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戦争前夜

ガルバストキィア山麓 摺鉢基地より南西約十キロ

第三物資集積拠点(デポ)兼防衛拠点

前線指揮所 第二会議室


摺鉢(リュゲルン)基地は麓にある四つの補給基地からの物資の補給によって成り立っている、この補給基地は万が一摺鉢基地が陥落した際の基地守備隊の避難場所であり、第二防衛ラインも兼任してる。摺鉢基地を頂点に扇状に配置された集積拠点には分散配置された砲兵隊や対戦車ヘリ小隊などが駐屯してる

大日本皇国が誇る陸軍工兵隊、並びに皇国の大手民間ゼネコンとリラビア魔法国の建築士ギルドの努力により鉄道や空路をはじめとした物資の輸送路はリラビア全土に張り巡らされつつある

それらの一つとしてコロモクから伸びる輸送路はここ最前線まで伸びている、その甲斐あって摺鉢基地は敵の侵攻を食い止めているのだ


四方を山々に囲まれ、複雑な隘路(あいろ)を行き来するトラックの車列、護衛車両を展開する隙間すらないほどの狭い崖道を進むコンボイはまさに草原を歩く羊のようだ


そして無防備に歩く羊を狙う狼がいる。クルジドのドラゴンだ


「今月で三度目だ、空軍は一体何をやっているんですか!?」

第三物資集積拠点を統括するムハンマド大佐は怒りを隠さない声を上げた


「空軍の現状はお話しした通りです。大佐、我々の実力不足は認めます。ですので対策が打てるまでは進軍はお控え願いたいと」

レッドバック空軍基地の司令、アシュフォード少将は申し訳なさそうに、しかし確固たる意思を持ってそう言った


最前線基地を支える基地の責任者二人がこうして顔を合わせたのは他でもない


クルジド軍がミスリルの粉末を空中にばら撒き、皇国軍戦闘機のエンジンを破壊する戦法を取り始め、一大攻勢に向けて動き始めていた前線基地ではさっそく動きが頓挫していた

イスカンダル中尉の一件からさらに二機の制空戦闘機が事故で墜落しているのだ、レッドバック基地ではこの現象を解明はしたものの、いまだに対抗策は見出せずにいた

何せ敵のばら撒く金属粉は砂の様に細かく、フィルターですら貫通し、さらに電波を撹乱し、レーダーや電子機器を一部狂わせ、エンジンや吸気口から戦闘機内部に入るとたちまち機体に不調が現れるのだ


これらの攻撃が神出鬼没に行われ、大日本皇国の制空権は限定的なものになっていき、1日に何回も行われる物資輸送の制空権すら危うくなっており、クルジド軍のドラゴンの跳梁を許してしまっているのだ


「送付した報告書の通り、現在高射砲連隊のSAMサイトを陣地化し、各所に配備しております。それまで制空権確保は確約できないと」


「言い訳はいい!今回の襲撃で部下が八人も死んだんだ!指揮官として、抗議するとともに、1日でも早く制空権を奪還してもらいたい!それを小官は強く熱望しているのだ!」


「…心中お察しします。しかし我々も貴重な航空機やパイロット達を守り、きたる決戦に勝つための一助として、部下を守らねばなりません、あなた方を守るために我々の部下が犬死するなんてことはゴメンだ、そこは理解してほしい」

アシュフォード少将の棘のある言い返し、ムハンマド大佐も重々承知しており、この話し合いも実は三回目でもあり、お互いに立場も理解しているのだ


しかし部下が死んでいるのに上司が何もしないと言うのは士気に関わってくる、何もしないよりマシ程度ではあるが士気が崩壊してからでは遅いのだ、無駄だとわかりつつも


二人は同時にため息をついた。お互いの立場を理解しているからこそこの様な態度が取れるのだ


「……ソコロフの暴走を止められなかったのは、私の責任だ。石鏡大佐とリラビアの若者達には、悪い事をしてしまった」


「皇国の軍にも膿が溜まり始めたのかもしれないですな、連戦連勝、常勝無敗が常態化していては、いつかこうなるとわかりきっていた」

アシュフォード少将も悔しそうに呟く。ムハンマド大佐がタバコを差し出す


アシュフォード少将はタバコを受け取ると自前のジッポーライターで火をつけ、そのままムハンマド大佐に差し出す

二人してタバコを吸い、紫煙を吐き出す


「……私とソコロフ中佐はいずれ責任を取らされる、それまで我らにできるのは最前線の部隊が安心して作戦を行えるだけの物資を送る事だ」

アシュフォード少将はそう呟き、机の上に地図を広げた。摺鉢基地から物資集積拠点までの道や地形の地図だ

随所に対空陣地の書き込みがされているのを見たムハンマド大佐は紫煙と共に言葉を吐き出す


「SAMサイト設置の進捗は4割と言ったところですなぁ、前線への物資の他に拠点の建築部材、兵達の生活物資、車両や砲弾、それらの修理部品、全てが集まりつつあるがそこへ運ぶ手段を潰されつつある、その為制空権確保が後手に回っている、重ねて言うが空軍には敵のドラゴンをどうにかしていただきたい、小官の伝えたいことはそれだけです」


「大佐、前置きが長くなりましたが、一つ、策があるのです」


「というと?」


「海軍の友人が教えてくれたのですが、この世界の魔獣が嫌がって近寄らなくなる帯域の電波を出す発信装置を海軍が開発して運用しているのですが、それを陸上に転用できないか試したいのです」


「……なるほど、ドラゴンも家畜化されているものの魔獣か」


「開発されているのは水中で運用される想定の物しかないので、今は実験段階の発信装置を搭載した指揮通信車が後方より四日後に到着します、そして拡散用の電波塔を設置したいのです、つきましてはそのための用地を基地内にお借りしたくお願いに参った次第です」

深々と頭を下げるアシュフォード少将。その謙虚な姿勢にムハンマド大佐は最初の怒りはどこへやら慌てて立ち上がる


「少将、何もそこまでされなくても。ご提案は全て了解しました、喜んで用意させてもらいます」


「いえ、これはケジメです。リラビアとの作戦会議で陸軍の方々が攻勢に反対したのに、我が空軍が勝手な安請け合いをしたのがこの結果なのです。コレだけでは到底足りないですが、私なりのケジメとしてこうして提案に来たのです」

アシュフォード少将は頭を下げたままそう言った。ムハンマド大佐もアシュフォード少将のその姿勢に胸を打たれるものがあった


「わかりました、少将の気持ち、しかと受け取らせてもらいます。発信装置の設営は我が陸軍も協力を惜しみません、共に作戦を成功させましょう!」


「ええ!」

二人はそこで固く握手を交わした。部屋の入り口で聞き耳を立てていた両将官の従兵も人知れず安堵のため息を吐いた



















ムハンマド大佐とアシュフォード少将の目論見は当たった。クルジド軍の偵察として飛行してきたドラゴンは照射された不可視の電波をもろに浴びて制御を失い、地上に墜落。大戦果といえよう


だが、この電波兵器、いくつかのデメリットがあった

まず兵器自体の数が少ない、未だ各補給基地に一基ずつしかないのだ

そして電波なのでクルジド軍の金属粉に触れるとたちまち無力化されてしまう


そして一番の弊害が味方の魔獣や魔法使いにも影響が出ると言う点だ


この電波は魔法を使う者の陽の生体電子、特殊な波長のそれを逆手に取り、阻害する陰の電子を出す。人間自体に致命的な症状は出ないものの、放たれる攻撃魔法の威力は大幅に下がり、敵味方の区別はつかなくなり、結果的に戦闘の推移は山を登り、山頂を攻め落とす、歩兵とそれを援護する砲兵の戦いになりつつあった


補給基地から運び出された物資の数々、その多くはリラビア軍歩兵が主力小銃として採用しているMP40やモーゼルKar98kの銃弾や銃そのもの、M28柄付きグレネードだったり、パンツァーファウストやその弾頭である


「補給路が安定したし、いよいよ戦闘、ですかねぇ」

弾薬庫に運び込まれるそれらを目にしたリラビア軍第七師団の兵士がそう呟いた


「かもな」

呟いたもう一人の兵士は黙々と塹壕を掘り続ける、彼らは工兵であり、リラビア軍の攻勢開始地点の整備に駆り出されていた

攻勢発起地点は複数あり、ここは摺鉢基地から出て数十分程の丘陵地帯である。一個大隊が展開できるほどの広さがあり、正面にはジグザグの隘路とその要所要所に構えられたクルジド軍の陣地が見える


クルジド軍の陣地は穴を掘り下げてその外周に土嚢が積み上げられており、さらに騎兵を遮るような尖った木の杭が随所に打ち込まれており、進軍路を遮るように大きな岩石が魔法で作り出されている

それに加えて摺鉢基地を見下ろす様に聳える巨大な岩盤、二又に別れる登山路を流れる水に例えるなら、流れ落ちる瀑布を二つに割る巨岩の如き高地、クルジド軍はそこに前哨基地とも呼べる拠点を築いていた

この高地の左右に登山路がある為、高地からは登山路を見下ろす形になる為、クルジド軍は上から攻撃し放題ということになる為、日リ連合軍はこの高地の早期奪取を目標としていた

そこに篭るクルジド兵は数百名程と予想されている。彼らの武器がマスケット銃と魔法が主力である以上、射程と連射力に勝るこちらに理がある、と思われていた


だがここ連日、制空権が喪失気味なのは末端の工兵にすら伝わっており、彼らを援護するのは基地に2台しかない対空戦車とその随伴兵のみであるのが彼らの不安をさらに掻き立てていた


「こんなとこ、狙撃されたらたまったもんじゃない」


「マスケット銃がこの距離を当てれるかよ」


「鹵獲された俺たちの銃かもしれないぜ」


「なぁにビビることはねぇぜ、敵の弾は臆病者が好きなんだよ」


「ハハっ!ちげぇねぇ!」

私語もそこそこに二人はユンボが掘り出した土を土嚢袋にスコップで詰め込み、所定の位置に積み上げる、それを別の工兵が担ぎ上げ、そのまま塹壕の淵に並べていく

その直後、山の上で白煙が立ち上った


「砲撃だ!伏せろ!」

間延びた風切り音と共に塹壕のはるか先で土煙が立ち上った、クルジド軍の36ポンド砲である

着弾した砲弾は山の斜面を何度か跳ね、致死量の運動エネルギーで襲い掛かる


「あぶねぇ!」

砲弾は工兵達の頭の上を通り過ぎ、すぐ後ろのユンボに直撃した


「ちくしょう!今日の砲手は腕がいいな!」


「昨日の奴は下手くそだったからな!そぅら来たぞ!」

その直後、レッドバック空軍基地に展開した皇国軍砲兵隊の観測ドローンが現れた

それから数分後、山の山頂にドス黒い爆炎が立ち上った

本来なら補給基地に待機している戦闘ヘリが出撃するところだが敵の金属粉の影響で航空機はしばらく使えない、直接叩かず山の表面を鉄と火薬で均しているだけにすぎなかった


その光景はあちこちで見られた。皇国軍工兵やリラビア軍の工兵が最前線に塹壕を掘り、前進拠点を構築していく

そこをクルジド軍の大砲やドラゴンが狙い、攻撃する


お互いに決め手にかける地味な戦いではあるが、日リ連合軍は着実に陣地を作り、物資を貯めて攻勢準備にかかっていった



















クルジド軍 飛竜野営地


「いよいよ決戦である!」

飛竜連隊の連隊長のオブルサ上級三等士が吠えるように声を上げた

整列した飛竜乗り達の顔は明るく輝いていた。連日連夜、研磨粉を空へばら撒き、喉や鼻を痛めながら地味な作業からいよいよ解放され、戦う時が来たのだ


トラックへの奇襲は上手くいってるが、敵も対策し始めたらしく、少なくないドラゴンが撃墜されている、ドラゴン乗りたる者、地上からの攻撃ではなく空での戦いで果てるのが本望と言えるからこそ、皆、連隊長の言葉を待っていたのだ


「諸君の長き忍耐により、敵軍は満足に物資を運べず、飢えている!叩くのは今が好機!ドラゴン乗りの諸君と地上砲兵、さらにアラヒュト教聖騎士団の総力を上げた突撃により、敵の前線基地を打ち砕くぞ!」

オブルサ連隊長の拳が突き上げられると同時に飛竜乗り達全員が雄叫びと共に拳を突き上げた


「これは敵の基地の地図だ!このように四方を山に囲まれている!聖騎士団が北東西の三箇所に前進し、大砲を据え、陣地化する、諸君らはそれまでの援護と上空警戒、そして敵の前線に圧力をかける、重大任務が与えられたことになる!いいか!敵の航空機は無力化に成功したものの、リラビアと大日本皇国を甘くみてはならない!倒れた戦友を思い出せ!彼らの無念を晴らし、奴らの屍の山に、我らの連隊旗を突き立てようぞ!」

部屋にいた全員が雄叫びを上げる。士気は過去最高を記録しただろう


(とはいえ、上手くいくかどうか……)

アリスは内心で眉を顰めた。ここ連日アリスも敵のトラックへの奇襲に参加し、大きな手応えを感じることはあった


だが、ここ最近飛竜達の空は上がる事への嫌がり方が尋常ではないのだ。ばら撒く鉄粉を吸い込まないように専用のゴーグルとマスクをつけているから飛竜への健康被害は無い


アリスは父親のヴィルヘルムの影響を受けて飛竜の体調や様子を細かく観察し、従者に任せきりの世話すら率先して行うようにしてきた、だからわかる。今までにない嫌がり方をしているのだ


(敵も何か対策してる、おそらく目に見えない何かを……無策に突っ込むのは命取りね)


「お姉様、浮かない顔していますわ」

エーデルフラウがアリスに話しかけてきた。彼女も心なしか心配そうな顔だ


「貴女こそ、浮かない顔しているわよ、何か不安?」


「ええ、最近ウチのロータスが飛ぶのを嫌がってるんです、病気じゃないのですが、何故か敵の基地周辺を特に嫌がるのです」


「変よね、ウチのもそうなの。リラビアが何かしたとしか思えないわ」


「もし、戦闘中にドラゴンの制御が効かなくなったら、敵の良い的になってしまいます、お姉様、どうしましょう」


「狼狽えないでエーデルフラウ、その症状は毎日ではないし、敵の車の奇襲の時は嫌がってない、敵基地の近辺のみ嫌がる感じだと私は分析してるわ、つまりその周辺を避ければなんとかなるはずよ」


「流石お姉様!冷静な分析!素敵ですわ!」


「エーデルフラウ、良い加減お姉様呼びはやめて、変な誤解を受けたら困るのよ」


「良いではありませんか、お姉様は尊敬すべき先達であり、私の愛してやまないお姉様ですから」

そういうと、エーデルフラウは顔を赤らめ、そのままアリスの二の腕に抱きついてきた


「はしたないわよ、嫁入り前の女の子が、もっと自分を大切になさい」


「やーん、お姉様のいけずぅ!」


「そんなことよりエーデルフラウ、今の話、貴女の知り合い全員に広めといて」


「わかりましたわ。お姉様からの大命、必ず成し遂げますわ!」

エーデルフラウは目を輝かせ、他の女子グループに向かっていく、ああ見えてエーデルフラウは昔は伯爵家の令嬢、社交性はあるのだ


ちなみにクルジド国のドラゴン乗りは女性が大半を占めている。いくらドラゴンが空を飛べる生き物であるとはいえ、防具や武装を積んで飛ぶのだ、操縦者の重量は軽ければ軽いほど良い

そうなると自然と筋肉質でガタイの良い男性は飛竜側が嫌がる傾向にあるのだ、物言わぬ戦闘機とは違い、飛竜は生き物なのだから、男性を乗せて飛べる飛竜というのは限られてくる


なのでドラゴン乗りは名誉職であると同時に女の園でもある。飛竜という生き物の世話を従者に任せきりになるのも、体力を使う汚れ仕事を苦手に思う傾向にある女性ならではの問題かもしれない

そのような女の園では噂はあっという間に広まる。女子特有の情報網である


「アリス、編成表がもう張り出されてるぞ、俺とエーデルフラウの三人だ」


「クランツ、またあなたと飛べるのね、楽しみだわ、噂は聞いた?」


「あぁ、でも良いのか?エーデルフラウに任せて」


「あの子に任せればこの手の情報はすぐに共有されるわ、下手に上官殿に伝えるよりよっぽど早くね」


「それも聞いたけど、いよいよエーデルフラウとお前がこの戦争終わったら結婚するって外堀埋めに来てるけど」


「エーデルフラウッ!!?」

今日一番取り乱したアリスが駆け出していった。スキャンダルは女子の格好の話題の的だからだ






かくして夜はふけていった。リラビアとクルジド、大陸を占める二つの大国のぶつかり合うこの戦争も六年目にしていよいよ最終決戦が近づいていたのだった

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