現代以上、異世界未満
※主人公はひねくれてて性格がそこそこ悪いです。
「昨日のあれ見た──」
「だりぃ──」
「はい、はい! 誠に申し訳──」
「ねぇ、あれヤバくなーい──」
自分の脳天を刺す様な日差しに、首から上に纏わりつくかの様な湿気……それらが合わさり体感温度が危険域の強制サウナ状態の真夏のお昼前の事。
電車に揺られ、惰性で続けているスマホゲームを脳死でプレイしながら横目に車内を確認する。
流行りのテレビ番組について語り合う小学生に、そんなに真剣ではないのか小声で文句を言う部活ユニフォームを着た中学生……俺たちとは違ってこの暑さでも休みなんてないサラリーマンの横では、同年代であろう女子高生達が何が可笑しいのか大きな声で笑い合う。
──ピコンッ!
「……チッ」
リズムに合わせて画面をタップし、あと少しでフルコンボという所で実の母親から送られた通話チャットの通知バナーを誤タップしてしまい、強制的に画面を開かされる事に舌を打つ。
母さん:朝陽?
母さん:何時頃に帰ってくるの?
母さん:夕飯はどうする?
「……」
既読マークが付いてしまったが気にせずアプリを閉じ、推しアイドルを育成するスマホゲームを開いて再開するが……やっぱりフルコンボは逃していたようで、酷く気持ち悪い。
──ピコンッ!
母さん:読んだんでしょ?
母さん:ちゃんと返事して
母さん:夕飯どうするの?
Asahi:うるさい
折角のフルコンボを逃した腹いせに雑な返信をしつつ、そろそろ目的の駅に着くためスマホの画面を落とす。
元気にしょうもない事に盛り上がる小学生はまだ良いが、愚痴りつつ足を開いて座る中学生に未だに電話の向こうに居る相手に謝る会社員、大声で下品な話題で盛り上がる女子高生だけは見てて不快だ。
先ほどまでスマホゲームで気を紛らわせていたからか、尚さら鼻につく。
『次は秋葉原駅──』
炭酸飲料を開封した時の様な音と共に電車の扉が開かれ、溢れ出る人の波に半ば押される形で電車を降りる。
自分の身体に触れる他人の湿った手足や汗の臭いに顔を顰めながら流れに逆らわず、一緒に電車から降りる。
「……チッ、暑い」
まったく、近年の異常気象とやらには反吐が出る……外を出歩くだけでこんな不快な思いをするのだから、国連で癇癪を起こしながら世代間の憎悪を煽った外国人少女の気持ちも分かるというものである。
途上国の貧困や経済発展なんか知らないから、さっさとCO2の排出量を規制しろよな……日本の様な先進国の優れた技術や製品の為に排出されるべきだ。
……なんてな、そんな事はどうでもいいか。
「ゲーマーズ本店との精神的距離が遠い……」
こんな暑さの中で大荷物──ほとんど漫画やラノベだが──を抱えてのハイキングとかマジで死ねる……秋葉原駅からそんなに離れていないってのに、もう既に限界が近い。
……ったく、なんで欲しい漫画やラノベの新刊発売日が重なるかねぇ……お陰様で特典目当てのオタクショップ巡りだよ。
「特典情報もさっさと教えろってんだよ」
新刊の発売日告知すらも遅いのに、喜び勇んで予約したところで『描き下ろしタペストリー付き特装版も販売決定!』……じゃねぇんだよ、わざわざ解約して予約し直すコチラの労力も考えろよ……店員と話すだけでストレスだっての。
「……ハァ、俺も異世界に行けたら活躍できるのに……暴走したトラックとか突っ込んで来ないかな?」
……って、さすがに不謹慎が過ぎるか? でもなぁ、別に俺を異世界に送らなくても良いからさ、平日の昼間に大荷物を抱えて歩く俺を見てコソコソと陰口を叩きながら遠ざかる同年代のクソ女共を異世界送りにしてくれよ。
チートだ……チート能力さえあれば俺も活躍できるんだ。
俺を見捨てたビッチの幼馴染みを見返す事も、俺から幼馴染みを寝取りやがった野球部のアイツにだって復讐できる……そんでもって俺は俺にだけ優しい幼馴染みよりも可愛い女の子と一緒に冒険するんだ。
「俺だったら他の主人公達と違って、もっと上手くやるのに……」
これまで色んな作品を読んできたんだ……「なにうじうじ悩んでんだよ」「そこはもっとこうしろよ」「登場人物の頭悪いな」……なんて、高慢な毒者から感想欄の「気になる点」という欄で批判されるようなムーヴはしないのに。
「ハァ、寒さで気分が滅入るな……それに俺の気分に連動するように停電しや、が……る?」
あれ? 停電? ここは今外だ……それも真夏の真昼間だよ、な……? なんで暗いんだ? それになんだか肌寒い──いや凍える様に寒い?
「……っ?!」
異変に気付くと共に足下へと向けていた視線を真横へと向ける……建物の明かりや、電光掲示板、巨大モニターは光ってる。
周囲を見渡せば、有象無象の人々がまだ俺と同じく理解が追い付いていないのか、ザワザワとしながらも上空を指差している。
「……なんだ?」
釣られる様に俺も上空を見上げ──太陽が消失している事に気付く。
▼▼▼▼▼▼▼
「──ハッ! ……はぁはぁ」
……知らない天井だ。
確か俺は炎天下の中オタクショップ巡りをしていて……それで気が付いたら真夏なのに寒くなってて、周囲の人々に釣られるようにして空をみあげたら太陽が無くて……いつ間に気を失った? ここは病院なのか? 俺は病院に連れ込まれたのか? 夏の暑さに負けて熱中症になり、幻覚を見た後でぶっ倒れたとか?
それにしては様子がおかしい……点滴はともかく、仕切りやなんかも何も無いし部屋が無機質で暗すぎる。……布団も少し質素だ。
「……まさか……異世界、とか?」
「……起きた?」
「うわっ?!」
いつの間に近くに人が……っていうか日本語が通じるから異世界じゃないじゃん……一瞬だけ期待しちまったじゃねぇかよ。
……なんか髪色も桃色が薄く滲むような白髪だからガチかと……まぁ東京には信号機みたいな髪色の奴とかデフォルトで居るけどさ。
「き、きき、君は……?」
クソっ! 吃った! 家族以外の人間と話すのなんて数ヶ月ぶりだから喉が震える。
……いや、違う。俺はビビってねぇ、相手が美少女だから普通の男として緊張するだけだ。
「……私はシロ。人を呼んで来るね」
「シロ……? って、あっ! ちょ、ちょっと待って、よ!」
……行っちまいやがった。
なんなんだよ、あの犬みたいな名前の女は……年齢的に看護婦でも無いだろうし、てかそもそも病院っぽい場所じゃないし不安しかないんだが。
本当になんなんだ、この状況は……むしろ最後の記憶が空を見上げたところってのがおかしいんだよ。
普通はこう、倒れて段々と意識が薄れていくものだと思うんだが……やはり後ろから気絶させられた可能性が高いか?
「……にしても」
……あのシロとかいう女子、とんでもない薄着だったな。生地の薄いワンピースしか着ていなんじゃないか?
座高が低いためか、自然と見下ろす形になったが……チラチラと桃色が見えていたし、少なくともノーブラだろう。
……まさか下も、か?
「……」
思わずあの女子が座っていた椅子に手を置く……まだほんのりと暖かい。
もしも上だけでなく、下も履いていなかったとしたら──
「──連れて来た」
「っ?! ……は、早いね」
邪な事を考えていたからか、自分の想像以上に肩が飛び跳ねてしまう。
バクバクと鳴り響く心臓の音が耳を塞いで自分の声が聞こえづらくなりながらも、平静を装いながら何かを指摘される前にこちらから話題を提供する。
「たまたま通りがかった」
「……そ、そうなんだね」
確かにシロと名乗った少女の後ろにはハーフみたいな成人女性と、完全に外国人って感じの見た目の俺と同い年くらいの女性が居る。
……ハーフ女はともかく、外人少女は日本語を話せんのか?
『──』
「貴方の名前は? って言ってます。彼女達は旧言語が話せない」
「…………日本語じゃなくて?」
「名前」
「あ、四ノ宮朝陽」
おいおい、ハーフ女まで日本語が話せないのか……日本国内で日本人である俺が倒れたはずなのに、気が付けば通訳が居ないと意思疎通出来ないっておかしくないか?
それに、日本語を旧言語と呼称するのも意味不明が過ぎる……なんなんだ? このグローバルな時代は英語を喋れってか? ……相変わらず欧米はポリコレだの何だの……日本よりも同調圧力が強いな。
『朝陽君、ここは貴方の時代の三百年後です』
「……は?」
『君にとって私達は未来人だよ!』
「……は?」
…………いや、は? ……は? 何言ってんだ?
……異世界でも外国でもなく未来? 意味が分からん……コイツら全員脳は正常か? しかも三百年って、盛り過ぎだろ。
『混乱するのも分かります、ですが事実です』
「……」
『三百年前、人類は突如として太陽を奪われました』
シロがリアルタイムで通訳してくれるが……内容が頭に入って来ない。
……なんだこれは、お巫山戯が過ぎる。
『下がる地球気温と死滅する動植物……急激に変化する環境に人類は混乱しました』
それが本当ならそうなんだろうな……本当ならな。
それにこっちが混乱してるのが分かってるなら畳み掛けるなよ……なんだよ太陽を奪われたって……馬鹿らしい。
シロを介した説明はまだ続く……旧文明の中でも先進的だった集団──おそらく現代日本など──は地下に生き残りを収容する箱? 施設? を作ったが失敗したらしい……難民の流入などによって制限時間までに完成には至らなかった、と。
中途半端に完成したそれがここだと、そう言うのか。
『そして私達の祖先である旧人類は混乱期に於ける技術の散逸と、文化の衰退を避ける為に最低限の人数だけを残して君達をコールドスリープさせた』
……そうか、ここは日本で間違ってなかったのか……異世界でもなんでもねぇじゃねぇか。
それに俺は体の良い口減らしで未来に送られたのか……大層なお題目を掲げてはいるが、どうせ扶養限界を超過したから特に何の技能も持っていない一般人を厄介払いしたんだろう。
奴らの祖先という同郷の奴らは、自分達だけ眠りに付かなかった上級国民達はここに閉じられた文明を新たに築いたらしい。
『そして目覚めた君には選択肢がある』
『私と一緒に人類を追い詰めた元凶と戦うか』
「……私と一緒に旧人類の遺産を解析するか、です」
なんだよ、それ……引き込もりだった俺に労働をしろってのか? ……無理だよ。
「……今ここで『ふざけるな』って……外に飛び出したらどうなる?」
「無理。三百年前の時点で地球気温は-125℃にまで達してる……その寒さのせいで大気は固体となって地上に降り積もってるから、宇宙服がないと出られない」
喉がカラカラに乾く……酷い表情をしているのだろうな、という事が自分でも分かる。
「……なん、で俺は……こ、呼吸が出来てる?」
「カースト最下層が毎日地上に出て降り積もった大気を採掘してる……それをこの施設内で気体に戻してる」
カースト最下層……そうか、閉じられた文明を新たに築いたって言ってたな……名前的にシロのカーストもそこまで高くは無さそうだし、俺もどうなるのか分からない。
「あと認識に誤りがある。……貴方に選択権はあっても拒否権はない」
「……」
「貴方はこの文明で成り上がるか、それとも──」
──奴隷に成り下がる? 彼女はそう言って、泣きそうな俺に向かって首を傾げた。
▼▼▼▼▼▼▼
「……少しだけ、少しだけでいいから……考える時間をくれないか……」
『──』
「……良いって」
「ありがとう」
俺が即決を出来ない事は予め予想出来ていたのか、特に何か特別な反応もせずにハーフ女と外人少女は薄く微笑みながら頷いて部屋を出て行く。
後に残るのは俺とシロと呼ばれた、この文明で立ち位置不明の女の子だけ。
……なぜシロは部屋を出て行かないのかは分からないが、今はそれが酷く……ほんの小さな救いだった。
こんな訳の分からない状況に放り出され、周囲の人間と意思疎通もできない中で、少し素っ気ないとは言え同じ日本語で会話できる人間が傍に居るという事は思った以上に俺の精神を安定させる。
「……なぁ、質問良いか?」
「貴方の今の立場は『三等市民』。知識コードの青銅三位の範囲までなら答えられる」
「……なんだそれは?」
いきなり『三等市民』がどうだとか、知識コードがどうだとか、意味がわかんねぇ──あぁいいや、違うか……新たな文明にはカースト制度の様なものがあるらしいんだったな……という事は現状、答えの出していない俺は『三等市民』相当の身分しか与えられていない、と……。
それに知識コードとか、青銅三位までしか教えられないという言葉から察するに、一般市民には知る権利すら無いと見て良いのか……思った以上にこの文明は窮屈らしい。
「三等市民は貴方の身分。青銅三位は貴方の身分と功績を勘案して与えられた情報アクセス権限」
「……この文明のというか、この場所の名称……あと身分制度と知識コードについて教えてくれ」
正解だったか……やはり今の俺はこの場所で言うところの三等市民でしかないのだろう。
情報アクセス権限については『身分と功績』から判断されるらしいから、未だに何の功績もない俺は純粋に三等市民相当の権限しか持ってないと見て良い、よな……?
……ただ、その三等市民とやらがこの文明でどの程度の立ち位置なのかが分からない事にはどうしようもない。
何も知らなければ判断すらできない。
「それなら大丈夫。まずこの國の名称は『東京第三帝国』」
「……『東京第三帝国』」
もしかして第一や第二があったりしたのか……?
東京という地名が残ってるのに少しだけ変な安心感があるが、日本じゃないという事は列島全てを支配下に置いてる訳じゃないのか?
「身分については重要だからちゃんと覚えて」
「……あ、あぁ」
「まずはこの國の支配者たる王種。帝やその家族、皇族の方たちの事」
三百年前の天皇家みたいなものか……いや、もしかしてその生き残りの子孫だったりするのか?
そこら辺は教えてはくれなかったが、シロが言うには奴らの情報アクセス権限は宝飾二位。帝に限り宝飾一位。
……そしてこの文明では階級によって纏える色等に制限があるらしく、帝以外は黄色を纏えず、皇后以外は茶色を纏えない……他にも皇族の中にも細かい制限があり、それがその皇族の立場を表してもいるらしい。
「禁色を冒したら薄布一枚で追放される。罪を犯した姿を保ちながら死ぬ罰を与えられる」
「……罪人の証である薄布一枚の姿で凍り付くという事か?」
「そう」
「……」
絶句する俺に頓着せずに、シロはどんどん身分について教えてくれる。
王種を支え、シロ達を支配する貴種。上から帝の縁戚である虹爵……情報アクセス権限は宝飾二位。王種の禁色以外の全てを纏える。
虹爵を除いて最上層の香爵。情報アクセス権限は宝飾三位。ここから好きな香りを纏える様になる。
剥爵。情報アクセス権限は宝飾三位。上位貴種の最下位であり、下位貴種の最上位でもある。ここから自分よもり下の身分の者を裁いたり、色を奪う権限を得る。
紫爵。情報アクセス権限は鉄鋼一位。臣民の中で一番尊い色である紫を纏えるようになる。
淡爵。情報アクセス権限は鉄鋼二位。同じ色に濃淡を加えて一緒に纏えるようになる。ここからある程度のルール破りは見逃される様になる
「……色が重要なのか?」
「当たり前。世界から豊かな色彩が失われて久しい」
「……」
「一歩外の世界へと出ればそこは極寒の白と黒の世界……豊かな色彩を纏える事はそれだけの力があり、尊い事を意味する。身に纏っている色の数や種類によって入れる施設等も決まってくる」
「そう、なのか……」
俺はこの時代の外の世界を知らない……だから何とも言えないが、雪や降り積もった固体の大気、太陽が失われたという事は月もないだろう。
……そうなると、自然と朝もなく、星の光だけが頼りの新月の夜のような世界なのだと想像できる。
動植物も死滅したという事は……確かにこの時代の人達からしたら豊かな色彩という物に憧れを抱くのだろう。
「続ける?」
「あ、あぁ……説明を続けてくれ」
「わかった」
一等市民……王種と貴種を除いて一番上の階層の人達。主に研究者や技術者などの頭脳労働者や貴重な人材達が属し、一部は貴種と変わらない権利を保有するらしい。……あのハーフ女がここの階層。
二等市民……ほとんどが戦士階級で、太陽を奪ったという人類の敵と戦っている為に高待遇……一部の高額納税者なども含まれ、普通の市民はどうやってもこの階層まで登れない。……あの外人少女がここの戦士階級らしい。
三等市民……一般的な労働階層達が属し、最大の人口比率を誇る。……今の俺の待遇がここ。
四等市民……貧困階層など、納税が滞ったりしてジワジワと権利を剥奪されている者達……ほとんどがもう後がないと言う。
この四等市民には元貴種もそれなりに居るらしい……上に登る事は不可能に近いが、下に降る事は容易だと言う。
「……シロはどの辺りなんだ?」
「……私は奴隷階層、ほぼ全ての権限を剥奪された存在」
「……」
「纏える色は〝ありふれた白〟のみ……名前も白を連想させる単語しか付ける事は許されない」
ありふれた白……ほぼ全ての権限を剥奪された奴隷階層。白色しか纏う事は許されず、自由な名前を名乗る事も禁じられている。ほとんど消耗品として扱われる事がほとんどだと言う。
そして忌まわしき黒……罪を犯した者たち、咎人の事を言う……厳密には身分制度の外にあるが、彼は黒色しか纏えず名乗りも許されない。……また、産まれた子どもは自動的に奴隷階層になるらしい。
「この國の身分制度については以上で全て。知識コードについては青銅三位が一番下で、位が上がる毎に情報アクセス権限が解禁されていく……知りたい事が知れる様になる」
「……ご丁寧にどうもありがとう」
頭が痛くなりそうだ……シロが丁寧に教えてくれたが、思った以上に俺が生きていた日本とは何もかもがかけ離れている。辛い。生きられない。
なぜこんなにも厳しい時代に飛ばされなきゃならないんだ? 俺は社会福祉の整った先進国でさえ落ち潰れたクソ野郎だぞ……なんで楽な異世界に連れて行ってくれなかったんだよ。
「俺は何をすれば……この社会は俺に何を求めてる……?」
「……」
前回はダメだった……あの社会は俺に何の役割も求めちゃいなかった……何も期待せず、何も与えず、何も教えず、勝手に猛スピードで進んで行く。
その癖他者に〝当たり前〟を当然の権利の様に要求する。……酷く息苦しかった。
そんな、そんな流れに乗れなかった俺が……こんな停滞と鬱屈した社会でどうしろと言うのだろう……何をしろというのだろう。
前の時よりも、誰も俺を救ってはくれないに違いない……辛い。生きられない。
「自殺する勇気もない……どうやって余生を過ごせば良い……?」
「……」
前回も死のうと、早くこの理不尽な劇場から退場しようと足掻いた……でも無理だった。……俺は死ねなかった。
「……」
包丁で手首を切ろうとした──けれど少し切っただけで痛くて止めた。
首を吊ろうとした──鏡に写った自分の不細工な変顔を見てプライドが邪魔をした。
ビルの屋上から飛び下りようとした──うっかり下を見てしまって怖気付いた。
「……」
駅から身を乗り出したりするのは死後にSNSで馬鹿にされたり、自分の死よりも会社に遅刻する事に怒る人達が頭に浮かんで選択はしなかった。
睡眠薬を大量に飲んで死のうとした時は寝る直前に次の日が話題の最新作ゲームの発売日だと気付いて慌てた……親に事情を説明して泣き付いた。病院に運ばれた。
……あれから姉には『かまちょ』と鼻で嗤われ、妹はよそよそしくなった……親は過剰に干渉する母親と、俺を避けまくる父親に別れた。
「そんな……俺、でも…………できる事はある、のかな……?」
「……」
手が細かく震え、腹の奥が浮いた感じがする……喉の真ん中に唾液の塊が突っかえている気がして吃る。何度も唾を飲み込んでも改善はしない。
シロという、年齢も、腕力も……身分さえも下の女の子に目すら合わす事も出来やしないで……そんな情けない問いを漏らしてしまう。
「……私は」
「……」
「……私は三百年の貴方の事も、貴方が暮らしていた時代も知らない」
「……そ、う……だよな……」
そうだよな、いきなりこんな……変な問いを投げかけられても困るよな。
「──でも」
思考を放棄し、考える事を辞め始めた俺の手の甲の上にそっと手を重ねて……シロは口を開く。
「──貴方を支えてあげる事はできる」
小首を傾げながらそんな、俺にとって都合の良い事を言うシロに言葉を失ってしまう。
……絶対に嘘だ、そんな会ったばかりで……そんな無条件に、何ら好感度を稼いだとも言えない状態でそんな……三流ネット小説のトロフィーと同じ様な扱いの……まとめサイトのコメント欄というネットの掃き溜めで、俺が実際にオナホチョロインと罵倒してしまった様な……そんな事を現実で言われるはずがない。
「? 泣いてるの?」
──なのに、嬉しくて堪らなかった。
「な、なん……何でもない、よ……」
分かってる、分かってるんだ……彼女は俺に気がある訳じゃない。もしかしたら奴隷階層は自分よりも上の身分の者を支える事が義務、なんて事があるのかも知れない。
でも、それでも……無条件の好意というものがこんなにも心地好いなんて知らなかった。
「……大丈夫?」
「……あぁ」
おっかなびっくりという具合に俺の頭を胸に抱くシロの好意に甘え、そのままされるがままになる。
自分の妹よりも歳下の女の子に甘えて、本当に情けない姿だ。
……自分でも思ってた以上に前回の負債と、突然のありえない状況に放り出された事が精神的ダメージだったんだと気付く。
「「……」」
先ほどまでは「同じ言語を使えるから」という理由で安心していたのに、今はお互いに何も言葉を発さないままに……さらに心地好い時間が流れていくのを感じる。
仕方ない、仕方ない事ではあるが……この故郷の言葉をを話す少女と離れ離れになってしまわない様に、頑張らなくてはいけない──
「……後でシロの仕事を教えてくれ」
「……………………わかった」
──例え異世界でなくとも。
▼▼▼▼▼▼▼
少し説明が多かったかもね。