【たとえばの話】(悠真)
『もしも』なんて言葉は無意味だ。
起きた出来事は変更出来ないものだし、現実的ではないものを想像するのは時間の無駄だろう。
そう思いながらも、思考はくだらない仮定を彷徨う。
たとえばの話し、入学式の時に先輩とぶつかってキスしなくても、僕は先輩を意識しただろうか?
先輩を意識したのはあの時のキスが原因だ。
しかし、部活入部日に再会したという偶然がある。
とすれば、先輩とはキスしてもしなくても必然的に出会う運命なのだろう。
そう考えると、キスの有無で先輩を意識するしないを左右するかと言えば、あまり関係なさそうにも思える。
先輩は可愛い。
天然だけど素直だし、女の子らしくて好みのタイプな方だ。
しかも、僕の初恋が年上だったことを考えると、先輩が年上だということも好みの範囲内ということになる。
そう考えると、僕は先輩とあのキスがなくても好きになるって可能性が十分あるということだろう。
「悠真くん? どうしたの、食べないの?」
「え? あ、ああ。もちろん食べるよ!」
中庭のベンチに先輩と並んで座っていた僕は、先輩の声に思考が現実へとスライドした。
僕の膝の上には先輩が今日の調理実習で作ったガトーショコラのケーキが置いてある。
紙皿には可愛い柄のナプキンとプラスチックのフォークが添えてあって、ケーキには生クリームが添えてあって見た目もすごく美味しそうだ。
僕は今自分が考えていたことを誤魔化すように、フォークでケーキを切り分けると、さっそくひとくち口に入れた。
口の中でケーキは甘さとほろ苦さが丁度いいバランスで広がってすぐにつける。
先輩が作ったケーキは、その辺のケーキショップよりもずっと美味しかった。
それは先輩が僕好みに作ってくれたからだ。
「どう?」
「うん、すごくおいしいよ」
心配そうに僕の顔を覗き込んでいた先輩の表情が、僕の言葉で柔らかな笑みへと変わる。
「本当? 良かった! 悠真くんには少し甘さが足りなかったかな?って心配だったの」
「全然OK。これぐらいがちょうどいいよ」
僕の誉め言葉を素直に受け取って、先輩は無邪気に喜んでいる。
先輩のこんなところが僕の心をくすぐるのだ。
甘いケーキと先輩の甘い笑顔。
やっぱりあのキスがなくても、僕は先輩を好きになっただろうと確信してしまう。
だって、好きになったのはあのキスではなく、今のように笑う先輩の笑顔なのだから……。
読んでくださった方、ありがとうございました。
同キャラを使って少し違う設定でお話を書く。
そんなテーマで書いたお話です。
いつか元になるお話が書ければいいのですが、今はこれで完結となります。
ありがとうございました!