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第29話

<御坂葵Side>



「これってどういうことだと思いますか……?」


 隼人からバイトのラインが来たが、残念ながら私も居酒屋のバイトがある。まったく、自分の事だけ考えてるのか、あの鈍感め。私のシフトくらい覚えておいてほしい。


 そんなこんなで現在、20分ほどバイト先の居酒屋に着き、同じく少し早く来ていた直属の先輩、矢吹健太さんに相談を持ち掛けている最中だった。


 真剣に先輩に言うと、彼は少し微笑んですぐに肩を叩いた。


「——みさあおっ」


「え、はっ——はい?」


 一拍おいて、ホールで「ビール一つ!」と元気のいい声が聞こえる。


「——大切にされてるね」


「えっ……」


 満面の笑み。

 まるで自分のことのように先輩はそう言った。

 

 いきなりと言うか、余りにも予想外の言葉過ぎて私は思わず固まった。多分、口を頬けて汚い所を見られてしまった——なんて考えすら起きなかったけど、それくらいに矢吹先輩の言い様は珍しいというか、不思議だった。


「大切に、されてる……ん、ですか? 私っ?」


「あれ、気づいてない?」


「気づいてないっていうか……そ、そうなんですかっ⁉」


 困って聞き返す私の顔を一度見ると、クスッとさらに笑って呆れたように口ずさんだ。


「……あれま、気づいてない感じだね」


「きっ……え? 大切……は、隼人は私を……大切にしてる……でも最近は少し距離も遠いし、あれ、でも……うぅ」


 まるで分からない。

 てんで分からない。


 というか、ハグくらいはされたけど……もっとこう色々したい。おでこにキスとかそう言うことじゃなくて、積極的に……じゃなくても、口に欲しい。普通に抱きしめ合いながらロマンチックにしてみたい……。


 そういう思いが先行して、どうにも私は疑ってしまっていた。


「まぁ、あの子。少し気が弱そうだからね、仕方ないかな。そこは」


「……そ、それはありそう……って、先輩‼‼ 何を勝手に話を進めているんですかっ‼ 私はまだ理解してないですっ」


「りかい? 理解も何も言った通りだよ? 隼人君に大切にされてるって話。普通、というか俺ならすぐ食べちゃってるし……大学生にもなってそれをしないっていうことはかなり誠実だよってこと」


「た、たべっ―—///」


 まさか隼人がキスどころか……私を食べたいっ⁉ こ、心の底で……心底では食べたい……って思っているのか。


 な、なーーんて。というか、私自身は攻めたり、色々ことはしてみたいけれど……そんなM願望はない!


 絶対にないから、ないし、ないって……先輩が笑ってるし、まじ分らん‼‼ ないったらないんだ、絶対に‼‼


「……案外、図星かな」


「ず、図星じゃないです‼‼ そ、そんなわけ……ないじゃないですかっ」


「顔には書いてるみたいだけど?」


「か、顔にっ——!?」


「あぁ、比喩ねっ」


 思わず、両手で頬を覆っていた私をジト—と意地の悪い視線を向ける。この人、どんだけ意地悪なんだよ。いや、私もバイト始めてすぐで優しい先輩に少しだけ油断していたかもしれないけど。それにしても急に化けの皮が剥がれて来てる気がする。


 うぅ、と唸り、先輩に睨みを利かせると——


「あはは……お、おこらせちゃったかな」


「別に怒ってません」


「めっちゃ目、細いけど」


「生まれつきです」


「いやぁ……俺の知ってたみさあおはもっと可愛かったけどね……」


「っか——って、そ、そんな冗談にはやられませんっ‼」


「っはは。分かりやすっ、かわいいね、みさあおは」


「か、かわ……いくはっ……」


「別にちょっとくらい自信があるでしょ?」


「……まぁ、それなりにはありますけど……なんか先輩に言われるのは違いますっ」


「あぁ、そういうこと。俺じゃなくて隼人君に言われたいと……」


「んなっ——だから、そんなことは‼‼」


「まぁまぁ、本音でしょ?」


「……そ、それは」


 本音は本音ですよ? もちろん。私だって自分で多少なりとも自信はあるし、それも言ったような気がするけど、やっぱり隼人に言われるのとそれ以外じゃちょっと違う。


 きっと、言われたら言われたで舞い上がってしまって歯止めが付かなそうだけど、言われたい気持ちはある。というか、めっちゃ言われたい。言われてみたい。


 隼人のやつ、昔はいっぱい言ってくれたのに全然言わなくなったし。


「不機嫌だねぇ……昔は言われたのに、今はぁって顔してる」


「し、してません‼‼」


 心を読むな! っていうか、占い師か、矢吹先輩は。


 本気で突っこみを入れると、先輩はまぁまぁと手のひらで私を押し返そうとした。居酒屋のエプロンを前に掛けて、先輩は「んじゃ、俺行くから」と言い捨てた。


 控室の扉に手を掛けると、立ち止まり、振り返ってこう言った。


「——でも、みさあおは結構大事にされてるようだし、あんまり気にするのはあれだよ?」


「……そ、そのことはまぁ、分かってますよ?」


「んじゃあ、もう少しだけ待ってみるのはどうかな? 隼人君、すっごく真剣に考えて、手を出していないんだろうし」


「も、もう少しは……」


 それでも足りない。

 私的にはまだまだなのだ。


「それなら、みさあおがもっと積極的に行きなよ。ほら、2か月後には夏休みでしょ? 本格的に海とか行くんじゃない?」


「私が?」


「うん、そこで見せてあげれば、男のプライド的にも我慢できないと思う」


「……そ、そうですかっ」


「じゃ、頑張ってね」


「はい……」


 ぼそっと呟くと、先輩はすでに外に出ていた。

 しかし、私が積極的に行けばいいか……ちょっと頭には入れておくことにしよう。





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