ダンジョンウォーカー
地下通路での戦闘は終結した
地下通路はガソリンと肉が焦げた臭いが充満し、正直言って体に良いとは言えない空間と化した
「やはり火炎放射器なんて使うんじゃなかった……頭痛が止まらん」
酸欠でクラクラする大器。その症状は彼だけでなく多くの兵士に現れていた
だが大器らが酸欠で死んでいないのは大器が新たに召喚した酸素精製機器があるからだ
WWCには過去の兵器はもちろんのこと、現行兵器も多数登場する
宇宙戦争をおっぱじめた人類が真空の中で生きるために酸素を作り出する機器がないわけが無い。装備品や武器ではなく装飾品としての扱いだがその分ポイントも少なく全員に行き渡るだけの精製機を用意出来たのもこの無茶な作戦を行うに至った要因の一つである
「閣下のご決断あってこそ、敵を後退させるに至ったのです」
「いいや、ミリア少佐の発言あってこそだ。感謝してるよ」
第1中継点に敷設された救護所の一角の作戦司令部で大器は力なく笑いながらミリア少佐にそう言った
宇宙船用の酸素精製機をこのように使うように大器に提言したのは彼女だった
「しかしよくこんな作戦が思いついたな」
「当然です、私は閣下の副官ですから」
その時ふと気付いた。副官はプレイヤーが初めて作り出す建造物や道具を扱う際は必ずどこからともなく現れてそれらの説明をしてくれるのだ
「ミリア少佐は俺が作り出すことができる装備品の事を全て熟知してるのか?」
「はい!」
どこか得意げな、眩いほどの笑顔に癒されると同時に大器は改めてホログラム地図を確認した
「さて状況を改めて整理だ、望月軍曹、偵察の結果を皆に報告してくれ」
「ハッ!」
敬礼と共に立ち上がった軍曹は壁に貼られた地図の前に立った
「これは閣下が作り上げた地下通路の略図です、全長約10キロ、途中中継点は13箇所、我々がいるのはここ第1中継点、そして問題は……」
軍曹が示したのは三つ目、第3中継点である
「我々偵察隊はここで、連中の巣を見つけました」
そして軍曹が配った写真を見る
第3中継点は土壁ではなくなり、辺り一面に蜘蛛の巣と思しき白い糸や糸の塊で埋め尽くされていた
「気味が悪い、土蜘蛛の巣ってやつか?」
村田少佐が顔を引きつらせながら呟いた
「どうやら我々は意図せずして連中の巣をぶち抜いてしまったようです。今は落ち着いてますが、巣がざわついているのは間違いなく、攻めて来るのは確実かと」
「厄介なことになったな……急いでいたとはいえ、まさか未確認生物の巣を掘り当てちまうとは」
「仕方ありません。閣下のマッピング能力が及ぶのは閣下がいったことのある土地のみ、掘り当てたのが油田や金塊ではなく巨大蜘蛛の巣だったというだけ」
「ならば突破するしかあるまい、どのみちここに籠っていては全滅するのは確実、ならば打って出ましょう!」
「しかし満足に動かせる兵はいない、攻勢に出るにしても、体勢を少しは整えてからのほうが良いのでは?」
当たり前のように意見がぶつかり合う。当然だ、どちらも部隊全体の安全を考えており、それぞれが最適解だと思う意見を述べているからだ
「諸君、すまない一つ言い忘れていた」
侃侃諤諤とも言える議論を交わす将校たちを遮り、大器は発言した
「あの戦闘の後確認したんだが、戦闘前より明らかにポイントが増えているのが確認されていたんだ、つまりあの蜘蛛どもは倒すことによってWWCのポイントに変換することが可能ということになる」
大器のその報告にどよめく将校たち
「今後の作戦と編成次第によってはここである程度投資として武器人員を補充してその後反撃、そして儲けを回収する。というプランも取れなくはないということだ」
「なるはど、理想的な案かと思います」
「異論はありません」
意見をぶつけていた将校達も納得した。どのみち進むか戻るかの二択で、戻ることが不可能な以上、進むしかないのだ
「ではこれより、巨大蜘蛛撃滅作戦、ダンジョンウォーカー作戦を開始する。各員のより一層の健闘を期待する」
第2中継点
負傷者と衛生要員の一部を第1中継点に置いて、戦闘可能な400名と新たに大器が召喚した軍人NPC総勢140名はここ第2中継点に集結した
新たに召喚した140名は全員が火炎放射器を装備した中隊であり、その後ろに控える全員が灼熱の中でも活動できるように耐火服に身を包み、火炎放射器による酸欠対策に宇宙空間での戦闘用に作られたフルフェイスヘルメット型の酸素精製吸入器をつけている
また武器も全員がStg44とMG42、モーゼルkar98kに更新しており、火力も上がった代わりに8桁以上あったポイントが残すところ既に3桁に迫っていた
(勢いで装備更新までしてしまった……というか本当にこれペイ出来るか……さっきの攻勢だけで全滅したとかないよな……)
微かな不安を振り切るように前を向く。その時はその時、別の策を考えるまでだ
はるか前方は投光器の光が届かない闇、その闇の中で微かに赤い複眼と蜘蛛が不気味にうずめいている
「閣下、装備の点検、各小隊の点呼完了です。いつでもご指示を」
ミリア少佐の報告を聞き、大器も引き返せないとこまで来たのを感じ取り、腹をくくった
「よし!これよりダンジョンウォーカー作戦を正式に開始する!各小隊ごとに、前進!蜘蛛どもを焼き尽くせ!」
『『『ウオオオオオオオオオオ!!!!!』』』
配置についた兵士達が雄叫びを上げた。武器を掲げ、互いが互いに励まし合うように声を張り上げた
「第1、第2小隊前進!」
大器の号令と共に何人かの兵士が進み始めた
いかなる大軍とはいえ狭い場所では展開できる兵は少ない、これは常識である
その為大器は部隊を複数に分け、いかに少ない兵で効率よく敵を殱滅させられるかを突き詰めた
通路の横幅はおおよそ六メートルほど、高さは三メートルほどだ
その為、火炎放射兵を2名、機関銃手を一名、機関銃助手を一名、小銃手を3名の部隊を編成した
そして一分隊毎に三メートルの空間を制圧するようにし、前衛は火炎放射、後方からは小銃やライフルによる狙撃で天井を走る蜘蛛を撃退、そして弾切れや火炎放射の燃料が無くなり次第後ろに控える次の分隊に交代、ようはなんのひねりもない物量押しである
巨大蜘蛛が部隊の接近に気づき、耳障りな奇声をあげた。それに呼応するように蜘蛛が集まりだした
「焼き払えッ!」
生き物全てを焼き払う業火が火炎放射器のノズルから吐き出され、地面を這う巨大蜘蛛を瞬時に焼き払った
炎を纏った蜘蛛はそこらでのたうちまわり、八本の脚をバタつかせながら焼け焦げていった
「吸入器がない者は絶対に前へ出るな!」
「機関銃牽制射撃!火炎放射兵は下がれ!」
火炎放射が一旦中断され、新たにMG42と弾薬を持った機関銃部隊が前に出た
曳光弾が流星のように光りを引きながら炎を纏ってのたうちまわる巨大蜘蛛に突き刺さる
百発の弾薬を僅か一分程度で撃ち切り、後には黒焦げで穴だらけになった巨大蜘蛛の死骸の山が残った
連続で火炎放射をすると視界が炎で塞がれるし死んだかどうかの区別がつきづらい。故の機銃掃射である
「第二陣よーい!」
ミリア少佐が指示を出すと同時に次の部隊が前に出た
部隊の編成は同じであり、やることも同じだ
「ぶちのめせ!」
誰が言ったか。わからなかったが全てを焼き尽くす灼熱の炎が地下通路を埋め尽くし、炭化した仲間の死骸を踏み越えた新たな蜘蛛に炎を浴びせた
「天井を走ってるぞ!」
「撃ち落とせ!撃て撃て!」
機関銃射手がMG42を構えて地面に寝転び、機関銃助手がバイポッドを両肩に当てて片膝立ちになった。上空の敵に対する牽制射撃の姿勢、いわゆる対空射撃の姿勢だ
曳光弾が赤い線を放ちながら蜘蛛の胴体を貫き、壁を砕く。天井の破片とともに降ってきた蜘蛛は火炎放射が生成する地獄のキルゾーンに落下していく仕組みだ
燃え盛る巨大蜘蛛が灯りとなり、後方に控える小銃手もより正確な射撃を叩き込み、生理的嫌悪を覚える奇声と共に天井から蜘蛛が次々と落ちていく
まさに一方的、それもそのはず。相手は物量に訴え、ただこちらにまっすぐ突っ込んでくる虫ケラ、現代的な装備を整えたこちらに負ける理由は無かった
灼熱の攻防を繰り返し、部隊はジリジリと前進し、先頭集団がついに炭化してボロボロになった蜘蛛の死骸を踏み越えた
「23、24分隊、補給願います!」
「新しい装備受領後、速やかに列に戻れ!」
「急げ!前線に物資を持っていくんだ!」
前線で弾薬を使い果たした兵士達が次々と物資集積所に現れる
大器が召喚した弾薬や装備は一旦司令部がある第2中継点に貯められ、前線で切れたら困る機関銃の弾薬や予備パーツ、自動小銃の弾倉、火炎放射器の新しい燃料タンクを中心に荷車に乗せられ最前線に持っていかれる
だがこれらのピストン輸送では当然追いつくはずがなく、殆どの兵士はこの物資集積所まで走る羽目になるのだ
「閣下、予想していた事態が起きつつあります。現状三十組のローテーションに不足はありませんが、既に四周目、兵達に疲れが見え始めてます」
「わかった、予備の第2大隊を投入しろ。手筈通りローテーションの途中から第2大隊とチェンジだ。混乱だけは起こすなよ」
「お任せください!」
前線で指揮をとる村田少佐が敬礼と共に立ち去る
大器は溜め息を吐くと、ゲームのメニュー画面から新たな備品として各種弾薬を召喚した
少し前なら消費されるポイントを見て心配になりもしたが、今では増えるポイントの方が多く、安心して物資の補給ができる
「頼むぞ……」
空中に投影されたホログラムの地図を眺め、味方を示す青のアイコンと敵を示す赤のアイコンが密集してる地点を見つめた。第3中継点まで後少しだ
「見えたぞ!敵の本丸だ!」
「第2大隊各員へ!第1大隊の献身を無駄にするな!今まで以上に気張れ!」
第1大隊から新たに交代で入った第2大隊の指揮官は第3中継点が近いことに歓喜し、より一層の攻勢を命じた
相変わらず敵の勢いは凄まじいが、心なしか地面を覆いたくさんばかりだった巨大蜘蛛の大群が少し減ったような感覚に陥っていた
(もうじき押し切れるのでは!?)
前線で火炎放射器片手に突進してくる蜘蛛を焼き払うマクレガー伍長はマスクの下で確信した
巨大蜘蛛は相変わらず真っ直ぐ火の海に突っ込んでは脚をバタつかせて焼け死ぬだけだ、単純すぎる動きでむしろ飽きが出てきてもおかしくない
もちろんそんなことで手を抜くマクレガー伍長では無いが、そんなことを考えながら無心でただ前方の蜘蛛を焼き尽くしていった
その為、咄嗟に避けることが出来なかったのだ
いきなり視界が傾いたのだ。正確に言うと足元の地面が崩落したのだ
「なんだとクソがッ!!」
マクレガー伍長の分隊と共に前進していた分隊が丸ごと突如空いた穴の中へ落ちていく
急勾配を終点まで転がり落ち、同じように転がり落ちた部下と共に折り重なるように止まった
その先に見えたのは暗闇に蠢く赤い光り、自分達が散々焼き払ってきた目の光だ
「ちくしょう……」
悪態一つ着くと同時に赤い光りが襲い掛かってきた。武器を構える暇すらなく
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