第5章 歓喜のビール掛け その7
主な登場人物(カッコ内は登場人物のエピソードを紹介している部分)
小林龍也・・北江ジャガーズファン。(第1章その1、その2、その7、その8)
滝沢忠・・・北江ジャガーズのエース(第1章その5、その6)
土井勘太郎・北江ジャガーズ監督(第1章その4、その9、その10)
田中香織・・毎朝スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)
秋山めぐみ・独占スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)
畠山正・・・第7戦の主審(第1章その2)
ゲームセット。3対2でジャガーズ勝利
*お断り*
この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。
「ふ〜、やっと終わった」。記者席に戻り原稿を書いていた香織は最後の一文を打ち終え、本社に送信するとイスの背もたれに伸びをするようにもたれかかり、大きく深呼吸をした。
デスクに連絡をとり、一応OKをもらった香織は帰り支度をおえ、記者席をでようとした。
チラっと独占スポーツの記者席を覗いたが、すでにめぐみの姿はなかった。
出口へ向かう通路を歩いていると、前から私服に着替えた土井が歩いてきた。
「よお、お疲れ。いい記事書けたか?」
「あ、監督、優勝おめでとうございます。おかげさまでいい記事が書けました」
「そうか、そりゃあ良かった。オレも今日は疲れたよ」
香織と土井がそんな会話をしていると、女子トイレから出てきためぐみが走り寄って来た。
「ちょっと、香織さん、ずるい。抜け駆けするなんて・・」
「違うのよ、ちょうど帰ろうと思っていたら、監督とばったり会っただけよ。私ももう原稿終わっちゃったもの・・」
「そうなんですか?あ、監督、優勝おめでとうございます」とめぐみも土井にお祝いを述べた。
「おお、ありがとう、それじゃあな」。そう言って土井が立ち去ろうとした。
「あ、監督、今日、どの段階で勝てると思いました?」。香織の言葉に土井が振り向き、こう答えた。
「オフレコにしてくれるか?オフレコにしてくれるなら、試合前」
「え、試合前ですか?」。驚いた香織とめぐみの声は思わずユニゾンしていた。
「うん。メンバー交換したとき、向こうのベンチに角田の名前がないことを確認したとき、今日は行けると思っていた」
「なるほど。でも、実際に勝てると思ったのは・・」。香織がさらに聞いた。
「そうだな、江田が7回に続いて8回のマウンドあがったときだな。そして佐々木が盗塁を決めたとき、絶対逆転できると思っていたよ」
「やっぱり・・。そうだったんだ。内田監督は継投を失敗しましたよね」。めぐみが土井に尋ねるのを聞きながら、香織はめぐみがそういう原稿を書いているのだと思っていた。
「まあ、相手ベンチの継投の良し悪しはオレは言えないけど、オレがシティーズの監督なら江田の続投はなかったな。それだけは確実に言えるよ」
「そうですよね・・」。香織とめぐみは土井の話に頷いていた。
「まあ、それでも8回はたった1安打での逆転だ、自分でいうのも、なんだけど、凄い攻撃だったと思うよ。和田が打たれたときはどうかと思ったけど、そのあとの土田、滝沢、飯田とみんな良い投球をしてくれたし、あの8回の逆転の仕方といい、今日はまさに『ザ・ゲーム』という感じだね。野球というスポーツの醍醐味が存分にでた試合だったと思う。日本シリーズの最後の試合でこういう試合ができたことを誇りに思うよ」
「本当ですね。本当に凄い試合でしたね」。めぐみが土井の言葉に相槌をうった。
「ちなみに、監督。滝沢君は本当はどのタイミングで出すつもりだったんですか?」と香織が土井に聞いた。めぐみも聞きたかった質問だったので、グッと身を乗り出した。
「そうだな、まあ、理想をいえば和田が4〜5回まで投げて土田を1回くらいで滝沢を2〜3回。それで勝っていたら最高だったけど、仮に和田が早めに打たれた場合は、負けている場面でも早め早めの継投は最初から考えていたよ。だから、ああいう継投も一応、オレの中では想定内だったな」。土井の答えに二人は大きく頷いていた。
「そうそう、さっき、球審の畠山さんと通路ですれ違ったんですけど、6回の滝沢君のボールは凄かったって。本当はボールにしようと思っていたのに思わずストライクってコールしていたって言っていましたよ」と香織が土井に向かって言った。
「本当か?そりゃ、嬉しいな。審判を惑わす投球っていうのは投手冥利に尽きる。あの五十嵐を三振に取った球だろ?確かにナイスボールだったな。アイツも今日で一皮剥けたような感じがするよ」