第1章 試合前 その4
主な登場人物(カッコ内は登場人物のエピソードを紹介している部分)
小林龍也・・北江ジャガーズファン。(第1章その1、その2、その7、その8)
滝沢忠・・・北江ジャガーズのエース(第1章その5、その6)
土井勘太郎・北江ジャガーズ監督(第1章その4、その9、その10)
田中香織・・毎朝スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)
秋山めぐみ・独占スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)
畠山正・・・第7戦の主審(第1章その2)
*お断り*
この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。
めぐみが球場に戻りグラウンドにでてみると、シティーズの選手数人がアップをしている後方でジャガーズのグラウンドジャンパーを着た選手が外野を黙々とランニングしていた。
持っていたカメラを取り出し望遠レンズで覗き込んでみると、選手ではなく土井勘太郎監督だった。
ちょうどそこへめぐみを追うようにして香織が駆け込んできた。
「ハア、ハア。めぐみ、ずるいって。抜け駆けゴメンだからね」
「ごめんなさい。香織さん、見てくださいよ。土井監督もう外野走っていますよ」
「え、ウソ。あ、本当だ。気合入っているな〜。選手はまだ誰も来てないでしょ」
「たぶん。こういう日の土井監督ってアッと驚く采配するんですよね。今日は相当思い切ったこと考えているじゃないですかね」
「そうかもね。確か土井監督が一番乗りした試合って勝率メチャクチャ高かったよね」
「そうそう。ちょっと待ってくださいよ」
そういってめぐみはバッグから手帳を取り出した。
「え〜っと、土井監督が球場一番乗りした日は、私のデータに間違いなければ、13勝3敗。だから8割近い勝率ですね」
「え、アンタそんなデータまで取ってるの?」
「当たり前ですよ。それが担当記者としての仕事です」と言ってめぐみは胸を張った。
「ダテに私より一年長くやってないわね。う〜ん、負けそう」
二人がそんな話をしているところへランニングを終えた土井がベンチへ引き上げてきた。
「おはようございます」と二人は土井に向って挨拶をした。
「よお、二人とも早いね。取材?感心だね」
「監督こそ早いですね。相当気合入ってますね」とめぐみ。
「まあね。現役時代からさ、大一番のときはグラウンド一番乗りするとゲンが良いんだよ。だから今日は絶対一番乗りしてやろうと思ってさ」
「そうなんですか。今、二人で監督が球場一番乗りした試合は勝率が高いって話していたんですよ」と香織。
「そうだろう。オレも正確には把握していないけど、今年だって2〜3敗しかしてないんじゃない?」
「ええ、私がデータ取っている限りでは13勝3敗です」とめぐみ。
「そうなの?そりゃ、凄いや。よし、今日も勝てるぞ!!アハハハハ」と土井は高笑いしてダッグアウト裏へ下がろうとした。それを見た二人が後を追うようにしながら香織が土井に向かって聞いた。
「監督、今日は何か秘策はあるんですか?」
「秘策?そんなものはないけど、総動員だよ。総動員。ベンチに入った選手は全員使う」。そう 力強く言って二人を置き去りにするように駆け出していった。
香織とめぐみは顔を見合わせ「やっぱり」と頷きあっていた。