第4章 たった1安打の猛攻 その6
主な登場人物(カッコ内は登場人物のエピソードを紹介している部分)
小林龍也・・北江ジャガーズファン。(第1章その1、その2、その7、その8)
滝沢忠・・・北江ジャガーズのエース(第1章その5、その6)
土井勘太郎・北江ジャガーズ監督(第1章その4、その9、その10)
田中香織・・毎朝スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)
秋山めぐみ・独占スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)
畠山正・・・第7戦の主審(第1章その2)
現在、8回表一死三塁攻撃中、2対1シティーズリード
*お断り*
この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。
「やってくるかな?」。サインを見つめる佐々木と長村の様子を見ながら、香織がつぶやいた。
「え、スクイズ?まさか?」と香織の言葉にめぐみが反応した。
「違う、ギャンブルスタート」。香織は三塁走者の佐々木を凝視しながら言った。
「あ、ギャンブルスタートか。うん、やってくるよ。この場面なら」。香織につられるようにめぐみも佐々木の方をじっとみつめていた。
運命の初球。マウンドの江田が投球すると同時に佐々木がスタートを切った。
「え、スクイズ?」。佐々木の様子だけをみていた香織が思わず口走った。
次の瞬間、長村が外角寄りの直球にバットを出していた。
バットの下っ端にあたった打球は打った直後にバウンドしていた。
三塁前の緩いゴロ。しかし、前進守備を敷いていた三塁の五十嵐が打球を捕ったときにはすでに佐々木は本塁へ滑り込んでいた。
懸命に本塁に送球したが間に合うわけがなかった。捕手の菊池が送球を受け取ったとき、すでに佐々木は歓喜のガッツポーズをしていた。
「ウォー」。声にならない物すごい雄たけびが三塁ダッグアウトに響き渡っていた。
いや、三塁側のジャガーズを応援しているすべてのファンが叫んでいた。
まるで地鳴りのような声がドームを包んでいた。
「やったー!!」。香織とめぐみはハイタッチをして喜んでいた。
「いや、驚いちゃったわ、佐々木さんの動きみていたら打つ前に走り始めているんだもん。あれじゃあ、ギャンブルスタートというよりエンドランよ。スクイズかと思ったわ」と香織が興奮しながら言った。
「私は長村さんを注視していたから、そこまで気がつかなかったけど、もう打球が弾んだ瞬間にはすぐ目の前まできていたものね。あれは単なるギャンブルスタートというだけじゃあなかったわね」とめぐみも興奮がおさまらない。
「でも、凄い速攻。たった4球よ。たった4球で死球、盗塁、犠打、得点。正直、ホームランより興奮するわね」と香織。
「本当よね。今年のジャガーズを象徴するプレーだけど、まさかこの場面でやるとは、土井監督の度胸も凄いけど、佐々木と長村の二人も凄い度胸ね」
「すげえ、本当にすげえ」。何度も何度も龍也は同じ言葉を繰り返していた。長年野球を見てきたが、この場面で今のようなプレーをみたのは初めてだ。
中学生のとき、同じジャガーズ対シティーズ戦でみた、一塁からセンター前安打で一気にホームインしたあの伝説の走塁以来のある意味衝撃的なプレーだった。
そのプレーを目の前でみて、正直鳥肌が立つ思いだった。