだから尚更だ。


「さて、そろそろ目的の駅だね。着替えの準備は出来てる?」

「う、うん。でもなんでこんな?」

「そりゃこっちは学校に行ってる名目で家を出ているから制服で出なきゃダメでょ?でもあっちで制服でいたら目立つじゃん」

「なるほど…」

「あとSNSも使っちゃダメ。断片的な情報でもそれを繋ぐのが得意なヤツは世の中幾らでも居るから」

「…それも経験談?」

「いや何となく。でも理屈は通るはず」

「まぁ確かにその通りだけど…」


 我が妹はまだ抵抗が有るらしい。いつの間にこんな真面目ちゃんになったのやら。お姉ちゃんは妹の成長が大変嬉しいのでした。

 でもそれはそれ、これはこれだ。


「ここまで来たら一蓮托生。そして思い切り楽しもうよ♪」

「むむむむ…うん!わかった!たのしむ!」

「うんうん、その息その息♪」


 ちょっと力みすぎな気はするがよしとしよう。なぁに未来なら一日授業を休んだ程度で成績がガクンと落ちたりはしないはずだ。

 それに……。


「……」


 念の為鞄の底に入れた短剣に意識を向ける。もしも何かがあったときのために、何時でもそこから取り出せるように。

 何となく、本当に何となくだが何かが起こる予感がしてならない。それにこれは昨日帰ってきたときに部屋の勉強机に置いたはずだった。

 でも今朝見たらそれは鞄の中に移動していた。私以外には認識できないはずで、触れもしない。なら必然的に私が移動させたのだと思うがそんな覚えも無い。

 けれどもそれは『連れて行け』とでも言っているように鞄の中に鎮座したいた。


 ──次は月の入(つきのいり)。月の入でございます。


「さてと、じゃあ行こうか」

「うん!」


 目的の駅に到着した私達はまずそのまま降りて近場のトイレで私服に着替える。

 私は動きやすさ重視の黒のパンツスタイル。未来は可愛らしさ重視の白ワンピース。帽子などを被って顔を見えにくくして出発した。


 ◇ ◇ ◇


「おおーー!!ゾウさん!すっごい大っきい!!」

「ホントに凄いわね、地上にこんな大きな生物が居るだなんて」


 月の入動物園。

 比較的近所にある娯楽施設の中で特に広大な敷地を持ち、更に全国でも有数の展示、飼育数を誇る巨大動物園。

 研究機関としても有名で、中でもここは世界で見てもトップレベルの設備と人材が揃っているとのウワサもある。

 動物たちを収容している檻も出来る限り野生の環境に近い空間に改造してあるため、より野生らしい姿を見ることが出来ると評判だ。


 入場口を抜けたその先に待ち構えていたのは地上最大の動物であるアフリカゾウだった。広い敷地の中でその巨体を見せつけるかのように悠然と歩いている。近くで見ていた園児達の歓声に応えてか、時折『ぱおーん』と言った鳴き声を上げる。それを聴いてまた『キャーキャー』歓声が上がると言った無限ループが近くで繰り広げられる。


「うおーー!!お姉ちゃん鳴いたよ!!ゾウさん鳴いたよ!!」

「う、うんそうだねぇ」


 訂正。園児だけでは無かった。こちらも分類としては同じだと思う。幼稚園だか保育園だか知らないけどそちらの先生も大変そうだ。今になってその気持ちが解りそう…。


「よし!次行こう!次!次は何だったかなー」

「ここはサバンナエリアだから次は確かライオンとかじゃなかったかな?」

「お!そうみたい!ライオンさーん!!!」

「あぁこら走らないの!!」


 そう言えばかつての私の真似をして学校から帰ったらジョギングをしているんだっけ?しかもなんか速い。この後が大変そうだぁ…。


 その後も未来に振り回されながら一通りの展示を見て回った。


「シマウマさんだー!!!」

「可愛いー」

「トムソンガゼルさんだー!!!」

「可愛いー」

「チーターさんだー!!!」

「可愛いー」

「ジラーフさんだー!!!」

「かわ、なんでキリンをジラーフ呼び?」

「ダチョウさんだー!!!」

「可愛い!超可愛い!!!あ見てこっち見た!!絶対私のこと好きだアイツ!!あぁん❤目を逸らさないでよ照れ屋さんかしら?あ見て未来手から餌をあげられるみたいだよ!これ買っちゃお❤よし買った!!ほら見て未来私の手からご飯食べてる❤もう超可愛い!!!」

「お、お姉ちゃん?」


 …何かね諸君?何がおかしいかね諸君?可愛いものは可愛いで良いだろ?


「ほら未来もヤろうよ❤すっごい楽しいよ?」

「う、うんわかった」


 そう言って未来の分の餌を購入する。未来はそれを掌に乗せて恐る恐るダチョウに向かって差し出す差し出す。


「わっちょ!?くすぐったい♪アハハ♪」

「あぁ…可愛いなぁ…」


 どちらがとは言わない。もうどちらも可愛い。

『オラ!、これでいいんだろ?』みたいな眼でこっちを見つめるダチョウ。『あぁ良いぜアンタは最高だ』と言う眼で返事をする。速攻で逸らされた。


「…よし、次に行こう」

「何気合いを入れて意識を切り替えてるのお姉ちゃん?」

「…よくよく自分の姿を見たら、なんか恥ずかしい」

「自覚はあったんだね…」


 良いじゃないか別に。たまには頭のネジを外したいのだよ私は。


「って言うか動物たちの一番の目玉がこんな最初の方に来て良かったの?」

「解らん。でも私はその辺どうでも良いから、そんなんでも良いのかもね」

「ふーん?」


 言われて初めて気が付いた。確かに普通は目玉や定番は最後の方に持ってくる。私はどの動物も素直に可愛いなり格好いいなり思う方なので、その辺りは余り気にしていなかった。


「…もしかして順路順調にが逆?」

「それは無いよ未来。何せ私が何度も通ってる」

「何だかズルい」

「それはどうも」


 まぁ、気にならないならそれはそれで良いじゃないか。さてと次は…。


「次はアマゾンか」

「忙しいね」

「まぁ、楽しければそれで良いさ」


 そうして私達は動物園の順路を順調に踏破していった。その間も未来は終始楽しそうにしており、無理をして連れ出した甲斐があったとよく解らない安心感に浸っていた。


 ◇ ◇ ◇


 中間地点。と言って良いのか不安だが、園内レストランに入って少し早めの昼食を摂る。


「そう言えばお姉ちゃん」

「?なに未来」

「どうして急に私と遊びたいと思ったの?」

「どうしてって?」

「ほら、中学に入ってから今までお姉ちゃんだけこう『ザ・家族の行事』みたいなものに参加してなかったからどう言う変化なのかなって」

「あぁー…」


 そう言うことか。それについてはよく解っている。実に簡単なことだ。


「単純に『それまで楽しいと思えなかったから』よ」

「なんで?」

「…とにかく陸上の方が楽しかったから。かな?」


 なにに対しても楽しいと思えなかった小学生時代。そんな時代を経験して、中学に入ってから取り憑かれたようにハマった陸上。どちらに天秤が傾くかは解りきった話だった。


「家族と過ごすより?」

「…うん」

「でも今は?」

「未来と過ごす方が楽しい」


 これは本当に紛れもない本心だ。何だったら未来のためなら命だって賭けてやる。


「──っ!」


 命だって?本当に?()()を見ておきながらそんなこと言える?


「お姉ちゃん?」

「っ大丈夫。心配ないわ」

「本当に大丈夫?汗ビッショリだよ」

「あぁ、今日はいつもより暖かいからね」


 言われて汗をかいていることに気が付く。何も心配は無い。ここは違う。あっちじゃ無い。


「うーんなんか心配だなぁ。ここで待ってて、今お水取ってくるー」

「あ、いやホントに大丈夫だから!ちょっと!?未来ーー!?」


 ピューッ!と言う効果音が着きそうな、けれど絶妙に人波をかき分けながら未来は水を注ぎにドリンクバーのコーナーへと向かっていった。


 ──私が未来に心配掛けてどうするのよ…。


 そう思って独り落ち込む。昨日のことを思い出していた。主に未来のこと。

 未来とどのように過ごしたかを覚えていない。未来とどのように話していたかを覚えていない。未来をどう想っていたかも覚えていない。

 今の私は未来と一緒に居て楽しい。今の私は未来と話が出来て嬉しい。今の私は未来の笑顔が見られて嬉しい。


 ──でも未来にとって私は?


 思い出す。昨日の未来の話を。

 思い出す。昨日の未来の横顔を。

 思い出す。昨日の未来の寂しげな声音を。


 ──未来はどう思ったんだろう?


 あんな顔は見たくなかった。あんな声を聴きたくなかった。私を肯定して欲しくなかった。

 でも私は今まで未来に何もしてこなかった。それどころかどんな会話を交わしたかさえ覚えていない。未来はそんな私を──


 ──BuuuuuuuBuuuuuuu


 不意にマナーモードに設定したスマートフォンに着信が入る。慌てて誰からなのかを確認する。


「浅田さん?」


 通話モードをオンにする。電話口からは一昨日聴いたばかりの若い刑事の声が聞こえてきた。


『やぁ明日見くん。?何やら少し騒がしいようだが』

「今ちょっと昼食中で」

『まぁいいや、今平気かい?』

「寧ろタイミングが良すぎるくらいには良いですよ」


 未来が居なくて良かった。何となくこの人と会話をするのは身内には見られたくないものがある。


『そうか、それなら良いんだ。早速だけど本題だ。ここ数ヶ月の監視カメラの映像を洗ってみた結果を君に知らせておく』

「えーと…なんでそうなったんでしたっけ?」

『ここ最近君はあのゲームセンターには寄っていない。ここまでは良いかい?』

「ええ、確かにあそこに足を運んだのはかなり久し振りのことだった気がします」


 不意にあの時のゲームセンターに入ったときのことを思い出した。前に入ったときより内装が大きく変わっていた気がするのもそうだが、入ってくる客層もまた随分変わったように見えた。その時の私は何を考えて──


『それで大見孝文ら三人があそこにどのような頻度で出入りしていたかも調べたのだが、ここも良いかい?』

「──え?あ、はい。問題ありません」


 浅田さんの質問で我に返る。今は浅田さんの話を聞かなくては。


『それじゃ、結果だけを伝えるよ。()()()()()んだ、ここ数ヵ月間彼等はあのゲームセンターには出入りしていない』

「え?本当にそうなのですか?」

『あぁ間違いない。探偵も雇って三人の足取りも少し辿らせてもみた。これがまた酷いものだったよ』

「なんだろう、余りその辺りは聞きたくないような…」

『まぁ確かに三人の経歴は君には余り関係は無いな。ただ問題なのは彼等は誰かに雇われた者達だと言うことが解ったところだ』

「雇われた?」


 ──なんか一気にキナ臭くなってきた。人を雇ってまで私を貶める?いったいそいつは何がしたいんだ?


『彼等を雇って君に狼藉を働き、それらの映像をインターネットを通じて売り捌くつもりだったらしい。しかも徹底的に足が着かない方法で行っていたらしいから、捜査も困難だった』

「……本当に私の身に何も無くて良かったですよ。いやマジで…」

『それで、何か心当たりはあるかい?取引に使ったと思われるパソコンは厳重にロックが掛かっていて外すのに時間が掛かりそうだし、仕事道具であるスマートフォンも件の騒動でメモリーごと粉々に破壊されてしまって修復は出来そうに無い。何でも良いんだ、何か聞いていないかい?』

「って言われてもなんとも──」


 ──千田のとこの考えなんか知るかよ。


 不意にあの三人の一人である橘信二の言葉が頭に浮かんできた。千田?


『どうした明日見くん?何か思い出したのか?』

「あの、千田ってなんですか?」

『──!』


 浅田さんが息を飲むのが電話口から伝わってきた。何かよほど危ない案件なのだろうか?


『これは…しかしだとしたら…そうなると…』

「浅田さん?」


 今度は何かをブツブツ呟き始めた。何か考えをまとめるときの癖なのだろうか?


『明日見くん。今君が居る場所はどこだ?正直に答えなさい』

「え?つ、月の入動物園です。そこの園内レストランで妹と一緒に…」

『そうか、良かった。なら今のところは安全──ちょっとまて?』

「今度はどうしたんですか?」

『いや、直ぐに妹さんを呼び出せるか?』

「あ、それなら今戻ってくるみたいですよ?」


 両手に水の入ったコップを持って未来が戻ってくるのが見える。器用に人波をかき分けながら私達の席に座った。


「お待たせー、いやー平日なのにこんなに混んでるんだねここって。びっくりしたよー」

「お帰り未来。今戻って来ましたけど、何か有りましたか?」

『…いや、何も無いならそれで良いんだ。ただ気を付けて。そこ付近は例の行方不明者の足取りが途絶えたポイントの一つでもあるから』

「は!?いやちょっ!?は!?」

「お姉ちゃんどうしたのそんなに大声出して?」


 思わず大声を出してしまう。いやだって驚くでしょ普通。今の私達は平気で生死の境を踏み越えられるところに立っているんでしょう?


「…早くにもここを離れなきゃならないみたい」

「どして?」

「いやそのーそれがさ?」

『とにかく普通に過ごしている分には大丈夫だろう。こっちは厄介なことになったが、君たちに比べれば遙かにマシだ』

「あ、そうなんですね、ありがとうございます。…厄介なこと?」


 え?そんなにヤバいの?その千田ってヤツ。ヤクザ?もしかしてヤクザなの?


『慎重に進める分には大丈夫だと思う。もしそっちで何か有ったらその時は……』

「その時は?」

『……覚悟を決めろ。そして生きて帰ってこい』

「この現代社会でそんな台詞聞きたくなかったですよ…」


 私のその台詞と共に電話は切られた。未来は終始キョトンとした顔をしていた。


「えーと…何だったのお姉ちゃん?」

「あー、私に話を聞きに来た警察の人」

「それで、何の電話だったの?もしかしてデート!?」

「いやいやそれはナイナイ。捜査に進展があったことと、それに付随する手がかりが何かないかを訊かれただけよ」

「なぁーんだ…ツマンナイ」

「色恋沙汰の方が良かった?」

「それならそいつをブッ殺す♪」

「へ!?」

「ジョーダンだよジョーダン♪」


 こいつ。今花のような笑顔で何て事を…。あれ?いつからこんなになっちゃったのかしら?私が何もしなかったせい?でも流石にこうなるとは思わないわよ。だからこれについては私は悪くないと思いたい。


「さて、そろそろ行こうか」

「はーい♪それじゃーれっつごー!」


 私達はレストランを後にし、順路に沿ってまた歩き出す。未来は終始楽しそうにはしゃぎながら園内を歩いている。それを見て少し穏やかな気持ちになりながら、私は未来を追いかけた。

誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。

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