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一本松の公園で  作者: 郁章
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三度目のタイムスリップ

 亘樹はすっかりタイムスリップする気になっていた。

ところが、次の週はいつもの時間に公園へいってみても、タイムスリップできなかった。その日は雨が降っていて、公園では何人かの散歩を楽しむ人とすれ違ったが、亘樹の期待通りのことは、起こらなかったのだ。

(雨だとタイムスリップは起こらないのかな)と、亘樹は思った。

その翌週は、弁当を作ってもらって、朝から公園へ行ってみた。一日中公園を散策するつもりだ。あちこち歩き回っていると、スケッチブックを広げて絵を描いている老人が目に留まった。以前も見かけたことがある。そう思った瞬間、亘樹の視界がゆらゆらと揺れ始めた。

視界がもとに戻ったとき、亘樹がいたのは真冬の池のそばだった。

(誰か来てくれー。)

そう思っていると、道の先から男の子が走ってきて、亘樹のいる場所の少し手前でうずくまった。

この寒いのに、薄着で、着物一枚しか着ていない。

「どうしたんだ。大丈夫かい?」

亘樹は心配になって、声をかけた。

男の子は、亘樹より小さい一年生か二年生くらいだ。

「わらじのひもが切れちゃったんだ。」

男の子が言った。

見ると、あかぎれだらけの裸足の足にわらじを履いている。そのわらじのひもが切れてしまっているのだ。

「何かひもの代わりになるものがあるといいんだけど。」

亘樹はバックパックの中を探したが、特になにも見つからない。ポケットのなかにも手をいれたがなにもない。そのとき、着ていたパーカーのひもがぶらんと垂れた。

「あ、これだ。」

亘樹はパーカーのフードについているひもを引っ張って抜き出した。

わらじの切れたところをその紐で結んでやるとだいぶひもが余ったが、なんとかつなげることができた。余ったひもはぐるぐる巻いてわらじに結びつけておいた。

「これでいいだろう。」

亘樹が笑顔で言うと、男の子は目を輝かせて喜んだ。

「お兄ちゃん、ありがとう。お兄ちゃんも学校へいくの?」

「え、おれは」

行かないと、言いかけて亘樹は少し考えた。この少年は公平の可能性が高い。ならばもう少し一緒にいて、名前を聞き出したい。

「うん。学校へ行くよ。」

学校へ向かう途中、男の子が聞いた。

「お兄ちゃんは、疎開なの?」

疎開という言葉は聞いたことがあった。戦争中に、空襲の激しい都会から、田舎の方に避難することだ。

「正ちゃんのとこも、縁故疎開で子どもが来てるんだ。お兄ちゃんはどこの子?」

「えーと、それは。」

「子どもがいないとこ?」

「うん。まあ。」

「それなら、田中さんのところかなあ。」

「それより、ここから学校まで遠いの?」

「もう、すぐそこだよ。」

すぐそこというものの、辺りに学校のような大きな建物は見えなかった。舗装されていない木々に囲まれた一本道を男の子はずんずん進んでいく。亘樹にとってはかなりの距離を歩いたところで、木造の校舎が姿を現した。

「着いたよ。」

男の子が言った。が、亘樹は少しあっけにとられた。と、いうのも、本来なら運動場があるはずの校舎の手前には、一面のさつま芋の畑が広がっていたからだ。畑の中で数人の子どもたちが作業している。

「寺に住んでる集団疎開の連中が運動場を畑にしたんだ。」

男の子が言った。

「食料不足だから、ちょっとでも耕さないと食いはぐれるんだ。」

「大変なんだね。」

亘樹は心から同情した。校舎の中には入ると、ひんやりとした木の香りがした。

(そろそろ名前を聞かないと、聞きそびれちゃうな。)

そう思った亘樹は、男の子に名前をたずねてみた。

「俺、加藤亘樹。君は?」

「おれは、山下公平。」

(やっぱり、俺はタイムスリップする度に、公平という同じ人間に出会ってるんだ。)

亘樹は胸の奥が熱くなるのを感じた。

「職員室まで案内するよ。」

と、公平が言うので、亘樹はついていった。本当は、もうもとの時代に戻りたかったが、いつものように視界は揺れてこない。(どうなってしまうんだろう)

と、緊張しながら職員室に入ると、女の先生が対応に当たってくれた。

「疎開の子が来るという連絡はなかったけれど、何かの手違いかしらね。ひとまず今日は五年生の教室にお入りなさい。」

そう言われて、教室に連れていかれた。教室には十五人ほどのの子どもがいて、自己紹介などしてから授業になった。教科書は持っていなかったので見せてもらったが、カタカナと漢字混じりのなにやら読みにくい教科書だった。


 弁当の時間になり、亘樹はバックパックの中から弁当を取り出した。他の子どもたちが物珍しそうに見に来て、驚きの声をあげた。

「卵が入ってる。」

「白ご飯だ。」

「贅沢な弁当だなあ。」

「都会もんが、きどってやがる。」

他の子どもたちの弁当を覗き見れば、麦ご飯や中には大根の細切れの混ざったご飯だ。亘樹の弁当は卵焼きにウインナーにきんぴらごぼうが入っている。遠足などの行事のときとくらべると質素な弁当だと思っていたが、他の子達にしてみればかなり豪華な弁当ということになるらしい。

しばらくすると、亘樹は居心地の悪さを感じ始めた。他の子どもたちが亘樹に対してあまり良い感情を持っていないような気がするのもその一因だった。都会から来たということで、よそ者意識が働くらしかった。

そんなこともあって、なんとか、授業を終えた頃には、亘樹はすっかり疲れはてていた。校舎を出ると、朝来た道をそのまま戻って、池の淵まで帰って来た。しかし、なにも起こらない。

(もしかして、このまま帰れなくなったらどうしよう。)

ふいに、焦りが込み上げてきた。

そのとき、

「おーい。」

声がした方を見ると、公平が学校の方から走ってきた。

「兄ちゃん、今朝はありがとう。おかげで助かったよ。」

「うん。どうってことないよ。」

亘樹がにっこりして言った。と、その瞬間、亘樹の目の前がゆらゆらと揺れ始めた。

(ああ。帰れるんだ。)

そう思って、亘樹がホッとしたときにはもう、もとの時代の公園に立っていた。


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