表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/45

第4章 たった1安打の猛攻 その3

主な登場人物(カッコ内は登場人物のエピソードを紹介している部分)

小林龍也・・北江ジャガーズファン。(第1章その1、その2、その7、その8)

滝沢忠・・・北江ジャガーズのエース(第1章その5、その6)

土井勘太郎・北江ジャガーズ監督(第1章その4、その9、その10)

田中香織・・毎朝スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)

秋山めぐみ・独占スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)

畠山正・・・第7戦の主審(第1章その2)

現在、7回表一死一・二塁攻撃中、2対1シティーズリード


*お断り*

この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。


 ジャガーズの代打馬場が左打席に向かう。馬場は守備には若干難があるものの、リストの柔らかい打撃には定評があり、こういう場面にはうってつけの代打だった。

 土井はひとつだけ不安があった。それは左の代打馬場に対してシティーズ内田監督が左の北村を投入してくることだった。ジャガーズにはもう右の代打で期待できる選手はベンチにはいない。

 何より土井にとってこの試合で一番攻略する可能性があると思っていたのは現在マウンドにあがっている江田だった。江田がマウンドにいる間に同点できれば逆転したいという気持ちがあったのだ。


 しかし、シティーズベンチは動く気配はなかった。土井はホッとすると同時に馬場に一言いいわすれていたことに気がついた。タイムを取ろうとしたが、すでに江田が第一球のモーションに入っていた。

 「ストライ〜ク」。畠山の右手があがった。内角のそんなに厳しくない直球を馬場が見逃してしまったのだ。

「あ〜、何だよ。ファーストストライクを見逃すなよ」。スタンドで大声をあげたのは龍也だった。統計など取っているわけではないが、龍也には長い野球ファンとしてある確信のようなものがあった。それは、チャンスで出てきた代打はファーストストライクを振りにいかないと打てないというものだった。


 別に打たなくても構わない。ファールでも空振りでも構わない。しかし、ファーストストライクを見逃した代打がそのあと結果を残すことは少ないと思っていた。

 実は、全く同じことを土井も考えていたのだ。それでタイムを取って「積極的に行け」とひとこと言いたかったのだ。

 だからといって初球を見逃したあとに2球目から積極的に行けといっても、それはあまり意味がない。

 一球目がボールだったら確認するためにタイムをとっても良かったが、ストライクを先行されてあと2球目から積極的に行けといってもかえってボールに手を出すことになりかねない。それだったら、馬場の打撃センスに期待したほうがましだと土井は思っていた。


 しかし、馬場は2−1から最後も内角への直球を手が出ず見逃し三振に終わってしまう。実は馬場はずっとスライダーを待っていたのだが、シティーズバッテリーが4球全部直球で勝負してきた。

 馬場の読み間違いだった。

「あ〜あ、ほらみろ、やっぱりダメだったじゃん。絶対こういう場面ででてきたら初球を打ちにいかないとダメなんだよ」。それこそ祈るような思いでみていた龍也だったが、天を仰ぐ馬場をみながら大きなため息をついた。


 しかし、まだジャガーズのチャンスが終わったわけではない。二死にはなったが、まだ一・二塁のチャンスだ。しかも前の打席で追撃の本塁打を打っているバスケス。穴は大きいが直球には強い。江田なら多少のチャンスはあると土井は思っていた。

 しかし、初球のやや甘いフォークボールをファールにした瞬間、土井はノーチャンスだと諦めた。結局2球目、3球目と高めの直球のボール球の空振りして三振。バスケスの打ち気を逆に利用したシティーズバッテリーの勝ちだった。

 結局、エース滝沢に代打を送って同点、逆転をもくろんだ攻撃だったが、江田の渾身の投球の前に得点をあげることはできずに終わった。

 

「あ〜あ、残念だったわね。絶好のチャンスだったのに。滝沢君が投げている間に逆転したかっただろうにね。でも、このあと誰に投げさせるんだろう?」と球審畠山に選手の交替を告げる土井を見ながらつぶやいた。

「そうね、多分飯田さんじゃないかな?ちょうど左からだし・・」とスコアブックに投球数などイニングの締めを書き込みながらめぐみが言った。

「そうか、ちょうど5番、6番とシティーズは左が二人続くんだ」と香織が口にした瞬間、三塁ダッグアウトから飯田が姿を現した。


「そういう意味ではまだジャガーズに流れがあるわね」とめぐみ。

「そうね、今のチャンスをつぶしたことでシティーズに流れがいっちゃったかと思ったけど、まだジャガーズにツキがあるわ」と香織が相槌を打った。


「ねえ、それどういうこと。チャンスを潰したんだから、シティーズに流れが行くって普通考えるじゃないの?」。スタンドで応援していた美佐子が同じようなことを口にした龍也に聞いた。

「うん、普段ならオレもそう思うけど、この場面は違うね」と龍也が自信ありげに美佐子に言った。

「何で、何が違うの?」

「正直、ジャガーズの弱点は中継ぎ投手陣の層が薄いこと。本当に信頼できる中継ぎ投手が少ないんだよ。その中で唯一といっていい存在が飯田さ。特に左打者に対しての飯田は絶対信頼できる。その飯田を左が二人、しかも一発のあるパク・ガンソクにあてることができるのは、まだジャガーズにツキがあるっていう証拠さ」

「ふ〜ん、なるほどね。そういうことか」と美佐子は自信たっぷりに話す龍也の顔をじっと見ていた。

 

普段はあまり気の回らない人だと思っているのだが、こと野球のことになると妙にあっちこっちまで気が回ることに美佐子はいつも不思議に思っていたが、今の話を聞いていてあらためてその思いを強くしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ