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五人少女シリーズ

ゆでダコのようにアツいバトルものっぽいなにか【五人少女シリーズ】

作者: KP-おおふじさん

基本的にどこからでも読める五人少女シリーズです。

キャラクターについても適当で十分ですが、簡単に紹介すると


留音 男勝りだけど乙女な最強の格闘少女

衣玖 アニオタでライブ狂いの超IQ天才少女

真凛 幼馴染系王道美少女の皮をかぶったサイコ少女

西香 超絶美少女だけど性格の腐った守銭奴少女

あの子 描写することすらはばかられる至極存在(不可侵)


もう少しだけ詳しく知りたい場合はシリーズ一覧に一応の紹介文があります。

「くそっ……みんなはあたしが守るんだ……!」


 長閑なはずの川の流れるハイキングコースの一角では残酷な光景が広がっている。街の喧騒からは遠く離れた地にあって、本来なら静寂の中に川のせせらぐ音と、風に吹かれる木々の葉がこすれる心地よい雑音だけが支配するその場所に似つかわしくない、およそ地球のものとは思えないくぐもったエンジン音が響き、そして切らせた息を必死に整えようとする一人の苦しそうな呼吸だけがその場を支配している。


「ルー……!」


 背後の四人を守るように留音は一人、傷ついた体を支えるように弱々しく立ちながら何者かと対峙している。膝に手をつき、滲み出る汗を拭い、足の震えを押し殺してオフェンシブスタンスで立つ。普通ならこうなる前に撤退するのが良策なのだろう。だが背後にいる四人のため、最強の格闘属性を持つ留音はなんとか気力を振り絞りながら拳を構えるのだ。


 でも、一体何故こんなことになってしまっているのだ?


「うぉお!喰らえェッ!」


 踏み込んだ留音の削ぎ取るような首刈り蹴りから、体勢を流れるように空中へ移行すると、アクロバティックに遠心力を活かし、今度は抉りこむようなかかと落としを決める。その勢いのまま着地後、上体を逸らしながら行う完璧な体重移動により、如何なる鈍器よりも重圧(おも)く、風よりも神速(はや)い正裏の連拳が敵を薙ぐ。それは武を芸術に昇華せしめる程。見たものの心すら奪う流舞。


 だがそれ程までに完璧だった留音の連撃も、対象である何者かには尽く躱されてしまう。それどころか、カウンターとして留音の身体を、柔らかいぬめりとしたものでペチンと打ち付けてくるのだ。


「ひぐぁっ、くっそぉ!一発も当たらない上に妙な攻撃を仕掛けて来やがる……力が抜ける……!」


 実は留音には傷という傷は一切ない。ただ相手に触られた部分がぬらりとベトつき、その液体のせいなのか力を奪われてしまうのだ。その度に膝に手を当て、はぁはぁと息を切らしている。最早目眩でまっすぐ立つことすらままならない。


「酷い……!このままじゃ留音さんがっ!」


 思わず駆け寄ろうとする真凛を西香が止め、悲痛な表情で言う。


「いけませんわ真凛さん!あなたが行っても留音さんの邪魔になるだけです!ここで無事を祈ること、それが最善ですわ……っ」


 真凛、西香、あの子の三人はお互いの手を握り、留音を見守っている。


 そして衣玖も一人戦っている。


「ルー!頑張って!もう少しで見つかりそうなの!もう一息よ!」


 衣玖は真凛たちよりも少し後ろにある錆びれた通信施設に入り、懸命に通信を行っていた。古い施設で、ほとんどすべての機能が死に、部品も劣化した通信機器をほんの一部の機能だけでも復旧させ、留音のピンチを救うための方法を模索し続けている。


「そう言われてもな……あたしももう限界だぞ……」


 この戦いの行方は、地球の未来をも左右する。



 まずは何故このような事になったのかというところから説明せねばならないだろう。


 始まりはそう、誰が言い出したのか、ハイキングに来た事からだ。普段ならこういう事にはあまり乗らない衣玖もかなり小さめのノートパソコンを背負い、みんなで綺麗な空気と植物の発する甘さと苦さが混じり合ったような薫りをくぐるように林道を歩き、昼過ぎには川のせせらぎをBGMに昼食を食し、その後のんびりと団欒の時間を過ごしていた時の事。


「あのぅ、皆さん、あれなんでしょう……お空に光ってるのが……」


 真凛が空を指差し、一定の速度でスーッと浮遊移動する光体を見ながらそう言った。釣られて他の四人も空を見上げると、円盤にピコンピコンと点滅する光がくっついていて……なんて説明するよりわかりやすい一言を衣玖がする。


「まぁユーフォーよね、論ずるまでも無く」


 というわけで身も蓋もない、まんまユーフォーである。それがどこを目指しているのか、ぐんぐんと少女たちの方へ迫ってくるではないか。逃げる間もなくユーフォーはみんなの頭上を通過していく、その時。


「え、わわぁ!なんですかこれぇ!?」


 ふわふわと真凛の体だけが宙に、まるでユーフォーに吸い寄せられるように飛び上がる。川で遊ぶために上着を脱いでいて、ドレスのような純白のワンピースがヒラヒラと泳ぐようだった。そんな真凛にすかさずあの子がガッチリと腰の辺りに抱きつき、なんとか飛んでいくのを阻止しようと力を入れるのだが、あの子の体ごと浮き上がってしまう。


「わぁーっ!キャトられちゃいますー!」


 ジタバタしながら浮いていく真凛とあの子。


「ちょっと!どうしますの!?お二人が円盤に連れ去られてしまいますわよ!」


 西香が主にあの子だけを見て狼狽えているが、ここにはIQ53万の衣玖がいる。衣玖は冷静にこう言った。


「落ち着いて西香。浮いてしまっているのはきっと真凛の勘違いよ」


 そうピシャリと指摘した。真凛がおっちょこちょいだから浮いているのだ、とIQ1億の頭脳がその答えを導き出している。


「勘違いってなんだよ!?完全にキャトルミューティレーションされてんだけども!」


 焦る二人を意に介すことも無くもうだいぶ高くまで浮いている二人を見上げる衣玖。明らかに空飛ぶ円盤に吸い込まれに行くような挙動であるが、衣玖はいつもより少し声を大きく言った。


「まりーん!あなた自分で浮けるタイプでしょー!雰囲気に流されて浮いちゃってるわよー!」


「真凛さんって雰囲気に流されて浮けるんですの?!」


 衣玖の言葉を聞いた真凛、「あ!」という表情をしたと思ったらそそくさと下降して戻ってきた。ユーフォー関係無し。


「はぁ、すいません皆さん、浮けるってすっかり忘れてました……」


「いや一度もそんな話聞いたことねぇよ……お前まだ特殊能力隠してたんだな……」


 真凛はでへへ、みたいな照れ笑いをすると、あの子にもお礼を言って、今度は本気で心配していたあの子に抱きつかれていた。


「でも浮いちゃうのも無理ないわよね、あんなユーフォーが頭上を通ったんじゃそりゃキャトられる感も出るわよね」


 衣玖はぷんすかと飛んでいくユーフォーに頬を膨らませている。


「聞いたことないフォローですわ……まぁわたくしも完全にキャトられたんだと思ってしまいましたが……」


「あたしも完全にあのユーフォーにキャトられたと思った。これって絶対ユーフォーハラスメントの案件だろ。もしあたしらがここで昼寝でもしてようもんなら改造か解剖か、生体チップの埋込とか疑っても無理ないし、あのユーフォーはもう少しその辺気を払うべきだよな。ちょっと注意して来るか。都合良く近くに止まったみたいだしさ」


 というわけで五人は着陸したユーフォーの場所へ向かう。気持ち程度に辺りが暗くなってる気がする。不穏な空気だ。


「あのーすいませーん、地球のものなんですけどー、お宅のユーフォーがユーフォー然としすぎてて上通っただけでキャトられたと思って浮いちゃった子がいるんですけどー、もうちょっと偽物っぽくできませんかねぇー」


 留音がユーフォーの外面をコンコン叩きながら、やや太々しい態度でそう言った。これがイチャモンなのか正当性のある要求なのかはよくわからないが、とりあえずユーフォーの入口がゆっくりと開いていく。中からタコみたいな異星人が出てきた。タコ墨のごとく黒い礼服に身を包み、タコチューお口からは若干の墨が垂れている。


「まぁ宇宙人よね、論ずるまでも無く」


 ユーフォーから宇宙人。なんて普通なんだろう。そんなタコ星人が片手を挙げるとチューチュー口を動かす。


「ちっしゅ、ちっしゅ」


「ん?何言ってんだこいつ?」


 タコ星人は触手を伸ばし、真凛に触れようとしているようだ。タコ触手プラス美少女イコール北斎。知らなければ一人の時に調べよう。留音はちょっとした危機感で即座に触手を払いのけた。だが別の触手が執拗に真凛を狙う。


「うわぁヌルってしてるっ。てかなんだこいつっ、なんで真凛を狙うんだ?!」


 真凛はわからないと怯えながら首を振る。とにかく距離を開けた。


「留音さん、気をつけてください!もしかしたら先ほどの言葉、血と奪取を組み合わせた宇宙タコ人語かもしれませんわ……そうだとしたら真凛さんが……!」


 血、奪取……ちっしゅ、血取。それとも血吸のもじりかもしれない。


「ばかな!じゃあこのタコ星人は真凛の血を狙っているってのか?!一体なんの理由があって……!」


 留音が真凛をかばうように前に立つ。真凛を狙う事に、衣玖が何か思い当たる事があったらしい。


「はっ!もしかするとこのタコ星人は真凛が地球を破壊&再生しまくるのを外宇宙から見ていたのかもしれないわ!それで真凛の血からクローンを作り出し、地球侵略、延いては銀河征服を画策しているのかも!」


 そうなるとさっきのキャトりだって、もしかしたら真凛のうっかり浮遊ではなく、本当にキャトられていたのかもしれない。むしろ戻ってこれた方が真凛のうっかりなのではないか……衣玖はそう考えた。


「そうだとしたら、正真正銘地球存亡の危機ってわけか……!」


 留音は腹式呼吸を深く行い、みんなを下がらせ、自分は前に出て戦闘の構えを取る。


「やらせねぇよタコ星人……真凛も、みんなも、そして地球もな!」


 こうして地球を賭けた戦いが火蓋を切ったのだ。


「ちっしゅ……」



 戦いの始まりこそ留音が優勢だった。烈風の如きスピード、紅蓮の如き破壊力……だがそれを触手にいなされる度に留音は触手の感触に声を上げる。いぼっぽい感じとかぬめっぽい感じとかに。


「うひゃあっ」


「はぅぃいいっ」


「あぁんぅいひぃ」


 触れる度に身を縮めて鳥肌に震えている。あの子以外の三人はやや白けた表情でそれを見守っているのだが、流石に我慢しきれなかったらしい。


「あのぉー、留音さーん、変な声出さないでもっとかっこよく戦えないんですかぁ?」


「触手に触られて喜んでいるように見えますわよー!」


「おまえらっざっけんな!だったら代わりに触られてみろよ!にゅめってる上にぶよぶよのじょにょじょにょだぞ!?」


 みんなのために戦っているはずが、まともに心配した表情でいるのはあの子だけである。


「まずいわね、このままだとルーが私たちの世界観に合わない何かに目覚めて全てが終わってしまうかもしれない……何か手は……」


 そんな衣玖の背後にあったのが古い通信施設であった。何故あったのかとか、ハイキングコースの近くに何故残してあったのかとか、そういうのはいいのだ。


「みんな、私はあの施設からなんとか宇宙国防軍やメンインブラックへのコンタクトを試みるわ。なんとか持ち堪えて!」


 衣玖はそう言うなりちょこちょこと走って背後の施設に走って向かう。傍から見て運動不足が不得意なんだろうなという早さだったが、滑り込むように施設に侵入していった。


「ぁひぇぇっ!」


「だめかもですぅ……」


 そんな感じで冒頭シーンに続くのである。テンションが違う事には眼を瞑るべきだ。



 拳と触手の応酬を繰り広げる上で、タコ星人の攻撃とも言えない攻撃は留音の身体にはほとんど影響を与えていなかった事である程度余裕を持っていたはずの留音だが、何度打ち込もうとも本格的に攻撃を当てられず、隙を見せた部位に鋭くも嫌にぬめる触手がぺとりと触れてくるだけでも彼女の精神は汚染されていく。


 勝てないーーー


 そう悟った時、留音は初めて膝を地についた。最早妙な奇声もあげられない、真の敗北に屈しようとしている。こんなふざけた相手に……?言うなればくすぐられる拷問のような物だ。痛くもないし傷もない、なのに心は折れてしまいそうになっている。


 留音はちらりと背後を見る。真凛も西香も、手をぐっと握って真剣に心配しているし、衣玖は通信施設の中で必死に復旧に努めているのがわかる。自分が折れたらみんなが危ないのだ。


「くそ……っ」


「留音さん……」


 自分の意志と仲間の心配する声になんとか力を振り絞るが、自分がどれだけ戦意を喪失しているかがわかる。次の攻撃をもらったら、きっともう立てない。だからこれが最終ラウンドだ……留音は頭の片隅でそう考えた。


 やる事は一つ。とにかく敵の攻撃を避けて押し込み、後はタコの弱点である眉間に一発鋭いのをお見舞いするだけ。たったそれだけでいいのだと、留音は力の抜けた体で、とにかく視覚に集中して触手を避ける。一本、二本……二本目からは潜るように躱す事で触手同士を絡ませてしまおうという作戦だった。


 その流れで四本、五本と躱し、ついにタコ星人に切迫するーーーー!


「獲った……!」


 留音の拳は光を纏い、美しい軌道でピンポイントにタコを穿つ……その刹那だった。


「ぶぴゅっ!」


「むぎゃ!」


 相手はタコである。即ち眼前に立つとは、タコ墨ぶぴゅのリスクを負う事である。留音はそれを考慮していなかった。視界は真っ黒になり、怯んだ隙に五本の触手が留音を持ち上げ、お前など余裕だと言う表れなのか、何をするでもなく丁寧にぴょいとそのまま元いた場所に戻した。渾身の一撃が届かなかった留音はそのまま地面に転がり、完全に心を折っていた……。


「ごめんな、みんな……あたしじゃだめだった……地球を、いや、仲間すら守れないなんて……」


 意識が遠のいていくーーーこれまでに味わった事のない敗北感。落下落下落下。何も出来ずに奪われる無力感……留音はそっとまぶたを閉じた。



「大変だ……!」


 留音が心を折っていた裏で、通信施設の復旧に尽力していた衣玖。ほんの少し前に、持参していたノートパソコンを繋ぎ、通信の開通には成功していたのだ。だから今の言葉はネット通信を経て得た情報を見た上で、口から漏れ出たものだった。


「ルー……ルー!」


 衣玖はすぐ横の窓から身を乗り出し、タコ星人の前で倒れ込んで動かなくなった留音に向け、大声で届ける。


「聞こえてるんでしょう、ルー!立つの!あなたはまだ終われない!」


 夜風にさらすロウソクの火のように弱々しく揺れ、いつ消えるのかわからないほどの意識の留音は、どこか遠くの方で衣玖の言葉を聞いている。反応しようにも指一本だって動かせない。


「当たったのよ!当たったの!応募者二十名限定のクリアカラープラモ、グーダンムのクリアカラーモデルが!!」


 意識の水面に、何かが落ちる。広がる波紋は声の反響。衣玖の声はゆっくりと留音の心の海に波を立て、生きようとする意志が言葉を紡がせた。


「グープラの、クリアカラー……!」


 どくん!留音に鼓動が戻る。一度も作った事がないクリアカラーのプラモデル。その多くが抽選限定であり、稀に通常販売されても割高な上に欲しいロボットのじゃなかったりして、結局これまで手を出さずにいたのだ。それがタダで貰える上、限定品。血が沸く。


「うぉおおおおッ!」


 戦意充填、気力限界突破。必ず無事に帰って限定モデルのプラモを作る!それも応募者の中から抽選で二十名様限定のオリジナルクリアカラーだ……製作の決意に再び留音、大地に立つ。


 しかし衣玖はなぜこの情報を知れたのか?簡単だ。通信が復旧し次第、最初に開いたのがメールクライアントだった。ついいつもの癖で、パソコン立ち上げたらいつもここ開ける、みたいなノリでメールをチェックしたら当選通知が来ていた。何故衣玖のメールアドレスに通知が来たか?この限定グープラのパッケージには、パイロット役の人気声優さんのサインが入るのだ。だから留音は中身を、衣玖は外箱欲しさに二人で協力していた。


 そんな情報はどうでもいい?でも衣玖は肝心の救援要請とかそういうのは全然やってないから、こんな事しか伝える事がない。


「頑張って、ルー……!……宇宙人との戦い、応援中なう」


 カタカタカタカタ……SNSで呟いたりして、別窓ではハイキングを題材にしたアニメを流しっぱなしだ。


 留音は限界を突破した気力でもう一度地を踏みしめた。自分はまだ戦えると拳を握り、再び奴の正面に。


「そういうわけだタコ星人……もうワンラウンド、付き合ってもらうぜぇ!」


 飛燕猛襲。タコ星人は留音の疾風のような動きに触手を伸ばす動きを一瞬遅らせた。だがそのフォローのつもりなのか、体を少し膨らませると。


「ぶっしゅーっ!」


 迎撃のように吐かれたタコ墨はあまりにも広範囲だった。直線ではなく面で攻撃する超短身のショットガンの如く墨は前方を漆黒に染める。


 だが覚醒を果たした留音に、そんなタコ墨などパスタに使われるイカ墨と同義、黒い墨に過ぎない。


「クリアカラァァああーッ!」


 クリアカラーへの渇望がクリアカラー化の必殺技を閃かせた。留音の視界を覆い尽くす濃いタコ墨すらクリアカラーに変える技を。掲げた手の先から迫るタコ墨は、既にクリアカラーとなっている。


 ぺちゃぺちゃと留音の顔にかかる液体。黒くなければ何のタクティカルアドバンテージもないレアなタコ墨、ペロリとひと舐め。


「美味いッ!!」


 相手の攻撃を食べる、それは相手を完全に制したも同じ事なのだ。


「いいなぁー」


「おえ……」


 タコ墨は実は高級でイカ墨より旨味がある。それを知る真凛はタコ墨のテイスティングをする留音を羨ましそうに見ていたが、西香の方はタコ星人の口から吐かれた透明な液体をそのまま舐めとる行為を客観的に認識した時、普通にドン引きした。あの子だけは逆転の気配に両手を胸の前で祈るようにグッと、合わせ握りをしている。


 とにかく留音は食べて美味いと感じる心の余裕まで生まれ、優勢は決定的だった。


 ーーーー勝てる。


 既にタコ墨は封じた。後は触手をなんとか避け、再び眉間を狙い鋭穿の一撃を放つだけ。幕開ける真の最終ラウンド。


 タコ星人は今度は二本の触手を留音に向けて同時に放つ。曲線の軌道で襲いかかる触手をスライディングで潜り抜けると、その触手によってできた狭い空間の中で、今度は別の二本の触手が真っ直ぐに伸ばされてきた。それを体を捻りながら飛び避ける。その運動を回転のエネルギーに変え、跳躍の頂点から美しい長い脚を伸ばし、鷹爪の如く蹴り落とす急襲技を見舞う。


 だがそれは一重のところで躱され、余りにも勢いのついた蹴りの威力を殺す為、留音は着地の瞬間に蹴らなかった方の脚を軸にして伸びた脚は地面を八十度ほど撫でる。舞い散る砂と留音と相手の間に描かれる三日月はまるで留音の絶対領域を表しているかのようだ。


 そんな留音が瞬時に体勢を整え、伸ばした脚を戻そうとした時……後一押しだと、百二十パーセントやる気満々のキメ顔でいた時だ。タコ星人は伸ばした触手を自分の体に戻そうとしていた。そしてその触手は余裕で留音の股下を通っている。留音の脚の、いや、ショートパンツとオーバーニーハイでキュートな山ガール衣装で決めていた留音の伸びた脚の下を。長い脚に通されたショーパンとオーバーニーの間、ほんの狭い領域から覗く太ももの健康的な白い輝きに、すれ違った何人もの男性が目を奪わたというその脚の下を。


 タコ星人はシュルシュルと自分の触手を戻し、留音も構え直そうとした時、丁度触手の先の方が留音の脚の素肌の見えている部分をソフトタッチ。ぬとぬとの生暖かい感触が内ももを通っていった。ピクっ。


「ひゃぁんっ!」


 後ろにいる真凛も西香も思わずキョロキョロ辺りを見回す。あれ?今やたら可愛い声が聞こえなかった?そんな声を発する人間なんて近くにいるわけ……。そう思う二人の考えもごもっともだが、留音が顔を真っ赤にして手の甲で口を塞ぎ、目を見開いている。自分の声に驚いている図である。


「あのぉー!ひょっとして今の声って留音さんですかぁー?」


「まさか触手に触られてあんな声出してるんですのぉー?ドン引きですわよー!」


「ば、あんな声ってなんだよ!こっちは命懸けで戦ってんだぞ!茶化すな!」


 声を裏返しながらも気を取り直して再び構える留音だが、距離の近づいたタコ星人は留音の接近を防ぐ為、また触手を使った攻撃を繰り出してくる。今度は二本の触手を左右ではなく上下の軌道を使って攻めてくる。先ほど内股を撫でられた感覚が忘れられず、下から来る触手に過剰に反応した為、別方向の触手への対応が遅れた。まずは腕に巻き付かれ、そちらに気を取られているうちに脚に触手が伸びて来ている。留音は両腕を巻かれて身動きが取れない。


 ゆっくりと蝕むように足元を這う触手に留音は呼吸を荒げながら、一体何をされてしまうのかということを考ていた。衣服の上から、湿った生温いぶよぶよの触手が脚に巻きついて登ってきている。


「あっ、い、やっ……やだっ」


 なんというそれっぽい展開。留音も留音で気分が乗って来ちゃってるのか、頬をほんのり赤らめながらモゾモゾと動く。くっころ?まったくも〜。


「ま、真凛さん、わたくしたち、来てはいけないところにきてしまったような気がするのですが」


 しらーっとした目だが、声音は真剣に西香が言った。


「え?ハイキング楽しくなかったですか?」


 わたしは楽しいですけど……なんて控えめな真凛。この子は前が見えていないのだろうか。


「い、いえ、そうではなくてですね、もっと世界観的な意味で……これ以上は色々まずいのでは……」


 真凛と西香は後ろで何やら話している。ちなみにあの子は真凛の背中に隠れて目を覆って、触手に弄ばれようとしている留音を見ないように努めている。


 留音の腕を掴んでいた触手はその両手を上に巻き上げ、留音を無防備な状態にさせ、そのまま宙吊りにした。持ち上げられた彼女の下から触手が迫っていく。


「やだっ!やだやだぁっ!」


 色っぽい声を出しながら身をよじって抵抗する気満々(笑)だが、全年齢対象の世界で留音が何をしようとも結末は決まっている。


「い、衣玖さん!どうにかなりませんの?!」


 西香は流石に危機感を感じて通信施設の窓からぼーっと顔を出してその光景を見ていた衣玖に助けを求めるのだが、耳をすますとアニメソングが聞こえてくる。救助要請は特にしていない。というか出来なかった。どうせ呼ぶならメンインブラックでしょ、と救助要請用の公式サイトを探したが、映画のサイトしか出てこなかったからだ。ちょっとしたネットの検索で出て来ないなんて企業努力が足りない。そんな会社はこっちから願い下げ、というのが衣玖の思うところである。


「どうにかってなにがー?」


 衣玖にはなんとなくわかっていた。男気も色気もない世界で留音がどうなるかなんて、多分酷くても投げられて星になるとかそんなのだろう。


「留音さんの貞操がピンチですわよー!」


 はぁ。やれやれ。肩をすくめて、わかるように説明してやるかと、声を出すために息を深く吸う衣玖。


「タコ星人の服装ー!」


 西香はタコ星人に目を戻し、タコ星人がきっちりと着込んだ黒の礼装を確認した上で、やっぱり意味がわからなくて真凛に「どういうことですの?」と尋ねると、真凛はそのまま衣玖に見たままを尋ねる。


「あのタキシードの事ですかー?」


 すると衣玖は両手で大きく丸を作って、再び施設の中に入る。中から聞こえてくる曲がアニソンからズンズン響くヘヴィメタルに変わって、もう一度衣玖が窓から顔を出した。特になにを答えるでもなく、ボーッと留音を見ながら持参していたらしいお菓子を口に運んでいる。


「……え!?この会話終わりなんですの!?なんにもわからないんですけど!?」


 一方の留音。ここですらお伝え出来ないような事を考えて勝手に体を火照らせ、その結果少し離れたところに優しく解放されていた。ここまで来たら薄々そうだろうなと思っている人も多いだろうが、タコ星人に敵意は全く無いらしい。


「あそっかぁ!タキシードを着ているってことは紳士なんだぁ!フェアプレイ精神なんですね!」


 ぱちん!と両手を叩いて真凛が納得していた。そうだ、常日頃からタキシードを着ている生物が事案など起こしえないというわけだ。


 まぁそんな訳で、留音が考えているような事はなに一つ起こらなかったわけだが。


「うっぅ、もうお嫁に行けない……」


 本人の精神ダメージは相当で、転がったまま立ち上がる事もできない。何も起きなかったとは言え、拘束されながらあんな声を出して醜態をさらしたのだ。それだけでも汚れきってしまったかのような感覚。小学校低学年の頃に将来なりたいものを書く事になった時、最初に「かわいいまほうしょうじょ」と書こうとして、誰かに読まれて馬鹿にされたら嫌だなと「きれいなおよめさん」に書き直した事を思い出した。


 あぁ、涙が溢れる。汚された自分はもう「きれいな」お嫁さんにはなれない……そう思うと悲しくて、またポロリと小さな雫が頬に道を作った。乙女か。


「こらーっ、ルー!もっと気合入れろー!グープラはええのんかー!クリアカラーはー!余ったポリキャップが泣くぞー!」


 衣玖が遠巻きにガヤをいれている。プロレスでも観戦してる気分なんだろうか。で、留音だが、グープラの話を聞いても尚、既に立ち上がる気力は湧かない。


「もうグープラなんていい……クリアカラーなんてどうせパーツが固くてすぐ割れちゃうんだよ……限定品の製作に失敗したらあたしはもうショックで立ち直れない……そうだよ、そんな事であのタコ星人に立ち向かったりしなきゃ、あたしの身体だって汚れなかった。未来の旦那様と笑って過ごせたんだ……でも、もう笑えないよぉぉっ」


 うぇぇん。小さな少女のように両手を両目に添えてしくしく乙女パワーを目から溢れさせていた。


「特に何をされた訳でもありませんのに。留音さん……かなり面倒臭いですわね……」


「それは同感ですけどぉ、相手が紳士だろうがちゃんと戦ってもらわないと今度はわたしが狙われちゃいます。何かいい方法は……」


 割とひどい二人。あの子は泣いた留音に駆け寄ってなんとか元気付けようと必死に何か言っているが、留音はお母さんに甘えるようにあの子に抱きつくだけで立ち上がる事はない。その間にもタコ星人はゆっくりと真凛に迫っている。


「まずいですわね……真凛さん、打ちひしがれる留音さんを……元々男性と全く話もしないのに結婚できる事を前提に考えて自爆している留音さんを元気づけるような話題はありませんの!?なんて、そんな話が都合よくある訳……」


 チラっチラっ、西香は真凛を見る。真凛はほっぺに指を当てて唸っている。


「うーん。あ!ありますよ!」


「あるんですのね!なんとなーくあるんだろうなという気はしていましたが!」


 もう趣旨は大体そんな感じである。戦え!留音!


「留音さーん!一つ言い忘れていた事があるんですー!」


 あの子の膝の上に頭を乗せ、あの子に優しく撫でられていた留音が耳を立てて反応を示した。


「実はですね!留音さんにお見合いの話が来てた事をすっかり忘れてたんです!相手の方が留音さんにゾッコンらしくて、絶対忘れず渡してくれとお見合い写真とプロフィールと高級なお菓子を貰ってたのをすっかり忘れてましたー!お菓子美味しかったから……ですので、そんなに落ち込まないでも大丈夫ですよぉーっ」


 真凛が留音に向けてどこからか取り出したお見合い写真を掲げると、留音は上体を起こしてその写真に目をやる。そこにいる人物は中性的なかっこよさと、首回りにもふもふをつけた高そうな服、嫌味のない微笑み。お見合い写真のカタログにでも載ってそうな完成度の高さだった。その写真には思わずテンションが上がる留音。その上がったテンションを隠すように鼻下を手の甲で撫でている。


「へ、へぇ~……なかなか整ってる顔してんじゃん……でもあれなんだろ?性格がめちゃくちゃ悪いとか、実は昔の写真で今は見る影も無しとか、どうせそんなオチのドッキリとかなんだろ。……はぁ、もうどうだっていいよ。みんな一緒に滅びよう……」


 上がったテンションも、話しているうちに自分の汚れたことを意識してしまって、すぐに下がってしまう。


「あの方、少し精神にダメージが行くとちょいちょい考え方が極端になりますわよね……クッソ面倒臭いですわ」


「まったく。見てられないわね。ルー!よく聞きなさい!こんな事もあろうかと実は今日この場にその方をお呼びしております!それではゲストの方、どうぞ!」


 いつ誰が設置したのか、逆光ライトとゲスト登壇用のゲートが設置されている。自然と全員の視点がそちらに集まる。タコ星人も律儀に拍手をしている。


「えー!うそだろー?!ちょっとどうしようっ、あたしの求婚者が来てるんだってよ!こんな格好で大丈夫だったかなぁ!」


 あの子にはしゃぎ気味で言う留音に、その子は「よかったね」の笑顔で応える。その向こう、通信施設の中にいる衣玖は耳に手を当てて何かを聞きとっているようだ。


「……あれぇ?来ませんねぇ」


 少し経っても現れないゲストさん。生番組なら放送事故だ。


「えー、ゲストさん、乱気流のため到着が遅れてまーす!ルー!時間繋いで!」


 ディレクターか何かのつもりなのか衣玖は電話を片手に、もう片方の手でお餅でも引っ張ってるような動作を見せる。


「仕方ねぇ、未来の旦那候補が来るってんでな。お前の侵略を受けてる場合じゃなくなっちまった……なぁ!タコ星人!!」


 カッ!と留音の気合に呼応した光る風が吹き荒ぶ。これまでの留音とは違う、新たな希望が力となり、彼女に限界を超越した力を与える。これが本当の、ファイナル最終ラウンドの始まり!


「ぐあああ!……もうだめだっ、おしまいだぁ……」


 まぁなんだかんだやって敵わなかった。でも大丈夫、時間稼ぎにはなったのだ!


「我が愛しき留音さまー!」


 パカラッパカラッ……白馬に跨って手を振る人物が近づいてくる。それはまさにさっきの写真の人物。意外にも陸路から登場。乱気流は気持ちの問題だった。


「お、おぉ、あたしの未来の旦那様だ……とりあえず見た目にオチはついてないようだな」


 求婚者が白馬を飛び降りると留音の前に跪き、両手で温かく留音の手を握ると、留音はたじろぎながら何処を見て良いのかわからないようにあの子や衣玖たちに視線を送っている。


「お待たせしました、留音さま。自分はチャーミング王国の王子、チャーミング八世。是非私の妻として、王国へ共に来て頂けないでしょうか」


「お、王子様だったのかっ!?」


 驚きに声を上げる留音。その声を聞いた王子は「なんと凛々しくも華のある声か……」と感動している。感動は留音も同じだ。まさか自分に白馬の王子様が来るなんて。


「で、でもなんで王子様があたしなんかを……」


 顔を赤く染めて別の作品みたいに照れる留音。


「ある日忍んで世界を回っていた時、あなたを見かけました。あなたが夜、一人でランニングをしている最中に誰も見ていない事を確かめた後に本気でシャドーボクシングを始め、興が乗って『シュッ!シュッ!』と言い始めた時に偶然通りがかった一般の方に気づいてそそくさとシャドーボクシングをやめて逃げるように去っていったあなたを。その時私の心には鮮烈にあなたが刻まれてしまったのです。あなたが何者でもいい、既に心が釘付けになってしまったのだから」


 演劇のように仰々しい動作をする王子様。ぽややーっとした表情で頬をより赤める留音だが、その心の中では相手へのやましさのような気持ちが湧いた。


「そ、そうか。嬉しいけど……でも、あたしは……」


「どうしたのです?まさかもう好きな人が……」


 もし本当に結婚する事になら言っておかなければならない。そこでダメなら、その方が後々バレて傷つき、相手をも傷つけてしまうよりきっとマシだ。留音は意を決した。


「い、いやそうじゃないよ。あたしは……もう汚れてるんだ。触手に掴まれて変な声を出しちまった……色で言えばピンクの声だぜ?へへ、こんな女、あんたみたいなすごい人には似合わないよ……だろ?」


 留音の強がりと、向けられた気遣いに王子は、ただただ愛しさを増すばかりだった。


「あぁ、なんて純粋な人だ……そんなあなただからこそ、私はどうしようもなく惹かれてしまうのでしょうね」


「お、王子様……」


 ぽやぁ……と頬を染める留音の肩に王子の手が置かれ、留音は恥ずかしそうに視線を逸らした。


 そんな光景をただ見せられている方はイライラもんだ。


「なんですのあれ。というかちょっと真凛さんどういう事ですの?今王子と聞こえましたが。何故わたくしではなく留音さんを……」


 西香は早口に真凛の服を引っ張り、真剣な表情で王子を見つめている。


「あれぇ?言ってませんでしたっけ。チャーミング八世さんはチャーミング王国の王子様なんですよぉっ。凄いですよねぇ、王子様に好かれちゃうなんて!」


「情報が何一つ進歩していませんわよ……っくぅ、ずるいですわ!わたくしも王国の運営側の一員になりたい……きっとここにいる誰よりも強くそう願っているはずですのに……!」


「でも王子様は留音さんにゾッコンですし、こうなったらもう留音さんを亡き者にして落ち込んだ王子様の気持ちの隙を狙って略奪するしかありませんよぉ」


「さすが真凛さん、ノータイムで過激な発想に辿り着きますわね。でもそれしかありませんわ……ごめんなさい留音さん、わたくしたちや地球のために戦っていましたのに。でもわたくし、目先のお金と地位と名誉のためならなんだって出来ますの……残念ですわ留音さん、あの時わたくしの差し上げたお友達誓約書にサインさえしていれば、こんな事にはなりませんでしたのに」


 西香はスチャリと懐に忍ばせていた、余裕で銃刀法違反の凶悪ガチナイフを取り出す。王子に愛されし留音と、頑張って二百項目ほど書き連ねた誓約書をぐちゃぐちゃに丸めて捨てられた思い出と一緒に消し去るために。


「あ!でも西香さん!留音さんがいなくなったらあのタコ星人さんの相手は誰がするんですかぁっ?わたし、ぬるぬる触手に触られたりするの嫌ですよぅっ」


 西香は考える。真凛はお友達誓約書を、たしか新聞紙なんかと一緒に置いていたっけ。あの時考えさせてくださいと言っていたから、多分保留中なのだ。つまりお友達候補。ならばここで失うわけにはいかない、と。……ちなみに、真凛の分の誓約書は無事に古紙回収に出されているし、真凛本人はなんのこっちゃ一つも覚えていない。


「大丈夫です真凛さん、わたくしに考えがありますので」


 西香は一瞬のうちにカツラとサングラスと黒コートで変装を済ませ、王子を後ろから羽交い締めにして首元にナイフを突きつけた。


「おうおう、イチャコラやってんじゃねーぞーテメコラ〜なんだとテメコラ〜。おいテメ〜何見てんだコラ〜」


 なんとも言えない棒読み感だが、背後から本物の刃物を突きつけられている王子はたまったものじゃない。


「ま、まさか、王位継承権の委譲を狙う第二、第三王家の刺客……?こんなところでっ!クッ、お逃げください留音さん!」


 王子は怯えた声で背後の刺客の正体を探る。


「何やってんだお前?」


 留音にはあっさりばれているが、西香は声を大げさにあげながら誤魔化す。


「ルーネーよ!この王子様の財産と地位が欲しければあのタコ星人を撃退するのだテメコラ~。でないとこの方の命はないぞコラ~」


「留音さま!いけません!私のために危険な真似をしないでください!」


 やれやれ。留音は確認した。愛の障害の前に立ち塞がる最後の壁を。ならば越えねばならない。


「へっ、馬鹿言うなよ王子様。あいつは元々なんとかしなきゃいけなかったんだ。それに、あたしは昔から……お姫様になってみたかったんだぁぁ!!」


 うぉおお!タコ星人に向かっていく留音には今、愛の力が芽吹いている。そう、それこそ奴に対抗するための秘奥なる力。ここからだ、ここからがこの決戦の真の始まり。絶対最後、真の最終ラウンド!


「喰らいな!プリンセス鉄拳!……ぐあああ!!」


 全然ダメだった。やっぱりか。


「……まぁこうなりますか……仕方ありませんわね……ならば」


 留音の戦いに魅入っている王子から少し離れた西香は、わざとらしく「え~~い!!」と王子の背中に体当たり。それと同時に変装セットを遠くへ投げ飛ばす。


「きゃっ、大丈夫ですか王子様!賊はわたくしが成敗致しましたわ。お怪我はありませんでしたか?」


 王子に当たった反動で体重の軽い西香は尻餅をつく、という演技で実際にへたり込んだところを、気遣った王子が立ち上がらせようと手を伸ばす。


「あ、えぇ、ありがとうお嬢さ……」


 その手を取って立ち上がろうとした次は、前のめりになって王子に向かって倒れこむ演技。


「あらー!さっきのわたくしのあなた様を守りたいという気持ちただ一つで勇猛果敢に賊に体当たりをしたせいで靴紐が緩んでしまいそれを踏んだために転んでしまいましたが目線の先にはたまたま偶然王子様のお身体がー!」


 トン……西香は王子の胸板にしがみついた。


「(ふふん、どうですか、わたくしの艶艶ロングヘアの威力)」


 これで最低でも王子を助けたお礼くらいはもらえる。誘惑出来れば地位もゲット……西香はそう考えながらしっとりとした声で言った。


「このまま……わたくしを連れて逃げてっ……ってあれ?」


 ほみゅ。胸板が、柔らかい。


「あの、お嬢さん、困ります、私は……」


 ほみゅほみゅ。


「ほむ。ちょっと衣玖さーん!王子というのは男がなるものですわよねー!?」


 思わず衣玖に確認を取る。衣玖は通信施設の窓から腕を出し何かをいじっていると思えば、携帯ゲーム機で暇をつぶしていた。もーハイキングに来てまでそんな……。それを中断して応える。


「大抵はそうよー。でもその家次第だからー、女の子しか生まれなかったら男装させて育てるなんて事もあるんじゃないのー?」


 それを聞いて向き直る西香。そういえば良い香りするし、喉仏ないし、女と言われれば納得できる顔の作り。


「……あなた、そういう感じですの?」


 西香は訝しみ訊ねた。王子は恥ずかしそうに返す。


「おおむねは……確かに私は女です!でも愛に性別は関係ありません。留音さまさえ良ければ、私はあの方と添い遂げたい……」


 留音の戦いの手が止まる。そうする度に一緒に止まって様子を見てくれるタコ星人さんにありがとうしないといけない。


「ちょ、ちょっと待て、王子様、何か聞こえたんだけど……え、女?」


 中性的な顔つきだなと写真の時点で思ってはいたが。


「はい!性別上は!ですが封剣を抜いて王家の紋章を浮かびあげたあの日から私は男として育てられてきました。それに、あなたに不自由はさせません。なんなら王国の研究所でアイピーエス細胞を使って私の子供も身篭らせます!どうか私と……」


 中世なのか近未来なのかわからない王子の設定に顔を引きつらせる留音。


「い、いや、あの、あたしはノーマルだからさ……気持ちは嬉しいよ、うん。でも……すまん。ホント、嬉しかったのはホントなんだけどさ……やっぱりお互いよく知らないのにいきなり女同士なんてハードル高いだろ、そういうのに理解はあるよ?でもいざ自分の事ってなるとあたしも気持ちの準備があるっていうか、その、すまん」


 衣玖はぼーっと見ながら過去の光景を重ねていた。留音って後輩の女子からよく告白されていたっけ……。


「そうですか……あなたを困らせる訳にはいきませんね……私は王国に帰ります。もし気が変わったらいつでもチャーミング国をお訪ねください」


 残念そうな素振りで白馬を呼び跨った王子に西香が駆け寄る。西香がヒソヒソとこう話しかけた。


「……あの、もしよろしければ女友達を作って帰るというのはどうですか?あなたは王族という事で、全二百十四項目のお友達誓約の内、百十項目が守れるならわたくしがお友達にならせて頂きますがっ」


 ずらっと項目が並びまくっているペラ紙五枚を片手に営業スマイルでお伺いをたてる西香。


「ありがとう。でもすいません、今はそういう気分では無くて……さようなら!留音さま!さよーならー!」


 というわけで蹄鳴らして国に帰る姫王子。それを見ながらため息をついて腰を下ろす留音。人生の世知辛さを痛感している。せっかくのお姫様になるチャンスだったのに……そう思うと戦う気も失せてきた。やっぱりみんなで侵略されて滅びてもいいかと思ってしまう。


「あーぁ、やっぱりそうだよな。そんな上手く行くはずない。触手の事、気にしないって言ってくれた時は運命の人かもって思ったんだけどな……そうだよな。はぁ、もういいよタコ星人。侵略でもなんでも好きにしろ……もう疲れた、あたしの負けだ」


 すると空気を読んでいたタコ星人は留音の肩をポンと、まるで「元気出せ」とでも言うように軽く叩き、方向を真凛と西香の方に変えた。


「ちっしゅー」


 タコチューマウスはそんな奇声を発し、口からタコ墨をポタリポタリと垂らしながらゆっくりと真凛たちに迫る。西香はおどおどしすぎている。


「ちょ、ちょっと留音さん!?タコ星人こっちに来てますけど!?」


 西香が震えながら呼びかけるが、留音はあの子の膝を枕代わりにしながらショボくれながら返事をする。


「もういいじゃんみんなで滅ぼう」


「留音さんたらなんてタナトス!もうあてになりませんわね……ちょっと真凛さん!あなたバァーンって出来ませんの!?あんな生物の一匹くらい消し去るなんて余裕で出来そうな……」


「えっとぉ、触られるまでは触りたくないっていうか、どうせ触るならわたしに実害が及ぶまでは相手にも猶予をあげるべきかなって……」


 そんな事を言っているうちに間合いに入ったのか、タコ星人はゆっくりと触手を伸ばし始めた。


 西香は考える。そういえばそもそも狙われているのは真凛だったはずだし、もう仕方ないから見捨てて逃げよう。西香はそそくさと後ずさり、衣玖のいる施設を視界に入れて動き出したが。


「ちょ!?ちょっと!?わたくしの方にも触手が来てるんですけど!?」


 それぞれ二本ずつの触手がうねりながら真凛と西香に向かう。真凛はまだいい。触れるの?みんな死にますよ?それでもいいならどうぞ?という心構えだからだ。


 西香の方は普通に震えてこう思っていた。どうしよう、こんな美少女を触手持ちが放っておくはずがない。留音だからこそあの程度で済んだ。自分が捕まったら本当に北斎的な事をされてしまうかもしれない。ならどうすればいい?極限の思考が答えを生み出す。


「た、宝くじ!」


 みんなの視線を集めながら続ける。西香はその奇声を補足するように言う。


「宝くじ!大当たり……っ」


「あっ……西香さん……壊れちゃった……」


 西香の突然の意味不明な奇声に真凛が同情と憐憫を向け、口に手を当てて見てはいけないものを見てしまったかのような表情を作った。留音の方はぽやーっとあの子の膝の上で甘えながら西香を見ていた。


「る、留音さんの宝くじ、前にみんなで買った宝くじ……実は留音さんのが大当たりだったんですの!!」


「……んだって?」


 むくりと上体を起こす留音。少し前にみんなで何枚か買っていた宝くじ。当選番号の照会を面倒臭がった留音の分を西香が代わりに見ると言ったきり、そのまま音沙汰が無かったから留音は外れたと思っていた。


「で、どんだけ当たったってんだー?」


「その前に助けてくだひゃあああっ」


「ちっ、仕方ねぇ……!愛がダメだったんだ、やっぱり人間は全て金だッ!」


 留音は地面を蹴ると、まるで横に落ちるかのようにブレの無い速さでタコ星人に背後から急襲したが「ぐああ!!やっぱりダメか!」……と、全然ダメだった。でも西香と真凛を狙う事はやめて、再び一対一の構図が出来上がった。片方は地に伏しているが。


「くそ……勝てるわけが無いっ…… やっぱりダメだよ西香、例えいくら当たってたって、こいつに勝てなきゃ意味が無いんだ。でも無理だ、いくらやってもあたしにこいつは倒せない……百万当たってても無理だ……」


 留音は自分の力の足りなさを嘆きながら拳を地に叩きつけ、悔しさに震えながら、もし十万なんか当たってたら普段買っている百四十四分の一のサイズではなく、それより値段が十倍くらいする六十分の一モデルで一番欲しいプラモを買いたかったと夢想する。でもせいぜい当たってても三万とかだろう。


「三億ですわ」


「ぅぇ、うえ?」


 夢想が消し飛び、二度見。


「当たったのは三億ですの。マジで」


 留音、西香の言葉は理解できた。でも絶対何かあると考える。宝くじなんて当たるわけがない。よくあるじゃないか、世界にある様々な通貨の価値の違いをジョークにするようなネタが。円ってつけてないのが落とし穴だ、そうに決まっている。


「……マジでって……いや、どうせあれなんだろ、三億って、昔のジンバブエドルで三億とか、そういうオチなんだろ?」

 (ちなみに執筆当時の三億ジンバブエドルで、だいたい日本の千円にならない程度である。)


「言い直しましょう、三億円当たりました。イランリヤルでもインドネシアルピアでもありませんわよ。円ですわ、ガチで」


 ちなみに三億イランリヤルではだいたい日本円で百万円弱。インドネシアルピアではだいたい二百万ちょっと。でもそういうオチじゃないだと?


「おいお前!!それいつ伝えるつもりだったんだ!?当選発表大分前だったよな!?」


「正直なところ伝えるつもりは全くありませんでしたし、既にいくらか着服しましたわ、でも保身の為にはある程度は仕方ありませんので」


 西香はお金のことになると強い。まるで自分に全く落ち度がないような、清廉潔白、威風堂々という言葉がぴったりと当てはまる口調で自身の罪を認めた。


「おいコラァ!タコ星人には勝てないから助けてやれないけど、お前だけは助けてやんねぇぞ!?」


「でもいいんですの?わたくしを助けなかったら残りのお金は戻らない可能性もありますわよ。わたくしがいくらか使ったにせよ、何千、何億というお金が転がり込む可能性を握りつぶすのですか?お金への執念で……勝ってみせなさい!留音さん!!」


 ビシィッ!西香のよくわからない喝に一瞬おののく留音。


「くっそぉ!なんて理不尽で意味不明な脅迫だ……でも悔しいかな、完全にやるしかないと頭が切り替わっちまった!」


 再び戦闘態勢に入る留音……今度こそ本当の本当に真の決着が着くのだろう……絶対次は無い、負けたら全てが終わってしまうかもしれない正真正銘のラストラウンド!ファイッ!!の前に。


「で、お前いくら使ったんだよ?」


 やっぱり現ナマ、しかも大金の話となると気が気ではない。ファイティングポーズのまま、背後の西香に話しかけている。


「二億ですわ」


「……うえっ?!」


「二億ですわ、二億使いましたの」


 まばたきをしまくっている留音の時間が止まる。もし本当に三億当たってれば、二百万くらいまでなら許してやろうかという気分だったし、みんなにそれくらいあげてもいいなという考えもあった。でも西香の使った二億って、二百万のうちの何パーセントの単位だったのか、よくわからない。三億と同じ「億」がついているから、あぁそうかと時間をかけてやっと理解した。


「っていくらかの範囲じゃねぇ!半分以上使ってんじゃねぇよ!お前に罪悪感という言葉はねぇのか!!?あたしの金だろうが!?」


「ざいあ……お金と罪悪感の二つがどうして結びつくんでしょう……?」


 西香は本当にわからない表情で真剣に聞き返している。留音の怒りのオーラが高まっていく……今なら怒りによって目覚めたスーパーパワーでタコ星人だって活け造りに出来るかもしれないが。


「でも安心してくださいな、留音さん。使ったと言ってもですね、わたくしがテキトーなお金の使い方をする女には思えないでしょう?」


「知 ら ね え よ 」


「そうです。お金は使うよりも先に増やさなければなりません。元手が三億もあるのですから、増やす方法などいくらでもありますわ。ですからわたくし、留音さんのお金を使って元のお金を増やす事にしたんです」


 どうやら無駄な使い方ではないらしい。それを聞いた留音の怒りが少し収まってきた。


「あ、あぁ……もしかして起業したとかそういう事か……?そこでの収入があたしに入ってくるなら一億プラスアルファでもマシだな……」


「まぁ近いですわね。わたくし、株を買ってみましたの」


 留音の体がドスンと地に落ちた。まさかのギャンブル。西香がさらなる追い打ちをかける。


「すごいんですのよ株って。たくさん持っているとその会社の社長より偉くなれますの。それで適当な企業の株を大量に購入してみたのですが、わたくし大株主ですわよ。それでもう既に何度か経営方針に意見を出していますの、なんの会社なのかはよくわからないのですけどね」


 留音に西香の話はほとんど聞こえていない。ただ思うのは、株なら売却すれば金になるということ。多少の上下はあるだろうが、帰ってすぐに売却すればダメージはそう高くならないはず。留音の心に平穏が戻ってきた。たとえ投資額が半分になっても手元には二億残るんだし、それだって凄い額だ。


「とりあえず、帰ったらそれ全部没収するからな。その前にこいつをなんとかしねぇと……!」


 留音は改めて先ほどの怒りパワーで生じたチャクラを闘気に変換し、タコ星人に構えを取る。真の完全なるエンドオブファイナルラストクライマックスラウンドの幕がついに切って落とされようとしている。


「勝てるかはわからないが……勝てれば何億か転がり込むんだ。やりたいこと全部やろう……プラモ用の家建てて、昔の少女アニメからゾンビ映画まで完備したシアタールームも入れて……夢が広がるじゃないか……いくぞタコ星人!うおおおおお!!」


 拳を掲げながら突進する留音!その行動は芯が通っていた。これまでのような技術に頼る攻撃は一切ない、真っ直ぐな突撃。タコ星人の触手も、その潔さに四方から狙うことをやめている。単純な力勝負で決着をつけたい留音の意思を、タコ星人は言葉無く拾ったのだ。


「ちょっとこんな時に悪いのだけどー。西香ー、あなたの買った株の会社、倒産だってー。新しい大株主の経営方針に従った結果見事に立ち行かなくなって破綻したんだそうよー」


 衣玖が遠くから声を上げて、西香はやれやれ、無能な企業と株主だ、と呆れるような表情を作り、留音は川で水切りされる石みたいに盛大にずっころんでバウンドしていた。


「手元にはいくら残ったんですのー?」


「損切りギリギリ間に合って五百七十円になったわよー。そうだルー、あなたに多額の借金がかかる事はないわ。なんとか残りの一億で賄えたからー」


「賄えたから……ってどういう意味だよ!?無くなったの!?株だろ!?二億出したら最悪二億消えるだけなのが株だろ!?」


 嘘だと言って!!そうせっつく留音に、西香は照れたように説明を始めた。


「いやぁ、わたくし、株用の口座を開く時に”現物”と”信用”というのがよく分からなくて、衣玖さんについて来てもらったのですが、三億に相応しい一番凄い口座はどっちか訊ねたら、”信用”はやばいよとおっしゃって……株も出る時は赤字が出るとは聞いていましたが、まさかわたくしにも出るとは思わなかったですわぁ……失敗しちゃいました、てへ」


 留音が崩れ落ちる。もう何度目なのか。誰を責める気にもなれないというか、そんな気力も消失してころんと転がり、人形みたいに動かなくなった。あの子があたふたと元気が出るように頑張ってあやしているが、もはや留音はまばたき一つしない。


「でももう懲りましたわ。自分のお金でやるには危険すぎますもの。高い授業料を払っていただいて助かりました。帰ったら五百円はお返ししますわね」


 せめて六百円で返してあげて欲しい。


「もぉー!西香さん!それは流石に可哀想ですよ!ちゃんと五百七十円で返してあげてください!」


 意外な所から抗議の声が上がる。株の話が難しくて付いて行けず、さっきまであの子と「難しいねぇ〜」なんて言いながら一緒に行方を見守っていた真凛が口を出した。


「今日はトイレットペーパーのセールの日なんですよ!いつもなら八百円する凄くいい奴が今日だけ五百七十円になるんです!セールに参加出来るか出来ないか瀬戸際のラインですよ!ちゃんと返してあげてください!」


「わ、わかりましたわよ……ちゃんと一円まできっちり返しますわ」


「よかったですねぇ、留音さん。一人一つしか買えませんから、あとで一緒に行きましょうねっ♪」


 留音のなけなしの五百七十円すら残らない事が確定した。耳と口から煙をあげ始めた。もう放っておいてあげてほしい。


「ちっしゅー、ちっしゅー」


 留音が完全に戦闘不能になった頃、頃合いを見計らったように存在を忘れられかけていたタコ星人が声を上げ始めた。だがハッと危機的状況に焦りを見せた西香とは別に、真凛がそのタコ星人の言葉の意図に気づく。トイレットペーパーに反応したような。


「ひょっとして、ティッシュって言ってるのかなぁ?」


「ちっしゅ!」


 タコ星人はパッと嬉しそうに触手を上に向けた。


「なんでティッシュなんですの?」


「それは恐らく、あの紳士服に関係があるんでしょうね……」


 衣玖も展開の終わりを感じ取ったのか、施設から出て来ていて話に加わり始めた。


「ほら見て、あのタコ星人のチューチュー口。墨が垂れっぱなしよ。あれじゃ紳士らしくないもの。だからきっと、あの墨を綺麗に拭き取れるもの……すなわちティッシュを探してこの星に寄ったのね。元から侵略が目的ではなかったのよ」


「そうだったんですかぁ……」


 一番戦いを煽ってたの、衣玖だった気がする……そう指摘するはずだった留音はもういない。


「ちっしゅー」


 タコ星人は真凛の着る純白のワンピースと、西香の持つお友達誓約書に触手を伸ばす。その光景を見た衣玖が閃いた。


「ティッシュ……あ、そういうことねっ。タコ星人さん、それはティッシュではないわ。真凛の服は確かにティッシュのように白い。でもそれは違うの。それを取ったらあなたは紳士ではいられなくなってしまう。西香の持ってる奴はどうでもいいから、そっちにするといいわ」


「ちっしゅー」


 衣玖の説明に理解を示したのか、タコ星人は西香に触手を伸ばし、お友達誓約書を優しく取って、器用に口周りの墨を拭いている。吸水性が悪いためデロデロになってるが。


「やっぱり……最初に真凛を狙ったのはこういう事か。その服がティッシュだと思ったから……彼は最初からティッシュをご所望だったのね」


「そうだったんですかぁ。この服可愛いと思って着てるので、ティッシュとか言われるとすごく複雑ですけど良かったです~」


 タコ星人は墨がなかなか拭き取れない紙に少し残念そうにしていると、墨の垂れたところを見て飛びつくように西香が近づく。


「はっ!!ちょっと貸してくださいまし!」


 西香はそんなタコ星人から誓約書を取り返し、マジマジと紙の一部を見つめる。墨が……サイン欄に垂れているではないか。


「ま、まさかタコ星人さん、わたくしとお友達になってくださるの……?いえ、聞くまでもありませんわね。ここに垂れた一筋の墨がその証拠……。やりましたわ、これでわたくし用の宇宙船が手に入るんですのね……友好の証にわたくしからはティッシュを差し上げるのがいいですわね。真凛さん、さっき言っていたセールとやらはどこでやってるんですの?」


 こうして数十分後、トイレットペーパー十二ロール入りの特売品を留音のお金で買ってきた西香と真凛が、タコ星人に一ロールだけ渡す。西香は清々しい表情で言った。「わたくしの株の負けは、この瞬間のためにあったのですね」と。魂の抜けている留音に聞こえなくてよかった。


 そしてタコ星人はトイレットペーパーを受け取り、見事に垂れる墨を拭い切った。これで墨の垂れなくなった彼はもう、立派な紳士だ。彼の役目は銀河社交界に出ること。火星から天の川銀河の代表で社交界に出向き、その見事な話術で天の川銀河の平和と繁栄を今後一千年盤石のものにした。その手助けをこの少女たちがしていたことは、誰も知らないことだ。


 その後西香は少し落ち込んだ。タコ星人が旅立った事で宇宙船も手に入らず、サイン欄の墨はタコ星人が墨を拭いた時に上から滲んでしまっただけで、特にサインをしたわけじゃないことを悟ったからだ。


「夢にまで見たお友達……例え美しくないタコ星人でも、共有財産として宇宙船を貰えるならと踏み出した一歩がこんな形で消えてしまうなんて……これが他人の三億円を消してしまった罰、と言う事なんですわね……人生とはなんて残酷……」


 そしてそのお金を使われた留音だが、あの後衣玖によりクリアカラーの装飾用ベース(五百六十円)を買ってもらえた事、それに限定のプラモデルを作れる事は確かに嬉しくて、一応気を取り直していた。いつもより時間をかけてプラモを完成させる。


「限定クリアカラーモデル、失敗もなく完成したのはいいけど……これ綺麗に作るの大変だし、塗装すんのもなんか勿体無いし、出来たの見てもパーツのメリハリが薄くて思ってた感じと違うんだよな。あたし、もうクリアカラーはいいや」


 こうして一つの戦いに幕が閉じた。この地球が今も存続し続けているのはタコ星人の外交手腕と、延いては彼女たちの活躍があったからこそなのだ。



 ありがとう、五人の少女たち。そしてタコ星人。平和を作るのに大金はいらない、セールのトイレットペーパーが一ロールあれば良いのだ。


 ありがとう、そしてまた会う日まで。宇宙の星の煌めきに感謝を。

このシリーズが長編だった時に組み込んでいた古い作品の一つです。文字数多いですね。

読んでて疲れなかったら幸いです。


長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。楽しんでいただけたらポイントやブックマーク、感想などいただけるとものすごく励みになります!


シリーズにはこの他、歩きスマホを国家戦力にする話、毛が抜けまくる話、最終決戦風恋愛アドベンチャーなど、様々な話がありますので、是非ともシリーズの方もお願いします。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  この世界観が好きなんですよねー。いつも冒頭でやられます。ユーフォーがユーフォー然としすぎている、そして論ずるまでもなく宇宙人。なんだろう、寛大。 [気になる点]  西香さん、普通に犯罪。…
[一言] シリーズものなのでキャラクター説明が少ないのは仕方ないと思うんですが、突然のクライマックス状態? で、もう少し状況の説明が欲しいです……。キャラはすごくたっているとは思います。
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