影山さんは今日もひとり言が多い【短編版】
生音声字幕放送でお伝えします。
実況は私、影山 咲でお送りします。
今日の和田丘高等学校二年C組の総決算、第20回ロングホームルーム記念。
毎回30名を超えるファンが集まるビッグイベントです。
本日の和田丘は、朝からずっと晴れています。
16時00分の放課後に向けて出走する36頭。すでにパドックに集まっています。
まもなくクラス委員長が前に立とうというところ。
すでに担任より、本日のホームルームの議題は発表になっています。
各クラスメイトの状況見てみましょう。
2枠四番、ポッチャリ林。先週の連休休み明けから2kg増えましたが、今日は体重の増減ありません。
人気もご紹介しましょう。
4枠三番。去年の学祭で行われたファン投票も1位でした。クラスのマドンナ、プリンセス早川が1番人気。倍率2.6倍です。
キャラクター性を集めて1番人気のプリンセス早川に迫ってきました。2番人気のヒョウキン小谷です。6枠三番。
ヒョウキン小谷と僅差。3番人気は4枠一番、クラス委員長、メガネ三木谷です。
春の期末試験ではA組の山久君に勝って、夏の中間試験も勝ちました。人柄、頭脳ともに申し分なく、和田丘高等学校1の注目株といったところ。
さて鈴木さん、メガネ三木谷の雰囲気いかがでしょうか?
『とても力強く歩いていると思います』
メガネ三木谷といえば、最近変わったところがあるんですよ。
というのは、前髪、付け根のところですね。お堅いイメージの払拭でしょうか。可愛いらしい髪留めですね。
『これは女子が成長する段階において、他者からの視線を気にする、という意識が発達するんですけど、最近になって非常にそこが発達してきているというのが印象が深いです』
なるほど。
後ほど詳しく説明していただきましょう。
教壇に立ちました。
メガネ三木谷と教壇という組み合わせで言うと、出来る女教師、予備講師と言ったところでしょう。危うい妄想を掻き立てられます。
メガネ三木谷、話が乗りまして、声にハリが出て非常に力強い語り口調です。
いい雰囲気です。
そして1番人気に迫ってきたのがヒョウキン小谷。
入学当初から片鱗を見せていました。新学年、自己紹介と続き、そして夏休み前後でとうとうクラスのムードメーカーというタイトルを手にしました。
どうでしょうか、壇上に立つメガネ三木谷の雰囲気もあって、まだエンジンがかかっていませんねぇ。
ネタを吟味していると言ったところでしょうか。
雰囲気的に緊張感がないような気がしますが、この後の返しをして気合いを入れることによって空気がぐっと盛り上がってくると思います。
ウォーミングアップの様子は後ほど、ゆっくりご覧になっていただきます。
そして、今年のチャンピオン、プリンセス早川。
去年、入学当初から風格はありましたが、今年に入ってファッション雑誌の表紙を飾った事で和田丘高等学校に大旋風を巻き起こしましたね。
こちらはいかがでしょうか。周囲が少しうるさいように思います。
しかし、流石の貫禄。本人は落ち着いているようです。
やはり、教室ですと落ち着けるのでしょうか。3枠三番、親友のボーイッシュ伊藤と談笑する姿。とてもいい笑顔ですね。
先ほどメガネ三木谷については、容姿を特に気にし始めたという話がありました。
垢が抜けたということは、人が成長したんだという一種のバロメーターなんですね。
非常に年頃の人間にとっては大事なところ。
大人になってきたというところが印象深いです。
学校でのカーストのうえではどんな特徴が出てきますか。この辺りも今後注目していきたいところ。
カーストが上に行くということは、物事が円滑に、スムーズに進むというプラスな面があると思います。
元々、教師陣の受けは良いですからね。ホームルームを見守る担任、前原ジョッキーも余裕の表情をされているのが印象的です。
前原ジョッキーに、本日8時半ごろに話を聞きました。
まず、はじめに来月11月に開かれる文化祭ダービーについて。
そして続けて、クラスの出し物。本日の議題でもあります。
メガネ三木谷を先頭に、各生徒の自主性、意見提言に期待していると言ったところでしょう。
さあ、ここで大観衆の前に何頭かが姿を見せます。
積極的に出し物の提案を行ってますね。いい雰囲気です。
あっと、ここで笑いが起こる。教室内湧きました。
ウォーミングアップが終わったのでしょうか、ヒョウキン小谷の提案で教室に花が咲いた。
流石のムードメーカー。笑いをはずさない。
間の取り方も絶妙に取っております。
スピードが出てくると話がもっともっと前に出て、キャラクター性も含めて笑いの面でも幅が広がってくるのではないでしょうか。
担任前原ジョッキーもまだ笑顔ですね。教室の空気自体が不真面目という雰囲気でもありません。
体全体を使って笑いを取りに来ているのも、若さを感じるように映りますね。
第20回ロングホームルーム記念、現在は手元の時計で15時50分です。
おもしろそうなレースがたくさん出揃ったように思いますが、どうでしょう。
現在で出し物の数は10を超えました。良いですね。
この中から話し合いか、或いは投票で出走が決まります。
メジャーな喫茶店という意見も多いようですが、他クラスと被りやすいので、支持が固定であまり伸びない印象ですね。
無難だが、面白味に欠けるといったところでしょう。
あ、ここで。
いくつか候補が黒板から消されました。
提案者が主張してこなかったものですから、数合わせ程度の案と見られたのかも知れません。
残る候補は6つ。
いま消えました。これで4つ。
絞られてきた印象です。議論が本格化してきた、とそういう取り方をしていいかなと思います。
しかし、ここからがちょっときついですか。
ホームルームの時間が短いですからね。最悪、数日にまたぎかねません。提案者としてはいいポジションを取って置きたいところ。
ただ、数日にまたぐとポテンシャルが下がるのが心配ですね。
放課後にだらだらと話し合うのは嫌ですからね。
あっと、ここで。
四枠二番、ダダスベリ橋本の渾身のギャグ。しかし、橋本、やはり滑る。
良くありませんね~。今のは。
つまらないギャグを聞かされて、帰りたくなった者が若干名顕著になった。そういう雰囲気。
ここでヒョウキン小谷から一発欲しいところですが。
前の席、6枠二番、マエノメリ佐藤と何か話していて、聞いてなかったようですね。これは間が悪い。
それと。
奥で分かりにくいんですが、6枠六番につけていたダブリ青木が、いつの間にか席を外しているんですね。
いつ外したんでしょうか。
これは体育祭と同じルーチンならば、帰ったのでしょう。担任、前原ジョッキーはまだ気付いていない様子。
おもしろいことに、ダブリ青木は、去年、今年とまるっきり同じローテーションでこの文化祭に臨んできましたね。
よほど成績と内申点が良くないんでしょう。来年、彼が三年に上がれるか心配です。現状の歳上の同級生でもそうですが、歳上の後輩となると、もうどう接していいのかわからない。難しいところ。
教室中央。3枠二番。
チラチラと時計を気にしだしたのが、アルバイト菅谷。
おそらくバイトの時間が迫って来ているのでしょうが、基本的にバイトは禁止ですからね。前原ジョッキーに帰らせてくれとも言えず、やや焦っている様子。
アルバイト菅谷は、放課後にバイトを沢山いれているという事もあって話題に上がりづらいですが、成績も良く、素行も悪くない。ルックスに加え、明るい性格もあって最強の未勝利馬というふうにもいわれます。
バイトさえなければ、この辺、ヒョウキン小谷と人気を二分していた可能性がありますね。
ここで最新のオッズをご紹介しましょう。
喫茶店とたこ焼き屋がほとんど並ぼうという人気になってきました。
2強の争いとなるのかそれともほかの案が頂点に立つのか。
展開ですが、たこ焼き屋台が少し優勢。逃げきることができるかどうかですが、ここはどうでしょうか。
提案者は1枠二番。関西出身、ホンマデッカ竹中。
関西弁を操る女子高生。可愛いさと快活さが共存する16歳です。
たこ焼きの屋台は、文化祭の出し物としては無難なところ。
ただ、本場のたこ焼きの味を知っているホンマデッカ竹中の存在は、他クラスには無い強味でしょう。その辺り、優勢さに現れている様子。
このようなレースの場合、後ろからくる案にも、早く帰りたい、と言わゆるなし崩しに脚を使わすということで、スローペースならば早めにハナに立つ可能性があります。早く帰りたい者を焦らせて妥協させる、そういうレース展開を作っていくわけです。
そしてここで、ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴る。
手元の時計で時刻は16時丁度。
しかし、担任前原ジョッキー動きません。
これはホンマデッカ竹中の策通り、なし崩し的にサドンデスとみていいでしょう。
チャイムに一縷の望みを懸けていたのか。アルバイト菅谷、天井を見上げて落胆の表情。
36人の観衆。
第20回のロングホームルーム記念を前に肌を刺す空気は一段と冷たさを増しています。
担任、前原ジョッキーは終わるまで帰さない可能性も出てきました。一同の帰りたい空気は深まるばかり。
そして、そんな中。
5枠四番。エロティック安田からの新提案。何故このタイミングなのか。議論が長引く事必至。
エロティック安田に周囲の冷たい視線が突き刺さる。
中でも、3枠二番アルバイト菅谷と4枠三番プリンセス早川の視線が凄い。完全に仇を見る目です。
アルバイト菅谷はバイトの時間が迫り、気が気ではないでしょう。遅刻すればバイト先での叱責が待っています。
一方のプリンセス早川。
こちらは、エロティック安田の提案に対する非難の目でしょうか。
エロティック安田からの新提案。メイド喫茶。これは痛い。
女子としてはやりたくないでしょう。特にプリンセス早川は、我が校のマドンナという位置にある以上、注目を浴びる羽目になるので余計にでしょう。プリンセス早川をピンポイントで狙った節さえあります。
趣味に走り過ぎたか、ここにきて元々安値であったエロティック安田株は大暴落です。
二年だけでなく、学校のカースト最上位集団に位置するプリンセス早川の恨みを買った彼の今後の学校生活は暗い事でしょう。
しかし、意外な展開が待っていた。
ここで、まさかのメイド喫茶に2番人気ヒョウキン小谷が乗っかりました。
ヒョウキン小谷、ムッツリ疑惑浮上。カースト的に大丈夫なのか。
ああ~と、駄目だった。
ここでC組の女帝、レディ渡辺が異議を唱えた。
怖い。女子とは思えない輩口調。まさにレディース。ダブリ青木よりも迫力のある凄みです。
レディ渡辺はカースト上位ですからね。加えて、ヤンキー特有の凄味の持ち主。
ヒョウキン小谷、カースト転落は免れないでしょう。
ここから議論の方向は、たこ焼き屋を差し置いて、メイド喫茶の是非についてにシフトし始めました。第二コーナーに差し掛かった辺り。
高校ですから、論理的にどうかというところ。
男子VS女子の構図。醜い。これは醜いぞ男子。
時計は16時12分を回ったところ。
ここで沈黙を守っていた5枠六番、メイスイ新田が動きを見せました。
トイレです。
生理現象なので仕方ない。しかし、位置が悪い。メイスイ新田、痛恨のミスといえます。
おっと、メイスイ新田に続いてここで動いたアルバイト菅谷。
メイスイ新田のトイレに便乗する形。
おそらく彼の目的はトイレではないでしょう。
バイト先への連絡というカードをここで切ってきた。菅谷、まだ諦めてはいなさそうです。諦めが悪い。後方外側をグルリと大回りするレース展開。
しかし、やはり先程仕掛けたメイスイ新田の位置が悪い。前が詰まっている感じ。尿意なだけに。
担任、前原ジョッキーが何かに気付いた。
そして――
――あの、表情。
ダブリ青木の不在に気付いた前原ジョッキー。
メイスイ新田のすぐ隣。これは流石の前原ジョッキーにも気付かれてしかり。前原の表情が険しくなります。
ここでまたも意外な展開。
二人。ダブリ青木を含め三人が教室から居なくなった事で、斜め上へと進行していた議論がやや落ち着きを取り戻しました。
メイスイ新田。
失態を演じたかと思われていた彼ですが、これは意図せずファインプレー。惜しみない拍手を贈りたいところ。帰宅までの時間がグッと縮まった印象。ややペースが上がったレース展開。
雰囲気どうでしょう。
ずいぶん落ち着き始めた印象ですか。
たこ焼き屋とメイド喫茶、この二頭の争い。
現在、16時17分。
二人が戻って来たところで、レースは最終コーナーを曲がりきろうかというところ。
メイスイ新田。相当我慢していたのかスッキリした表情。
その後ろ、アルバイト菅谷もスッキリした表情。
両者共に一先ずの憂いが取れたのでしょう。
そして、空気が落ち着いた事で余裕が生まれた2番人気ヒョウキン小谷が、ここで攻勢に出る。最後の直線で勝負に出た。
この辺り、瞬発力は流石ですね。
メイド喫茶とたこ焼き屋、二頭を軸に展開。小谷、多数決を提案します。
んー、これは提案としてはどうでしょうか。
あ、受け入れましたね。
ほぼほぼ早く帰りたい人ばかりが二択を受け入れました。
流れとしては、急な展開。
時計は16時18分を回ったところ。
ただ、どうでしょうか。
C組は男子の方が僅かに多い。19対17の戦い。
流れとして、男子票は全部メイド喫茶に入ると見ていいでしょう。ゲスい。
女子票、僅かに不利。
ダブリ青木が不在ですが、それでも18対17。
大接戦ですが、これはほぼメイド喫茶で決まりでしょうか。
汚い。
民主主義汚い。
プリンセス早川、この表情。
いつもの余裕がありません。
そして、ここで担任、前原ジョッキー動きました。
どうやら多数決に運命を託すしかないようです。
担任、前原の合図がかかる。
メイド喫茶、支持派の挙手。
数えます。
――おや?
これは。
あ、メイド喫茶17ですね。
メイド喫茶17票。
これはちょっと分からなくなって来ましたね。
続いて、たこ焼き屋。前原ジョッキーの合図がかかります。
挙手。
数えます。
18票。
たこ焼き屋18票。
まさかの大逆転。
これは予想外の展開です。
大本命と思われたメイド喫茶、一歩届かず。
際どいところでしたが、私の前の席、1枠五番、ブラインド鈴木がまさかのたこ焼き屋支持に回りました。男子唯一のたこ焼き支持。まさにダークホースと言ったところ。
これにより女子票が上回りました。
劇的な幕切れ。
最後は我慢しあうようなレースになったんですけども、僅差で逃げ切ったたこ焼き屋が勝利。
プリンセス早川、この表情。
思わずガッツポーズ。
2番人気ヒョウキン小谷、そしてエロティック安田、両者悔しさを滲ませます。
まさか勝ちにいっての敗北。彼らのショックは大きいでしょう。
ただカーストを下げただけの結果になったのも痛い。
欲を出し過ぎましたね。
第20回ロングホームルーム記念。
素晴らしい戦いでした。
女子から自然と拍手が起こる。
手元の時計は16時32分。
何とか今日中に決められて良かったという空気が教室中から伝わってまいります。
ただ、アルバイト菅谷。ここから17時入りのバイト先へは急いでも約30分強。遅刻は確定でしょう。残念。
しかし、今回は歴史に残る素晴らしい戦いでした。
勝ったのは、たこ焼き屋。たこ焼き屋。
文化祭ダービー。出場はたこ焼きに決定しました。
おめでとうございます。
☆
「さよなら~」
「またな~」
教室から聞こえる様々な声と、ガタガタと鳴る椅子の音。
ようやくホームルームが終わり、クラスメイトが我先にと帰宅し始めた。
徐々に少なくなっていく音に耳を傾けながら考える。
――なあ、信じられるか?
――さっきの全部ひとり言なんだぜ?
ブラインド鈴木こと僕の後ろ。
窓際の一番後ろという、最も目立たない席なのを良いことに、ひたすら教室の様子を実況し続けていたのが、同じクラスの影山さん。
影山さん風に言うなら、1枠六番に座る女の子。それが影山さんである。
影山さんはちょっと変わった女の子。
どう変わっているかは、もうお分かりだろう。
影山さんは、とにかくひとり言が多い。
しかも長い。
僕以外の誰も反応していないところを鑑みるに、影山さんのひとり言は僕にしか聞こえていないらしい。
そのせいか、最初にあのひとり言を聞いた時は幻聴かと思った。ついに耳までイカれたのかと心配になった。
そう心配せずには入られない程、影山さんのひとり言は長く、そして不可思議。
今日は競馬中継風だった。
昨日は、歌番組の司会風。何故かクラスメイトが新曲を披露したり、歌についてを語っていた。
勿論、影山さんの想像の中でのみだが……。
他にも、サッカー解説者風だったり、五七五の俳句風だったりと、とかく影山さんのひとり言のバリエーションは豊かだ。
影山さんと同じクラスになったのは今年が初めてだが、影山さんは1学期からずっとこんな感じだった。
本当に不思議な女の子。
ちょっと気になる女の子。色んな意味で。
「鈴木君」
影山さんについて考えていると、背後、件の人物影山さんに突然名前を呼ばれた。
慌てて声の方へと振り返る。
「な、なに? 影山さん」
少ししどろもどろになりながらも、影山さんに返事を返す。
先程のひとり言の時の様なアナウンサー然とした声色ではなく、可愛らしい女の子の声色。この声が普段の影山さん。
どうしてひとり言の時は、声色や口調が変わるのだろう?
「帰らないの?」
「え? いや、帰るよ」
「そう。――じゃあお先に」
「あ、うん」
「また明日ね。バイバイ」
「バイバイ……。また明日」
そんな短いやり取りを交わして、影山さんの本日のひとり言は終わったのである。