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第36話

「目、開けていいよ」


 為すがまま、為されるがまま。


 まるでのエッチなビデオのSMプレイのような恰好で、俺は1キロほど歩いたというわけだ。まったく、恥ずかしいったらありゃしないが気にせずここは葵の命令に従って……


「——ん、あぁ」


 溢れ出る光線の眩しさに視界を隠すと、数秒ほどで目が慣れ、瞬きをする。

 一体、どこに連れてこられたのやら。


 しかし、そんな疑念もすぐに晴らされることになる。



「ここ、は……」



 慣れた目を四方八方、そして十六方。

 辺りに視線を配り、周りの物を確認する。


 すると、そこはどうやらどこかの建物の一室だった。


 広さとしては畳9畳分ほどだろうか。そこそこ広い部屋は薄暗い桃色の灯りに覆われて、キングサイズのベッドが綺麗に装飾されている。およそ52型のテレビがカラオケ器具と共に置かれていて、その用意周到さには生唾を飲むほどだ。


 それに、壁紙も豪華で内装もかなり凝っているようだし、俺もこんな場所には一回も来たことがない。


 ホテル? にしてはかなり高そうに見えるし、入ってからなんの音も聞こえなかったからフロントマンなんていなかったはずだ。


 では、一体ここはどこなのか……徐々に慣れていき小さくなっていく光彩を感じながら―――


「え?」


 そして、俺の目には「あるもの」が写っていた。



 



「こ、こ……こんどーむ?」





 そう、知る人ぞ知る魔物。

 人は知恵を使い、子供を孕むことなく性的な快感を味わえる道具としてそれを作ったと聞いたが目にしたことはあまりなかった。


 せいぜい、薬局のエッチなものコーナーで穴の付いた柔らかい何かと共に見るくらいだった。


 しかし、今。


 それが目に入った。


 テーブルに置かれたフロントへつながるはずの電話機のすぐそばと、先程眺めたキングベッドの棚に。綺麗に並んで置かれている。


 一つ、二つ、そして六つほど。


 ここでことを為すものは一体全体、何回戦と行くのだろうか? ——なんて、おかしな考えすら浮かんでくる。


「……」


 いや、ホテルにコンドーム。


 何かがおかしい。


 俺ってまず、どこにいる?


 ホテル?


 でも、俺が今まで泊まってきたホテル、そして宿にはそんなものは置かれていない。


 おかしい。


 明らかにおかしい。


 何かが変だ。


「——なんで、だ?」


 一歩、そして二歩。

 部屋をぐるぐると回り、さすがに俺も想像の境地にたどり着き、その場で石像のように固まった。


「————なに、これ?」


 そこにはまさに言えないものが詰まっていた。女性用のおもちゃに、男性が使うおもちゃまでしっかり入っている。自販機のような形で値札には500円、1000円、2000円。って、めっちゃたけえ!! みんなこんなもの買ってるのか? まじか、ちょっと見直したかもしれない……。


 って、そうじゃない!!


 それよりも、なにこれ?

 なんでホテルにこんなものがっ——!?


 頭を高速に回転し、全力で考えていると俺の目の前に立った葵がいつの間にかベットに座っていた。


「ねぇ」


「——ひゃい!?」


「ひゃ、い?」


「っあ、いや……なんでもっ……ない」


「ふぅん……そっ」


 にまっ。

 少し上を向くと、いたずらな笑みをこちらに向ける。


 は?


 え、なんなんすか? 葵殿。


「——それで、私の言うこと聞いてくれるんだよね?」


 やばい、言質を取られているのを忘れていた。

 ますます状況が悪くなっている気がする。


「ま、まぁ……できる、ことなら……」


「よしっ、できることね?」


 できることだ。

 俺に、できることだ。


 別に、全部できるとは言っていない。すべて、俺のできることだけ……あ、やばい、葵の口角が上がっている。


 これは、すぐさまここから出ないと————非常に、やばいっ‼‼


 くるりと身体を反対に向けて、走ろうとすると——手を掴まれた。


「え——」


「っと」


 すると、葵の吐息が耳に当たったと共に視界が上下逆さに反転した。


 ズドンっ——!


 大きな音がして、目を開けると俺はベットに手をついていた。

 それも、両手。加えて、視界の目の前には来ていた私服の胸元がはだけた葵がこちらをじっと見つめている。


 ごくっと唾を飲み込み、一瞬だが走馬灯が過ぎった。

 葵との思い出が過ぎって、ふと我に返る。


 俺は——幼馴染を、恋人を、彼女を押し倒して何をしている。


「——ねぇ、私からのお願いっ」


「——」


 葵が恥ずかしそうに口を開くと、垂らしていた手をゆるりと俺の首へ回す。小さくて、暖かい感触が首元をなぞるとすぐに、唇を指でつんと触れた。


「な……なんだ?」


 問う。


 ぴくんっと耳を揺らし、手を俺の胸元にくっつける。しゅるり、ゆるりと温かい感触が弧を描き、最後は左胸にぴたっと収まった。


「好き」


 不意の一言。

 それは、俺もそうではある。


 今日の一件もあって言うのは何だが俺だって葵の事は誰よりも愛している。


「……し、知ってる」


「隼人は?」


「え」


 いいから、どうなのよ? と真っ直ぐな碧色の瞳がなにも言わずとも言っていた。


「……好き、だ」


「へへっ……だよね」


 そらそうだが……こいつは一体何を。


「じゃあ、お願い」


 嬉しそうに笑い、葵は真面目にこう言った。


「卒業、させてほしいっ」


「っ」


「私の事をどれくらい好きなのか……隼人から知りたいなっ」


 かっと赤くなる顔。

 そんななまけた表情を見て、俺も全身が一気に熱くなる。


 言わなくても伝わった。

 葵はしたがっている。


 大人がするあれを、エッチなことをしたがっている。


 そう、ここで出来る事。

 ラブなホテルでできることを——彼女はしたがっている。


 証明という形で従っている。


 そして、俺は。



「————っ⁉」


「ひゃっ――――」



 気を失うように、葵の小さな身体に抱きついていた。


 柔らかい胸、そして温かく砕けそうな弱弱しい身体を感じながら——俺の手はもう、止められなかった。


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