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逃亡の先に

スマートフォンにて失礼します。

 短剣を手にひたすら走り続ける。1秒でも早く、1mmでも遠くあの男達から逃げるために。


「──!アイツは───!?」

「道は─────ねぇ!ならこの────かだ!」

「あ──────ジ─────!!──生ま─────後悔させ────チ殺す!!」


 遠くから私を追い掛ける男達の声が聞こえてくる。あの場から私が逃げ出して暫くしたあと、こうして追いかけてきている。捕まったら殺されるよりもっと酷い目に遭う。こんな時に陸上部で培ってきたスキルが役に立つなんて思いもしなかった。


「ハッハッハッ」


 薄暗い道をひたすら走る。まっすぐ走るのは危険だ、奴らに見つかってしまう。曲がり角も危険だ、誰かにぶつかってしまう。四叉路はもっと危険だ、迷いが出る。

 そこまで来て漸く気が付いた。今まで走ってきた中で()()()()()()()()()()()

 更に考えればおかしな所はもっとあった。時間帯としてはもう夜で、灯りが無いはずなのに殆ど暗くないこと、路地裏と言うにはあまりに広すぎる事。そして今になって漸く解ったことは。


 ──ァァァァァァァ!!


 遠くから凡そ私の知る生き物とかけ離れた鳴き声?が聞こえてくることだった。


「もう!!何なのよここ!!」


 恐怖を誤魔化すためか思わず叫んでしまった。すると当然。


「お──あ───ら声────!!」

「も─追い───れ───嫌────!!」

「───す!──ジでブ──す!!!」


 ──しまった!?なに大声出しているんだ私の馬鹿!!


 その行為で呼吸が乱れる。今まで保ってきた均衡が徐々に崩れ始める。考えてみたら先程まで手足を縛られ背中や腹も蹴られてた。いくら走るのに慣れているからと言って、ゴールの無い薄暗闇の中を走るのは精神的にかなりキツい。況してや背の高い無機質なコンクリートジャングルの中を走るのに適さない指定のローファーで走り続けて足に傷がつき始めている。


 そしてとうとう私は運に見放されたらしい。


「──!行き止まり…」


 高く聳え立つコンクリートの壁登ろうとしても手がかりになりそうな物は空調の細いパイプで、それも下手に体重を掛けたら壁から剥がれてしまいそうだ。

 しかしそれよりも驚きの光景が目の前にあった。


「なにこれ…骨?」


 夥しい数の動物の骨が通路の先に棄てられていた。よく見ると骨はそのどれもが肉が削ぎ落とされており、表面には削り取って出来たであろう無数の傷が刻まれている。そして更によく見るとそれは学校の理科室などに置かれていた人体模型とカタチが酷似しており──。


「──ゥプッ」


 目の前の光景に嘔吐しそうになるのを何とか堪える。この光景を見てここがもう私の知る世界で無いことをハッキリ認識してしまった。

 更に追い打ちを掛けるように。


「見つけたぞ!あそこだ!」

「なあ!おい助けてくれ!!」

「ブッ殺す!!ブッ殺オオオオオス!!!」

「あ…」


 絶望とは、カタチを持って私達人間の下に来るらしい。でもそれは人に良っ違うみたいで、私の場合はたまたま彼等だっただけなのだ。

 色々諦めが付いてしまったのか、私は暢気にもこんな事を考えてしまっている。


 ──あんなので私を壊されるのは嫌だなぁ…。


 そして彼等との距離が残り20m程に差し掛かったとき。


「!おい嘘だろ行き止まりか!?」

「そんな!せっかく信じて走り続けたのに!!」


 二人の男が立ち止まり私には訳のわからない言葉を叫んでいた。

 でも残りの一人は──。


「殺スウゥアアアアア!!!!!」


 私に向かって勢いを止めずに走り抜けた。


「!ダメだ止まれタカちゃん!!」

「──!」


 私は握った短剣の切っ先を男の方へ向けた。そしてそうした後の結果は一目瞭然で。


「!ォア?」


 男達にとっては不可視の短剣が。私に向かってきた男の喉を貫通し、その勢いのまま短剣の刃に添うように両断された。やはり私の手には生き物の肉を切ったような感触は無く、空気のように抵抗無く男を切り裂いていた。ただ向かってきた質量はどうしようも無く。


「うわっ!!」


 私の体は後方の骨の山に押し倒された。


「そんな…タカちゃん…」

「マジかよ…こんなの嘘だろ…」


 残った二人はその結果に呆然としていた。


「っそ!重い!」


 私を押し倒した肉塊をどけながらそう悪態をつく。その際に何か硬い物に触れたのをあえて気にしないようにする。全身の殆どは男の血液などの体液で汚れてしまった。

 けれどもう慣れてしまったのか、そんなことを気にしている余裕は無くなったのか、今の私にはなにも感じなかった。


「それで?今度は何なの!?」


 男達に短剣の切っ先を向ける。不可視の短剣は返り血などは付いておらず、男達からは何を向けられているのか解らないことだろう。そして私は、私にしか見えず何が有っても汚れや傷が付かないソレに、不気味さと共に頼もしさを感じた。


「助けてくれ!!早くしないと()()()が来る!!」

「は?」


 相手の慌てように少しずつ冷静になってくる。よく見ると彼等も私と似たような息の上がり方をしている。まるで誰かから逃げてきたみたいなソレを。


「アンタなら何とか出来るんじゃ無いのか!?早くここから逃げるためにも!!」

「ちょっと待って!まるで意味が解らないんだけど!?」


 何かがおかしい。彼等は私わ追いかけに来たのでは無いのか?イヤ結果的には追いかけることになっているのだが、何かかが噛み合わない。そう言えばさっき何か…。


「ねぇ、アイツって?」

「ハァ?おい見てねぇのかよ!?」

「こんなところ今すぐ逃げねぇと俺たち──」


 死ぬ。おそらくそう言おうとした男はその喉から刃を生やして事切れた。続け様に男達の背後から続け様に何者かが襲い掛かり、悲鳴を上げる間もなく男達は滅多刺しにされた。


「──は?」


 そして暗闇の中からソレは姿を現した。

 子供のような体躯、緑に近い色の肌、毛の生えていない頭部、尖った耳、一見華奢な手足。

 身につけている者はナニカノ皮の腰巻きと様々な材質の武器だ。ソレは金属製の物だったり動物の骨から削り出した物だったり、石を削った物だったりと実に多彩だった。

 そんな凡そ現実で見掛ける機会は無く、有ってもその後に待っているのは確実な死しか見えなく、生き残って話したところでその存在を疑問視される。


 ──何で?これ夢?


 魔物。正しくそう呼ばれそうな存在が、私の前に現れた。

誤字脱字などが有りましたらお知らせ下さい。

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