安堵の目覚め、幸せの記憶
スマートフォンにて失礼します。
「…ん……んん?」
目蓋に光が当たる感覚がして目が覚める。寝惚けた頭でスマートフォンを探そうと右手を動かす。
「痛っ」
一瞬だが腕に鋭い痛みが走り、僅かながら頭が覚醒する。自分がどこに居るのかを把握しようと目を開ける。
「……しらないてんじょうだ」
ついそんなアホなことを口にしてしまう。いつも部屋で見上げる天井では無いことは一目でわかった。私の部屋はここまで白くない。
時間を確認しようとして首を動かそうとした。
「っ!?」
その途端首周りに鋭い痛みが走り、動かすのを断念する。仕方が無いと目だけを動かして時計を探すが見当たらない。けれどどこからかカチカチと秒針が動く音が聞こえてくるので時計はあるのだろう。視界には他に何かの間を仕切るように白いカーテンが下がっている。
──どこかの病室だろうか?
でもなぜだろう?何故か記憶があやふやだ。頭に靄が掛かったみたいな感じ。
──あ、ダメだ。
頭の靄が私の意識を朧気にしていく。今の私はソレに抗う術は無さそうだ。
「おやすみなさい……」
誰にとも無く私はそう言って、私は再び眠りに着いた。
◆ ◆ ◆
「いつまでそう有り続けるわけ?」
「ご免なさい、もっと頑張ります」
「だからここは貴方だけの部活じゃ無いのよ?何時までも個人の力でどうこうなる世界じゃ無いの」
「それでも私は頑張ります」
「イヤそう言う意味じゃ無くてさぁ…」
「では練習があるので失礼します」
「あ!ちょっと!明日見!」
私はそう言って先輩の下から離れて、自主練を始めた。この所どうにも調子が上がらない。
この時の私はどうにもスランプと呼ばれる期間に入って、全く上がらない成果に日々苛立ちを募らせながら過ごしていた。最初の頃は先輩達の考案したメニューを同輩達と熟してきたのだが、私だけ伸びが低いのが非常に目立った。先輩達からも心配されたが『大丈夫です』と押し切り、体の状態を見直しつつ自主練に励んでいた。
それからも先輩達のメニューを熟し、周りが実力を伸ばしていく中、私だけが伸び悩み。それを一週間繰り返した。
「それで、今日はどこに行くんだい?」
「ちょっと本屋に用事がありまして、何か良い物が無いかと思ってきてみたいと思ったんです」
土曜日。午前の授業が終了し、放課後になってから。私は灰田先輩と近くのショッピングモールへお買い物デートに来ていた。
付き合い始めてからは何度かこういう風に二人でどこかに出掛けたりというイベントが増えて、私の中での高校生活が充実していくのを感じる。
恋、部活、勉学。
凡そ誰もが夢見る模範的な高校生活という物を今の私は満喫していた。心の奥底に仄暗い悦びを感じながら。
「どんな本?一緒に探すよ」
「ありがとうございます、陸上関連の本なのですが──」
最近の悩みを打ち明けながら欲しい本の情報を話す。スランプ気味なこと、部活の同輩達に後れを取って焦ってしまっていること。そして、最近になって私への嫌がらせが増えたこと。
先輩は親身になって聞いてくれた。
「そっか…多分それは俺のせいでもあるのかな…」
「そんなとはありません!だって先輩は──」
何も悪くない。そう言おうとしたけれど。
「いや…周りを勘違いさせてしまうようなことをしてきた俺にこそ非がある。今までハッキリしなかった分の負債が俺に回ってきたんだ」
「だからって先輩がそこまで気に病むことは無いと思います。それが先輩の優しさなのは私はよく知っているつもりですから」
先輩は誰にでも優しい。その優しさを独占するつもりは無い。
寧ろその時先輩に熱を持った瞳で見つめる女性を見て『残念だったな!先輩の彼女は私だ!!』と暗い愉悦に浸るのがクセになっていた。面だってそれを言うわけには行かないので、私の胸の内に留めておく。
「さあ、着いたよ。どこから探そうか?」
「では先輩はあっちをお願いします。私はこちらを」
モール内の書店で先輩と一旦別れる。ここは少し変わった間取りをしており、対象年齢ごとに書籍のラインナップが決まっているのが特徴だ。
周りからは『分野毎に揃えろ』と言う声ももちろんある。本当は私もそれには賛成なのだが、店の意向として出来る限り変更はしたくないらしい。
先輩にはプロ向けの実用的なトレーニング関連の書籍を、私は学生向きな陸上関連の指南書を探すためにそれぞれ別方向へ向かった。
「さーてと、この辺にあるかしらぁ…」
ふと、目に入った書籍がある。こちらに表紙を向けてるわけでは無く、普通に棚に入れられて背表紙しか見えないが、何故か私の目にとまって離れない。
『友達の作り方・付き合い方』
「なんでこんなのが気になるのよ…」
悪態をつきながらも手に取って眺める。何て事は無い。緊張の解し型や話す上で気を付けることなど、今ならネットの何所にでもありそうなことを殊更うるさく強調して目に悪そうな構成で書かれた本だ。
「友達なんて、私には必要ない」
傷めないようにそっと閉じて元の場所に戻す。周りのことをあまり考えないようにしながら目的の本を探す。
程なくして見付かり、先輩も私にピッタリな本を見付けてきたみたいだった。
「じゃあ、来週に学校で」
「はい、また来週にお願いします」
トレーニング本の実践を約束してその日は別れた。これが私達のデート。華やかさは無いが、共に悩んで、共感して、時間を共有して。お互いにそうすることで日々幸福を感じていた。
◆ ◆ ◆
「…ん」
懐かしい夢を見た。これは私の高校生活である意味一番幸せな時期だった時の話。何て事の無い些細な幸せ。ただ隣に居て、話を聞いてくれて、それで二人して『おかしいね』と笑い合う。本当にただそれだけの、だけどこの時の私には本当に高校生活で一番幸せだった時間だ。
日は大分高く登っており、二度寝してからまたかなりの時間が経っていることがうかがえた。
「完☆全☆覚☆醒」
やはり二度寝は最高だ。スッキリした目覚めに妙なテンションになりながら状況の把握に努める。
この部屋は私の部屋以上に空調が効いているためそんな中でも少し肌寒く感じられた。相変わらず何故か首周りに痛みが走っているため、居場所の確認や時間の確認を行う術は無く、私に出来ることは多々思索に耽ることのみであった。
──そもそもここは何所だ?
状況から見て病室なのは間違いない。周りに人の気配が無いことからここは個室だと思われる。カーテンの向こうは出入り口だろうか。体を動かせないのが少々恨めしい。
──今はいつだ?
時間は日の高さを見て何となく解る。でも日付まではどうしようも無い。流石にこれ以上は現状では把握し切れそうに無い。
──最後に何が有った?
目覚める前の記憶を辿ってみる。学校、帰り道、寄り道、ゲーセン、拉致、それから──
「──っ」
突然頭が割れそうになるくらい痛み出す。一番大事なところだ、そこで何が有ったんだ?
「魔物?」
そうだ魔物だ。私は何体もの魔物を相手に慣れない大立ち回りを演じた憶えがある。その後誰かに助けられて──
「あれ?そこから記憶が無い?」
ここで私の記憶は終わりらしい。気になるところはあるが、これ以上は探りようも無さそうだ。あとは──
「──そうだ、短剣」
あの短剣はどこだ?最後にもちゃんと持ってたはずだ。
と、そんなことを考えたら──
「──!え!?」
動かせないはずの右手にしっかり握られていた。全体的に透明な姿は昨日見たときのままで、夢でも見ていた気になりそうだ。
「でもそれじゃ私の今のこの状況はどう説明すれば?」
その辺りはもう少し実感するのに時間がかかりそうだ。一旦保留で。
この辺りまで確認し終えた頃には辛うじて首も動かせるようになったため、もっと詳しい現状把握に努める。
ベッドの左手サイドテーブルに私の鞄とスマートフォンが置かれていた。
「──っ!!ぇい!」
痛む体に渇を入れて左腕を動かし、スマートフォンを手に取る。電源が切れていたみたいなので、急いで入れる。起動シークエンスの長さが実にもどかしい。やがて無事に起動し終えるとバッテリーの残量に日付と時刻が表示された。
「えーっと?」
日付は4月18日を指しており、私は一晩ここで眠っていたことになる。
時刻は正午を回った辺り。授業は完全にすっぽかしてしまった。先生に何て説明しよう……。
「取り敢えず今日のログボの回収っと」
スマートフォンに入れていたソーシャルゲームを起動し、ログインボーナスを回収する。これで連続ログイン日数と累計ログイン日数がまだイコールで結べる♪
「……イヤこんな時になにやってんだ私は!」
少しでも日常に帰りたかった私はソシャゲにログインすることで最初の一歩を踏み出すのだった。
十五分後。
「さーて、これはなんだ?」
右手を向いてみると長いコードの先端にボタンだけが付いた装置があった。
「あ、ひょっとしてれナースコール?」
テレビなんかでよく見るあのボタンだろうか。
「まぁ何でもいいや、はいポチっとな」
何でも良いから今は誰かと話がしたかった。とにかく今は情報が欲しい。そこからはそう時間は掛からずに誰かがやって来た。
「!嘘でしょもう目が覚めたの!?」
「え?いやあのちょっと…」
「直ぐに担当医を連れてくるから待っててね!」
そう言うや否や、早足で部屋を出て行ってしまった。
「えぇー…」
私はいったいどうなっていたんだ?
それから程なく先の看護師は私の担当医らしい人物を連れてきた。
「やぁ、唐竹明日見くん…で良いね?」
「はい、そうです…間違いありません」
担当医は絵に描かれていそうな恵比寿みたいな体型と顔をしていた。
「良かった、昨日の夜運び込まれたときは彼方此方がボロボロだったからね、正直このままだと命が危ういと思ってたよ」
「え!?でも今の私、大分ピンピンしてますよ?」
思わず起き上がってツッコミを入れる。
──ん?起き上がって?
「あれ?なんで私起き上がれて?」
「そこもまたおかしな所なんだ。推測だが、今朝は体を動かすこともままならなかったんじゃ無いかね?」
その通りなので頷く。
「昨日の君は本当に酷かったよ。何せ全身複雑骨折に表面は裂傷塗れ、更に太腿や肩に重傷。治ったとしても半年はリハビリになりそうな大怪我中の大怪我だ。一体何が有ったんだい?」
「それは…」
どうする?いっそのこと正直に話そうか?でも頭が変な子扱いは流石にされたくないしなぁ…。
「どうも、記憶があやふやみたいで何が有ったのかが殆ど…」
適当に誤魔化すことにした。正直、私でもアレが何なのかサッパリ解らない中でこれ以上適当なことを言うのは危険な気がする。
「うーん…そっかぁ…。まぁ、取り敢えず現状信じられない速度で回復しているとは言え、油断は禁物だ。だから明日は検査入院として一日ここで様子を見る。その後の状態次第で退院と行こうじゃないか」
「はい、ありがとうございます。あ、学校には何て?」
「心配しなくても鞄に身分証はあったからね、そこを頼りに連絡は入れて置いたよ。なんかイヤにすんなり通ったけどね」
「え?」
お医者さんが患者を不安にさせることを言わないで欲しい。とにかく学校は問題ないと。なら次は…。
「家族には?心配させてしまったかも…」
「心配しなくても君の家族は大慌てだったよ。搬送時の状態が状態だったから面会謝絶にしてたけど、後で連絡しておこう」
「ありがとうございます!」
これで不安要素は無くなった。となると後は。
──グゥウウウ
「おやおや。安心してお腹が空いたのかい?病院食で勘弁したまえよ?」
「あ、アハハ…オネガイシマス…」
考えてみたら昨日の晩から今の今まで何も食べていない。腹の虫が大合唱を始めて漸くその事実に行き着いた。って言うかマジで辛い。
「あの、なるべく早くお願いします。なんか色々限界みたいで…」
「ハハハ、直ぐに用意させるからもう少し待ち給え。僕はご両親に連絡を入れてこよう」
そう言って恵比寿担当医(なんかこの方がしっくり来る)は病室を出て行った。
右手のサイドテーブルにはコップに入った水が置かれている。先程の看護師が置いていった物だろうか?
「そう言えば喉も渇いてた、水分水分」
身を起こしてコップの中身を体に流し込む。すると体の隅々に染み渡っていく感覚とそれに伴うある種の全能感が体内を駆け巡った。
詰まるところ『生き返る』感覚だった。
「おいし~…」
生きてるって、素晴らしいなぁ……。
そう、昨日どのような目に遭ったのかを思い出してから、まだ戻ってこられていない感じがしたのだ。それがたった一杯の水で大いに解消された。これぞ我が命。
ビバ!ウォーター!ウォーター!イズ!ライフ!
「アホなこと考えてないで、これからどうするのかを考えよう」
私は昂ぶるのは早いが、冷めるのも早い。直ぐに冷静になってこれからのことを考える。
──グゥウウウゥゥゥ。
「……」
取り敢えずご飯を食べよう。
誤字脱字などの報告があればよろしくお願いします?




