事情聴取
スマートフォンにて失礼します。
「ハグッ!マグッ!マグモグッ!ハグッ!」
一心不乱に目の前に出された食事を貪る。栄養の足りない今の私に『味わう』なんて高尚な機能は備わっていない。作って下さった調理師の方に大変申し訳なく思いながらも、バランスの取れた体に良さそうな食事を必死にかき込む。
「ハムッ!ムグッ!?」
いけない!喉に詰まらせた!急いで水で流し込む。
「ングッ!…ふぁ~…」
「もう、少しは落ち着きなさい。ご飯は逃げないし、ちゃんとよく噛んで食べないとキチンと栄養摂れないのよ?」
そばで見守っている看護師の安西さんが私に注意する。確かにその通りなのだが…。
「でも、今本当にお腹が空いてて…」
「でもも何も有りません!ここでは医者と看護師がルールです!言うとが聞けないなら私が『ア~ン❤』してあげようかしら?」
「イヤですよ!この年になってそれはなんかかっこ悪い!」
「イヤなら言うこと聞きなさい!」
安西さんはかなり押しが強い。でもそこかしこから患者のことを真剣に考えてくれていることが伺える。きっと将来の旦那さんは尻に敷かれることだろう。
「ほーらっ、落ち着いて食べなさい」
「ふぁ~い」
渋々と注意を受け容れる。もともとそこまで多い量では無かったため、食べ終わるのにそう時間は掛からなかった。
「あの、これだけですか?」
「今の君の状態を考えて最適な量を出したつもりよ?」
「えぇー…」
正直凄く物足りない。これが晩にもあると思うとゲンナリしてくる。早くおうちに帰りたい…。
その後は多少休憩を挟んでレントゲンや採血などの各種検査を受ける。個人的には今の自分にそこまで問題は無いと思うのだが、そこはプロの視点で何か解る物があるかもしれない。
食事を終えてからはすこぶる元気なのだ。何も無いと思いたい。
◇ ◇ ◇
「結論から言うと、明日見くんはバリバリ健康体だね。それも不思議なくらい」
「ですよねー」
恵比寿担当医は開口一番そう言った。自分でもその通りだと思う。いったいどうしたというのだろう。
「何か、変な物が体に有ったりしましたか?」
「そんな物は欠片も無いね、有ったら直ぐに手術で取り除かないと」
「え!?」
いやその流石に心の準備が!?
「アハハ、直ぐにというのは冗談だけど、異物が体の中に有るなら取り除かないと危険だろう?」
な、なんだそう言うことか…。まぁ確かにそうかもしれない。でも今までそのようなことと無縁だった私がいきなり手術というワードを聞いて少しビビっただけだと思いたい。
「さて、これからなんだけど、大丈夫かい?」
「な、なにがです?」
これから、何だろう?大丈夫?何が?
「一応通報を受けて搬送された訳なんだけど、何が有ったかは知ってる?」
「そう言えば私がここに居ると言うことは、誰の通報があったんですよね」
今まで気にしていなかった。確かに通報されなければ私はここには居なかったはずだ。何なら生きていなかったはずだ。
「私は誰に通報されました?」
そう言うと恵比寿担当医は難しい顔をしてこう言った。
「解らないんだ」
「解らない?」
「単純にボイスチェンジャーが入っていてね、年齢は愚か性別も判明しない何者かからの119番通報だったんだ」
「それでよく出動しよう何て思いましたね」
「イヤに具体的な状況説明だったからね、話し慣れている者の声だと思ったよ。まぁ、これだけ聞いたらもう半信半疑でも出動するしか無くてね、結果は今の通りだよ」
恵比寿担当医は『不思議だったなぁ』何て顔をしながら後ろ頭を掻いてそう言った。
「さて本題なんだけど、これから警察の人がここに来る事になっている。そこで一通りの事情を説明されると思う。君も幾つか質問を受けるかもしれないけど…」
そう言って恵比寿担当医は私を気遣うような視線を向ける。この人もきっと患者想いのいい人だ。
「大丈夫です。あれからどうなったかも知りたいですから」
「そうか、解った。よし!君を勇気付けるために実はこんな物を用意していてな」
そう言って白衣から取り出した物はカードのような物…。
「まさか課金カード!?」
「イグザクトリー!最近の若者はこう言うのが好きなんだろう?どうだい?元気出たかい?」
「はいもうすっごく!ありがとうございます!」
ちょうど良かった、今丁度期間限定ガチャを開催していたところだったんだ。これさえ有ればウェヘヘヘwww。
「先生、そんなことしたらまた奥さんに怒られますよ?」
「患者さんの元気に比べたら安いもんよ」
「あんな邪な笑顔を患者さんを元気と呼ぶのかねぇ…」
「でも調子は出ているだろう?」
「まぁ、そうなんですが…」
何やら周りが何か言っているみたいだがそんなの関係ない!いざ行かん!天井なんかに負けはしない!
◇ ◇ ◇
「(ほけー…)」
「いったいどうしたんですかこれは?」
「どうも、ガチャの結果が芳しくなかったようでして」
「俺はそんな状態の重要参考人から話を聞かなければならないのか…」
周りが何か言ってる。何だろう?そう言えば誰か来るって言ってたような気がする。誰だっけ?まぁ誰でもいっか。なんかもう全てがどうでも良い…。
「あー…ゴホン!いい加減現実に帰ってきて貰えないかね?」
「……え?あ!?はい!何でしょう!!」
おっとそうだった警察の人が来る話しだったっけ。危ない危ない。危うくガチャ依存症だと勘違いされるところだった。
「…本当に大丈夫か?えーと唐竹明日見くん?」
「はい!大丈夫です!何も問題ありません!」
「ホントに大丈夫かなぁ…」
失敬な。今回は天井に到達してしまっただけで次こそは最初の10連で出せるから!多分!
「改めて自己紹介をしよう。月ヶ峰警察捜査一課から出向した浅田誠司刑事だ。今回はよろしく頼むよ」
「月ヶ峰高等学校二年唐竹明日見です。本日はよろしくお願いします」
お互い、簡単に自己紹介を済ませる。私としてもそうしてくれるとありがたい。それにしても刑事か、凄く若そうだけど。
「さて、早速だけどこの男達に見覚えは?」
そう言って3枚の写真をテーブルに広げる。免許証の顔写真だろうか、少しぼやけてるが、見覚えはありすぎた。
「はい…私を路地裏に連れて行ったヤツらです」
「名前…は知らないよなぁ」
「こいつはタカちゃんで、こっちがリョウちゃん、でそいつがシンちゃんって呼ばれてました」
「意外に記憶力良いな、普通は気が動転してそっち方面に気が回らないモノのはずだが」
「拘束が若干緩かったので少し余裕があったみたいです」
と、強がりを言ってみたが実際はかなり怖かった。よく行動を起こせなと思う。
「そうか、じゃあ次。この3人が遺体で発見された」
「……」
「驚かないんだな」
「まぁ、何となくそんな気がして」
「…発見場所は繁華街の路地裏、近隣住民からは『スラム』の呼び名が定着している所で、そこを取り仕切る半グレたちの間でも″禁忌″と呼ぶところで君を含めて発見された」
「あそこそんな名前で呼ばれてたんですね。どうして禁忌?」
「何でも神隠しに遭った仲間が居たらしくて、探しに行っても今度はそいつが行方不明になる、らしい。以来事情を知る奴は近付かなくなって私的に立ち入り禁止の看板を出すようになったそうだ」
「神隠し…」
「何か心当たりが?」
「いえ、自分でもまだよく解らなくて…」
神隠し。言い得て妙だと思う。話を聞く限り誰も帰ってきていないみたいだ。私が唯一の生還者だとしたらあの場所は…。
「…発見当初、タカちゃんこと大見孝文は右腕に包帯を巻き、口から股間にかけて真っ直ぐ切開されてある程度中身が漏れ出した状態に、リョウちゃんこと羽成亮太と、シンちゃんこと橘信二は全身を刃物のような物で刺された痕と打撲の痕が見つかっている。何れも顔は原形を留めていないため、所持していたバイクの運転免許証と設置されていた防犯カメラの映像からでしか身元を特定できていなかった。君の証言で本人である確証が出来てしまったな」
「…ゥプ。それは良かったですね…」
ハッキリ説明するな気持ち悪い。今まで朧気だった光景がより鮮明になっちゃったじゃないですか…。
「問題の君はもっと特殊だった」
「そう言えば私ってどうなってたんですか?」
「君の場合はこっちでも解らないことしか無くてね、発見当初の状況を説明する。
路地の壁面に背中を付けて横倒しになり、全身を複雑骨折して血溜まりの中服は勿論全身がボロボロになった君を通報者が発見。
周囲を捜査して解ったことは君が倒れていた地面から高さ約2mの位置の壁面に血痕が付着していた。血液検査を行ったら君の物だと判明。君の体に付着していたもう一人の血液は大見孝文の物であることと解っている。
ここまでは何となく大丈夫?」
「はい、問題ありません」
そこまで凄惨な現場だったのか。あの恵比寿さんは大分オブラートに包んで話していたらしい。
「よし、ここで問題になるのは君がボロボロになった原因だ。単刀直入に訊こう、君は誰と争った?」
「誰、とは?」
いきなり直球だな。しかも私が犯人で無いことが前提になっている。
「そもそも遺体で発見された3人は凶器となるような物は何一つとして持っていなかった。ナイフやスタンガンもね。当然君も持ち合わせては居ないはずだ」
「…そのはずですね」
そもそもアレを持っていること自体が私にしか認識できていないのだろうか?
「大見孝文は君に残った血液反応から君と争った物だと解った。でもそこまで時間はかかっていないはずだ、何が有った?」
「…それは」
どう説明しよう?適当に誤魔化すことも出来そうに無い。
「私はたまたま落ちていたナイフを拾って──」
「いや、それは無いんだ現場にはそもそも凶器が落ちていない。それに君の力では大の男をあんな風に解体するなんて出来ないはずなんだ」
「どうしてそう思ったんですか?」
「勝手ながら君の身体測定のデータを見させて貰ったよ。時期としては丁度半年前のものだね、運動部に居たから高校一年女子の平均より少しだけ数値が高めだ、でもそれだけだった」
「それだけだと、どうして?」
「平均よりちょっと身体能力が高めの女子が大の男と取っ組み合って勝てるのかい?況してや相手はそう言ったことに慣れてる。君が特に武道の習い事をしていないのも調査済みだ。だからこそ解らない」
多分、浅田さんはこの事件が普通じゃ無いことに、どこかで気が付いている。でもどこか正体が掴めずにいるみたいだ。
「それに検死官の報告によると、羽成亮太と橘信二は喉と頭を後ろからの一刺しで殺されているとのことだ。なのに体の彼方此方に不必要なほど打撲や切断の痕がある。彼はまるで『解体作業』の痕みたいに見えると話していたが、どうだ?」
「え?あ、いえそれは…はい…」
優秀すぎるだろ、伊達にプロはやってないなこれは。
「おまけに使われた凶器は違う物だと言うのも解ったみたいなんだ、それらを踏まえて話すと君は犯人では無い事になる」
「あ、いえその…一人に関しては私がやって」
「ああ、解ってる。でも解らない以上君をどうこうすることは出来そうに無い。もしかしてまだその時の物を持ってるとか?」
「……これなんですが」
私はあの時から何故か持っていた短剣を差し出す。
「?失礼だけど、何を持ってるんだい?」
「……やっぱり何でもありません」
やっぱり。これは私以外には見えていないのか。でもどうして?
「ふむ……さて、以上を踏まえてまた最初に戻る。君は何を、いや誰を見た?」
「私は…」
話しても大丈夫だろうか?いや、もしかしたらもしかするかもしれない。ダメ元で話してみるか。
「…魔物を…見ました」
「魔物?それってどんな?」
「背が、低くて、肌、が緑色で、て、手、には何か武器を持っていて、よよく解らないこ、言葉でかか会話をしして眼が普通のの人間とと違ってそれがた、たた沢山居て──」
自分が震えているのが解ったあんなモノはもう二度とも出したくないのに、しっかり記憶に残ってしまっている。何をしようとしていたかさえ思い出せてしまった。
「解った、悪かった。さ、これ飲んで落ち着いて、さ」
「は、はははい」
出されたコップに口を付ける。水かと思ったらリンゴジュースだった。おかげで少し落ち着いた。
「……」
「……あ、あの?」
浅田さんは難しい顔をして考え事をしている。まさかこんな話しを信じているのか?私でさえ夢かどうか怪しいと思ったのに?
「……何となく、解ったよ」
「な、なにがですか?」
理由は解らないが、これ以上話を聞くのが恐くなってきた。
「君が生きて帰ってこられた理由だよ」
誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします。




