第2章 ジャガーズ和田が大乱調でシティーズ先制 その5
主な登場人物
小林龍也・・北江ジャガーズファン。(第1章その1、その2、その7、その8)
滝沢忠・・・北江ジャガーズのエース(第1章その5、その6)
土井勘太郎・北江ジャガーズ監督(第1章その4、その9、その10)
田中香織・・毎朝スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)
秋山めぐみ・独占スポーツ北江ジャガーズ担当記者(第1章その3〜その5、その10)
畠山正・・・第7戦の主審(第1章その2)
現在、1回裏一死一塁、0対0
*お断り*
この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。
ここからはシティーズの誇るクリーンアップトリオだ。
3番五十嵐は入団当初はジャガーズと同じリーグに所属していたが、昨年からFAでシティーズに入団した。
その年いきなりMVPを獲得し、野手では史上初めてとなる両リーグでのMVPを受賞するなど、フルスイングが真骨頂の日本屈指の左の強打者である。
その五十嵐に際どいボールなどもあったが、カウント1−3としてしまい、苦し紛れにストライクを取りにいった外角よりの直球をフルスイングされてしまった。
打球はあわや本塁打というレフトフェンス直撃の二塁打で一死二・三塁と今度は一転シティーズに先制のチャンスが訪れた。
続く4番はセルガス。彼も今年シティーズに移籍してきた。シティーズのライバル球団に所属し、来日後7年で本塁打王1回、打点王3回を獲得している最強の外国人選手の一人でもある。
ただ、このシリーズでは要所要所では活躍しているものの、打撃自体はあまり良い状態とはいえなかった。
1戦目、2戦目で内角を攻められ、その後は滝沢や和泉などのスライダーに手を焼いている感じだった。
そういう意味では同じスライダー投手の和田にも討ち取るチャンスはあるように思えた。
しかし、このピンチで和田は積極的に内角に投げることができなかった。
滝沢や和泉のように内角を攻めたあとに外角へのスライダーという幅のある投球をすることができずに、外角一辺倒になってしまったところへ肝心のスライダーでストライクが取れない。
結局1−3から最後も外角への直球が外れて歩かせてしまい、一死満塁という絶体絶命のピンチを迎えてしまった。
ここで迎える打者は5番伊藤。内田監督就任時より期待されてながらも、伸び悩んでいたが直前のプレーオフで、負傷した小島の代役として起用されと大当たりし、その勢いを買われ、今日は5番に抜擢されていた。
ボール、ファール、ストライクでカウント2−1となった4球目。和田が自信を持って投じた外角低めへの直球。
この日初めて指にかかったような素晴らしい投球だったが判定はボール。
伊藤は選んだというより手が出ない感じだっただけにこの一球の判定は和田にとっては不運に近かった。
「え〜、今のがボールかよ」。ダッグアウトで思わず土井はのけぞった。苦しんでいる投手だけにストライクと手を上げて欲しかった。
好調の投手であれば一球くらいきわどい投球をボールと判定されても何とも感じないが、不安のある投手の場合は、この一球の判定でガラリと状況が違ってしまう場合がある。
過去にも、いや自分自身何度も経験しているからよくわかる。
和田にとっては大きな判定になりそうな予感を土井は感じていた。
「我慢できた」。
球審の畠山は自分の右手が上がりかかったのを我慢でき、ボールと判定できたことを喜んでいた。
正直今の投球はどっちに判定してもおかしくなかった。ストライクと判定しても良い投球だった。
だが、先日、香織から言われていたことを今日の試合では試してみようと考えていたので、今の投球はまさにそうした意味を込めた判定だったのだ。
渾身の直球をボールと判定された和田にとっては非常に苦しくなってしまった。スライダーは制球がつかずに満塁のピンチでは投げずらい。
今日の直球の球威では続けて投げて打ち取れるほどではない。そうなれば残る選択肢はフォークボールしかなかった。
だが、フォークボールはワイルドピッチの危険性がある。
できれば投げたくはなかったが、やむを得なかった。
2−2からの5球目、内角へフォークを投げるが、それを伊藤にカットされファールになってしまう。
「もうちょっと低く投げよう」
そう意識しすぎたのだろうか、気持ちの分だけフォークが指にかかってしまった。
「アッ」
投げたと同時に和田は声をあげた。
明らかに低く投じられたボールはホームベースの手前でワンバウンド。
捕手の梶本が懸命に体を寄せるものの、ボールは大きく弾んでしまい、梶本の体をすり抜けバックネットへと転がっていった。
大事な大事な先制点は思わぬ形でシティーズに転がり込んだ。