退院と未来
スマートフォンにて失礼します。
あれから暫く経ち、部活帰りの未来が病室に訪れた。私の無事を知ると散々泣き付かれた。
搬送当時の私の様子をある程度聞いていたから気が気でなかったのだろう。それはもう尋常では無い泣きっぷりだった。何とか宥めた後家の様子を話して、私に無理はさせられないと先に帰っていった。
それからまた暫くして、完全に日が沈んで街を照らす街灯が少し眩しく感じる頃。両親が見舞いにやって来た。
未来ほどは泣くことは無かったけれど、それでもお母さんは化粧で誤魔化しきれないほどの濃い隈が出来てたし、お父さんもいつもより窶れて見えた。きっと私を心配して寝不足だったり、家族に心配を掛けないようにいつも以上に仕事に励んだに違いない。心の底から感謝を述べる。そうしたら二人とも静かに涙を流して私を抱きかかえた。
私の着替えを置いていって二人も家に帰っていった。出来ればスマートフォンの充電器も欲しかったんだけど…。まぁ、まだバッテリーには余裕があるから平気だね、うん。
また暫くして、今度は安西さんが晩御飯の病院食を持ってきた。なんか昼に食べた量より少ない気がする。
食後に恵比寿(名札を見てみたらホントに恵比寿と書いてあった)先生が診察にやって来て経過観察として私にあれこれ質問してきた。それに答えると先生は満足そうに病室を出て行き、入れ替わりで安西さんが入って来て私にこう言った。
「お風呂に行きましょう!」
そうして安西さんに院内にある浴場に連行された。中は広々していて私以外には安西さんを除いて誰も居ない。実質貸し切りだ、と思って内心はしゃいでいたら安西さんは徐に右手を挙げたかと思うと。
「(パチンッ)」
指パッチンをした。すると何処からともなく看護師さんが沸いて出て来て、あっという間に私を全裸に剥いたと思うと今度はシャワーを浴びせて髪を泡まみれにしたと思うと、同時進行でボディーソープで体を洗い私の体中の垢という垢を削ぎ落としていった。
『自分で出来ます!』と抵抗しようとしたら『これが私達の仕事ですので(キリッ』と返されなんとも言えなくなってしまう。あ!おいそこ!今変なとこ触っただろ!分かってるからな!顔は覚えたぞ!ぐへへじゃねーぞ!
と、内心下品な言葉で相手を罵っている内に、気が付いたら体中が綺麗に磨かれて、見事なつるつるのお肌に仕上がっており、髪も元の艶を取り戻していた。
考えてみたら昨日は風呂に入っていなかったから、体中がスッキリするのは必然だったのかも知れない。以前の私の状態を思い出してちょっと浅田さんに申し訳無いことをした思う。
風呂を上がって病室に戻ると新しいシーツに換えられたベッドが有り、今夜は気持ちよく眠れると思った。そう言えば私の着ていた制服はどうなったんだろう?まぁ明日恵比寿先生に聞けばいいか。
色々ありすぎて疲れが溜まっていたのか、ベッドに横になると急激に睡魔に襲われて私は眠りについた。
◇ ◇ ◇
「ハッ!?」
唐突に目が覚めた。寝て起きるまでの感覚は本当に一瞬しか無いらしい。それ位の唐突さだ。スマートフォンを手繰り寄せて時間を確認する。4:30を指していた。今の私にとっては早すぎるくらいに早起きである。かと言ってこれから寝直そうと言う雰囲気でも無い。
「…周回しよ」
ソシャゲは日々のルーティーン。心の潤いです。空虚な潤いとも言う。空虚を空虚で埋めて私は満たされていると錯覚させる作業です。
「違うし、これはこれで楽しいし…」
誰にとも無く言い訳する。でも如何するべきなのか分からないままここまでズルズル引きずっているのもまた事実。スタミナポイントを使い切るのにそう時間はかからなかった。
◇ ◇ ◇
「っで?なんで未来がここに居るの?」
「え?ダメ?」
検査までまだ時間があると思って二度寝をして、目を覚ましたら何故か未来が私の顔を覗き込んでいた。びっくりした。軽くホラーだ。
「今何時だっけ?」
「06:30、お姉ちゃんがいつも起こしに来る時間だよ」
「学校は如何したの?」
「今日は休むの」
また急な話だ。けど未来のことだから何か考えがあると思うのだが、どうなんだ?
「因みに理由を聞いても?」
「単純にお姉ちゃんが心配だったからねぇ、それにお姉ちゃんも一人この病室で寂しくて泣いてないかと思ってさ♪」
「泣いてない」
「あ、寂しいのは否定しないんだ」
これである。私の妹はいつからこんな調子になったのだろうか。あんまりやり過ぎて将来の彼氏さんや旦那さんを怒らせないようにね。って待てよ?彼氏?妹に、彼氏?
「未来、今彼氏って居る?」
「居るわけ無いじゃん、どうしたのお姉ちゃん?」
良かった。いやなにが?何が良かったの私?でもそうか、未来も中三か、あれ?
「勉強は大丈夫なの?」
「さっきからお姉ちゃんは私の何を心配しているのさ。勉強ならここでお姉ちゃんに見て貰って夏休み直前の所まできっちり網羅してみんなと一気に差を付けると言う野望が有るから大丈夫♪」
「私この後検査なんだけど…」
「どうせ直ぐ終わるって♪」
「まだ色々話しとか…」
「私が聞いてもよく解らないことだと思うしへーきへーき♪」
「……」
これはもう梃子でも動かないヤツだ。今まで心配かけ続けたツケがここに回ってきたか?なら仕方ないか。そこについては全面的に私が悪いと思うし。
「わかった、わかりました。どうぞ未来様何なりとお申し付けくださいませ」
「わーい!久し振りにお姉ちゃんと遊べるー♪」
本当にいい笑顔だ。それならそれでいいか。時間ならこれからはたっぷりあるはずだから。
◇ ◇ ◇
それからは検査の時間が来るまで、未来と他愛の無い話をした。部活の話、保護者会主催のバザーの話、泊まり掛けの遠足の話、体育祭の話、これから始まる予定の修学旅行の話。
どの話題も過去に私が経験したはずで、だけど当時の私には何一つ楽しみを見出せなかった行事の数々だ。
未来はそれらを、まるで大切にしている宝箱の中身を話すみたいに、楽しそうに嬉しそうに、でも少しだけ寂しそうな顔で話す。それはかつての私が手放した、いや違う。手にするチャンスはいくらでもあったのに必要ないと切り捨てたモノの話だった。
私は未来の話に静かに相槌を打ち続きを促す。未来もそれに応えて楽しそうに語る。私が中学に入ってから、未来との間で開いていった溝を少しずつ埋めるように。そんな穏やかな時間が流れた。
未来は凄い。誇張でも、身内贔屓でもなくそう思う。
私は表面上は今も、未来とキチンと話を出来ていると思ってる。でもたまに『あれ?私って普段こんな感じで未来と話してたっけ?』と思うことがある。上手く隠しているつもりではある。けど、どこかでボロが出ないか心配になり胸が苦しくなる。
けれど未来は違う。未来自身はどう思っているかは知らないけれど、私から見たら記憶にある未来と殆ど変わらない。変わらずに接してくれてる。変わらずに居てくれている。変わらせないでしまっている。
──私のせい?
「──!(ブンブン)」
「?どうしたのお姉ちゃん」
「ううん、何でも無い」
頭に沸いたイヤな想像を振り払う。自惚れるな唐竹明日見。たとえ私が原因だとしてもソレを選んだのは他ならぬ未来だ。それに対して責任を負う必要は無いし、その責任感は未来への侮辱だ。断じて違う。
(トントン)
扉がノックされる音がする。一拍置いて扉が開かれた。
「おっはよー!明日見ちゃん!元気してるー?」
入ってきたのは安西さんだった。病院食を乗せたカートを押してやって来た。今日の朝食は鮭か、美味しそう。
「おはようございます、安西さん」
「あ!栞先生おはようございます!」
「未来ちゃんもおはよう!ちょーっと待っててね、他の病室にも届けないと行けないからさ」
そう言ってご飯の乗ったお盆をベッドのテーブルに置いて病室を後にした。
「…それで、どこまで話を聞いたんだっけ?」
「えぇっと確か──」
朝ご飯を食べながら未来の話を聞く。楽しげに話す未来の声と私の笑い声、そしてプラスチック製食器の音が病室に響く。
私が朝食を食べ終えても未来の話は止まる様子が無かった。
◇ ◇ ◇
「──でねでね!そうしたらそいつがさ~」
「うん、取り敢えずそいつはブッ殺そう」
話の流れから未来にちょっかいを掛けてくる不遜な輩についての話題になり、未来に付く悪い虫は私が全身全霊を以て排除する決意を固めていたところ。
「(トントンガララ!)」
「おっ待たせー!明日見ちゃん!検査の時間よ~」
何故かテンション高めな安西さんが、病室に入り私を呼び出した。
「あ、はい。じゃあ未来また後で」
「うん!行ってらっしゃーい♪」
病室から出ると安西さんを先頭に廊下を歩く。安西さんが話しかけてきた。
「しっかし見れば見るほど健康体ね?」
「そんなに一昨日の私って酷かったんですかね?聞けば聞くほど実感が沸かなくなってきます」
「何なら警察から届けられた現場写真もあるけど、見る?」
「…遠慮しておきます」
絶対碌でもないヤツだソレ。最近わかったことだけど私グロ耐性無いのよぉ…。況してやその時の自分の写真?無理無理吐き出す自信有る。
そんな特に中身の無い会話をしている内に何のかは知らないが検査が始まった。
◇ ◇ ◇
「さて、結論から言うと。もう荷物まとめて退院しても大丈夫だね」
「あ、ハイわかりました」
開口一番。恵比寿先生から言われたことはそれだった。
「…少しだけ申し訳ないと思ったけど、黙っているのも心苦しいから白状するよ。君は本当にごく普通の人間だった」
「え?いきなりなんですか?私は普通の人間ですよ?」
またいきなり失礼なことを言ってきたなこの恵比寿顔。
「普通の人間は全治半年以上の大怪我を一日で治したりは出来ないだろう?」
「まぁそうなんですけど…」
そう言われてしまえばお終いだ。私だってそんなの人間なのかどうか疑わしい。でも私自分のことを人間だと思っている。
「何か秘密があると思って君から検査と平行して細胞サンプルを取って調べてみた」
「っで、何も無かったんですか?」
「…どれもこれも状態は『ごく普通の高校生女子』そのものと言った感じだったよ、細胞の劣化が早いみたいな物も無いし」
「それだったら今頃私おばあちゃんになってませんか?」
流石にこの年でヨボヨボの体になるのは困る。そのまま死ぬには心残りが多すぎる。
「まぁ、また何かわかれば連絡するよ。未来ちゃんには話しているけど、実は退院の手続きは彼女が既に済ませてしまっていてね、後は君が荷物をまとめるだけで済む」
「なんか用意が良すぎませんか?」
「『思い至ったら即行動!』いやはや若いねぇ」
「余り周りに迷惑を掛けていないと良いんですけど…」
っと、そう言えば。
「私の制服はどうなったのでしょうか?」
「あれ?未来ちゃんに聞いてない?」
「?いえ何も」
「送り元不明の荷物が君宛に届いて、中に君の制服一式が入っていたんだそうだよ」
「え!?聞いてない!」
今日一番の驚きだ。後で未来に問い詰めよう。
「それじゃお大事に」
「あ、はい失礼しました!」
未来に会うために急いで元の病室へ向かう。流石に廊下を走るわけには行かないから早歩きで急ぐ。
「未来!制服って今どこ!」
「うえ!?どうしたのお姉ちゃん?制服?」
「いいから!」
「わわ分かったよ、ちょっと落ち着いて、ね?」
「……」
「これはこれですごい恐いかも………なんかうちに届いたよ?春夏含めて一式」
「いつ!?」
「えぇーっと…私が気が付いたのは帰ってからだったから分かんない…」
「いつ帰ってきたの?」
「だいたい六時半くらい?その日も部活だったから…」
「そう……」
私が襲われてからそれなりに経っていそうだ。でもいったいどうやって?なんか気味が悪い。
「……取り敢えず早く撤収しないとね」
「うん、そうだね」
そこからは静かなものだった。着替えて鞄にまとめて、それだけだった。スマートフォンは最初から鞄に入れているから問題は無いはず。短剣は鞄の底に入れた。
「……」
解らないと言えばこの短剣もそうだ。いつから持っていたかも、どうして私にしか見えないのかも、……どうして、アレで簡単に生き物を──
「──!(フルフル)」
考えるな。それ以上はダメだ。
「お姉ちゃん?行くよー」
「あ、うん今行く」
病室を出る前に一度振り返る。乱れたシーツは後で看護師さん達が次の患者さんのために整えていくだろう。けどそれ以外にそこに誰かが居たという痕跡は殆ど無い。たったの二日では生活感というモノは余り感じられなかった。それでも私はどこかでもう一つの居場所みたいな雰囲気を感じていた。
「……ありがとうございました」
軽く頭を下げて部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇
「眩しっ!」
外に出て最初に感じたことはそれだった。ずっと屋内に居たせいで刺激が強すぎたのかも知れない。どこかのタイミングで外に行けば良かった。
「ほらほらお姉ちゃんこっちこっち」
「わかったからあんまり引っ張らないで」
未来に手を引かれて少しだけバランスを崩しそうになる。直ぐに立ち直ってその背中を追いかけた。
「あ、学校が見える」
「そのおかけでお姉ちゃんは助かったのかもね♪」
病院の敷地を出て暫く歩くと目の前を線路が横切り、その向こうに月校の建つ丘が見えた。いつも出るところとは正反対の位置に病院はあったらしい。
「駅はこっちだよ。そう言えば文化祭以来かな?一緒にこの電車に乗るの」
「そんなこともあったかな」
「あったあった!凄い楽しかったもん♪」
あれは何時のことだっただろう。
中学の時に進学先の候補を絞る過程で近所の学校へ文化祭巡りをしたときだっただろうか。正直に言うとあの時の私はそれそのものを楽しむ余裕は無かったが、未来は大いに楽しんだのだろう。今の様子を見てもよくわかる。
「…未来には悪いことをしたかな」
「?どうしたのお姉ちゃん」
「何でも無い。日が高いうちに帰ろう」
先程とは逆に未来の手を引いて歩き出す。私の手は微かに震えていた。
「…?」
「未来?どうかした?」
「ううんなんでもないよ」
未来に感付かれてしまっただろうか?でも未来も何では私の手が震えているかは解るまい。私だって解らないんだから。
◇ ◇ ◇
「ここに来るまで随分時間が掛かった気がするなぁ」
「お姉ちゃんこれに乗るのは一日振りじゃない?そう思うものなの?」
「そりゃあんな目に遭えばね」
「ああ納得」
電車は程なくしてやってきて、二人で家の最寄り駅に向かう路線に入る。と言ってもそこまではそう時間は掛からない。何を話そうにも一瞬で終わってしまう話題ばかりだった。
「あぁ…実家のような安心感…」
「実家だよ。実家の最寄り駅だよ」
嗚呼、愛すべき我が故郷。今再びその地に舞い戻ったぞ!
心の中で舞台役者の言うような台詞を呟いてその感動を表す。やっとだ、やっと帰ってきた。駅から出て家路を歩く。一日通っていなかっただけで随分懐かしく感じる。
「あ…」
「未来?」
ある道に差し掛かったとき、未来は声をもらした。
「一昨日はここでお姉ちゃんと別れたんだよね…」
「…そうだったね」
一昨日。何時振りか解らないくらい本当に久し振り。未来と並んで家を出て、誕生日を祝われて、そしてここで別れた。ごく普通の日常がここにあった。
「私ねお姉ちゃん。また一緒に家を出てあるくことが出来たのが本当に嬉しかったんだ」
「未来?」
「一緒に家を出て、一緒に歩いて、一緒にお喋りして、そんなことがまた出来ると思って本当に嬉しかったんだ」
「……」
知らなかった。でも考えてみたら病室で聞いた話は、未来がどう思っていたかは話していなかったし、私自身そんなこと考えもしなかった。
「だけど……」
だからこそ、この先を聞くのがとても苦しい。
「…今度、どっか遊びに行く?」
「…え?」
未来が不安そうに顔を上げる。そんな顔しないでよ。
「どこが良い?」
「え?えぇと動物園?」
「よし決まり!」
強引に話題をそっちに向ける。今まで未来に構ってやれなかった分、精一杯遊び倒そう。
「それで、いつが良い?明日?」
「──うん!」
「うふふ、よし!行こうか!」
きっと、それでも足りないかもしれない。未来が感じた寂しさは何時までも埋まりきらないかもしれない。いつか。いつか未来が私の代わりにその寂しさに寄り添ってくれる人を見付けるまで、私は隣に居続けよう。傍に居てあげることくらいは私でも出来るはずだから。
「…ところで明日は日曜日だよね?」
「え、違うよ?金曜日だよ?」
「……学校サボっちゃえ♪」
「えぇ…お姉ちゃんがそう言っちゃうのぉ…」
誤字脱字などの報告があればよろしくお願いいします。




