第28話
「——ってわけでですね、どうすればいいのか、よく分からないんですよ」
一通り今までのことを話し終わると、先程までうぅ……とうめき声を上げていたはずの三島先輩はすらっと顔をあげて、さも当然にこう言った。
「レス」
「え?」
「レスだね、それは」
「……れす、ですか?」
「うん、それはもうレスじゃないかな?」
「えっ……いや、でも……まぁ」
あまりにもストレートな言い分に俺は何も言い返すことはできなかった。
というか、まだヤッたことすらないのにレス……って言うのだろうか? 確かに、幼馴染として葵の顔を見てきた歴は16年とご両親の次に長い程だろう。お互い一人っ子だし、もしも兄弟がいれば別だが、さすがに2歳から一緒と言うのも絞られてくる。
しかし、俺たちは恋人関係としてはまだ1週間。
ひよっこもひよっこ。受精卵と言っても間違えではないくらいだ。
そんな、あからさまに歴が短い俺たちがしていいものなのだろうか——それが不安でならない。
「……もしかして、納得してない?」
「し、てないわけではないですけど……まだ、やったこともないのにそんなことあるのかなぁって……」
「あると思うわよ? 私的には、19歳? 18歳かは分からないけど、同い年でもう大学生で自分の道に進んでいく藤崎君たちなら普通にあり得るかと……」
「え、でも……ハグくらいならしたことありますし……いつも一緒に居るので……」
「……ん?」
すると、三島先輩は素っ頓狂な声をあげて、目をパチパチさせている。
何か、変なことでも言ったのか、俺。
「————な、なんですか?」
「キスは」
「は、はい?」
「キスはしたの?」
「——え」
「キスはしたのかって聞いてるのっ!」
「っし、してま……せん……」
数分前とは全く違う威圧感のある形相に怯んだ俺は背を仰け反ったが、先輩はさらに乗り出し、大きな胸を揺らしていることにも気づかず、突き出してきた。
えぐい。
どうしてレスとか分かるのに、自分の体の危機を察知できないんだ。この人は。
なんて御託を並べていると、先輩は「はぁ」と溜息をついた。
「……初々しいですねっ、まったく」
「こういうものじゃないんですかね。恋人って」
「なわけないでしょ‼‼ 中学生なの、藤崎君は?」
「……まじすか」
「……まじですぅっ‼‼ なんで付き合ってもいない私が言ってるのよ……なんかヤバい奴じゃないの、私ぃ⁉ っていうか、さっきフラれたばっかりだし、この目の前の鈍感馬鹿に」
「ど、どんかん馬鹿!? 別に僕はそんな——」
「馬鹿じゃなかったら何かな? 彼女さん、離れちゃってもいいの? 幼馴染か何だか知らないけど、女の子ってそういうのに敏感なんだよ?」
「……」
「あ、今。あいつに限ってそんなわけないって思ったでしょ」
「うぐっ……なんで、なんで分かったんですか」
「何もないけど、ただ——ほんとに不安になっちゃうんだよ? 藤崎君だってもどかしさとかないの?」
一気にヒートアップした三島先輩。
彼女の圧に押されながら、俺はゆっくりと答えていく。
「——もど、かしくないと言ったら嘘になりますよ、そりゃ。でも——そういうことはもっと経ってからしたいって言うか、俺は別に性欲の処理のために葵と付き合ったわけじゃないんで……先輩に見たいにがつがつはいけないですよ」
「私はガツガツいってる女性に見えるの?」
「はい」
何のブレもなく言うと、先輩は後ろによろけた。
「……わ、わた、私はまだ―—処女だって‼‼」
「うるさいです」
「すみませんでした……」
先程同様、卑猥発言で謝ってくるのには同情するがさすがにこんな人が言っていることは本当なのか、心配になってきた。というか、天然で可愛いのは良いんだけど、ちょっと空気の読めないところのある三島先輩に彼氏なんていたのだろうかと、今更だが考えてしまう。
というか、俺はなんでこの人に聞いているのか。
すでに破綻した。
「と、とにかく——さっさと覚悟決めて、責任もってやることやりなさいっ‼‼ 私は藤崎君のために言ってるの!」
「でも——」
「でもじゃないっ! 四の五の言わずに、仕事終わったらコンドーム買いに行ってきなさい‼‼」
「っ」
ガチャリ。
先輩の鬼の叫びから1秒後。
ドアが開くと先に居たのは塾長だった。
顔を顰めながら、ちょっと来てくれないかな? と目で訴えている。
「……先輩」
「え、私!?」
「三島君」
「先輩以外に誰がいるんですか」
「う、う……なんで、私が!?」
そして、その言葉を最後に俺は再び、三島先輩を見ることはなかった。




