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第1章 試合前 その3

主な登場人物(カッコ内は登場人物のエピソードを紹介している部分)

小林龍也・・北江ジャガーズファン。(第1章その1、その2、その7、その8)

滝沢忠・・・北江ジャガーズのエース(第1章その5、その6)

土井勘太郎・北江ジャガーズ監督(第1章その4、その9、その10)

田中香織・・毎朝スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)

秋山めぐみ・独占スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)

畠山正・・・第7戦の主審(第1章その2)


*お断り*

この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。


 この試合のあと、毎朝スポーツの記者である田中香織が畠山に取材に訪れ、彼女の持論であるホームアドバンテージ論を畠山にぶつけたのだ。

「どっちでもとれる判定はホームアドバンテージにしてこそ公平だ」。

その場では、畠山も自分の判定に対する正当性をきちんと説明したが、香織の言い分にも理があるように思い、その後自問自答を繰り返していたのだ。

 本来、このシリーズではもう審判をする予定ではなかったが、本来第7戦の主審を務める審判が急病を発症してしまい、第6戦終了後、急遽第7戦の主審を務めるよう連絡をもらっていたのだ。

そういうこともあり、シーズンオフを利用してゆっくりと考えようとしていたのだが、この一言に対する自分なりの答えを見つけられないまま、今日を迎えてしまっていた。

「よりによって、このシリーズは球史に残るシリーズになりそうだな。また、今日は球審か。今日のホームはシティーズだな・・」

今まで、審判として望む試合でどっちがホームかビジターかなどと気にしたことがなかった。審判は正確かつ公平な判定をする。それが審判に求められる最大で唯一の仕事だと思っていたのだ。

 だが、香織の考え方は違っていた。審判とはプレーを判定するだけでなく、試合を支配する存在である。そしてプロ野球はお客様あって成り立つものである。ホームの試合では当然ホームのお客様が多くみえる。

だからこそ、それを考慮したうえでの公平なジャッジを下すべきなのだと彼女は第3戦の直後に畠山に言ってきたのだった。


 畠山が二度寝から覚めたころ、香織はちょうどスタジアム前の喫茶店で朝食と昼食を兼ねた食事をしていた。テーブルの上にはこの日のスポーツ紙全部が広げられていた。

 田中香織は毎朝スポーツの北江ジャガーズ担当の女性記者だ。20年ほど前なら、プロ野球の担当記者は男の仕事のような雰囲気だったが、今では半分くらいが女性記者で占めている。

記者だけでなく、重いカメラを抱えて走り回るカメラマンも女性の進出が目立つ。今や球場内で女性の姿が見えないのは、試合中のグラウンドの上だけだ。

香織もそんな女性進出の波にのり、入社6年目にしてそれまでの地方担当から、ようやく念願のプロ野球担当になっていた。

「あれ、香織さんもここで食事ですか?」

カレーライスを口にしようとした香織に声をかけてきたのは、ライバル紙・独占スポーツのジャガーズ担当の秋山めぐみだった。

めぐみは香織より年は一つ下だが、ジャガーズ担当としては一年先輩だ。香織がジャガーズ担当になってから、年が近いせいもあり、ライバルでもありよき友人でもあった。

「あら、めぐみもお昼?あなた実家だったよね。ずいぶん早くない?」

「ええ、やっぱり今日は大一番でしょう。そろそろ一番乗りの選手が来るころだと思って、今スタジアムに顔だしたら、まださすがに誰もきていなくて、ちょっとお茶しようと思って・・」

「そう、なら、一緒にどう?」

「じゃあ、すみません、お邪魔します」

「今朝のアナタのところの見だしよかったわね。これはカンパイだわ。それもアナタの記事から取ったんだもね。あんな話どこで取ってきたの?やられたワ」

「えへへへ。ありがとうございます。実は、前の日に和泉君にバッタリ会って、『明日投げるの?』って聞いたら『たぶん・・。明日は絶対勝ってシリーズ0勝の和田さんを絶対マウンドにあげたいんです』って言っていたんですよ」

「そうだったの。『和泉、憧れの先輩に捧ぐ熱投』は格好いいよね」

香織はそういいながら、自紙とライバル紙の独占スポーツを見比べて、敵わないという感じでクビを振りながら言った。

「そういえば、この前から気になっていたんですけど、第3戦のあと、香織さん審判の畠山さんと何か話していましたよね。取材かな?と思っていたんですけど、そのあと全然記事になっていないし、何を話していたんですか?」

「ああ、あれ見ていたんだ。大した話じゃないのよ。ちょっとあの試合の判定で疑問があったから確認してみただけ。それだけのことよ」

「そうなんですか?香織さんの表情からするとかなり真剣そうな感じがしたんだけどな」

「何でもないよ、それより、今日は昨日みたいな隠しネタ何かあるの?さっき、デスクから怒られちゃったのよ、独占の秋山に負けてどうすんだ!ってね」

「え〜、なくはないですけど、ライバル紙の記者に言えるわけないじゃないですか。秘密ですよ、ヒ・ミ・ツ」

「まあ、そりゃそうよね。ところで、今日はどっちが勝つと思う?」

「もちろん、我が担当のジャガーズ!と言いたいところですけど、シティーズも強いですからね。先発の和田次第じゃないですか?約2ヵ月ぶりのマウンドがいきなり日本シリーズ第7戦の大一番ではいくら百戦錬磨の大ベテランでも厳しいですよね」

「そうね、でも今日は昨日以上に総動員でしょ。和田が先発するということは、第3戦に先発した土田も中継ぎに回るんだろうし、状況次第じゃ第5戦に投げたエースの滝沢も継ぎ込むんじゃないの?」

「そうですね、滝沢君も昨日の和泉君の好投にかなり刺激受けているみたいでしたからね」

「あ、やっぱりそんな話聞いているんだ」

「あ、いけね。喋っちゃった」

「全く。二人ともめぐみちゃんのファンだからしょうがないけどね。あ〜あ、美人はいいな〜」

「そんなことないですよ。これも日頃の地道な取材活動の賜物です」

「あら、それじゃあ、私が日頃の取材をしてないみたいじゃない」

「いや、そんなつもりじゃ・・。あ、そろそろ球場行かなくちゃ・・」

そういうとめぐみはバッグを抱えてそそくさとお店を出て行った。

「あ、待ってよ、私も行くわ」。香織もカップに残っていたコーヒーをゴクリと飲み干して、めぐみのあとを追うようにして球場に向って走り出していた。


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