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第13話

 告白(未遂)の件から十数時間。


 工学部での情報システム概論の講義を終えると、いつもの待ち合わせ場所に向かった。


 しかし、道中。

 昨日のこともあり、無性に恥ずかしくなった俺は葵のラインに「ごめん、今日は急用が入った」と送り、その場を小走りで去った。


「……こ、こんにちは…………っ」


「お、こんにちは~~って、藤崎っちか」


 そんな俺は逃げるようにバイト先である個別指導塾「トライアンドエラー」に駆け込んだ。


 塾の中へ入ると、直ぐに目が合ったのはここの塾の新卒社員である神宮寺綾香さんだった。


「あ、神宮寺先輩、こんにちは……」


「生徒さんかと思った、先に言ってよね」


「あぁ、そうっすね。次からはそうします」


「うぃ」


 神宮寺先輩は腰辺りまで伸ばした明るい赤毛を後ろで一つで結び、真紅の瞳と綺麗なボディラインが魅力的な女性だ。


 そんな見た目から分かる通り、彼女はとてもフレンドリーで男なら一目惚れするほどの美貌を兼ね備えている。大学は俺と同じで、大学院の修士課程までこなしたらしい。頭脳明晰、学業優秀……風の噂ではインターハイも出場したというまさに天才美女で、話すことさえ恐れ多いくらいの人でもある。


 そんな彼女を見るなり俺は、はぁとため息をついた。


「——うわっ、人の顔見てため息はサイテーだよ、藤崎っち」


「あぁ、いや……俺も先輩くらい綺麗でかっこよかったら良かったなぁと思いまして……」


「綺麗でかっこいい? 私が?」


「はい、そう思いますよ?」


「あははっ、年上を口説こうってもそうはいかないわよ?」


「別に口説いてはいませんよ……僕には手が出ないですからねっ」


「あらら、よくお分かりでっ」


「身の程は弁えてますから」


 まったく、突き刺さるようなことを平気で言ってくる。神宮寺先輩は悪い意味で天然だ。頭もいいし、容姿もいいから俺から言えることはないけれど葵とは違う意味ではそうだ。


 それに、俺が言えたことでもない。昨日のあんな発言からしてみれば先輩のはたいしたことがない。幼馴染だからって勘違いしていたが葵は凄まじく容姿がいい。先輩と同じ、もしくはそれ以上に。


「あははっ、冗談だよ、冗談っ! とまあ、それはいいけどっ、今日って藤崎っち授業あった?」


「あぁ、それが特になくて——その、幼馴染といろいろありまして……帰るのが億劫になったっていうか……」


「もしかして、色恋沙汰?」


「っ——」


「やっぱり! ほんと、分かりやすいよねっ、藤崎っちはぁ」


「……そ、そこまで顔に出てますかね?」


「ええ、出てるわよ? もう、顔面が画用紙って感じで気持ちが駄々洩れね」


「うぐっ……さ、さすがにそれは」


「あははっ、言いすぎだけど——まぁ、でも結構落ち込んでるのは分かるかもっ」


「そ、そうですか……」


「それで、何かあったの?」


「えっと、それが——————」





 それから数分、俺は一連の話を話し終わると先輩に塾の隣にあるコンビニまで連れていかれた。


「いやぁ……それはやってしまったね、少年」


「少年って……まぁ、そういう意味ではガキかもですけど」


「いやいや、もともとガキだよ? 大体、大人なら焦ってそんなことしないって!」


「先輩と俺、6歳しか変わらんでしょ……」


「あ、女性の歳を特定するのはよくなぁ~~い」


「よくないって、先輩から言ったんでしょ「永遠の24歳ですっ!」って」


「あ、あれは——まぁ、そういうノリね」


「どういうノリですか」


「まあそんなことよりさ、どうなの? 藤崎っち的には好きなの、えっと——葵ちゃんのことはさ?」


 ほんと、自分の都合が悪くなったら話を逸らすんだからこの人。

 頼りにはなるが、変なところで敏感だし虚勢を張るから面倒だ。


 それにしても……葵を好きか、か。


 この数日、数週間。

 3月15日の卒業式でフラれたあの時から俺はそのことを考えてきた。幼馴染という存在が恋する人になっているのか? と、同棲するにあたってよく考えてきた気がする。


 いや、思えば俺は昔から好きだったのかもしれない。小学生、中学生とハーフで綺麗で優しい彼女の存在をただの幼馴染という対象から刻々と女性に置き換えて、好きだとか思っていた気はする。


 でも、高校に入って——いろんな人に好かれる彼女を見て、遠い存在なんだなという気持ちが芽生えた。だからこそ、俺は近くにいたマネージャーである佐藤さんを好きになったんだと、今ならそう思う。


 つまり、今の俺は佐藤さんを失ったショックで葵の優しさに漬け込んでいる……そんな気がしてならなかった。


「……分からないわけでもないし、絶対に好きよりに気持ちは傾いている——と思います」


「じゃあ、好きなの?」


「いや、でも……正直、失恋の傷心からきているのではって……そんな気もするんですよ」


「あぁ、なんか言ってたね。失恋したって」


「はい。それで、その時に優しくしてくれたのが葵だったので……なんか、こう……本当に好きなのかなって」


「……そう、それじゃ——」


 俯きがちにそう言うと、一瞬不敵な笑みを溢し、神宮寺先輩は隣にいる俺の頬を抓ってきた。


 突如として稲妻が走り、俺はその場で飛び跳ねる。


「いっ⁉ な、何するんですか?」


「いやぁ、別に? 後輩が恋愛してるなぁって」


「れ、恋愛……?」


「うん、そうやって迷って、それでも好きだから、我慢できないから——そんな思いを馳せて掴み取るのが恋愛じゃん? 私は大人だからもうできないし、それで少しイラッてしちゃった!」


 何が「イラッてしちゃった!」だ。まったく、普通に痛い。マニキュアを塗った鋭利な爪で顔はやめてくれ。


「でも、本物なのかって……」


「じゃあ逆に聞くよ? 本物って何?」


「ほ、本物は本物ですよ……こう、根拠のある……というか、自然な思いで好きになるというか」


「……ふぅん。それじゃあさ、今の藤崎っちの思いは本物じゃないの?」


「……わ、分からないです」


 自信なさげに言うと、先輩は少し口調を鋭くしてこう言った。


「だよね、本物なんて自分で決める事なんだし、私から見ればなんで悩んでるか分からないなぁ。大体、本物なんてものないんだしさ。藤崎っちがそう思えばそうなんじゃないの? 本物、本物じゃないっていうことが私はチープだと思うよ?」


「ち、チープ……それはさすがに」


「いや、まじでね? しょうもないことで悩んでいるよ? 葵ちゃんは待ってくれてるんじゃないの?」


「そ、そうっすかね……」


 先輩の言っていることも分かるが——あまり納得は出来ていない。

 大体、人をこうも簡単に好きにはならないだろうってのが本音だ。


 それが余計に邪魔している。


「うん、だからもう、適当に告っちゃえって。もう、ヘタレ男子はこれだから……葵ちゃんが可哀想だわぁ~~」


「うぐっ……」


「ははっ、冗談だよ。でも、葵ちゃんは普通に待ってると思うけどね? 普通、好きじゃない子にそんなことしないからねっ」


「まぁ、あいつは優しいんで」


「はてさて、どうかなぁ~~」


 にまぁと笑みを浮かべ、珈琲をレジに運ぶ先輩。こっそり俺の分まで買っているのが彼女を憎むことが出来ない理由でもある。


 先輩がそういうなら……さすがに謝るくらいはしておかないと、かな。

 

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