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第11話


「うまっ、やっぱり葵の朝ご飯は最高だなっ」


「う、うんっ……」


「この玉子焼きとかなんて、ダシが効いてて最高だしっ」


「そ、そうだね……」


 駄目だ、朝からテンションが低い。


 明後日からゴールデンウィークにも入るというのにあまりにも口数が少ないし、表情豊かなはずの葵にここまでの無表情っぷりを見せられると俺も少し、いや、かなり困惑する。


 原因はおそらく、昨日のこと。


 バイトから帰ってっきたばかりなのに教え子の女の子の話をしたことが主な原因だろう。


 まあ、小学生に嫉妬してしまう葵はそれはそれで可愛いし、見てる分にはいいが俺が話す度、あんなリアクションを取られても困る。


 嫉妬って言っても俺たちは幼馴染で同棲しているとはいえ、付き合っているわけではない。


 大学生にもなると恋愛観が歪んでしまうらしいが、少なくとも俺はそうはなっていないと思っている。


 まあでも、その匂いはする。

 そんな感じの匂いが濃くなっている。

 日を増すごとに大きくなっている。


 俺も鈍感じゃないし、最近は少しだけ、ほんの少しだけだが、《《本当の意味で》》葵が俺に好意を抱いているのではないかと思ってもきた。


 この前の「私はまだ、誰とも付き合わないし騙されないから、ね?」って言う言葉。それがずっと引っ掛かっている。


 誰とも付き合わない、そんなことわざわざ俺に言う必要なんてないのに——ってことは俺が好きだから俺以外とは付き合うことないよ……なんて。


 ははっ、さすがにご都合主義が過ぎるな、それは。


 もしもそうだったとして、まだ早いさ。


 幼馴染としてのこの18年間を早々無駄にするわけにもいかない。その年月がもっと尊く思えるようにこの先の一年を過ごしてもいいだろう。


「……ん」


「……うまっ」


 しかし、それにしても今の葵を何とかしなきゃならん。


『んっ……』


 卵焼きを口に入れる葵を見て、俺はその瞬間一週間前のあれを思い出した。


「そうか……」


「……?」


「いや、簡単だったんだよ」


「な、何が……」


 そう。

 あの時、俺が矢吹という男に嫉妬した時。

 葵は何をしてくれたか忘れたのかよ。


 今の問答で思い出した。


 あれ、だ。


 葵のぎゅっとした感覚。

 温かくて、柔らかくて、気持ちよくて、それでいてこしょばゆい―—あの気持ち。


 あの抱きしめ、もとい、ハグで返すほかないだろうが。


「葵、箸置いて」


「箸? なんで?」


「いいから、言う通りにしてみろ」


 俺がそう言うと、葵はゆっくりと箸をテーブルに置いた。


 見計らって立ち上がり、彼女のシャンプーの香りが届く位置で立ち止まり——


「後ろ向いて」


「うしっ、え?」


「はいはい、いいからっ」


「ちょ―—そんっ……っ⁉」


「お返し、だ」


 俺は目の前で背中を向けながら座っている葵の後ろから手を回し、前で固く結び、ぎゅっと抱きしめた。


 前から、そして後ろから《《抱きしめられた》》ことはあったが、俺から抱きしめたことはなかった。そんな俺が急に抱きしめて、この前のお返し込みで抱きしめて、そうしてあげれば何か変わるかもしれない。


 そんな突発的なひらめきに身を任せた。


「っえ、ぁ……なっ……っ……‼」


「っ……」


 葵の吐息が聞こえる。


 背中越しでも伝わる焦った脈動に俺のSな部分が焚きつけられる。


 この前は泣いて抱きしめられて、前は嫉妬して抱きしめられて、受け身なのかなとも思っていたが案外、攻めもできるらしい。


 ——なんて、心臓バクバクの俺は冷静を装って考えていた。


 まったくらしくもない。


 大学生なんだぞ、俺も18歳……今年で19歳なんだ。選挙権ももらっている大人なのに、ハグくらいでドキドキしやがって。


 今度はお前が攻めてるんだぞ? 男ならもっとシャキッとしろよ。


 もう一人の自分が頭の中でそう反芻していたが、正直、葵の事で頭はいっぱいになっていた。


「ふぅ……」


 そうして、ゆっくりと手を離し、未だに口をぱくぱくしながら嗚咽を洩らす葵を振り向かせた。


「どうだった?」


 真っ赤な顔。


 未だかつて、こんなにも照れている幼馴染は見たことがない。

 

 修学旅行で班研修を抜け出して、京都と東京を満喫した時もなんか変にいい雰囲気になって幼馴染の、親友の一線を超えそうになったがあの時と比べても顔の色は歴然だった。


「ど、どどどどど――――どうって!?」


「はははっ……いいね、焦ってる。いや、照れてるのか?」


「て、ててて、そんなの——照れるに決まってるじゃん‼‼」


「認めるのか?」


「う、うぅ……だって、あんなことされたら……私っ」


 朱に染まった頬に、潤んだ瞳、それに加えて嬉しいのか笑みも零れている。


 俺の服の袖をぎゅっと握り、顔を隠すようにくっつく葵。


 そんな姿にバクバクの心臓も限界で、乙女心というものに火が付いた気がした。


「——私っ、お、お……おか、おかしくなっちゃうよ‼‼」


 涙が煌いて、飛び散ると同時に銀色の髪が宙を舞う。


 今にもキスをしようとせんばかりの顔で俺の方を向く。


「お、おかしくなっちゃってるし……ほ、ほんとに……私」


「なってもいいんだぞ?」


「そ、それは——やだ」


「どうして?」


「ふ、じゅんな……不純な付き合いはしたくないから……」


 その瞬間、俺はもう我慢できずに口走っていた。

 気が付けば、もう遅く。


 気持ちが高ぶって、焦らすことを——Sな自分が突如として消えた。


 ぷつんっ————と音もなったような気もするくらい、一瞬で。




「——()()()()()()()()()?」



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