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第30話

<藤崎隼人Side>


 あれから二週間が経った。


 気のせいか、それとも本当になのかは定かではないけど、葵の接し方が変わった——そんな気がする。


 最近は、距離があからさまに近い。


 一緒に帰るときは手を繋ごうとしてくるし、家ではかなりべったり言い寄ってくる。俺がソファーに座ってテレビを見ている時なんか、何気なく膝の上に座ってくる。ましては、寝るときなんかもぞもぞと懐に潜り込んでくるくらいだ。


 なかでも、俺がレポートに追われてパソコンと睨めっこしている時に、


「ねぇ、隼人」


「ん、何?」


「コーヒー、飲む?」


「え、あぁ……じゃあ飲もうかな」


「了解っ、任せて」


「おう……」


「でもその前に——」


 葵が後ろのソファーで立ち上がり、振り返ると——すっと身を寄せて。


「——んちゅ」


「……え、え、えっ⁉」


「ほら、頑張ってね。ほっぺ」


「うっ……な、何すんだよっ」


「何でも?」


「何でもってなぁ……」


「いいから、文句言わないでやるっ! レポート!」


 にししっと笑みを浮かべながら、照れる様子もなくしでかす葵に俺が少し動揺していた。それに、最近はいつにも増して面倒見がいいし、ちょっと母性が過剰閔妃津市ているまである。


 正直、俺はどうすればいいか分からなくて混乱しているんだ。


 俺も多少は積極的にやった方がいいって三島先輩から言われたばっかりだし、それなりにやってやる気はあったがまさか、俺より先に葵が変わってしまうとは思ってもいなかった。


 こんな感じで寝ている時は大人しくて可愛くて、でも子供っぽくて愛らしいけど、起きたら起きたで張り切るし、ついていけないったらありゃしない。


「……ほんと、どうしよう」


「……何がどうしようって?」


「何がってなぁ……葵がちと積極的になったのがびっくりし……え、えっ⁉」


「ん?」


 俺の背中、ソファーの肘置きにもたれ掛かっている葵はさも当然かのように入り込んできた。


「な、なんで——起きてるんだよっ‼‼」


「いや、まぁさっきから起きてたけど?」


「さ、さっき……まさか、聞かれてた?」


「何を?」


「え、いや、なんでもないっ」


 どうやら変な考えを口には出してはいないようだった。危うくそんなしょうもないことで変に弱みを握られては困る。というか、最近の葵の調子じゃありうるからな。


「——何、なんか顔がしかめっ面だけど?」


「えっ——いや、まさかそんなわけ……」


「そんなわけあるんだ」


「んなっ⁉ な、ないよっ‼‼」


「あからさまだけど?」


「別に……そんなこともないっ」


「あるじゃん」


 ジト目を向けてくる葵。

 その視線にやられて、ぐっと引き締まる背筋。


 一体全体、どうしてこうなるんだ。


「——まぁいいや。ほら、とりあえずこっち来て」


「え」


「いいから、こっち。耳掻いてあげる」


「耳? なんで」


「なんでって、隼人、最近あんまり手入れしてないでしょ?」


「してはいないけど……そのくらい大丈夫だって、自分でやるし」


「一人でやるとロクに取れないでしょ? 私がやるから、ほらっ——ここに頭置いて、ねるっ!」


 ぐっと頭を掴まれて、半ば強引に葵の膝に頭をヒットさせた。


 所謂、膝枕ってやつだ。

 俺はおもちゃじゃないんだぞ。


 まぁ、この色白でモチモチふわふわな膝に頭を置けるのは最高だが……素直にこれを喜んでいいものなのか。


 まったくもって、葵の接し方も含めて不可解だ。


「——なぁ」


「ちょっと、今は待って」


 右手で俺の右耳をごそごそとし出す葵。しゃべろうとすると、添えていた左手で唇を抑えた。


「ん」


「待って、耳に刺さったら危ないから」


「……」


 そんなことを言われては仕方がない。

 真剣にしてくれるのはありがたいし、言うのは何だが——葵の耳かきは極上だ。店を開けるレベルで気持ちがいいし、かなりの手練れで文句も言えない。


 上手く丸め込まれてしまった俺は口を紡ぎ、目をつぶった。


「……はいっ。取れたからいいわよっ」


「いいのか?」


「ええ、あとは外周」


「っ……おぅ。気持ちがいいな、それ」


「喘がないで」


「喘いでないわっ」


「喘いでるじゃん……まぁ、どっちでもいいけど。それで何?」


 男が喘いでもいいことはないだろうに。まぁ、だから喘がないでって言ってるのか。


 って、そんなことはどうでもいい。

 ひとまず、最近の距離の近さを聞かなければ。


「——いや、別にかしこまって聞くことでもないけどな」


「うん?」


「なんで……最近の距離が近いんだよ」


「……距離?」


 素っ頓狂な声だな。

 こっちの気も知らずによ。


「距離だよ、距離っ……なんか妙に積極的と言うか……ボディタッチが多いというか……」


 ボディタッチとか彼女に言うのは案外恥ずかしいな。

 ぼそっと視線をやや下に向けながら言うと、葵は少し固まった。


 1秒、2秒、そして3秒。

 刻々と沈黙が過ぎていく。


 やはり、か。

 聞く必要のない余計なことを聞いてしまったのかもしれない。ここで殴られたらどうしようか。


 なんて思っていると、葵は聞こえないくらい小さな声でボソッと呟いた。


「……だめ、なの」


 まるで蟻の様な声だった。

 ありはしゃべらないけど、そんなことは置いておいてだ。


 しかし、俺には聞こえた。


 駄目なの?

 と、そう言った。ここからじゃ顔の様子が見れなくてもどかしいけど、きっと真っ赤な顔だと思う。


 ということは、だ。

 別に葵自体が照れていると仮定できる。


 つまり、葵は葵のままだって言うわけだ。元気もあって、可愛い幼馴染は変わっていないということだ。ここまで計算しちゃうような女の子には成り下がっていないらしい。


 黙りこける葵を背に、俺は膝の上から否定する。


「……別に駄目とは言ってない」


「っ~~、じゃ、いいじゃないっ」


「いや、やっぱり駄目だ」


「どっちよ」


「無理してるなら駄目だ」


「無理は……してないわよ」


 本当にそうなのか。頑張ってやっているようにしか見えないけどな。


「じゃあ、なんだよ」





「……したい、の」






「え?」





「……エッチ!! したい……の」





「え、今なんて?」






 空耳だろう。

 まさかそこまでストレートなことは言ってはいまい。






「s……ひ、ひどいって……私は、その……っ、もっと、構ってほしいと……いうか……」





 え、何? この言い様。

 これ、まじですか?





「……その、私。あんまり……すか、好かれて……ないんじゃないかって……」


 空耳にしては出来過ぎている。

 さすがに、やばい。


 そう思った俺は恐る恐る見上げると——







 ポタっ。ポタっ。








 額に冷たい液体が二滴、落ちる。


「……っ」


「あ、あおい?」


 少しびっくりして固まった指で、ゆっくりと触ってみると——それは少しだけ暖かかった。


 そう、彼女は泣いていた。


 再び、涙が俺の額に、そして頬に滴り落ちていく。


「え……」


「っ……く」


 漏れ出る声に身を固めながらも、そんな葵を前に俺は微動だに出来なかった。


「……こ、わい」


 呟く。

 涙を垂らしながら。


「こわい……こわい、よぉ」


 必死でこらえようとするも出てくる涙に堪え切れず、嗚咽が飛び出る。


「……好き、なの」


 その一言に、ビクッと肩が揺れた。


 何を考えていたんだ。

 散々ばら色々思って、やってきたけど——俺はただ、葵を大切にって考えてただけで何もできていなかった。


 好きだからってしちゃいけないって、そう思っていたけど葵は望んでいなかった。


 もっと、誠実に、真面目に。

 考えていたつもりが自らの保身に変わっていた。


 それを理解して、俺は思わず拳に力を入れる。


「……ごめん」


「……い、まさら、何よっ……ぅっ」


「俺、あんまり考えていなかった……葵の事」


「……」


「考えている様で、考えていなかった……」


「そ、それで……何よ」


 むすっと唇を結び、頬を膨らませる葵。

 少し目元が赤くなっていて、胸がぎゅっと苦しくなった。


「……それで、えっと……エッチは頼むからもう少し待ってくれないか」


「っヘタレ、ばか、あほ」


 急に小学生みたいな煽りだな。

 頬がボっと熱くなり、葵が俺の指を握り締める。


「でも……き、きすっ——してやる」


「ほんと?」


「あ、あぁ」


 言ってしまった。

 しかし、後悔してももう遅い。


 いや、違う。


 何も別に、やましいことなんてないんだ。俺の彼女なんだし、いつしても何回だってしてもいい。幼馴染からレベルアップしたんだ。


 少し高まる胸を抑え込み、俺は膝から起き上がる。


「————っ」


 葵が瞼を閉じて、完全に待機モードに入った。

 そんな彼女を見て、プルプルと震える姿が可愛く思えるのと同時に身体が強張った。


 体が怖がっている。やっぱり、やめれば――なんて弱気な考えも生まれる。


 ただ、怖がりながらも待っている葵を見るとそうもいかなくて、恐る恐る彼女の肩に手を置いた。


「んっ」


 そして、俺は————

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