同じ空の下で
活動報告に近況をまとめております、よければどうぞ
大日本皇国
大日本皇国には本土と呼ばれる玄武島の周辺に様々な洋上プラントを建設している
一区画約一万立方メートルの蜂の巣のような六角形のプラントを複数組み合わせ、それぞれのプラントが軍事拠点であり、防衛拠点や研究拠点として機能しており、中には艦船数が二百隻を超えた大日本皇国海軍や哨戒監視任務に従事する空軍の根拠地として活躍している
その中の一つのプラントにF35とアパッチロングボウ各四機ずつに護衛されたMH60ブラックホークが3機、着陸した
中から出て来たのはSCAR-Hを抱え、揃いの防弾チョッキに最新型のサングラス型の広帯域拡張情報端末ARゴーグルを掛けた特殊部隊
猫の子一匹通さないような完璧な防御体制の中、大日本皇国の総統、大器がヘリから降り立った
建物へ歩いていく中、副官が端末を手に近寄って来た
「総統、たった今報告が入りました。クルジド国から大使館要員が全員離脱。ドローン兵は全機が活動停止、計画通りです」
「よろしい、ところでムルテウに派遣した部隊の進捗はどうなってる?」
「はい、予定の80%を完遂しました。第二次派遣軍は既にムルテウに到着。第一次派遣軍も既に全員マスドットリオに帰国しており、リディアビーズ皇女も開戦の報告を聞き、ムルテウでの仕事を別の者に引き継ぎ、第一艦隊と共に帰国するようです」
「うん、万全の警備体制を敷いてくれ、第四課からの報告では、皇女と俺の暗殺を狙っている組織もあるし、ミリア大将に抜かるなと伝えてくれ」
「了解です、それと、クルジド国の冬季攻勢が開始されました、兵站の馬車列の動きを見るに、バステト方面とバスドム連山方面、マスドットリオが主戦場になりそうです」
「……いったい何度目の正念場を迎えるんだ、我々は……」
大器の小さな呟きは飛び立つヘリのタキシングにかき消されていく
手渡されたタブレットにはヘリの中で見切れなかった追加の戦況報告に加え、この洋上プラントの成果物の解説がなされていた
「閣下。次の戦い、我らに有利かと、敵は政治に不安要素も多く、技術力や武力は我らが優勢です、魔法という不確定要素も、こうして埋まりつつあります」
案内の兵士が胸にぶら下げたカードキーを扉にスキャンする、すると電子錠が起動音と共に解除され、扉が開いた
「コレが……」
「我々、陸軍対魔法研究対策課が心血を注いだ結果です。我々の科学は遂に魔法を理解し、化学反応の一環へと昇華することに成功しました」
大器の目の前には強化プラスチックの板が一枚。名刺サイズの小さい板には幾何学模様がプリント基盤として刻印されており、見る角度によって光の色が変わる玉虫色の光を反射していた
「この一枚の板で我々にも魔法が使えるのか。にわかに信じがたい」
大器が天井の蛍光灯にプラスチックの板をすかしてみる、特別、飲み干したペットボトルを光に透かしているのと感覚は変わらない
「実験は既に完了してます、お手元の資料に」
最初に渡されたタブレットに保存された動画を見る
一人の皇国兵が大器が持ってるのと同じ板を親指と人差し指でつまみ、目の前にかざしている
そして目の前にはバレットM82を担いだ別の兵士
12.7mm弾を装填し、狙いを定めて一発。発射した
直後、プラスチックのの板が青白く、紫電のような光を放ち、銃弾が弾かれたのだ
「人工魔法障壁発生装置、便宜上護符と呼んでおります。魔法が使えるリラビア人とクルジド人、そして使えない我々、違いは一つだけです」
「主任」
「ようこそ、総統閣下。歓迎いたします」
現れたのはスキンヘッドにサングラス。非常にイカつい見た目の中年、身に纏った軍服の階級は中佐だった
「巴中佐、単刀直入に聞くが、コレは使えるのかね?」
「ええ、使えますよ。そうである理由を簡単に説明しましょう」
イカつい見た目とは裏腹に穏やかな声で巴中佐は手元のタブレットから大器の持つタブレットへファイルを転送し、説明を始めた
「魔法が使える異世界人と我々皇国人との違い、それは端的に言えばDNAの違いです。デオキシリボ核酸の分子構造、この一点が違っていた、その僅かな差で魔法が使える人類と使えない人類が居るのです」
大器と巴中佐はそれぞれ部下を引き連れながら通路を歩く。ガラス窓の向こうの製造プラントでは先程と同じ護符がプレス機で量産されていた
「魔法はその分子構造の差により、我々皇国人とは違う大脳の一部が活性化し、そこから通常ではあり得ない生体電流が発生し、その電流が四肢の末端、手や足先に収束し、宝石類と共鳴反応を起こし、魔法という超常現象を起こす事が確認されています」
「生体電流、ねぇ……」
出来の悪いラノベみたいだ。大器はそう思った
「宝石は閣下のいらっしゃった地球とは異なる電子を纏った物であり、異世界人の脳内で発電される生体電流と触媒が共鳴し魔法が発現するのであれば、それらを人為的に再現することが出来れば、魔法の再現は可能であると、そしてコレが、その結果です」
巴中佐が開けた扉の先、そこは陸軍の様々な装備品がオーバーホール状態で並べられていた
クゥーバァを始めとした無人兵器の他に、ヴァイパーやハヴォックといった戦闘ヘリ、迫撃砲から榴弾砲、ジャベリンのような携帯型対戦車ミサイルなどもあった
「生体電流の代用にバッテリーが必要となりましたが、魔法の人工的な再現は叶いました。触媒の宝石と同じ屈折率の光や電導率の再現に手間取りましたが、試作として魔法と既存兵器の融合に成功しました、現段階の最小クラスは榴弾砲弾が限界ですが、榴弾砲に炎や風といった攻撃的な魔法を着弾と同時に発現させることもでき、戦車や戦闘ヘリに常時障壁を展開させ、対空ミサイルや敵魔法の直撃を塞ぐ不可視のバリアを展開させることも可能となりました」
「……素晴らしいな、ゆくゆくは銃弾や魔法を弾き返す歩兵装備として採用出来るかもしれないな」
「ええ、いずれは人間が行使する魔法より効率よく強力な魔法が人工的に創り出す事も可能かと、何故なら今まで人間の遺伝と脳の構造という不確定なシステムに頼ってきた部分が、テクノロジーで人工的に調整が可能になるからです」
「これが、我々の切り札となるな」
「……総統、今の、スゲー悪役っぽいですよ」
「いうな、恥ずかしい」
クルジド国 首都ハーファル
ハーファルの都市は現在戦災の後片付けに追われていた
ベラディーダの政権を転覆させようとしたアラヒュト教の一派、彼らは皇国大使館と王城を包囲したいいものの、総指揮官を失い、そのまま瓦解。結果ハーファルは今まで通りのクルジド国の統治に収まった
事態の顛末は権力に取り憑かれた指揮官エリィの暴走。そのように決定づけられた
死人に全ての責任を押し付け、セルブス教皇代理のモロス教皇代理はそのように報告、クルジド側もアラヒュト教のバックボーンを受け入れるためにもその主張を受け入れ、こうして軍議の場を設けたのだ
「陛下、もはや格式を気にする暇もありませんから、直接言います。我が国の財政は、限界を超えました」
財務卿のトムスキンは、会議の参加者全員の視線を一点に集めながらベラディーダに告げた
「植民地国の殆どから限界以上の徴収と徴兵を行いました。全ての国からこれ以上の資金や兵力を集めるのは不可能です!加えて、純クルジド国民からの少なくない徴税も行って現状を賄っております。ムルテウ大陸への派遣の度重なる失敗、そしてハーファル全体での戦闘、これ以上の戦争行為は継続が不可能です!」
トムスキン卿はメガネを外し、顔の汗を拭う。心なしかいつもセットしてる髪もよれている
「世界統一の事業を一時的にお待ちください!国の経済は致命傷ですが、まだ立て直しは出来ます、最低でも十、いや五年で立て直してみせます!」
トムスキン卿の演説に少なくない高官が賛同する大を生かすために小を切り捨てる。今までクルジド国が繰り返してきた方法でこのクルジド国という国を延命させるのだ
「ならぬ」
対するベラディーダは否定した
「何故、ですか……!このままでは、国が滅びますぞ!?今なら瀕死の植民地国だけで済みます!最前線に集めた兵員を国に戻し、道中の植民地国から摘発しながら帰らせ、焦土戦術を行い、敵の侵攻を食い止めるのです!そうすれば!」
トムスキンの言葉はそこで途切れた。ベラディーダの放った一発の銃弾がトムスキンを撃ち抜いたからだ
「わからぬのだな、余はようやく理解したのだ。敵は我が国の中心から大使館要員全員を離脱させた、ならばその逆、兵隊の展開も可能な筈だ、それを行わない理由は何故だと思う?」
粛々と片付けられていくトムスキンの遺体を無感動な目で眺め、ベラディーダは鹵獲品の拳銃をしまった
「やつらは楽しんでおるのだ。我々、クルジド国の滅亡を、人の生き死にを、まるで闘技場の剣闘士との闘いを見るが如き様でな、奴らは皇国は侵略者だ。決して屈するわけにはいかぬ」
会議に参加した人々の内心は疑惑と納得の半々だった。彼らの行動原理は暗黒中世そのもの、力こそ正義、戦いに勝ち、相手を支配する戦争経済そのものが染み付いている
そんな彼らの常識からすると大日本皇国は何故首都を攻撃圏内に納めながら交渉などするのか、とても余力がないというのは一連の戦いから有り得ない、ならばなぜ、こんな回りくどいことをするのか?その答えが今出たのだ
クルジド国が死ぬ気で足掻く様を見物する。それが大日本皇国という国なのだと思ってしまった
悲しきことに彼らの中で大日本皇国が本気で和睦を望んでいると考えるものは片手で数えられるほど少なかった
議論は速やかに賛成多数で占められた。開戦という形で結論がなされ、勝ち目はなくとも徹底抗戦、最後の一兵に至るまで戦い抜くという結論が降りてしまったのだ
ガルバストキィア山脈
リラビア魔法国とクルジド国の帝都と首都、それぞれの中間に存在し、大陸を二分する巨大な山脈
神話の時代、世界の端から端を覆い、自らの尻尾咥えた龍の死体がこの山を築いたと言われている
マッポレア平原の防衛線を突破した日リ連合軍は敗走するクルジド軍を追いかける形でこの山脈に到達し、山の斜面に造られたクルジド国の急増陣地を奪い取り、そこで補給の限界が訪れ、攻勢は中断、終戦したのだ
大昔の土砂崩れで巨大な岩盤が露出したこの陣地は急な傾斜や大小様々な岩石と下草に覆われるこの山脈で数少ない平地であり、古くから山を越える旅人や軍勢の中継点として活用されてきた
この貴重な平地を確保した日リ連合軍はいずれ来るかもしれない反抗作戦の為に陣地を拡張し、基地と呼べるほどの規模に拡充していった。そしてその基地はいつの間には兵士たちの間では山々に囲まれ、守りづらい平坦な土地を見下ろされる事と、自分たちの状況を皮肉って“摺鉢”基地と呼ばれるようになっていた
スペースの関係上、砲兵陣地や飛行場は山の麓に作らざるを得ないが、山の上から攻撃してくると想定されているクルジド国相手に十分持ちこたえられるだけの戦力を集めていた
王都のガローツクンから進出したのはコロモクとマッポレアで再編成された大日本皇国陸軍第48戦闘師団四千人とリラビア国陸軍新設第7師団五千人、その直下にリラビア空軍の空挺兵連隊千人と大日本皇国工兵大隊千人、正面戦力としてそれだけの兵力を進出させており、これだけの兵員が駐屯できるだけの設備を詰め込めるほどの平野であり、重要拠点として重宝されていた
その他にも山の麓には森を切り開き、滑走路が作られ八十機の戦闘機が待機しており、要請から四十分で即座に爆撃に移行でき、砲兵も予備師団もそこに控えている
防備は万全、だが問題は
「攻勢は、延期すべきだと小官は考えます」
一新された戦闘団の団長を務める石鏡大佐はそう発言した
山の麓に建てられたレッドバッグ飛行場、その一角の建物の一室では現地リラビア軍の将官と大日本皇国の将官が互いに向き合うように座っていた
同盟国同士でありながらその空気は重く、険しい雰囲気を醸し出していた
「なぜかね、敵は内政に大きな混乱を持っており、武器も我々に劣る、空挺兵の監視によれば敵の補給も壊滅的だとか、これは今こそ好機です!向こうから停戦協定を破り、こちらを攻撃してきたのです!」
席を蹴って立ち上がり、力説するのはリラビア国軍のゼウロス将軍だ。リラビア魔法国の近衛師団を指揮していた猛者であり、マッポレア平原の戦いではリラビア軍を率いて勇敢に戦い、ここまで前線を押し上げたドワーフの将軍だ
「しかし敵の総数が不明である以上、うかつな進軍は控えるべきだ!敵は山の反対側の都市シルバーグラードを拠点にしていることは確かだが、それ以上の情報が無い以上、慎重を重ねるべきだ!」
「慎重なのもいいが、敵にこれ以上準備の時間を与えるのも愚かな選択だ!以前は補給がままならず断念したが今度こそ!この山のてっぺんにわが国旗を掲げてくれるわい!」
ゼウロス将軍の強気な意見に賛同する将官は多い、大日本皇国空軍のソコロフ中佐もその一人だ
「我が空軍も攻撃に賛成です。シルバーグラードは敵飛龍生産の総本、叩くなら早いに越したことはない、調査によればもうじきドラゴンの産卵時期に差し掛かるはず、これ以上数が増えては万が一があるやもしれぬ、航空偵察を分析しても、敵の正面戦力はさほど多くない」
ソコロフ中佐はカイゼル髭を撫でながらそう発言した。言ってることは尤もだが、それで陸軍将兵をよく偵察してないところに突入させるのは話が別だ
《我が大日本皇国はもちろんのこと、リラビアもこれ以上の戦時体制は国家の存続に関わる一大事になりかねない、ここは多少の無茶をしてもどうにかせねばならないのだ》
その発言は会議室に設置されたモニターから発せられた、リラビア派遣軍の全権を握っているミリア大将だった
《ゼウロス将軍の部隊はリラビア魔法国が反抗作戦に投入予定だった軍団だ。祖国を取り戻したい気持ちもわかる、我が皇国陸軍は展開がまだ完了していない、石鏡大佐はそのことを懸念されているのだ》
「むぅ、ならば先鋒は我ら第7師団が努めます!第一撃の楔は我らが打ち込みましょうぞ!」
自ら死地に赴くのを是とした、ゼウロス将軍は優秀だが、些か強引だ
(この将軍は何があっても引かないな、短期決戦をはやるあまり、自分の部下を生贄にする気か……まぁこちらの犠牲が少なければその後のシルバーグラード攻略も楽か)
石鏡大佐は自分の賛同者の砲兵隊を率いるアウリサー大佐を見る。飛行場の拡張の為に砲兵隊の陣地拡張に使われる予定だった工作機械を取られ、展開が遅れている、空軍にはこの借りを返してもらうつもりのようだ
同盟国とはいえ、元々は彼らの戦争、ここいらで主導権を返してやるべきかもしれない
皇国の方針としては如何なる形であっても戦争を終結すること。リラビア主導であろうとも大日本皇国主導であろと、構わない
「では、我ら皇国空軍が空から敵に爆撃を仕掛け、地上支援に当たりましょう。旗を掲げる栄誉は、リラビアの同志にお任せします」
ソコロフ中佐は詫びれもなくそう言った、精々拡張された飛行場の全力稼働を当てにしよう
「我ら皇国陸軍は後詰めとして展開しましょう」
《では、リラビア魔法国陸軍を主体に、大日本皇国空軍との共同攻撃を仕掛ける、皆さん異議は?》
作戦は決まった。いよいよ停戦から初の大規模正規戦が始まるのだった
シルバーグラード
聖帝クルジド国 飛竜訓練学校
シルバーグラードはクルジド国に併合される前はシャルガリア龍貴国という国の首都のような役割の国だった
そもそもガルバストキィア山脈には多種多様な竜がそれぞれの縄張りに住み着き、周辺の国々からは畏怖の対象であると同時に信仰の対象でもあった
シャルガリア龍貴国は天上世界に住まう龍帝と呼ばれる存在を崇め、龍と心を通わせ、共に空を駆ける竜騎兵を多く排出する国である
併合された当初、その竜騎兵という戦力をクルジド国に提供し、代わりに国体の殆どを失うことなくクルジド国内の半ば独立国のような扱いの彼の国は今日までクルジド国に多くの竜騎兵を提供してきた
そのシルバーグラードの郊外、竜騎兵の卵を育てる飛竜訓練学校で一人の少女が飛竜の餌をバケツに入れて運んでいた
「アリス!今日も精が出るな!」
「クランツ!竜騎兵見習いとしては当然よ!」
餌を運んでいるのは訓練生のアリス。父親譲りの黒髪を三つ編みにしてサイドに流した快活な少女、そして話しかけてのは同じく訓練生の制服に身を包んだクランツである
「他の貴族様は従者に餌やりさせてるのに、お前は偉いな、偉いというか真面目だな」
「竜騎兵は相棒の飛竜と心を通わせるものよ、父上がいつも言ってたから、そういうクランツは、ブラッシング?」
「ああ、俺の相棒は食後に身体を洗われるのが好きなんだよ」
「ねえ、後でブラシ貸して?」
「いいぞ」
二人で並んで飛竜がくつろいでいる建屋に入る。中に入ると強烈な獣臭と餌の濃厚な血の臭いが充満してくる。育ちの良い貴族達は近寄らない所だ
「ほぉら、ラーズリー、餌だよ」
アリスはバケツから餌入れに餌の肉塊を移す。ラーズリーと呼ばれた飛竜は目を細め、餌を貪り出す
「ねぇ、ラーズリー。今日父上のお墓に行ってきたよ、父上とラーズリーのお兄ちゃんのラーキンのお墓に」
ラーキンという名前にラーズリーは一瞬反応したが、すぐに餌に向き直った
「絶対に父上とラーキンの仇を取るから、力を貸してね、ラーズリー」
飛竜が喜ぶ、こめかみを撫でると気持ちよさそうにラーズリーはうめいた
「アリス訓練生はいるか!?」
直後、建屋に駆け込んできた伝来兵の声にアリスはすぐに反応した
「私がアリスです!」
「おお!アリス・ヴィルヘルム訓練生!偵察飛行に出ようとした飛竜が事故で怪我をした!順番で君が上がることになった!すぐに支度しろ!」
「ハッ!拝命しました!」
「行ってこい、アリス!」
「行ってくるわ!」
アリスとクランツがすれ違い様にハイタッチ。餌を食べ終え、満足そうなラーズリーに轡を取り付ける
「行こうか、ラーズリー」
ご機嫌そうにうめくラーズリーを滑走路に誘導し、補助要員と共に、装具を身につけていく
昔は竜騎兵は魔法攻撃が主体だったが、近年、大日本皇国の航空機や地上勢力の台頭により、魔法だけでなく、マスケット銃や投下爆弾なども積むようになった
それだけでなく、竜騎兵自体が迷彩服のような飛行服を纏い、飛竜自体にも同色のペイントや部分鎧をつけるようになった
(戦争は変わったな……)
ぼんやりとそんなことを考えながら、飛行服を見下ろす。前は赤や青の派手な騎乗服を纏っていたが、敵軍の弾幕を前にしたら良い的なだけなのは先達が身を持って教えてくれた
その先達の一人、自分の父親はマッポレア平原で死んだ。最後は愛竜と共にアンデットととなり、敵軍に大打撃を与えたとの話だった
管制塔から飛行許可を示す旗が上げられ、ラーズリーが助走をつけて走り出し、魔法の使用と同時に中に浮かんだ
飛竜は個体差にもよるがおよそ30mの助走があれば飛び立つことができる。飛行の殆どは魔法に頼っている為、現代の戦闘機には無いコンパクトな展開が可能だった
(相棒騎は、アイツかぁ……)
ゴーグルをずり下ろし、小さくため息を吐く
空の上で旋回していたのは桃色の髪を肩口にたなびかせた少女、エーデルフラウという訓練生だ
事あるごとにアリスをお姉様呼びしながら付き纏う、アリスがちょっと苦手なタイプの女の子だ
ハンドサインで意思疎通をとる。エーデルフラウの顔が喜びで輝いているのがわかった
飛竜二騎は並んで予定区域を哨戒する。地上ではクルジド軍の歩兵が陣地を構築していた
ガルバストキィア山脈の一部、バスドム連山にクルジド軍は陣地築いており、山頂には未だクルジド国の旗がはためいていた
そこから見下ろせば遥か眼下にリラビア軍の陣地が見える。空飛ぶ竜騎兵から見るとスプーンの先端ほどの大きさだが、山頂の兵士からしたら巨大な軍事拠点にひしめく大勢の兵士が見えるだろう
クルジド軍は山頂までの登山路に塹壕を掘り、鹵獲した大日本皇国製の機銃やバリスタ、斜面に転がす為の岩石を魔法で生み出したり、バリケードを作っていた
陣頭指揮を取るのは本国から派遣された戦争卿ヴォルガン、その名に恥じぬほど生き生きと陣地を眺め、時折そばに控える副官に指示を出す
視線を山頂からクルジド側の麓に移すと、長大なイベール川がある。本流に近い為、その水深と幅は広く、作業用の臨時で架橋された数本の橋のほかに元から掛かっている主流の大橋が一つ、山脈の陣地が突破されたらこの橋が主戦場になるだろう
(我が国は、勝てるのか……いや、勝てなくても、私は、必ず父上の仇を討つ、それだけだ)
アリスは手綱を強く握りしめる。天高く登る炊飯の煙をかき分け、山の向こう側にあるであろう仇の事を思う
ふと、その山の向こう側の空で何かが光った
アリスの竜騎兵としての直感が叫んだ、敵だと
反射的に首から下げた笛を力一杯吹く。甲高い音と共に僚機のエーデルフラウも辺りを見渡した
現れたのは敵の飛竜、リラビアの捕虜からは戦闘機と呼ばれている機体だ
風車のようなプロペラがあるタイプではなく、のっぺりとしたボディに後部から火を吹くタイプの戦闘機だ。操縦席には昆虫の複眼のようなヘルメットを被った敵兵が一人
(ッ!速い!)
アリスはリラビアの空挺兵との戦闘は休暇で帰還した父親や他の先達から話を聞いたことはある、だがこの戦闘機は父親の話に聞いただけで見るのは初めてだった
凄まじい風圧を撒き散らしながらアリスの横を通り過ぎていった戦闘機はアリス達では到底追いかけられない速度であっという間に消えていった
「派手な挨拶だな」
ほんの一瞬の邂逅だったが、その性能差は歴然だった
エーデルフラウを見ると彼女も彼女の飛竜も顔色が悪い、ハンドサインで帰投を促す
戦う前から負けた気分がした、アリスにとってはじめての敗北だった
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