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第35話

<藤崎隼人Side>


 走り出してから数分ほど。

 俺は、地下歩行空間を歩いていた。


「くそっ……見失った……」


 にしても、元体育会系の部活の人間として葵を見失うのは少し悔しい。


 あいつ、めっちゃ巨乳だし、走るのは遅いはずなのに……まったく、焦って何をやっているんだ俺は。


 ——って、そんなことどうでもいい。それに。


「意味なんてないっていうのに……」


 どうでもいいことで、つまらないことで考えてしまうくらいに俺も小さくなったようだ。


 



「——はぁ、とにかくっ。探すしかないかっ——」



 気合を入れ直し、汗雑じりに地下空間を探し回っていると——


 地下鉄大通駅、改札前の大きなデジタルスクリーンの陰にいじけるように座っている葵を見つけた。


 俺はゆっくりと近づき、体育座りをした彼女の目の前まで来ると、腰を落として話しかける。


「……あ、葵?」


 そういうと、葵の肩はビクッと震えた。


「だ、大丈夫か?」


 さらに、一歩近づき、しゃがんで震える方に手を置くと——むすっと頬を膨らませてこちらを見つめる。


「何」


「え」


「何」


「いや、だから……」


「だから、何」


 いつもの彼女の表情ではない。

 というか、地声を明らかに通り越した低い声が俺に突き刺さった。



「何ですか?」



 どうやら、怒っているらしい。

 それは明白だった。




「——あ、謝りに来たんだ」


 咄嗟に出た言葉を口に出すと、さらに顔を顰める。


「じゃあ、言うことは?」


「ぇ……ぁあ、本当にごめんっ」


「……誠意が伝わらないっ」


「誠意……そ、それに弁明をさせてほしいんだよ……」


「弁明の前にちゃんと謝ってよ」


 どぎつい声と睨みを利かせ、ぎっと猫のように威嚇され俺はもう一度頭を下げた。


「——本当に、ごめん。俺が悪かった」


 数秒ほど、返答が帰ってはこなかったが葵はむぅと喉を唸らせると——


「許す」


 少し不服そうに呟いて立ち上がった。

 すぐに、右手を掴まれて——引っ張られると俺は葵のゆくがままにその後ろをついていくことしか出来なかった。






 地下空間を出て、東側へ向かうこと数分。

 道中、何一つ話さなかった彼女が口を開いた。


「ねぇ……」


 少し前を行く葵の後姿。

 頭一個分小さい背中から声が聞こえると——俺は「ん?」と繰り返した。


「弁明って何?」


「え、あぁ……その、あれはたまたま会ったっていうか。あそこで待っていたら唐突に静香の方から出てきたんだよってこと」


「……ほ、ほんとに?」


「ほんとだって……そんなあからさまに疑わなくてもいいだろっ」


「だって……なんか、ムカつくし」


「いやまぁ。俺も勘違いさせたのは悪かったって思ってるけど、ほんとだよ。あれはたまたまで……座って少し話してただけなんだよ」


「……で、でもっ。それだけならあんなに近寄らないじゃん」


「——それは、あいつが」


「はねのけなさいよ」


 低い声。

 今のは真面目に怒っていた。


 しかし、確かに葵の言う通りだった。俺はあの時、昔の片思い相手とはいえ、かつて好きになった名残でドキッとはしていた。結果、あの様だったが、普通に驚いて、固まって何もできなかったのだ。


 だからこそ、彼女の葵に睨みながら言われると、ぐうの音も出なかった。


「……ごめん」


「……まぁ、いいけど」


「うん……」


 不服そうではあったが、こくりと頷いた。どうやら、分かってはくれたらしい。

 ひとまずは何とかなったようだ。


 そんなこんなで、葵は少し歩を進めるとすぐに立ち止まった。


 急で驚いたが俺も一緒に足を止めて、彼女は後ろを向いてこう言った。


「……私の事、好き?」


 頬を赤らめて、きゅっと身を寄せながら葵は小さな声で呟く。そんな彼女の迫り方があまりに唐突で、動けずに固まっていた。


「えっ——」


 思わず文字が漏れ出るが、彼女はさらに近づく。


「——だから、どっち?」


「好き、だけど……」


「んじゃ、あいt——静香さんの事はどう思っているの?」


「それは……別に何とも、だよ」


「何とも?」


「あ、いや——好きじゃないです」


「ん……なら、いい」


 そして、少し笑みを浮かべて、彼女は歩を戻した。



 



 ちょっと歩くと、再び振り向く葵。

 今度は何か思いついたかのように——急に言い出した。


「——ねぇ、ちょっと目瞑ってくれない?」


「え?」


 素っ頓狂な声をあげると、むすっと顔を顰めて何かいい案でも見つけたかのように「いいから」と呟いて、すぐにこう言った。


「——ね、これで許してあげるから瞑ってくれない?」


「これでって……さっき許してくれt——」




「な、に、か、な?」


 満面の笑み。

 そして、不気味な笑顔。


 その圧に耐え切れずにコクコクと頷いた。


「っ——!? は、はい……分かりました」


 何も言えるわけもなく、すぐさま目を閉じる。


 ふと、温かさを感じて手を握ると、ぎゅっと小さな両手に包み込まれた。


「——じゃあ、手つなぐからついてきてね?」


「は、はい……」



 



 ちょっと、何をされるのか怖いけど……やっぱり俺の幼馴染で彼女な御坂葵は可愛い。怒っている姿も、嫉妬している姿も……凄く可愛い。


 でも、やっぱり葵には笑っていてほしいと再び思えた瞬間だった。

 

 


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