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第15話

 遅れてすみません。


「ふぅ……」


 そう時間も経たないうちに塾を出た俺は自宅の玄関の前で立ち尽くしていた。


 いや、別に怖いわけではない。

 ただ少し、ただ少しだけ——葵と会うのが恥ずかしいだけだ。


 ほんと、ただそんだけのことだ。


「っ——!」


 なのに……扉に掛けた手が全くもって動かなかった。

 先輩にああ言われたのに、いざ彼女に会うとなると緊張で動けないとは……まったく、我ながら根性がない。


 20秒ほど立ち止まっていると、扉がガチャリと動いた。


「あっ——は、隼人っ」


「お……葵っ」


 まさに10数センチの距離に彼女が立っていた。


「ど、どうしたの……急用があるって聞いてたけど……」


「あ、あぁ~~それは結構早く終わって、い、今、帰ってきたところだよ」


「そう——なんだ。そうだね、えへへ……じゃあ、ほら、入って……」


「あ、ありがと……」


 何をよどよどしているんだ、俺は。いつもなら普通に入るだけなのに緊張して。俺から言ったのに恥ずかしがってちゃ意味がないじゃないか。


 しかし、それでも。

 結局あまり葵とは目を合わすことが出来ずに俺はすっと部屋の中に入った。





 数時間ほど気まずい時間が流れ、いつの間にか晩御飯の時間になっていた。


「——隼人、ご飯できたっ」


「あ、あぁ……今行く」


 ぶっきらぼうに返事を返すと、いつも食事をするテーブルには豪華に唐揚げとシーザーサラダが乗っかっていた。


「か、唐揚げ——」


「えへへっ、どうかな? 喜ぶと思って作ってみたんだけど……」


「シーザーサラダもあるし……なにこれ、天国?」


「私が天使ならそうかもしれないねっ」


「——え?」


「あ、いや……なんでも、ない……」


 普通に反応できずにいると葵は顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。やばい……葵の渾身のボケを受けきれなかった。


 しかし、罪悪感と同時に俺はそんな表情さえ可愛く思えてしまった。Sってわけでもない気がするが……潜在的にどうやらそっちの気があるのかもしれない。


 そんな葵を見かねて俺はすぐに——


「あ、でも——天使というか女神かな……母性があるし」


「っ~~!? め、女神……なの?」


「あぁ……まぁ、ね。それがドキャンって感じだからなぁ……」


 視線を20㎝ほど下に落とせば、それがあったからだ。


「む、むむむむ、胸!? ど、どこ見てるの‼‼」


「あははっ……すまんすまんっ、つい、な?」


「へ、変態……」


「そこは変態紳士と……」


「同棲している幼馴染の胸を見ないよ、紳士は!」


「いやぁ、男ならそこに魅力を感じるのは自然の摂理というか……当然?」


「勝手に摂理を定めないで……というか、私みたいな淑女はエッチなのはい、嫌……というか?」


「ま、まじか…………いやな、とか言って……どうせ想像してるんじゃないのか?」


「——っ⁉ し、してない‼‼」


「あ、顔真っ赤」


「それはちがk——め、女神だって言われたから‼‼」


「言い訳が苦しいぞ?」


「んぐ……い、いいから……早く食べる!」


「はいはいっ……」


 まるで林檎の方に赤くなった頬を腕で隠しながら、彼女は唐揚げに手を伸ばした。


 しかし、気が付けば俺と葵は普通に話すことが出来ていた。少しのぎこちなさはあるにしろ、幾たびの喧嘩を乗り越えてきた幼馴染仲として元の関係に戻るのは早い。そういう意味では恋人よりも、より深い位置にいるのかもしれない。


 そう思いながら、俺は目の前に積み上げられている唐揚げ山に箸を伸ばし、数個だけ手元の取り皿に置くと——すぐに香ばしい匂いが鼻腔を刺激した。ニンニクの癖になる匂いと生姜の香ばしい匂い、そしてその後ろ側から鶏肉本来の風味が加わっていた。


 加えて、隠し味にマヨネーズと味噌が少々入っているため、より際立っていた。


 一個掴み取ると、一気に口の中へ。

 噛んだ瞬間、弾ける肉汁と溢れ出る匂いに俺の口は無事、お亡くなりになった。


「うまっ——」


「そ、そう?」


「あぁ、やっぱり葵の作る唐揚げは最高だなっ」


「……でしょっ。お礼はどう?」


「ありがとう。今でも嫁に欲しいくらいだ」


「——っ⁉ よよよ、よ……嫁って……な、なにを……急にっ」


「いやぁ、最高だな。これ。毎日食べたい」


 というか、毎日毎食食べて死にたいまであるかもしれん。絶品すぎて、頬がそこら中におちるかもしれないし、正直唐揚げというかザンギとの融合型でからザンギとでも呼称しといたほうがいいまである。


 もはや何を言っているのか分からないがとにかく、店を出せるほどに旨かった。


 ていうか、俺の頬は落とした。


「別に……全然作るけど……毎日なんて食べたら血圧上がっちゃうわよ……」


「ははっ、本望だな!」


「そ、それは……私がいやだ」


 俺がにやけて言うと彼女は隣でむすっと頬を膨らませた。どうやら冗談が伝わってないみたいだ。


「べ、別に……冗談だぞ?」


「っ……し、知ってる……」


「あ、あぁ……そうか」


 何を泣きそうな表情で……さすがに悲しそうな顔で見つめられると旨いものも旨く食べられないぞ。


 そんな隣の圧に俺も少しやられていると、次の瞬間。

 俺の視界は180度回転した。


「——え」


「ねぇ、私————」


 一体、何が起こったのかが分からなかった。

 急になんだ?


 体が後ろ側に倒れていく。あまりにも一瞬で、落ちていく恐怖はない。ぐらっと揺れると気が付けば俺の目の前に葵がいた。


 いや、それは少し語弊があるのかもしれない。


 目の前に葵がいたわけではない。

 俺の視線の先に葵がいたのだ。


 分かりずらい?


 それなら——床ドンっ! とでも言っておこうか。


「っ——」


 息が顔に当たり、どこかこしょばゆい——そのくらい葵は近い場所にいた。


「な、ななな——何してっ——」


「……聞いて」


「え、いやでも——!」


「いいから、黙って」


 ついていた左手が俺の左頬をグーッと引っ張り、変な痛みが頬に広がる。

 ぐにゅっとされた後、彼女はすぐにそう言った。


「——は、はいっ」


 葵の圧に押され、俺はごくッと生唾を飲んだ。


「わ、私……私……明々後日、言いたいことあるっ」


「え?」


「と、とにかくそれだけっ——」


「は、え、何っ⁉」


「いいから、なんでもないっ。それだけよ」


「い、今言っても——」


「それは、無理」


「ど、どこが……」


「っもう、とにかくいいの‼‼」


 そう唸った葵はふんっと鼻息を鳴らしながら、立ちあがり唐揚げを食べ始めた。








 え、何の予告?















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