第2章 ジャガーズ和田が大乱調でシティーズ先制 その2
*お断り*
この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。
一死三塁。しかも打者は3番長村、カウント1−2のバッティングカウント。ジャガーズにとっては願ってもない先制のチャンスを迎えた。
このとき、土井は迷っていた。
もちろん、いくら先制の大チャンスとはいえ打者はチームで一番信頼できる長村だ。
スクイズはありえない。
土井が迷っていたのは、長村に対するサインではない。
三塁走者佐々木に対して、どういうサインを出すかを迷っていたのだ。
無死あるいは一死走者三塁でベンチが走者に出すサインはおもに3つ。
それは内野ゴロに対する判断だ。
一つは自重。打者がアウトになって一死増やしても次打者に勝負をかける場合。
二つ目はゴロゴーといわれるスタート。打球が内野ゴロと分かった瞬間にスタートを切る。
三つ目は打った瞬間にスタートを切るいわゆるギャンブルスタートと呼ばれるもの。
これらの3つは状況によって判断される。
もし、無死三塁であれば、次打者4番で長打力のある望月だけに自重でもよかった。外野フライは十二分に期待できるからだ。
だが一死三塁だけに長村がアウトになって二死三塁となってしまえば、望月の安打を期待しなければならない。それは若干期待値は下がってしまう。
ならば、ゴロゴーかギャンブルスタートなのだが、守備体系をみると前進守備を敷いている。
ゴロゴーであれば正面の強い打球であれば、ゴロゴーでは本塁で憤死になる可能性もある。
逆にギャンブルスタートであれば、打球をみずにスタートをきるだけに、ライナーや小飛球だった場合に併殺になってしまう可能性も高い。それでは、チャンスを一気につぶしてしまう。
先制点の欲しい場面とはいえまだ初回である。ゴロゴーでも打球がちょっとずれれば三塁走者はチーム1の俊足の佐々木だ。
本塁はタッチプレーでもあるし、セーフになる可能性は高い。
そう判断した土井は「ゴロゴー」のサインを三塁コーチに送っていた。
そして1−3からの四球目。外角低めの直球を長村が強振した。
その瞬間、三塁走者の佐々木は一瞬躊躇した。
打球がゴロになったのは見えた。だが、当たり自体は悪くない。しかも打球の方向がショート正面だ。突っ込めばアウトになるかも。「ストップ」。頭ではそう判断していた。だが、体が本塁に向って走り出していた。
その一瞬の躊躇が佐々木のスピードを鈍らせた。シティーズのショートの石橋も落ち着いて本塁へ好返球をしていた。
佐々木は本塁へ滑り込むこともなくタッチアウトになってしまった。