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生後82日目

時間は有限である。




 楽しい時間も、辛い時間も等しく平等に過ぎていく。




 過ぎ去った時間はもう戻ってはこない。




「……はぁ」




 俺を抱いて大通りを歩くレナが大きくため息をつく。




「どうした?」




「いやぁ~、あはは、大丈夫!」




 照れ笑いと共に鼻を掻きながら言う。




「大丈夫な奴はそんな顔で大丈夫なんて言わねぇんだよ、……話してみろ」




「うーん、こんな話クナイちゃんにするのもなー」




 精一杯強がった顔で言うレナを見て少し悲しさがこみ上げる。




 好きな女が困っている時に自分を頼ってくれないのは寂しいものだ。




「……なんだよ、俺じゃ頼りにならねぇってのか」




「ち、ちがうちがう!」




 少し拗ねたように言う俺にレナは慌てて否定する。




「いやぁ、クナイちゃんがすっごく大人で、頭もよくて、冷静だってのは知ってるんだよ? でも、……ほら? あ、……赤ちゃんじゃん?」




「……またそれか、俺は25歳だって言ってんじゃねぇかよ」




「いやぁ、そーなんだけどほら、見た目的に抵抗が……」




 いつだってそう、時間は俺の邪魔をする。過行く時間は俺から大切なひと時を奪い去り、未だ見ぬ時間は俺から可能性を奪うのだ。




「……」




 そんな世の理不尽への怒りを込めレナをジッと睨む。




「わ、わーかったって、言う、言うから」




 それを受けたレナは慌てた様子で言う。なるほど、こういう使い方をすれば赤ん坊であることも役に立つのか。




「……わたしね? ギュスちゃんいるじゃん」




「そうだな。もう5歳なんだっけか」




「そうそう、で、別にわたしがギュスちゃん生んだこと後悔してるとか、いなくなっちゃえばいいじゃんとかは全く思ってないんだケドさ?」




「……それくらい見てたらわかるよ」


 


 何せ俺はこいつらと一緒に暮らしているのだ。こいつがどれだけギュスターブのクソガキを大切にしているのか、どれだけ愛しているのか、それを感じ取れないほど俺は鈍感ではない。




「ありがと」




 レナが小さく微笑んだ。




 そう、俺は彼女のこういうところも好きなのだ。




 当たり前のことを言っただけなのに、柔らかに喜んでくれる。それはきっと、心が温かくなきゃできないことだ。




「でね、それはそうなんだけど、別にギュスちゃんとの暮らしは楽しいんだけど、ほら、わたしまださ、ほら、23だし? ギュスちゃん産んでから太ったりもしてないし? だから、……ほら」




 レナは自らのスタイルを見せびらかすように、クネクネとポーズを取った後、少し寂しそうに口ごもる。




 芯が強いくせに柔らかくて、無防備だけど朗らかで、それでいてとても暖かい心を持っている。更にはパイオツもいい感じのサイズ感だなんて、こいつはいったいどれほどいい女なのだろう。




「……なるほど、セッ●スか」




「ちょ! クナイちゃん!?」




「なんだ、違うのか?」




 レナは頬をぷーっと膨らませる。




「ち、違うし! こ、恋がしたいだけだし!」」




「……そ、そうか」




「いや、ほら、そりゃそうなることはあるかもだケド、……別にそれが目的とかってわけじゃないもん! 素敵な男の子と仲良くなって、ちょっとずつ距離が近づいて、色んな話をして、そーいうのがしたいんだもん!」




 レナはブンブンを腕を振り回しながら言う。なんて可愛いんだ。




「俺がいるじゃないか」




 俺に出来るマックス100%の渋みを効かせた顔で言う俺にレナはすぐに反論する。




「え? あー、そりゃクナイちゃんは可愛くて素敵な男の子だけども! 違うんだって、わたしがしたいのは恋なの!」




 レナが可愛すぎるからだろうか、そんな当たり前のことを聞いただけで心がひどく落ち込んでいくのは。




「そっか、……そうだよな」




「あ、ち、違うの! その、えーっと、あれ、あの、ほら? クナイちゃんが大きくなったらわたしもうおばさんじゃん? 他の子にした方がいいって! ね?」




 俺の沈んだ様子を感じ取ったのだろう。レナは露骨に慌ててフォローを入れてくる。




「……冗談だ。それに、レナはきっといくつになっても可愛いはずだ。おばあちゃんになってるレナに俺が出会っても、きっと恋をしていたと思う。だからもう、自分のことをそんな風にいうのはやめてくれ」




 ……き、決まった、これは渋すぎる。




 これはさすがに俺に惚れるのではないかという期待を込めた目でレナを見ると、




「……ぷふっ、ふふふふ」




 レナは顔を真っ赤にして笑いをこらえて、いや完全に笑っている。




「……はぁ、そんな笑わなくても」




「ふふっ、ふふふ、ご、ごめんね、でも、赤ちゃんにそんなカッコいいこと言われるとなんだかおかしくて」




「……まあいいけどよ」




 レナは不貞腐れる俺に小さく、そして少し悲しそうに微笑む。




「でも、ありがと、なんか、……元気出たよ」




 ただ単に笑われて、謝りもせず礼を言われ、それがこんなにもうれしいだなんて、魅力的な女というのはいつだって卑怯だ。




「なぁ、レナ」




「なぁに?」




 キョトンと、優し気に首をかしげるレナに俺は言う。




「もし、もしよ? 俺のチン●が立派に勃つくらいの歳になって、そん時お前に男がいなかったら、……俺と恋をしてみてくれねぇか?」




 時間は俺から、仲間と家族のようにツルんでロクでもないことばかりをして過ごす時間とか、それを自分に許せる未熟な感情なんかを奪い去っていったけれど、もしも未来にそういうことがあるのならば、時が流れていくということもそれほど悪いことではないのだろう。




「もう、……下品なんだから。でも、……そうだね、クナイちゃんみたいな男の子が、そんな時までわたしのことを好きでいてくれたなら、きっと、世界で一番大好きになるだろうな」




「……そっか、今は、それだけで十分だ」




 もしも神がいるのならば、たった一つ願うこと。




 俺が男になれたその日に、歳を重ねたっていい、どうか、どうかパイオツだけは垂れないよう……




「……クナイちゃん? なんかゲスいこと考えてない?」




「な、ないない! あるわけがない!」

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