第25話
「俺さ、あんなこと言った癖に泳げないんだよなぁ~~」
泳げないのはお前かよって思った奴、今すぐ正座して右頬を差し出せ! ぶっ飛ばすぞ‼‼
「知ってるわ」
「だよなっ……見っともないとさえ思われてないか」
「いや、実はちょっとだけ思ってるけど……」
「は⁉ まじ⁉」
「だって、私より全然体もおっきいし、運動も得意なはずなのに泳げないなんてねぇ……ださい」
「うがっ——!?」
ジト目でそっぽを向きながらそう言ったのは昨日のビキニを着ている葵だった。
手稲プール。
その着替え室の前で一足早く着替えを済ませた俺と葵は二人を待っていた。
昨日に見た水着のせいで若干驚きと興奮は落ち込んでいるが、やはりいつ見ても凄まじい体つきだ。銀髪と碧眼だけでもはやレベルが段違いなのに、体つきもいいし、おかげでいろいろな人からの目線が凄い。
「……はぁ、それにしても。なんで、みんなこっち見てるんだろっ」
「……」
そして、この鈍感さと言うか天然さと言うか。
肝心なところで身を引くように気づかないところは葵が葵たる所以かもしれないな。
「さあ」
「隼人はこっち見ないの?」
「え?」
「いや——そわそわしてる気がするし」
「あぁ——まぁ、そりゃあ……彼女が水着姿なら誰でもわっとなるだろ」
「ほんとっ?」
ほんとも何もドキドキはしてる。
葵の方に視線を向けたら心底では見たいけど理性的には見てはならない巨乳が視界に映り込んでくるし、昨日は水着のインパクトが凄かったが、何より今日は総合的な全体的なインパクトが本気を出して襲い掛かっている。
最高だが、あまりプールというものに集中できなくて最悪だ。
ありよりのなし。
いや、なしよりのありか。
まあどっちでもいいが、心境的にはかなり複雑だ。
「————」
「な、何でそっぽ向くのっ」
「ち、近いっ」
「いいじゃん、付き合ってるんだし」
「付き合っていても、こんな公衆の面前で抱き合うことはしたくない——」
「——そ、それはっ……たしかにそうかも」
すると、先程まで俺の右腕に当たっていた柔らかいものがふわりと揺れて離れた。ふぅ——と肩を撫でおろすと同時に、奥の方から水着姿の二人がやって来た。
「——お待たせっ」
「ごめんねぇ~~、待ったぁ?」
「翔と椎奈さんっ、いやいや全然」
「あ、ほんと? 良かったぁ……って、それにしても隼人君って案外体つきいいのね?」
垂れ目でやんわりと感想を口にする椎奈さん。
葵にはない独自の空間に引き寄せられる。
「え、あぁ……これでも一応運動部だったので」
「さすがね、高峰君なんかほら——」
「な、なんだよっ」
それに比べて——とジト目で隣を指さすと、ぷぷっと笑ってこう言った。
「だって、恥ずかしいのか知らないけどパーカーなんか着てるしっ。男らしさがないっ」
「……うっせぇ、俺の体は見世物じゃないんだからいいんだよっ」
「自意識過剰ねっ」
「うっせ!」
ジト目で煽る椎奈さんにうがっと唸って言い返す翔。ふと、あれ二人ともこんなに仲良く話してたっけ? と思ったが、まぁ翔の事だし陽キャラめな奴はすぐにここまで近寄ることが出来るのだろう。
我ながら悔しいがさすがだ。すぐには肌を見せないところとか、徹底している。
「まあまあ、とにかく行こうぜ」
「そうね、私も隼人君に賛成っ」
「いちいち強調するな、だいたい」
「——っぁ、私も」
そして、今日が始まった。ゴールデンウィーク最終日より1日前。最高となる日が始まった。
「——それで、あれだよね? 隼人君と葵ちゃんは付き合ったんだよね?」
「え」
「あ——まぁ。な、何で知ってるんですか?」
とりあえず水に慣れるということで入った水深の浅いプールで、椎奈さんはハッと気づいたかのようにそう言った。
「葵が言ったのか?」
「え、私は何も―—」
「あぁ、私は翔から聞いたわよ? なんかラインが来たって言ってたし、おめでたね~~って感じだけどぉ」
彼女がそういうと、すぐに俺は右足の脛を蹴られた。
隣の葵が強烈な睨みを利かせ、ぐぐぐっと歯ぎしりを鳴らす。
「——言ったの?」
「……な、な、ナンノコトデスカ?」
「嘘はつけないわよ、私の前で」
うわ~~こわ~~い。なんてお気楽な声と、あ~~まずったか。と今更な声がそばから聞こえたが、当の本人である俺はそれどころじゃなかった。
冷酷に睨みつける碧眼から放たれる眼光と圧に一歩退くと、葵はさらに一歩寄せてくる。
ど、どうしよう。
そう言えば付き合った日の夜に「まだ誰にも言わないでほしい」って言われたのを今、思い出した。結局、俺は舞い上がって翔に連絡してしまったが——あぁやべ、めっちゃ怒ってる葵、これはやばい。
「——お、落ち着いてっ、あお、葵、様っ?」
「……はぁ。分かった、いいわ、許す」
すると、葵は溜息を吐いて、頷いた。
いきなり優しな態度を取った葵に少し混乱したが——すぐに彼女はこう言った。
「でも——さっき、泳げないって言ったわよね?」
「え——」
「許す代わりに——」
「まさか―—っ」
「沈めてあげるから」
「——っひぃ!!」
思わず、振り返り逃げ出そうと足を踏み出したが生憎とここは水の中、抵抗も大きく、泳げない俺には圧倒的に不利な場所。
叫んだときには時すでに遅く、俺は昨日の「攻める」と言う約束を一日早く叶えられてしまった。
——って、これは攻めじゃねえ‼‼
泳げないやつへの虐待dぼおjしあひあうぁ‼‼




