生後7日目
人は成長する生き物である。
成功して、失敗して、たくさん涙を流したぶんだけ優しくなったり、
恋をして、勇気を出して、フられたぶんだけ心の中の世界は広がっていく。
しかし、25年もかけて広げた俺の心は、いまやただの足かせでしかない。
練り上げられた思考回路が、
積み上げた俺の自尊心が、
俺の"赤ん坊生活"の邪魔をする。
「ん〜、ちゅっ、クナイちゃんは〜、世界で一番かわいいんでちゅよ〜」
生後1週間が経った。
現在俺の顔面には、母親の唇が嵐の夜の落雷の如く降り注いでいた。
これはもはや俺が赤ん坊だからで済まされる問題ではない。
この女は頭がおかしい。
この女は考えた事があるのか? 自分のものの倍以上あるサイズの唇が顔面に吸い付いてくることの恐怖を。
こいつは、人の心がわからない人なのかもしれない。
想像しにくいかも知れないので一応説明しておくと、俺が今感じているのは恐怖心と不快感である。
まずは頭に、自分の中で一番怖い人を想像して欲しい。
それは、親でも、先輩でも、強面なテレビタレントでもなんでもいい。
もしもそいつが、右手の上に30匹のゴキブリを乗せてニコニコと近づいてきたらどうだ?
更に手足は重い鎖で繋がれていて身動きは取れない。
果たしてそんな状況で、心を壊さずに、明日への希望を持ちながら生きていくことは出来るのであろうか?
少なくとも俺には無理だ。
もしも神がいるのならば、たった一つ願うこと。
心を強く、強く閉ざしたい。
喜びも温もりもいらない。
ただ、……何も感じたくない。
このままでは死んでしまう。
次回、失われた希望