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第17話

「やばっ……」


 混み混みの地下鉄から解放されてから十数分ほど。

 周りの熱気は変わらないが、空一面を覆う桜に葵は口を頬けていた。


「まぁ、こんなもんだろっ」


「……え、なに⁉ 桜見たの久し振りじゃないの?」


「久し振りっていうか……まぁ、サッカー部の合宿で静岡の桜を見に行ったからな」


「んえ⁉ そ、そうだったんだ……」


 俺がそう言うと、葵はげんなりとした表情を見せる。

 

「……どうした、葵?」


「え、あぁ……いや、ね。なんかすっごく、裏切られた気がして……ちょっと」


「裏切られた? 俺、なんか裏切ったっけ?」


 誤魔化したり、ちょっとひよったりはしたことがあるが——さすがに葵を裏切った記憶はない。だが……いやでも。


 と、少しばかり思考を巡らした俺はあることに気が付いた。信じたくはないが、この状況、今の状態的には確かに裏切っているともいえる。


 いやでもまさか……佐藤さんに告白したこと自体……裏切り……になるわけないし、あのときは葵も応援してくれたし結局のところ叶うことはなかったし……。


 って……こんなところまで来て何を考えているんだ、まったく俺は。


 とにかく! 今は葵とのお花見を楽しむことだけ考えなければいけない。そんな余計なことを考える暇があるなら、少しでも楽しいものになるようにしないと駄目だ。


 それに、だ。


 この前の「言いたいことがある」という言葉、その内容が何にせよ、ゆったり、落ち着いて聞けるようにしなければ葵も葵で言いづらいだろう。


 しゃがみ込む葵を隣に、俺はすぅっと息を吸って吐く。


「……あぁ、とりあえず行くぞっ——ほら、場所取らないと」


「え、ちょっと待っ——!」


 そう言うと、葵は二つに結んだ銀髪をふわっと揺らしながら振り向き、俺の背中を追って走る。


 そんな姿がどこか懐かしく思えたのはきっと気のせいだろう。







 いやはや、それにしてもだが……銀髪少女に桜満開ってめっちゃ合うんだな。死ぬまで毎年、二人だけで行きたいわ。








「りんご飴だ‼‼ ね、ほら‼‼ りんご飴だよ‼」


「ああ、ほんとだなっ。食べたいのか?」


「え——あ、あ——いやぁ……た、食べたくないっ……」


 嫌なんでそこで見栄を張る。十分可愛いからそのままでいてくればいいのに。


「いいのか?」


「い、いい……か、から……私、大人になったし……」


「大人? あれ?」


 いやしかし、面白いから少し遊ぼうか。

 俺が手を葵の頭上に置き、背の高さを確認する。


「っ——!? んな、そ、それは——ちが‼‼」


「大人ならこれくらいあると思うんだがなぁ……おかしいなぁ」


「そ……、せ、背だけ……だしっ」


「……ははっ、冗談だよ。ほら、食べたいんだろ? 行くぞ」


「——え、あっ」


「ほら、いいから見栄を張るなって……楽しまないとあれだろ?」


「うっ、うん……」





「——というわけで、おっちゃん。りんご飴二つ」


「おいおい、いくら人が並んでないからって……あんなの見せつけられるのはちょっち困るぜ?」


「はははっ、まぁまぁおっちゃんも奥さんいるからいいでしょうに!」


「あ——あぁ、これか……これはまぁ、ちょっと外した方が良かったかなぁ」


「ど、どうしたんすか?」


「あぁ、ごめんねっ。俺、離婚してて……少し名残りで……」


「——」


 突如、隣から強烈な睨みを感じる。

 ぐいっと銀髪白ワンピの幼馴染が俺の右足を踏みつけていた。


「っあ、そ、それは……すみませんっ」


「あははっ……まぁまぁ、二人とも。こうはならんようになぁ。はいよっ。二つ」


「あ、ありがとう……ございます……」


「おう、頑張れよ~~!」


 500円を渡し、俺たちは逃げるようにしてその場を去る。最後まで笑顔を振りまいてくれたおっちゃんには申し訳ないが、それ以上に隣から発せられる強烈な眼力に俺はやられそうになっていた。


 桜並木の下に空いているベンチを見つけ、俺たちは腰を掛けた。

 持っていたりんご飴を差し出すと、


「……背伸びはどっちなのかな?」


「うぐっ……も、申し訳ないっ」


「だよねっ。ていうか、それは私に言うことじゃないし」


「おっちゃん、まじですんませんっ」


「大人になってないって、私は言われたような気がするんだけど……なんかおかしいなぁ」


 はぁ、と溜息をつき。まるでごみを見るような目で俺を睨みつける葵。

 先程までの赤い頬をどこに行ったのやら、それとも俺の隣にいるのは葵ではないのかもしれない。


 ギロリ。


 殺意すら感じて、一気に肩が縮こまった。


「そ、その節は……その、た、単なる思い付きというか……揶揄っていただけで……っひぃ⁉ お、お慈悲を……っ」


「——ねぇ、いいかな?」


「は、はいっ——」


 大胆不敵な笑みを溢し、俺の手を掴みとる。

 その手を拷問でもするのかと思ったのも束の間、葵はもう一度、溜息を洩らした。


「……はぁ。まったく……何してるのよ、隼人は」


「え?」


「え? じゃない。なんか、いっつも私だけ馬鹿にされているような気がするけど……いい加減、見栄を張るのはやめたら? あと、それに何で怯えてるのよ……」


「そ、それは——怖いから」


「え、私そんなに怖い?」


「今はめちゃくちゃ」


「うそっ、まじですか……」


「ま、まじですっ……」


 ——————。






 なんだ、この流れは?

 何してるんだ、俺たち?


 いや、お花見に来てるんだよな、俺ら。


 なんで二人でりんご飴持ちながらぼそぼそ呟き合ってるんだ?


「っ——ははっ……あはははっ‼‼ はははははっ……‼‼」


 俺が隣で小首をかしげていると、彼女は急に肩を揺らしながら笑い出した。


「え……ど、どうしたんだよ……急に……?」


 あまりに急で驚いたが、先程までの強烈な目つきから一転。葵の瞳は少し柔らかくなっていた。


「いやぁ、ね。なんか、面白くてっ——」


「お、面白い?」


「うんっ。すっごく、というか……変でねっ——笑っちゃった」


「へ、変か?」


「うん。すっごく変だよ、私たち」


「……ま、まぁ。それは、そうかもしれない……」


 そう言われると俺も頷かずにはいられなかった。

 円山公園のお花見は毎年、家族ずれや大学生、高校生らが集まって割と騒がしくなる。桜の下でお弁当を食べたり、バーベキューをし出す人までいるくらいにお祭りのような出店まで出て、7月8月に行われる北海道神宮祭のような盛況ぶりを見せるのだが——。


 そんな人々の中で俺たちは子供みたいに言い合って、喧嘩するとは——葵の言う通り、おかしかった。


「っ、そ、そうかも……」


 そう思えば俺も笑みが溢れ出てきて、小さなベンチで騒ぐ人々の中。俺たち二人も笑いあった。


「っはぁ、はぁ……ぁ……」


「っ……はぁ……」


 ひとしきり笑うと、葵の方が俺の右手を掴み、こう言った。




「ねぇ、そう言えばさっ——私、言いたいことあるって言ったよね」


 


「——!?」


 その瞬間、俺の背筋はぞっとして、氷のように固まった。

 今日一の驚き具合だったかもしれないが、これこそあまりにも急で言葉が出なかった。


「だ、大丈夫?」


「えっ? あ——あぁ、大丈夫だ! そ、そう言えばそんなことも言っていた気がするなっ!」


「——もしかして、忘れてた?」


「あ、あぁ……かも?」


「やっぱり……こういう時の隼人って記憶力、皆無だよねっ……」


「そ、そうかも……な」


 否。

 嘘である。


 今も、くっきりと覚えている。

 というか、今日はそれを聞くために一緒に来たと言っても過言ではないほどに俺はそれを待ち遠しく思っていた。


 隣で微笑みながら言う葵。

 そんな彼女にドキッとして、ついつい嘘を言ってしまったが——内心、何を言われるのかドキドキが止まらない。


 というか今にも心臓が飛び出そうなくらいだ。


「……そ、それで――?」


 そう言って、ごくっと生唾を飲み込んだ。


「そ、そうだね——私の言いたい事って言うのはねっ」


 刻一刻。

 桜並木から降り落ちる花びらが止まって見えるほどに感じていると————葵はこちらに身を寄せ、こう言った。







「————




 続く。

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