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第7話

「もうそろそろ、葵も帰ってくるな」


 そう思った矢先だった。

 



 ピンポーン。


 と、ドアのチャイムがなった。いつもは自分の鍵であけるはずなのだが、生憎と今日は俺も用事があったためエンントランス用の鍵は俺が持っていた。


 俺もすぐにモニターまで小走りし、すぐに通話ボタンを押した。


 すると、何か不思議なものが写り込んでいた。別に、心霊とかそういうものの類ではない。恐らく、人ではあるとは思うが……誰だ?


 いや、俺の幻想なのか、もしくは夢なのか。それとも、見間違いなのか。定かではないが彼女のとなりに知らない、明らかな人影が見える。


「ん?」


 よく、居酒屋の女の先輩と一緒に帰っていると聞くが家までついてきたとこともないし、俺も見たことがない。しかし、彼女のとなりにある人影は明らかに女性ではないくらいに大きいのはしっかりと見えていた。


「隼人ぉ、鍵開けて~~」


「分かったけど……隣にいるの、誰?」


「ん、あぁ、先輩の矢吹さん」


「矢吹さん? 居酒屋の先輩か?」


「うん、一応一緒の学部だよ~~」


「そ、そうか……分かった」


 少しムカッとしてしまったがさすがにバイト終わりの葵をエントランスに居させ続けるわけにもいかない。俺は渋々、開閉ボタンを押し、彼女が来るのを待った。



 ガチャン。


「ただいま~~」


「おかえり……」


 扉が開き、普段通りの挨拶を交わすと、彼女の後ろ、知らない男が立っていた。恐らく、先程、葵が言っていた矢吹さんとやらだろうか。


「こんばんは―—あ、えっとぉ、隼人君?」


「こんばんは」


 なんだこいつ。急に来たかと思えば馴れ馴れしい……下の名前で呼ばないでほしい。


「その、何か御用ですか?」


「え、いやいや、夜道も危なかったから送ってあげただけだよ。女の子一人で帰らせるのはちょっと危ないからね」


「は、はぁ……まあでもそれはありがとうございます」


「いやいや、俺がしたかっただけだから大丈夫だよっ」


「そうですか……」


 靴を脱ぎ、揃えて、リュックを置くと俺の隣に並び立った葵。少し、不安になった俺は彼女の方へ寄りかかる。まさか、この先輩に変なことをされてないよな? と、彼氏でもないのに変な思いが沸き上がって来た。


「大丈夫か、葵?」


「えっ、う、うん……?」


 俺が心配そうにそう言うと、目の前にいた矢吹という男がこちらを見て急に笑い出した。


「——あははっ、あぁ、そういうことかっ!」


「な、なんですか?」


「いやぁ……ごめんね、お邪魔しちゃったね……隼人君だっけ? 俺は別にみさあお……じゃなくて御坂ちゃんは狙ってないか安心してよっ」


「っ⁉ べ、別にそういうわけじゃっ……」


「まぁまぁ照れないで~~俺は応援してるから、二人で頑張ってね?」


「へ、わ、私もですか?」


「え、だって、ほら。付き合ってるんじゃないの?」


「え?」「はい?」


「あれ、そうじゃないの? ほら、同棲してるしてっきり付き合ってるのかなぁって」


「ち、違いますっ‼‼」


「そ、そうですっ。俺たちは別にそういう関係ではなくて——えっと、その——」


「お、幼馴染なだけですよっ‼‼ 矢吹さん‼‼」


 慌てて否定したが彼には全く信じてもらえず、ニヤニヤと笑われてこの場を去っていた。


「彼氏君も、威嚇しなくてもだいじょーぶだからねぇ~~」


 極めつけに一発まで入れられて、唖然とした俺たちは口を頬けたまま玄関に取り残されてしまった。








「あ、葵?」


「——な、なにっ?」


「お風呂、入ってきな」


「……うんっ」


 シンとした静寂に包まれた玄関。俺は葵のリュックを持って、寝室へ向かった。














「俺、なんでイライラしてたんだろ……?」


 葵が風呂に入っている間、俺はひとしきり考えていた。

 

 矢吹という男には俺たちの関係は付き合っているように見えたのかもしれない。だが、俺は別にそうは思っていない。いや、友達として、幼馴染として、親友として——凄く好きではある。家族に近い存在で、一緒に居ると落ち着くし、喧嘩をしても次の日には普通に話すことが出来るくらいには仲もいい。


 ただ、それは恋愛感情ではない。


 つい此間まで俺は違う女子を狙っていたんだ。女子についてあんまり知らない俺は葵にだって相談したし、そこで彼女とそっちの感情を持つこともなかった。


 でも、なんで……俺はあの男を見てイラっとし。


 なんで、あの男に付き合ってるんでしょ? と言われて体が熱くなったのだろうか?


「……」


 シャワーの音がひしひしと聞こえるだけで、考えても考えても理由は浮かんでこなかった。


 葵は俺のことが好き……なことはなんだかんだ分かっている。昔から俺にだけはバレンタインデーで豪華なものをくれるし、高校を卒業した時なんて二人だけが写っているアルバム的なものまでもらったんだ。


 それまで分からないような鈍感ではない自負はある。


 ただ、俺はまだ―—好きではないはずなのになんでイライラしてるんだ?


「はぁ……ダメだ、考えれば考えるほど分からなくなるっ……俺、葵のこと好きなのかな?」


「へっ⁉ す、すすすす、好きっ⁉」


 あ。

 

 聞かれてしまったと思った時にはもう遅く、振り向くとパンツとキャミソール姿の葵が髪をタオルで拭いている途中で固まっていた。


 同時に俺も口を頬けながら固まる。


 静かな部屋で見つめる俺と葵。

 

 数秒間、見つめ合っていると——葵の方が小さな声でこう言った。


「は、隼人……は、わ、私の事が好き……なの?」


「————え? あ、いや別に——そうじゃないっていうか、なんていうか……す、好きではあ、あるけど……恋愛とは違うっていうか、その……」


「ど、どっちなの?」


 言葉を濁すと、固まっていた葵は俺の方へ近づき、しゃがみ込んで下から覗き込んだ。


 お風呂に入ったからか、すごく良い匂いがする。同時に顔が熱くなるのを感じて、俺は視線をずらした。


「べ、別に————そういう、わけじゃ」


「ち、違うの?」


「違くは——ない、けど……」


「けど?」


 やばい。

 確実に詰められている。

 冗談で誤魔化す……ことなんて、葵の真剣な眼差しを見ればできるわけがない。


 詰んだ。


 しかし、その瞬間。

 葵が俺の膝の上に抱きしめるように乗っかった。


 女の子の柔らかいものが胸に当たり、ドキドキと胸打つ音が聞こえる。


 一体全体、何が起こったのか分からない。頭の回線がショートして何を考えているのかが分からなくなっていた。


「っ——」


「わ、私も——まだ、ね。決められないけど……でも、多分……多分ねっ……隼人以外の人のこと……付き合うことはないと思うよっ?」


「は、え……」


「も、もしかして……矢吹さんにとられるとか思ったのかなって……」


「べ、別に——そうじゃないし」


「はははっ……顔真っ赤」


「っ~~あ、暑いだけだ」


「アレクサ、今日に気温は?」


『今日の気温は摂氏10度、最高気温は摂氏18度です』


「あ、アレクサに聞くなよ‼‼」


「へへっ、だって言い逃れしようとしてるからじゃん」


「俺は——別に、そんなことはないっ……けれど……」


「けれど、何?」


「……」


「ほら、黙ったし」


「ち、違っ……」


「もう、まったく……でもとにかく、安心して……私はまだ、誰とも付き合わないし騙されないから、ね? 分かった?」


「違うんだけど……」


「分かった?」


「は、はい……」



 コクっと頷き、俺が立ち上がろうとすると。


「だめ」


「え?」


「このままでいて」


「俺も風呂に……」


「だめだから……あと五分、だけ……ね……」


 ぎゅっと抱きしめる力が強くなり、彼女の柔らかいそれが押し付けられる。

 胸がぽわぽわして、胸がバクバクと音を立てていた。


「んっ……」


 いい匂い。柔らかい。気持ちいい。心地よい。

 もうぐちゃぐちゃで頭が痛いはずなのに……胸がポカポカして、変に胸が落ち着く。


 あったかくて、優しくて……フラれた日の夜を思い出す。


「ふぅ……」


「息がかかるって」


「かけてるの」


「っ……」


 



「暑いね」


「あぁ」



 そのまま数分間、抱きしめ合ったせいでその日の夜は全く眠りに付けずに大学を遅刻したのは——また今度、話すとしよう。

 

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