第2章 ジャガーズ和田が大乱調でシティーズ先制 その1
*お断り*
この小説は2008年に行なわれた日本シリーズ第7戦、埼玉西武ライオンズ対読売ジャイアンツをベースにしています。モデルになっている選手の経歴や試合進行はかなり忠実に再現していますが、選手の性格及び言動、また登場する審判、記者、ファン等は全てフィクションです。その旨ご了承いただきますようお願いします。
「プレーボール」
畠山の声は少し上ずっていた。日本シリーズの第7戦という大一番の試合の主審ということで緊張していたわけではない。
畠山はある重大な決心をして試合に臨んでいた。それは彼にとっては初めての試みだ。そのためにいつも以上に緊張していたのだ。
畠山の初の試み。それはもしかしたら審判としては間違っているのかもしれない。だが、大事な一番だからこそ、その成否が確かめられる。そう考えていた。
畠山が考えていた試みとは、以前に毎朝スポーツの香織に言われたホームアドバンテージを生かすジャッジというものだ。
下手に扱えば、当然シティーズが有利になる。だが、香織のいうようにホームチームがあり、当然ホームの試合ではホームチームを応援するお客さんが多い。
プロ野球も興行である以上、お客さんが納得するジャッジというのがあってもいい。そういう香織の主張を第3戦以降、この4日間ずっと考えてきた。
そして、今日はそれを試してみようという気持ちになっていたのだ。
シティーズの先発は小林。3年連続二桁勝利をあげており、今季も11勝をあげ、今やシティーズの左のエース的存在だ。
このシリーズでも第3戦に登板し、6回途中まで1失点の好投をみせ勝ち投手になっている。
迎えるジャガーズの1番は佐々木。二年連続盗塁王で今季はリーグの最多安打のタイトルも獲得し、今やリーグを代表する先頭打者となっていた。
その初球。小林は得意のカーブ。しかし佐々木はそれを待っていたかのように、ものの見事に捉え、打球は三遊間を破った。
前回の対戦では小林のこのカーブをうちあぐねていたジャガーズだけに、ベンチは一気に盛り上がりをみせた。
続く2番は佐々木と並んで今季リーグの最多安打を記録した宮内。外野守備には多少の不安も残されてきたが、監督の土井が柔らかい打撃にめをつけ、攻撃的な2番打者として起用をつづけていた。
ある意味、今季のジャガーズの象徴的な存在でもあった。
勝ったほうが日本一という大事な一戦だ。何が何でも先制点が欲しい場面。普通なら犠打のサインがでる場面だが、土井の考え方は違った。
「佐々木が一塁にいるときはバントは必要ない。チャンスがあれば必ず盗塁する。送るのは盗塁してからで十分」
それは一塁走者の佐々木も打席の宮内も同じ考えだった。
シティーズの小林も佐々木の足は十分承知している。1球、2球とけん制を投じる。そして初球、外角への直球が決まってワンストライク。
打者の宮内にバントの構えは見られない。
二球目は小林が外角へウェストしてカウント1−1。
三球目の前にまた一塁へけん制をしたが、これが逆効果だった。
このけん制球で一塁走者の佐々木の決断がついた。
盗塁が得意な選手には二種類のタイプがあるという。一つは相手の癖を見抜いてスタートを切る選手。そしてもうひとつは勘を頼りにスタートを切るタイプだ。
ほとんどの選手は相手の癖を見抜くタイプだが、佐々木は勘でスタートを切るタイプだった。
「もうけん制はこない」
そう読みきった佐々木はほんの靴幅ひとつ分だけリードを大きくした。
そして三球目、小林がモーションに入ると同時に佐々木がスタート。
シティーズの捕手・菊池が懸命の二塁送球も及ばず、二塁カバーに入ったショートの大場が送球を受け取ったときにはすでに佐々木の足は二塁ベースに滑り込んでいた。
二塁ベース上でガッツポーズをみせる佐々木。
ジャガーズベンチはイケイケ状態になっていた。
三球目はストライクだったのでカウントは2−1と追い込んでいた。もし、この盗塁が初球だったら、土井は二球目はバントのサインを出す予定でいた。
だが、追い込まれたこともあり、ここは宮内にそのまま強攻させることにした。左打者でバットコントロールの上手な宮内だけにそのまま打たせても引っ張った内野ゴロだったら、一死三塁の形は作れるからだ。
しかし、宮内はカウント2−3からの小林得意のカーブにタイミングが合わず空振り三振に終わった。
一死二塁となって迎える打者は3番長村だ。まだプロ入り6年目の24歳だが、ずば抜けた身体能力の高さと野球センスで今やジャガーズの大看板選手だ。
今季は惜しくもタイトルこそ逃し、無冠に終わったが、土井監督をして「俺が選ぶならリーグのMVP」と言わしめるほど存在感を発揮していた。
このシリーズでも初戦と第二戦に本塁打を放つなどチームを牽引していたが、第五戦にスイングをした際に右わき腹と左手首を痛め、この日も痛み止めの注射をうって試合に臨んでいた。
何としても先制点が欲しい場面だが、正直あまり一打席にスイングができる状態ではなかった。
1スイングにすべてをかける気持ちで打席に臨んでいた。
1−1からの小林が投じた三球目、チェンジアップがひっかかりすぎた。捕手の菊池が懸命に体を寄せたが、ボールは体の下を抜けていった。
ワイルドピッチだ。
二塁走者の佐々木はゆうゆう三塁を陥れた。