野鳥観察会
十二月四日、日曜日。午前九時過ぎの海辺では、大人、子ども合わせて七十人ばかりの人が双眼鏡を手にしながら堤防になった湾沿いをそぞろ歩いていた。
その中に、ふたりの少年がいた。
「あ、あっちはキンクロハジロ。」
「え?どれどれ?」
パンフレットを左手に持った少年が、慌てて双眼鏡に目をやる。パンフレットと双眼鏡の先の鳥を相互に確かめる。少年の名は高橋隆太郎。小学五年生だ。隆太郎が、
「ちがうよ。あれはスズガモだよ。キンクロはくちばしが白っぽいだろ。頭に飾り羽がないよ。」
というと、最初に口を開いた少年、同級生の加藤亘樹は、
「ああ、そうか。そう言われてみると、あいつは背中が少し灰色っぽいもんな。キンクロは背中まで真っ黒だ。」
自分もパンフレットを確かめつつ、間違えたことを認めた。
「ドンマイ、亘樹。さあ、5つ目のチェックができるよ。」
加藤亘樹と親友の橋隆太郎は、丸浜地区が主催する野鳥観察会に参加していた。
丸浜は、A県B市にある地区の一つだ。 B市は、半島の付け根の湾沿いに位置しており、毎年寒くなると、飛来した冬鳥が見られるようになる。野鳥観察会は、その冬鳥を中心とした野鳥を『丸浜野鳥の会』の会員たちの指導を受けながら観察できるという趣旨の会だ。今回、隆太郎は初めて参加したのだが、亘樹はすでに二年生から参加し続けていて通算4回目の参加だ。
集合は午前9時からだったが、少し早めに着いた二人は、野鳥観察会が準備してくれた二十八種の野鳥が印刷されたパンフレットを手掛かりに次々と五種の野鳥を発見していた。
「オカヨシガモ、マガモ、コガモ、カイツブリ、それにキンクロハジロ。」
「けっこう、すぐ見つかるもんだね。」
パンフレットにボールペンでチェックを入れる隆太郎を横目に亘樹がカメラを取り出した。
亘樹は、パンフレットに載っていない野鳥を見つけたいと、張り切っているのだ。
そのとき、
「君たち、見てごらん。」
帽子を被った年配の男性が、ふたりに声を掛けた。首からネームカードをぶら下げている。野鳥の会の指導員だ。
「ほら、向こう方にあるアシの茂みにカワセミがいるよ。」
「え。」
「あ、本当だ。奇麗だな。」
カワセミはくちばしが長く、背中から翼にかけての水色の羽と、オレンジの胸毛が美しい鳥である。遼太郎は、慎重にカメラのシャッターを切った。亘樹の趣味のひとつはカメラだ。一年生の時に子ども用カメラを買ってもらって以来、大事に使っている。このカメラはこども用と言っても落としても壊れにくいとか防水加工がしてあったりする。そのうえ、大人用のカメラの機能と何ら変わりがない優れものだ。
「あっちにはアオサギもいる。」
指導員にそう言われて隆太郎も亘樹も、慌てて指の先を追う。
「すげー。アオサギ。でも、なんでアオサギっていうの?灰色じゃん。」
「ああ、隆太郎、昔の日本では白でも黒でもないその間のような淡い色をアオと呼んだんだよ。アオサギは外国ではグレーヘレンと呼ばれているよ。」
「へー、そうなんだ。」
亘樹の説明に隆太郎は素直に感心していた
「よく知ってるなあ。調べたのかい? 」
指導員の言葉に、
「俺も、初めてアオサギを見たときに同じことを考えて、それで調べたんです。」
と、亘樹は照れくさそうに答えた。
そのとき、
「ねえ、上、空の上をみてよ。」
隆太郎が声を上げた。
「あ、すごい。大きい鳥だ。カラスじゃないよな。オオタカかな?」
「この辺りは高い確率でオオタカが観察できるんだ。どうも、巣がこの近くにあるらしい。」
と、指導員のおじさんが言う。
「うわ、すごい。ぼく、オオタカの巣を見てみたいな。」
「ははは。オオタカの巣はものすごく高いところにあるだろうからなあ。なかなか、見つけるのは大変だぞ。」
指導員は、そう言って笑ったが、亘樹と隆太郎は、その後もしばらくオオタカのことで盛り上がっていた。
野鳥観察会は午前十一時頃まで行われ、解散式が行われたあとは、観察を続けるも帰宅するも自由ということになった。
亘樹と隆太郎は、パンフレットに写真が載っていない野鳥も何羽か観察することができた。
「明日、印刷した写真を学校に持って行くよ。」
「うん、学校の図書室の図鑑で調べよう。」