表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/45

第4章 たった1安打の猛攻 その9

主な登場人物(カッコ内は登場人物のエピソードを紹介している部分)

小林龍也・・北江ジャガーズファン。(第1章その1、その2、その7、その8)

滝沢忠・・・北江ジャガーズのエース(第1章その5、その6)

土井勘太郎・北江ジャガーズ監督(第1章その4、その9、その10)

田中香織・・毎朝スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)

秋山めぐみ・独占スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)

畠山正・・・第7戦の主審(第1章その2)

現在、8回表攻撃中二死一・二塁、2対2ジャガーズ同点に追いつく


*お断り*

この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。


 黒沢がゆっくりと打席に入った。江田がセットポジションからサインをみる。

 初球、外角へ直球が外れてボールになった。2球目も直球が外れてボール。カウント0−2となった。3球目、黒沢はスライダーに的を絞っていた。

 そしてスライダーがきた。だが、高い。見送ってカウント0−3となった。

 4球目、黒沢は直球がど真ん中にきたら打つつもりでいた。0−3からはさすがに直球でストライクを取りにくると思っていたのだ。

 しかし、江田が投じたのはスライダーだった。思わず黒沢は打席から外した。そして三塁側ダッグアウトを見ながら、苦笑いしていた。「ここでもスライダーかよ」。そう思いながら心に決めた。

「最後はスライダーしかない。スライダー狙いに全てをかける」


 黒沢は一つ深呼吸をしてから打席に戻った。そして江田がセットポジションに入った。

 「よし、スライダーだ」

 黒沢のバットが一閃。しかし黒沢の気持ちが強すぎた。いや、格好よく本塁打で決めてやろうという邪念があったのだ。力みすぎた打球は打ち損ねのファールだった。


「よし、ラッキー」。このファールで思わずそう口にしたのは、三塁ダッグアウトの土井だった。土井は4番の望月が四球で歩かされたあとずっと悩んでいたのだ。

 望月はぽっちゃり型の選手だ。その体型としては足は遅くはないが、決して速いというほどではない。俊足の走者を代走にするべきかどうか迷っていた。

 特に一・二塁になった場面で相手外野手も前進守備に変わっている。望月の足では正面の当たりでは本塁へ帰ってこれるかどうか微妙だ。しかし、二死だけにこのままチェンジになる可能性も高い。同点のまま4番の望月をかえてしまえば、延長になったときに不利になる。そういう考えから代走をだすかどうか迷っていたのだ。


 だが、フルカウントになれば話は別だ。投球と同時にスタートをきればよいのだから、例え会心の当たりが外野の正面にいったところで、本塁で刺されることはまずない。あとは黒沢の勝負強さにかけるだけでいい。土井はそう思っていたのだ。

 そして運命の第6球。黒沢はスライダーしかないと思っていた。5球目は力みすぎて打ち損ねてしまったが、今度はセンター返しを心がけていた。よくひきつけて、コンパクトに打つ。そのことだけに集中していた。


 江田にはもう選択肢はなかった。この場面で直球を投げる気持ちにはなれなかった。直前の5球目を黒沢が当たり損ねのファールを打った。

 そのことだけを心の支えに思い切って腕を振るだけだけだと思っていた。


 「きた、スライダーだ」。黒沢のバットから弾かれた打球はあっという間に江田の脇を抜けてセンター前に転がっていた。

 投球と同時にスタートを切っていた二塁走者の望月が巨体を揺さぶって本塁へ向かう。スライディングをすることもなく両手を挙げながら本塁を駆け抜けた。

 一塁で両手を握りしめて、大きくガッツポーズをする黒沢。その視線の先には、やはり両手を大きく挙げてガッツポーズを繰り返す土井の姿があった。 


「ウォー」

 声とも騒音とも取れない歓声がスタンドにこだまする。龍也は美佐子とはもちろん、周囲の人間当たり構わずハイタッチを繰り返し、抱きついていた。

 背中には後ろに座っていた人が興奮して立ち上がったとき、こぼしてしまったビールがかかってしまったが、そんなことはどっちでもよかった。


「黒沢〜、黒沢〜、最高〜、ありがとう〜!!」。叫んでも聞こえるわけはない。いや、そもそも龍也の声が声になっていないのだ。しかし、体中、いや足の先からこみ上げてくる強い力というのか、えもいわれぬエネルギーのような力を龍也は感じていた。


 3対2とついにジャガーズが逆転した。シティーズの内田監督もついに江田をあきらめた。がっくりとうなだれる江田。内田監督は江田の腰に手をやりながら、指を1本たてて首をふっていた。

「1安打しか打たれてないんだよ。たった1本だ」

 それは交代機を逸してしまった自分に言い聞かせるようにつぶやいていた。

 交代した柴田は7番の藤崎を0−1からの2球目を三塁ゴロにうちとり、ジャガーズの長い長い8回表の攻撃はやっと終了した。

 そうたった1安打の猛攻だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ