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第33話


 ―—夏休みが始まった。

 

「うん、それで……海に行きたいなって」


「海?」


「そうっ、海よ、海っ。どうかな?」


「まぁ……俺は良いけど。葵……日焼けしないか?」


「え?」


「ほら、この前のプールの時も若干してたから……その後結構苦労してたじゃん。保湿塗ったりしてさ。俺は肌強いからいいけど、葵は結構弱いし……」


「日焼け……考えたことなかったわ。確かに、クリームとか塗ってなかったからね」


「え、まじ?」


「うん?」


 女子としてそれはいかがなものなのか? 

 まぁ、こういうのって努力とかしなくても全く傷つかない人間もいるし、葵もそういう気質があるからな。本人がいいならいいだろ。


「ははっ、いや……さすがだな」


「流石って、私、なんかしたかな?」


「いや、してないけど……」


「じゃ、じゃあ……何?」


 理由はないんだがな。

 強いて言うなら。


「幼馴染の勘ってやつだ、気にするな」


「……っ」


 すると、葵は目をパチパチさせると、クスッと笑みをこぼした。

 まったく、可愛いのが腹立つな。


「何それっ……幼馴染の勘って……あははっ」


「いいだろ、別に……」


「そうだねっ、別にいいね! よし、と言うわけで、明日行こうね、海!」


「はいよ……それじゃ、お互い準備しないとなっ」


「うんっ!」


 ニコッとはにかんだ笑みを浮かべる葵を見て、俺も少し緊張がゆるむ。

 さすが、俺の彼女だ。


 葵の笑みは何にも代えられないほどの宝石のような輝きを秘めているな。







 午後、俺と葵は二人で水着を新調するために駅前に来ていた。


「じゃ、えっとぉ……17時くらいに集合で大丈夫?」


「あぁ、分かった。17時に大通の噴水でな」


「うん、よろしくねっ」


 気分がいいのか、葵はノリノリで駅とは反対方向へ小走りで去っていく。俺はそんな彼女の後姿に苦笑いを溢した。


「……楽しみなんだな」


 もちろん、俺も楽しみだ。でも、夏休み初日の人がたくさんいる札幌のど真ん中で——やるのはちょっとな。


 まぁ、そんなところが可愛いんだけど。

 それに、キスをしてからと言って二人の仲がすこぶるいい気がするし、あのくらいはさせてあげないと可哀想だろう。


「よしっ——俺も、行くか」


 ふぅ——と溜息を洩らし、俺も立ち上がった。








「一点で5480円でございますっ、袋の方はどうしますか?」


「あぁ——大丈夫です。はい、ペ〇ペイで」


「ありがとうございますっ、どうぞ~~」


「あざっす……」


「またのお越しをお持ちしています~~」


 時間は16時12分。


「少し、時間が余っちまったな」


 集合時間は17時なので、まだ小一時間ほど余っている。とはいえ、特にすることはない。

 

 とりあえず、集合場所まで来てしまったがどうしようか。


 そんなこんなでスマホに視線を落としながら、10分ほど噴水前のベンチで座っていると、目の前で人が立ち止まった。


 俺の前で何をしているんだろ?

 

 特に気にすることもなく、もう一度スマホに視線を向けると——その人は一歩

近づいた。


 え、マジで何?


 さすがに怖くなって、恐る恐る顔をあげるとそこに立っていたのは忘れるわけもないあの人だった。


「——あ。隼人じゃんっ……久しぶりっ……」


 聞き覚えのある少し低めな声。

 俺を捉えた真黒な瞳。

 肩まで伸ばした清楚な黒髪。


 そして、大和撫子のように美しい顔。


 何時しか、見たことがある。いや、あの頃なら毎日見ていたくらいの彼女が俺の前に立っていた。


「……え、し、静香?」


 そう、まるで凛と咲く花の如く上から降ろす視線の持ち主は今更紹介するには凄く遅い、俺の初恋の相手だった。


 いや、初恋は葵か。って、そんなことは今はどうでもいい。


 とにかく、目の前に卒業式に告白した結締静香むすじめしずかがそこにいた。


「うおっ……なんか、ほんと久しぶりだねっ」


「あぁ……そうだな」


「いつぶりだっけ? 卒業式ぶり?」


「そ、そんくらいかな」


 葵と付き合い始めてからあまり考えたこともなかったが、いざ静香が目の前にいると好きになっていた名残なのか、少し恥ずかしかった。


 視線を向けることもできない俺はすぐに俯いて、ぼそっと呟く。


 しかし、彼女は気づくわけもなく、何もないかのように隣に座った。


「……あぁ、そういえば私、隼人に告白されたっけ?」


「……」


「あ、ごめんっ。これ、言わない方が良かったかな?」


 言わないも何も、どうでもいい。

 ただ、思い出したら……確かに気まずい。


「まぁ、な」


「あははっ……ごめんね。ついついっ……もう少し周り見ないとだね」


「……そうだな」


 静香は一年生の頃からそうだった。顔も良くて、可愛くて、綺麗で、部員おろか監督からも慕われていたマネージャーで、おまけに天然と男子を虜にさせるのに特化していた。


 全くと言っていいほど、俺も少しお世話になったが——今となっては後の祭り。特に話すことなんてないのだ。


 しかし、静香は俺の気まずそうな顔をはねのけてまで話し始めていった。


「いやぁ……でも、そっかぁ。なんか、色々あって、ごっちゃごちゃだったけど……結局さ、大学生になってもう、夏休みって考えると感慨深いよね」


「そう、かもな……静香も元気そうで何よりだよ」


「そう? 私、元気に見える?」


「見える」


「へぇ……さっすが隼人、鈍いんだね?」


「……じゃあ、なんだよ。落ち込んでるのか?」


 ニヤりといたずらな笑みを浮かべる静香は、少しだけ身を寄せるとコクっと頷いてこう言った。


「まぁ……落ち込んでるってわけでもないけど、どっちかと言うとそうだね」


「はぁ……それは、頑張れ」


「うわぁ、冷たい……それだからモテないんだよ?」


「……うるせぇ」


「あはははっ、冗談冗談っ!」


「んで、俺のことは良いんだよ。静香は何かあったのか?」


「あぁ、そうだねっ。えっとね、私——最近、フラれたの」


「へぇ、そうか」


「なんか、リアクション薄いね」


 まったくだ。

 彼女がいる俺にとって、静香のことなどどうでもいい。


「そうか?」


 しかし、それは言わずに聞き返す。


「うんっ……なんか寒い」


「今日は暑いぞ?」


「だから、そうじゃないって‼ もうっ」


 今更、どうでもいいのだ。

 俺は俺で、葵がいるのだ。


 ただ、嫌な予感がしていた俺のそれは当たっていた。


「——まぁ、せっかくだしさ、また会ったわけだし……」


「……」


「私たち——」


 静香はさらに身を寄せる。

 まさに、唇と唇が触れ合いそうな距離に近づいた。


「——付き合わない?」




 

 何を今さら―———そう思ったのと同時に、俺はその場で固まった。




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