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第1話

「知らない天井だ……」


 雪は全て溶け、夏に向けて徐々に温度が上がってきた春先。


 静かな朝に目を覚ました。


 いやはや、不思議な気分だ。


 いつもならアラームと葵の声のどちらかで起きるのだが、今日は特にアラームの音も聞こえないし、誰かに起こされたわけでもない。


 そんな初めての朝に背中が少しむず痒さを感じた。


「————あ、おはよぉ」


 しかし、それも束の間。

 すぐそばで声がした。


 聞き慣れた美しい声、ゆっくりと右に瞳を動かすと視界に映ったのは銀色の髪。


 そう、隣に寝ていたのは俺の幼馴染、御坂葵だった。


「あおい……?」


「ほら、起きるんだよぉ~~、今日はあれでしょ? 同棲し始めたから買い出し行くんでしょぉ?」


「ど、う、せい……? 葵、え? なんでここに!?」


「それは----同じ大学に合格できたら同棲するって話したでしょ?」


 頬を膨らませながら、俺の頬を両手で引っ張る幼馴染。心なしか、フローラル系のいい匂いがする。


 近づく童顔で可愛らしい顔。卒業式に告白したあいつがモデルだとしたら、葵はアイドル的な立ち位置だろう。


 運動神経抜群、成績優秀、容姿端麗とまさに才女。


 ただ、そんな葵の可愛い顔を腐るほど見てきた人間としては少し違うことが気になっていた。


「そうか、同棲か……同棲、同棲……ん、今、なんて?」


「なんでって——同棲だけど?」


「同性って同じ姓って書いたほうじゃないよな?」


「……何それ、当たり前でしょ?」


 別に、寝起きでボケているわけではない。

 ただ、本気で疑問に思ったから言った、それだけだ。


「だ、だよな……ってことは同性じゃなくて同棲ってわけで……そうだよな、一緒に住むほうの同棲、だよなぁ……」


 布団に下半身を包みながら、横で女の子している御坂の顔を覗く。


 だが、そこに答えはなく、誕生日祝いであげたクマさんの刺繍入りエプロンを掛けているだけの葵しかいない。このクマさんに何かヒントが⁉ と思ったがまあ、そんなわけない。


 と、数秒間思考した挙句出た言葉がこれだった。


「————まじで?」


 とんだ拍子抜け。


 目を見開きながら本気で驚く俺を見かね、葵は溜息を漏らした。


「まじ」


「おま、本気で?」


「本気だけど?」


 絶句。

 唖然とした。

 

「え、まさか覚えてないの?」


 女の勘、それが働いたのか内心ギクッとした。


 さすがは葵。天然混じりで普段は優しい女の子なのだが、こういう時に発する洞察力は半端ない。高校時代に「甘党派の猟犬」という変な異名がついていただけある。


「……え?」


「……はぁ、だから、え? じゃなくて、覚えてないのって?」


「……すまん、記憶が欠如している」


「誤魔化さないで」


 ギロッと碧眼を細めて睨みつける姿に悪寒が走った。


「覚えてないです……」


 藤崎が俯きながら正直に答えると、御坂は一息置いて体勢を崩す。正座はあぐらに変わり、身体を後ろに傾けて新鮮味溢れた天井を見上げる。


「はぁ……そっかぁ、そうなのかぁ~~ひどいなぁ、隼人は覚えてないのかぁ!」


 明らかに挑発していたが、実際に覚えていない身としては普通に謝ることしかできなかった。


「え、いや別にそういうわけじゃっ——」


「じゃあ、どういうわけなのぉ……?」


「んぐっ——」


「ほぅら、何も言えないじゃん……」


「……すまん」


「……ふふっ」


「え?」


「んくっ……ふふっ……あはははっ、ははっはははっ‼‼」


 すると、葵は途端に笑い出す。


「な、なんだよ、急に……」


「はははっ……いやぁ、だってさ、すっごく申し訳なさそうな顔するからさぁ、もうおかしくってさ!」


「当たり前だろ、めっちゃ怒った顔するし」


「いやぁもう、面白いし! 隼人ほんとに分かりやすいなぁ……」


「やめろ、揶揄うんじゃねえ」


「えへへっ……ごめんごめんっ。あぁ~~あさから笑った、マジで楽しいっ」


「そうかい……そうでしたか、お嬢様~~」


「うわぁ、私お嬢様にはなりたくないし、きっもぉ」


「くっそ、御坂‼‼ まじでぶっこr——」


「あはははっ、にげろぉ~~~‼‼」


 早朝、時計は「7:06」の文字を映していたが二人の住む108号室は騒がしかった。







 鮭の切り身に豆腐とわかめの味噌汁、玉子焼きに、納豆にご飯……まさに、お母さんのような……おばあちゃんのような朝ご飯だった。


 こんな料理を親のいないときに毎度作ってくれる幼馴染を本当に持っていて良かったと思う。極めつけに、私服にエプロン……幼稚園の先生かって。


 昔上げたエプロンを大事に使ってくれていると思うと涙も出るな。


「……はい、食べよっか」


「あいよ」


「「いただきますっ」」


 十畳一間、引っ越したばかりなのにすでにあおいのぬいぐるみやコスメ、雑誌、本、その他諸々の私物で溢れかえった部屋の隅で俺たち二人は手を合わせる。


「お、今日は玉子焼き上手く焼けたっ」


「90点、及第点だな」


「隼人なんて赤点レベルのしか作れないでしょ?」


「そうとも言うが……生憎と俺は赤点をとったことがない」


「それは勉強だし……私が勉強苦手なこと分かって言ってるでしょ?」


「バレたか……まぁ、でもここ来れたんだから変わらんけどな、俺と」


「変わるよ……できる人には分からないんだよ」


「……出来てるのか、俺?」


「出来てるって、それ以上は嫌味だから言わないで‼‼」


 わーわーわー聞こえないー! と耳を両手で抑えながら騒いでいる葵。


 というかまず、葵自身も勉強できているだろうに。学年トップ20には入っていたのだから何を恥じているんだか。


 それに勉強なんて出来ても何もないのにな……とは思ったが、俺が今考えているように「料理が出来ていてすごいな」って言うと一緒だろう。

 


「……それでも、料理はすっごく美味いよ?」


「っ~~な、なんで急に……」


「事実だしな」


「はは~~ん、そう言って私の気を惹こうとして? 私は騙されないっ」


「気は惹いてるんだけどなぁ」


「んな⁉ 何を急に……」


「フラれちゃったしなぁ」


「私はそんなに都合のいい女じゃありませんっ!」


「同棲だって始めたのに?」


「それとこれとは別っ。同棲した方が家賃も節約できるし、おじさんとおばさんから「うちの駄目息子を頼みます」って言われたんだから。そんなんで私が隼人の事好きになったんだって思うのはやめて?」


「はいはい、分かったって……」


 にしても強烈に否定してくるな。

 幼馴染とはいえ、同じ家に住むともなればいろいろと間違いはあるだろうに。


 まあでも、俺自身。彼女を好きかって言われたらそうでもない。大事だし、もちろん人として、幼馴染としては大好きだ。家族に一番近しい人でもある。


 だが、恋人にしたいかと聞かれれば曖昧だ。


「じゃあお皿洗うから。隼人は洗濯機回しといてね」


「あいよ」


 『むしろ、夫婦かよ』


 高校2年の時に言われたその言葉を今考えてみると——まんま、そうなのかもしれないな。


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