一握りの行いが流れを作り、その他大勢が世界を作る
クルジド国 聖地バラン
ここはアラヒュト教の始祖の神父が魔法の修行をした聖なる山だ
この世界の神父というものは火、水、風、土の四属性以外の聖属性と呼ばれる魔法を使う人々のことを指す
聖属性の魔法はアンデッドや非実体系のゴーストといった魔物を祓い、時に人々の怪我を癒やし、時に人々の心を昂らせ様々な恩恵を授けるのだ
そしてそして聖属性の魔法はそれぞれの宗派によって会得方法は違うが何年かの山籠りかそれに近い修行が必要なのである
そして聖人として祭り上げられたその神父が力をつけた山は聖地として認定され、アラヒュト神の信奉者はこの山を登っていったのだ
その聖地の山頂には堅牢にして巨大、豪華ではないが職人の技が光る荘厳な神殿がある
その神殿には高位の聖職者達が住み、日々祈りを捧げているのだ
「セルブス教皇猊下、伝書鳩が届きました。帝都に展開した聖騎士隊は王城と大使館を包囲、まもなく本格攻勢に出るとのことです」
「えぇ、ありがとうございます」
アラヒュト教の最高司祭、それらを統べるセルブス教皇はグラスに注いだ水を一口飲み満足そうに微笑んだ
祖国への反乱を起こしても敬虔な信徒の一人、酒は飲まないのが彼の信条だ
「皇帝の座に座らせたあのガキは必ず捕らえなさい。現地の指揮者のエリィさんにはくれぐれも気をつけるようにと」
「かしこまりました、生き延びたリラビア人は全員ダイニッポン国の大使館に逃げ延びたそうです、そちらはどうしますか?」
「そうですか……」
グラスの水を飲み、伝えに来た神殿兵を見る
「おそらくですが、今回の騒動の発端は全て大日本皇国には伝わっているでしょう」
「彼らの伝書鳩は優秀なのですね」
「そうですね、我らは彼の国との和平を望みます、彼らが敵対するのはあくまでクルジド国、我らアラヒュト教は関係ない」
セルブス教皇は窓の外、粉雪が舞う外を見ながら言った
「我々が和平を望む以上、向こうは必ず乗ってくる、そうしたら我らは国を差し出し、教義を守る。全ては、偉大なるアラヒュト神の御心の元、順調です」
セルブス教皇は振り向き、新たに指示を下す
「現場には徹底して、大日本皇国には手を出さないようにと、厳命してください」
「はっ!」
神殿兵が内容を書き留めた羊皮紙を小脇に抱え、部屋を出る
「アラヒュト神よ、どうか、か弱か我らを、清浄なる地へ、お導きください……」
セルブス教皇は一人、祈りを捧げる
クルジド国 聖都ハーファル
聖騎士連隊 臨時本部
ハーファルのアラヒュト教の教会に構えられた聖騎士連隊の本部、大日本皇国の大使館から2ブロック程離れた位置にあり、王城の制圧とリラビア人の排斥、これらの使命を帯びた彼らの伝令兵がひっきりなしに出入りしていた
「聖地バランより、伝書鳩が来て参ります」
「読み上げよ」
聖騎士連隊の総隊長のエリィは街の地図を眺めながらそう言った
「はい、これなるは、天上世界を統べるアラヒュト神の御言葉、その地上代弁者たる、セルブス教皇、その人の言葉である」
慣例の前置きを読み上げ、届けられた羊皮紙を広げる
「我らが相対するは、大日本皇国、教敵リラビアを庇い、我ら盟友にして同じ教義に殉ずるクルジドを打ち倒さんとする不信心者に、天罰代行を下す任を、カルロッサ・エリィ、貴殿に一任するものとする」
「……拝命した」
エリィは椅子から立ち上がり、歩み出した
「大砲の準備だ!急げ!吹雪が我らの味方であるうちに!」
大日本皇国 大使館
「アブラハム中尉、外に動きが」
「なに?見せてみろ」
アブラハム中尉がドローンから転送される映像を見る
吹雪はすっかり止み、降り積もった雪が派手に踏み荒らされていた
「これは一体なんだ?足跡か?」
「おそらく何かを建物に搬入した痕跡です、足跡の数からして、20か30人程が何かを建物に搬入したと思われます」
「大掛かりだな、大砲か何かか?」
「おそらく、二軸の車輪痕も確認されています」
「大砲を建物に隠したのか?壁を爆破してからこちらへ撃ってくる算段か、痕跡のある建物をマーキングしろ、北側を監視してる部隊へ警告を出せ、吹雪が止んだら、航空支援で灰にしてやる」
最後の攻撃から一時間後……
救助部隊到着まであと二時間
最初に警報を鳴らしたのは東側の足場に登り、警戒についたドローン兵だった
「東側から敵襲!各員持ち場につけ!」
ストーン大尉は建物の屋上に打ちつけた防弾盾に体を預け、足元に置いたタブレット端末を操作し、ドローン兵を攻撃態勢に移す
「敵は騎兵だ!弾幕はれ!」
肌の露出部に冷気が刺すように吹き当たり、吹雪のせいで騎兵の姿が霞む
「大尉!何も見えません!」
「サーマルサイトだ!奴らを地獄に叩き落とせ!」
ヘルメットのマウントに乗せた次世代型多目的ヘッドセットのチャンネルを切り替え、緑の暗視サイトの視界から生物の体温を認知する白と黒の視界に切り替わった
「弾が、当たらない!」
「ちくしょう、この吹雪は奴らに有利だ……」
発射された弾頭が吹雪で急速に冷却され、運動エネルギーを失い、叩きつけるような吹雪が銃弾をそらすのだ
ドローン兵が両腕を壁に突き、四つん這いのような射撃体勢をとり、肩に担いだバレットM82を射撃体制に移す
即座に敵騎兵の体温を検知し、射撃。モノクロの視界越しに白い飛沫があがる
騎兵の速度と数は圧倒的で、あっという間にストーン大尉達の射程に入る
「狙い撃て!ここ奴らの三途の川にするんだ!」
ドローン兵の射撃と合わさりさらに濃密になった弾幕。しかし前述の通り、条件が悪い、訓練し大日本皇国随一の練度を誇るストーン大尉達でも人間よりはるかに早く走る騎兵という小さな的を吹雪の中狙い撃つのは至難の業なのだ
「投げろぉー!」
騎兵を率いる指揮官が叫ぶと同時にクルジド騎兵は背中に背負った袋を投げる
胴体に縛り付けた紐の先端に取り付けられた火の魔石が砕け、炎がたちのぼった
中に詰まっていたのは火薬であり、爆炎が巻き起こり、土煙が舞い散った
「小賢しい、煙幕とは!」
壁や兵士の殺傷ではなく、明らかにこちらの視界を奪うための目眩しだ。サーマルサイトや暗視装置はこういった熱源を持ったデブリに弱い。ただでさえ悪化してる視界が余計に悪くなるのだ
「中尉!航空支援はまだできないのですか!?」
《今交渉中だ、もう少し待て》
「くそが!弾幕はれ!とにかく近寄らせるな!動くものは全て撃て!」
東側を守る兵士たちが全力で銃弾を叩き込む、あたったかどうかは完全にわからない
《航空支援がいくぞ!》
その時、無線から待望の一言がなされた
直後、低空飛行のA-10が30mmチェーンガンを掃射、衝撃で吹雪が円形に抉られ、着弾の衝撃で土柱が打ち上がった
《大尉、効果の程は!?》
「もっと浴びせてやれ!さらなる攻撃の要みとむ!」
完全に当て感だ。しかし生身の騎兵とはいえ、この程度の攻撃では痛手は当たらないだろう
旋回したA-10は次に無誘導爆弾を投下した、休戦中の敵国に爆弾を投下したのだ
東側だけでなく、西側の空き地から突撃していたクルジド兵の集団が爆炎に呑まれ、ヘルメットが吹き飛びそうなほどの爆風がストーン大尉の顔にかかった
無人機A-10は数往復攻撃を繰り返し、ドローン兵のサーマルサイトに敵が感知されなくなり、航空支援は終わった
「よぉし!クソどもを燃やしてやったぞ!」
「二年も待たずに宣戦布告とは、連中もよっぽど戦争したいみたいですね!」
「付き合ってられないぜ!」
ストーン大尉の隣にいる孫軍曹と馮一等兵の二人が軽口叩く中、ストーン大尉は銃につけたACOGサイトで北側の建物を観察する、やけにこちら側が静かだったからだ
「大尉、クルジド人の美人は居ましたか?」
「孫軍曹、見つけてもお前には教えてやらん」
建物の窓を一つ一つ観察していく、どの窓もランプか何かの灯りがついているが人影はない
「んっ?」
ストーン大尉は納屋か何かの観音開きの扉が開いているのを発見した
中には布が被せられた何かがある、数人のクルジド兵が蠢いてるのがわかる
「こちらA棟、北側の建物に動きがある、何かを建物から出す気だ、映像を共有する」
《その建物は、まずい!大砲だ!大尉、なんとしても阻止しろ!》
アブラハム中尉からの無線に反応したストーン大尉と他二名はすぐに身を乗り出し、狙いを定める。瞬時に思い出したのだ、無線で共有された、危険物が持ち込まれた可能性のある建物だということが
被せられた布が剥ぎ取られ、前装式の大砲が現れた
「その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる」
孫軍曹が構えるMk46が軽快な射撃音をたて、曳光弾が納屋に吸い込まれていく
吹雪で弾が敵に当たっているかは謎だが、青銅製の大砲に弾が当たり、跳弾の火花が散るのが見えた
直後、馮一等兵がLAWを発射。着弾した納屋が爆発した
「ヒュー!最高だぜ!」
使い捨ての発射筒を捨て、再び防弾盾にもたれかかり、ライフルで追い打ちをかける
《大尉、不味いことになった!南側の壁が大砲で破られた!》
「マジかよ!?」
《補強班が食い止めてる、現場の指揮を取れ!》
「菰野中尉はどうした!?」
《大砲の爆風で意識不明の重体だ、急げ!》
「くそッ!孫ここは任せた!」
「おまかせあれ!」
ちょうど弾とバッテリー交換を終えたドローン兵が戻ってきたのを確認したストーン大尉は駆け出した、脚立を転げ落ちるように駆け降り、A棟の裏側に回る
A棟の背面、北側には狭いながら人工芝の運動場がある
元は貴族の屋敷だった頃はここで園遊会のような催しが行われていたらしいが、今では入り口や覗き穴がないのをいい事に、兵士たちが筋トレしたり、プロレスしたりする娯楽場として使われていた
だが、今は壁の一角が倒壊し、クルジド兵の死体と瓦礫の山が築かれていた
正門のようにここにはハンヴィーによる機銃掃射は想定してない、A棟の2階からの射撃のみであり、壁を抜いてきたことが完全に想定外だった
A棟の窓に据え置かれたMk46機関銃とA棟裏口から出てきた数人の歩兵が筋トレ用具や柱に身を隠しながら開けられた突入孔に銃撃を集中する
ストーン大尉が直ぐに地面に伏せる、この娯楽場は幅20m程、魔法の射程範囲だからだ
「菰野中尉!」
壁の後ろ、衛生兵の治療を受けている菰野中尉が横たわっていた。首や顔がズタズタに切り裂けており、すぐに医療用ナノマシンがぶっかけられ、ふりかけられたナノマシンから傷口を塞ぐ薄緑色の泡が吹き出る
「中尉を頼むぞ!」
衛生兵に発破をかけ、菰野中尉が持ってたマガジンポーチからマガジンを抜き取り、自分のG36のマガジンと交換する
そのまま四つん這いの獣のような体勢で横倒しにしたベンチプレスマシンを盾にしてるアブラハム中尉の元へ這い寄る
「中尉!こんなところで何を!?」
「この直ぐ裏が俺たちの司令室だ、忘れたのか!?」
「忘れてました!」
「しっかり思い出せよ!救助が来るまで後二時間!これが最後の攻勢だ!」
「アブラハム中尉!航空支援を忘れているのは俺だけですかね!?」
「たぶん空軍も存在を忘れてるだろう!弾薬切れだとさ!クソッ!」
直ぐ目の前に跳弾した敵弾に首をすくめるアブラハム中尉にさらに近寄る
「低空飛行すればやつらはビビって逃げる!でしょ!?」
「映画じゃないんだぞ!こんな吹雪の中で誘導も無しに低空飛行させたら、地上に激突する!」
「低空飛行出来ないとこまで映画通りかよ!」
「無駄口叩いてないで、奴らにお帰り願え!」
そういうとアブラハム中尉は凄まじい速度の匍匐前進のまま、室内に戻っていった
「立派な逃げ足だな」
ストーン大尉はアブラハム中尉のいた箇所に陣取り、単発で吹雪の先のクルジド兵を撃つ
2階にもドリルで開けた即席の銃眼から狙撃銃で壁の向こう側を狙う。敵に安全な場所がないということをわからせるための攻撃だ
「A棟狙撃班、大砲の敵を狙えるか!?」
《やってみる、まってろ!》
その時、レイトン軍曹が担いだ軽機関銃の応援も到着し、弾幕の勢いがさらに増した
「これでも、くらいやがれ!」
最後の手榴弾を投げつけ、穴だらけのベンチプレスから立ち上がる、背後から爆発音がした
《大砲を破壊した!敵も引いていくぞ!》
「壁を塞ぐぞ!援護してくれ!」
資材を担いだ兵と警戒用の兵が団子になって倒壊した壁へ向かう中、ストーン大尉は衛生兵の元へと向かう
「大尉、六名負傷、二名死亡です。菰野中尉とベーカー伍長です」
「……わかった」
追い討ちと補修資材を担いだ兵士達が手榴弾を穴の向こうに投げ込み崩れた壁を有刺鉄線やバリケードで塞いでいく
暗視装置がついたヘルメットを脱ぎ、A棟に入る
衛生兵や手伝いの兵が負傷者を必死に治療する中、治療を受けてない者達の所へ向かう
菰野中尉とベーカー伍長だ。菰野中尉は上半身に砲弾の破片が、ベーカー伍長はその砲弾か瓦礫が直撃したのか、防弾ベストごと、腹に大穴が空いていた
「すまんな、菰野……」
ナノマシンのお陰で傷は概ね治っている、だが当たりどころが悪かったのだろう、こればかりはどれほど科学が発達しても救えないのだ
「連れてってやるからな……」
菰野中尉の傍らに置かれたG36cを拾い上げ、腕時計を見る、後一時間でヘリが来る時間だった
吹雪は勢いが収まり、チラチラと粉雪が舞う程度になっていき、やがて避難用のオスプレイが増援と共に現れた
リラビアの大使達と負傷者を先に乗せ、その次に非戦闘員と死体袋、その次に残る戦闘員という流れになった
吹雪が収まった事により、航空支援も復活し、先ほどからAC130の砲撃が街の各所に着弾し、地面を震わせている
空から降り注ぐ砲撃、威圧行為という事で、人気のない廃墟や大通り並みに集中して攻撃がされるが、それでもクルジドの人々は恐れ慄き、攻撃はパッタリと止んだ
「大尉、これで終わりましたかね?」
隣に現れたレイトン軍曹がそう言った。Mk46が最後に弾を吐き出したのがおよそ二時間前、銃身には既に霜が降りていた
「さてな」
そういうとストーン大尉はウイスキーをラッパ飲みする
「クルジドの連中にやるには勿体ない」
「いい酒ですね、一口貰えますか?」
ストーン大尉がレイトン軍曹に瓶を渡す、ボウモアの18年物だった
「うめぇ、こんな上物、いったいどこで?」
「さてな、菰野中尉の私物だからな」
瓶を眺める手が止まる
「全く、やつも食えない男だよ」
酒瓶を受け取ったストーン大尉は瓶の中身をそばに置いたショットグラスに注いでいく
本来の持ち主達に捧ぐ一杯なのだろう
「部下を失うのは、いつまで経っても嫌なもんだ」
「……大尉の判断は最善だったと、私は思います」
「わかってる。仕方のない事だ。俺たちは戦争をしてるんだ。誰も死なないクリーンな戦争なんて、夢のまた夢さ」
ストーン大尉が建物の屋上に陣取るドローン兵を見る。時折クルジド兵を狙い撃つその射撃は正確であり、百発百中を実現していた
脱出用のオスプレイに乗ってきた増援は全てドローン兵だった。案外人間が出ないクリーンな戦争とやらはすぐそこまできてるのかもしれない
「俺らにできるのは、せいぜいクリーンな戦争を拝むまで必死に足掻いて、地面に頭埋めて、弾が飛んでこないように祈るぐらいのもんよ」
ストーン大尉がそういうと立ち上がる、腕時計を見るとヘリの到着時刻が近づいていた
「だが相手がもし、真のイカれやろうなら最後に攻めてくるぞ」
「勘弁してほしいですね」
「オスプレイが飛び立つのは奴らも見えてるはずだ、このままでは奴らは何の手柄も無しで終わる、奴らは必ずくる」
ストーン大尉はG36cを担いで立ち上がる。崩れた壁の向こう側に松明の灯りが見えた
数時間前……
聖騎士連隊本部
「攻撃だ!なんとしても教敵共を根絶やしにしろ!」
エリィは血相を変えてヒステリックに叫ぶ
「しかし、大砲も火薬も、全て使い切ってしまいました、騎兵も数を減らしております、どうするおつもりですか!?」
副隊長の絶望しきった顔を見る事なく、エリィは頭を抱える
こんなはずではなかった。聖地バランから来た情報では相手は少数、空から襲いかかる火竜も大砲も無く、弱兵のみだと言われていた
(何かが、何かが、おかしい、アラヒュト神の敬虔なる信徒の私が、何故、こんな目に……)
エリィは爪を噛みながら思考を加速させる。どうする、どうすればいい、どうしたら……
エリィの脳裏にかつての戦場、マッポレア平原のジャイアントシャドーの光景がよぎった、あの時の自分の無力さを悔やみ、こうして力と権力のある地位に着いたのに……
ふと、その時何故か天幕の中に風が吹き、書類が彼女の元に舞い降りた
「……こ、これは、これだッ!これならッ!」
その書類を掴むと彼女は駆け出した
「住民を集めろ!全員だ!逆らうやつは教敵として裁けッ!これで勝てるぞ!」
「は、はいッ!」
エリィの勢いに押された警備兵は伝令としてすぐに駆け出した
古来より悪魔は人々をたぶらかす笑みと信者を騙す為の偽の教義や嘘が書かれた羊皮紙を持つとされている
エリィの姿はまさにそれだった
「住民を盾にしたか、考えたな」
クルジド国とリラビア国、大日本皇国が交わした条約の中には当然非武装の民間人への攻撃を禁止する条約がある、先制攻撃もその一つだ
今まではクルジド側がそれをやぶってきた、しかしそれをせずに、しかも明らかに一般市民と思しき人々を先頭にこちらへ歩いてきている
非武装の民間人というのは厄介だ。守るべき存在であるはずが、戦争という大きな歯車に組み込まれてしまうと途端に全てが狂い出す
「奴ら、最初にその手が通じなかったのを忘れたのですか!?」
「たぶん、最初にふっかけてきた愛国なんちゃらって集団と今の軍勢は別物なんだろ、情報の共有も出来てない、お粗末な国だ。所詮は成り上がりの侵略国家ってところだな」
ストーン大尉は心底呆れた目で迫り来る軍勢を眺め、A棟を後にした
「オスプレイは?」
「つい今しがた着陸しました、もう乗れますよ」
「よし、ファインダーを全機投入しろ、ハンヴィーを爆破!人間はさっさとオスプレイに乗り込めッ!」
唯一残った電子戦担当官が寒さに震えながらキーボードを操作する
ドローン兵が規則正しい二列横隊で破壊された壁の前に並び、ラグビーのスクラム、あるいは組体操のピラミッドの下段のように陣を構えた
右腕に組み込まれたMk48軽機関銃と左肩に担いだセミオート式の改M82対戦車ライフル合計四十の銃口が五メートル四方の穴に向けられた
さらにその陣の周囲を守るように下部に5.56mm弾を300発抱えた自動機銃をぶら下げたフライングドローンが飛び交い、さらに四十の銃口が加えられた
対するクルジド側は残り少ないマスケットに銃剣をつけ、前をいく住民の背中に突きつける
彼らも決死の覚悟であった。このまま手柄も無し、部隊は壊滅したとあればエリィを始め指揮官クラスは全員処刑、付き添った部下達も今までのキャリアや財産は全て没収の上、最前線送り、なんとしても手柄が必要だった
そこへエリィからもたらされた天啓、それは「非武装の民間人を撃つ事は大日本皇国は出来ない、自ら条約という縛りが課せられているから」という情報だった
大日本皇国が奇特な国であり、クルジド側に公平を期すためにクルジド市民にも噛み砕いてそのような決まりがあるという告知がなされていた、クルジド市民や王室も「こちらから手を出すまで噛みついてこないと向こうが確約しているのだ、ならば譲歩と共に受け入れてやる」という認識のもと、帝都のど真ん中に大使館という拠点が作られたのだ
皮肉にもそれらは全て最悪の形で裏切られる事になったのだが
盾にされている民間人は手に農具や石、棍棒を持ち、恐怖と寒さに震えながら歩いている、くしくも自分達が最前線に送った植民地国の国民達と同じ立場に立っているのも因果応報というものだろうか
「神のためにぃーッ!!!!」
「アラヒュト神の加護をぉーッ!!!!」
「進めぇ!神の尖兵よぉッ!教敵の首を切り落とし、奴らを火炙りにせよッ!」
聖騎士達の雄叫びと空砲と共に恐怖に駆られた市民達は一斉に駆け出した
五メートルもない狭い穴にかき集められた300人程の人が殺到する。日本の通勤列車も真っ青なほど、人々が詰め込まれる。体当たりで壁を壊す勢いで身体をぶつけ、恐怖心のみで突き動かされた民衆は押し合いへし合い、倒れた者を踏み潰し前に進んでいく
人の波に飲まれ、即席のバリケードはあっという間に倒壊した
「こんなのはダメだ、これじゃダメだッ!」
壁に身体を擦り付けるようにして身を隠し、身体を震わせている男が一人、クルジド愛国騎士団の新団長だった男だ
最終攻勢で敗退した愛国騎士団はその後散り散りに逃げ出し、市内に潜伏したが、そこへ現れた聖騎士達に引っ張られてここに連れてこられたのだ
彼の脳裏には攻撃した時の光景が目に焼き付いていた。飛び交う曳光弾、爆発する親友、攻撃隊長から団長への栄転
「……そうか、ハブルクの奴!アイツはグルだ!知ってやがったんだ!アイツはスパイだったんだ!奴は!奴は!このことを知ってたんだ!」
自分は悪魔の贄として差し出された山羊だった。その事実に気づいた団長は絶叫した、涙を流し、栄光に目が眩んだ自分を呪った
「貴様は背神者か」
そこへ後方から追いついた聖騎士が現れた
「違うッ!助けてくれッ!俺は、騙されたんだぁ!」
顔をあらゆる体液で濡らし、聖騎士の甲冑に縋り付く
「いいか、貴様の行いで神は貴様を天界か地獄界のどちらかへ落とす、天界に行きたいよな、なら立ち上がれ!」
拳銃の銃尻で泣き喚く男を殴り、腹を蹴る
「立てぇ!勇敢なるクルジドの猛者達よ!勝利は目前だぞぉ!進めぇ!」
聖騎士、エリィは声を張り上げ、空へ向けて皇国製の拳銃を撃つ。殴られた男は絹を裂くような悲鳴をあげながら群衆の中へと消えていった
突入口の壁面は擦れた人間の破片がこびりつき、人に押された人が壁を少しづつ拡張していき、入り込む人の数を増やしていく
その地獄を突破した人も無事では済まなかった、今か今かと待ち構えていたドローン兵の銃口が一斉に光り、音速を超す速度の弾丸が乗り越えた人々に襲いかかった
50口径の弾丸は先頭の男性を貫き、その後ろの子供を抱えた女性の胸に大穴を開け、さらに後ろの青年の頭を粉砕していった
軽機関銃や5.56mm弾があらゆる角度から放たれ、全身に穴を開けながら血飛沫と共に倒れる
完全に恐慌状態に陥った人々は死んだ人やつまづいて倒れた人も踏み潰しながら駆ける
機械の兵隊は無機質に、迫り来る人々を侵入者と捉え、正確な弾丸を叩き込む
全員が同じ所で死ぬので死体で半月状の小山が出来あがる、小山の下には未だ息がある人が手を伸ばし、蠢く手足が所々にある黒い肉塊、それを乗り越えて人々が決死の表情で叫びながら駆け登り、身体に穴を空けて下へと転げ落ちていく、まさに狂気そのものだった
人間の兵士だったらPTSDまっしぐらな光景だが、感情を持たないドローン兵は違う、動く目標に向けて弾丸を叩き込んでいく
弾が切れたフライングドローンが次々と死体でできた小山の向こう側で炸裂する。最後の最後まで敵に損害を与える、それがドローンである
「裏切り者めぇ!地獄の炎に焼かッ」
支離滅裂な事を叫びながら最後の一人の頭がバレットの銃撃で膨らませすぎた風船の様にはじけ、山を転げ落ちた
攻撃が止んだ事を察知したファインダーはスクラムを解除し、小山の向こう側を確認するために助けを求める人々を踏み付け小山を登る
「放てぇ!」
小山の内側、潜んでいた聖騎士達がエリィの号令と共に魔法を一斉にファインダーめがけて放った
至近距離から炎が直撃し、弾薬に引火。六体のファインダーが爆散した
「切り込めぇ!」
再び雄叫びを上げた聖騎士達は一気に駆け出し、ファインダーに全体重と勢いを乗せ、剣を突き立てる
ファインダーの胸部装甲は銃弾すら弾く硬化カーボン、だがその隙間、関節や駆動部は最低限の防御しかされていない
元々騎士は甲冑という全身装甲の敵を倒す為に関節部や鎧の覗き穴を狙う訓練を積んでいる。無意識のうちにファインダーの関節部に剣を突き立てていた
先陣を切った聖騎士はそのまま駆け抜け、その後ろから現れた他の聖騎士が膝の駆動系を破壊され、ひざまづいたファインダーの首に全体重と勢いを掛けた斬撃でファインダーの首を一刀両断に切り飛ばした
対するファインダーの半分は安全装置をかけていたMk48を再び起動し、もう半分は左手の近接戦闘オプションのアームハンマーを起動体制に移行した
これは各ファインダーの残弾や損傷状態等を瞬時に判断し、半数が前衛、もう半数が後衛になるのがプログラムされているのだ
「えぁあああああああ!!!!」
切り掛かる聖騎士、対するファインダーは脚部のパイルバンカーで身体を固定し、左腕部のアームハンマーを聖騎士の頭に叩きつけた
鉄板補強された扉すらブチ破る閉所に突入する為の装備であるこのバッティングラム、当然のように聖騎士の頭を工業機械でプレスしたスイカのように弾けさせ、十メートル以上吹き飛ばした
二の矢、三の矢として襲い掛かる聖騎士がファインダーの首筋部分に剣を振り下ろし、肩部の装甲に弾かれ火花を散らせる
その直後、機関銃が一斉射。胴体が千切れた
頭部カメラ部分に剣が突き立てられたファインダーは数秒のうち自己診断プログラムが起動し、戦闘不能と判断した機体はすぐに胸部のC4が起爆し、爆風により数十名の聖騎士がズタズタに切り裂かれた
「魔法を放て!銃兵、撃てぇ!」
マスケット銃を構えた聖騎士が戦列を組み、一斉射。ファインダーは火花を散らしながらもMk48を乱射する
さらなる追い討ちを魔法使い達が放つ。火の玉が次々とファインダーに直撃し、自己診断プログラムが起動するままなく崩れ落ちる
「勝利を我が手にぃー!!!」
エリィの絶叫に近い雄叫びと共に残りの聖騎士と騎兵が駆け出した
総重量80kg越えのファインダーでも人馬一体の騎兵突撃と馬上槍の攻撃には一溜りもなく、一瞬にして貫かれる
頭部の自己診断プログラムが無事である以上戦闘不能になると自爆する
「騎兵の犠牲を無駄にするなぁ!一挙に突っ込めぇ!」
『『『オオオオォォォォォォ!!!!!』』』
爆発した煙に紛れ、聖騎士達は一気に肉薄する。前衛のファインダーは全滅した、残るは後衛のファインダーのみだ
さっきより離れた位置でスクラムを組み、射撃するファインダー達、だが先ほどより弾幕は薄い、数も減っているし、中には一部武装が弾切れを起こしている機体もあるからだ
四つん這いになっているファインダー達に張り上げるようにメイスや剣撃を叩きつけ、青白い火花と共にファインダーが次々と破壊される
最後の一機が自爆し、エリィは血を吐きながら吹き飛ばされる
「えふっ!ごぇ……ぐぅ、副長ぉ!」
手を貸してもらおうと副隊長を呼ぶエリィ、しかし彼は答えない
副長がいた辺りを見るとそこには血の海が広がっていた。間近でファインダーの爆発に巻き込まれたのか、副長の鎧の破片がバラバラになって落ちていた
「ぐっ、ごっふ……まだ、だぁ!」
エリィは血を吐きながら折れた剣を杖に立ち上がる。限界が来たのか自分の鎧が崩れ落ちた。鎧には無数の鉄片が突き刺さっている、だが身体には刺さっていない
「神よ、感謝します」
胸元から銃を引き抜く、囚人と手を組み、敵前逃亡した罪を自ら背負い、断頭台に消えた元上司のトイルマン、その人が残してくれた大日本皇国産の拳銃だ
「待ってろぉ、クズどもぉ、皆殺しに、して、私は、もっと、上にッ!」
出世する。どんな手を使っても偉くなって変えるのだ、世界を、アラヒュト神の元、弱き者が助けられる、そんな平和な世界に
ドアを蹴破り、血の滴を垂らしながら歩いていく
敵の大型飛行機械が降りている場所へ、中庭へと
「はっ?」
エリィは見た。何もない誰もいない中庭を
あちこちで暖をとっていたと思われる鉄製の筒から燻った煙が細くたちのぼり、敵の兵器と思われる鉄の馬車が轟々と燃えている
人気はおろか、敵兵士の足跡すら無い、降り注ぐ雪にかき消されており、閂とバリケードが撤去され、開け放された正門の扉が虚しく揺れていた
右を見ても左を見ても何もない、誰もいない、何処にも無い。こちらに銃を突きつける敵も、裁くべき敵も、守るべき民衆も
「そ、そん、な……」
エリィは崩れ落ちた。脚がいきなり消えたように感覚が無くなり、膝をついた
ふと、その時、目の前に小さなグラスと木の板があるのに気づいた
板の雪を払う。文字が書いてあった
「お疲れ、さ、ま……」
ご丁寧にクルジド語で、そう書かれていた
エリィは言葉を失った。自分は一体、何の為に、あれ程の犠牲を積み上げたのか、敵は撤退の間際、正門を開けていった、意趣返しのつもりだろう。つまりエリィ達が積み上げた死は無駄死にだったのだ
人の本能的に相手が厳重に守る所ほど大事な物があるに違いないという思い込みのようなものがある。冷静に考えたら全方位から攻撃するのが正解だろう、だが追い詰められたエリィは判断を誤ったのだ
「神よ、何故、ですか、何故、何故……」
「私を殺してくれないのですかぁーーーーッ!!!!!!」
エリィは涙を流しながら叫んだ。体裁も何もかもかなぐり捨てて泣き叫んだ
「………………………うっ、ううっ、うふふふ、ふふふ、フハハハハはは!ハハハはハハハハはッ!アーはっはっハッハッ!!!ひゃはははは!!ヒャッハハははハッ!!」
エリィは天を仰ぎ見、笑った。笑いながら拳銃をこめかみに押し当て、引き金を引いた
カチッカチッ
銃弾は不発だった。一年近く手入れをほったらかしたのだ。動作するはずがない
「イヒヒハッ!はヒャハハハは!!アヒャ!あははへへへっ!あはははッ!」
泣きながら仰向けに倒れた。彼女の思考はおそらく二度と狂気の世界から戻らないだろう
やがて笑い声に濁った水音が混じるようになった。うがいをするときのような耳障りな音だ
やがてその音も無くなり、エリィは動かなくなった。舌を噛み切り、溢れ出た自分の血で肺を満たし、溺れ死んだのだ
「……悪魔が死んだ」
そこへ現れたのはレティだ。正門の影からずっと笑うエリィを見ていたのだ
動かなくなったエリィの死体の元に歩み寄り、エリィの懐を漁り、金貨が入った巾着を取り出し、自分のポケットにしまう
次にエリィが捨てた拳銃を拾う。何の変哲もないガバメントだが、思いの他重く、エリィは銃を落としてしまった
「キャッ!?」
地面に落ちると共に乾いた銃声が鳴り響いた。弾は壁にめり込んだ
「……ッ!」
急に怖くなったレティはその場を駆け出していった
その一発が最後の銃声となり、後にクルジド国大使館撤退戦と呼ばれる戦いは終わりを迎えた
分水嶺は過ぎ、もはや全てが取り返しがつかなくなっていた
クルジドの何処か
「やりましたねぇ、リーダー、完璧ッス。もうこの戦争、止まらないッスよ」
「そうだな、キングスレイヤーまであと二手、もうじきリラビアの皇女は死ぬ、あと一息だ、もうつまらん神殿兵の格好ともおさらばだ」
男は息を吐くとタバコを咥えた
「大陸に渡られたときはどうしようかと思ったが、この騒動で向こうから戻って来れば、いくらでもやりようがある」
「そうっすね、ティーチャーとキャラバンには悪いッスけど」
二人はニヤニヤと笑うと闇に消えていった
皆様、お久しぶりでございます
投稿の間をあけてしまい申し訳ありません、前回あらすじが必要なレベルで開けてしまいましたね
現状執筆のモチベーションがとても下がっているので、今後もこれ以上の速度低下が予想されるのでどうか気長に待っていただけたら幸いです、申し訳ありません




