たけきものも遂には滅びぬ
《各員へ通達、建物の西側より不明集団約40名が接近、各員配置につかれたし》
「急げ!C棟だ!」
ストーン大尉がC棟の屋上に立てかけた脚立で登り、屋上にパイルバンカー固定式の防弾盾を打ち付ける
重機関銃の直撃弾すら防ぎきるこの防弾盾は皇国兵やリラビア兵の頼もしい味方であり、あらゆる部隊で利用されていた
「クソどもが、俺たちを舐めてるのか……」
こちらへ近づいてくる敵兵と思しき暴徒達、人の腰ほどの高さまで生えた草に隠れることなく、堂々と歩いてきていた
「奴ら何考えてやがる……」
「トラレフ、警戒を怠るな」
「了解です」
トラレフ二等兵は手にしたM4カービンの安全装置を解除する
《ドローン兵、各タワーに配置完了、ストーン大尉の合図で発砲します》
「了解した」
各建物と正門の死角を埋めるように壁に張り付くように人3人が顔を出せるほどの足場が組まれており、そこに大日本皇国の技術の粋を尽くしたロボット兵を投入されている
形は完全人型、二足歩行で逆くの字の脚にハンディカムを乗せたような頭、背部には用途に応じて換装可能な重機関銃やRPG、手元にはMk48軽機関銃が握られている
ゲーム好きな一部の兵士は某バトルロワイヤルに登場する人型ロボットを連想し、そこから派生してファインダーと呼ばれている
一番前線に接している最前線にドローン兵を配置し、後方から人間が補助をする、ドローン運用戦術の基本だ
「警告を出せ」
ストーン大尉の命令と同時にスピーカーからクルジド語で、こちらは戦う意思はない、だが近づいたら撃つ、という内容の放送が流れ出した
《歩みが止まりません300m地点》
《クソッ女までいるぞ、どうなってんだ》
《元々戦い好きな国民性なのかもな、だからこそ大陸を制覇した》
《ちくしょう、女を撃つ趣味はない》
「武器を確認、リラビア兵の武器だ!」
ストーン大尉のその一言で飛び交っていた無線が静まった。屋上の全員が食い入るようにスコープを覗いたからだ
《マジかよ、中に女王陛下はいるか?》
《わからない、小さい子供は見えないが》
《草で隠れているのか?》
《200m地点突破》
《大尉、まだですか!?》
「まだだ、もう50m……」
《クソッ何だあいつは、おいやめろッ!》
待ち構えていた直後、草むらから一人、飛び出してきた
灰色のローブを纏ったその人は杖をかざすとたちどころに火の玉を作り出した
「クソッ」
火の玉を視認した直後、ストーン大尉は手にしたSR25の引き金をひいた
眉間を撃ち抜くと同時に火の玉は発射された
暗視ゴーグルの視界を白く焼いた火の玉は外壁に直撃、爆発と同時に建物を揺らした
「やれッ!」
ストーン大尉が号令を出すまでも無かった
即座に続けて撃ったのはドローン兵だ。ストーン大尉のSR25の銃声を集音器で拾ったAIは即座に視界内の脅威度が高いターゲットを識別、即座に銃撃を見舞った
高度化学工業の結晶体であるドローン兵のフレームや人工筋肉、油圧系は7.62mm弾の連射の反動を悉く吸収し、全くブレのない精密な射撃で接近する者を薙ぎ倒していった
対する人間も負けていない、壁に密着する形で建設された足場に陣取るドローン兵は必然的に至近の敵を狙う傾向がある、そして遠距離の敵をストーン大尉達が狙い撃っていった
ドローン兵には負けるが、それでも彼らは歴戦の特殊部隊、産声をあげたばかりのヒヨッ子には負けない
遥か遠方、200m地点に迫っていたクルジド国の魔法兵、暴動鎮圧に派遣されたが、前線に行くことなく、砲火に晒されること無く、ぬるま湯に浸かってきた兵士達はすぐさま、現実の洗礼を受け、身体中に穴を開けて倒れていった
「撃ちまくれ!近寄らせるな!」
死んだリラビア兵から奪った銃を持ってる敵は少ない、遠くから乱射してるだけで当たる事はない、せいぜい壁に穴を開けるだけで、全く驚異ではない
それよりも魔法や扱い慣れたクロスボウなどの一撃の方が命中率が高かった
女だ子供だと言ってる暇はなかった、人影が見えたら迷わず撃つ、武器を持っていそうなら尚更だ
武器がなくてもこの世界の人は杖や触媒が有れば魔法か使える、素手でも危険だし、女性の方が魔法の素養は高い傾向にあるのだ
だが魔法があっても銃の射程には程遠い、なにより人間は恐怖する生き物だ、過激思想を持つ民間人なら尚更その恐怖で心が挫けるのは早かった
「……撃ち方やめ!全員撃ち方やめ!」
ストーン大尉の号令で部隊全員が銃撃を止める。ドローン兵も合わせて銃撃をやめた
「各隊被害報告」
《A棟無傷です》
《C棟全員無事です!》
「B棟は、無事か、アブラハム、ドローン兵はどうだ?」
《損傷はごく軽微、蚊に刺されたようなもんだ、それよりも今の攻撃で外周の電気系統が破壊された、サーチライトと電流線がやられた》
《通りで暗視ゴーグルが見やすいわけだ》
「第一ラウンドは引き分けだ、全員気を引き締めろ、まだ来るぞ」
《いくらでもきやがれってんだ》
「各員、交代で弾薬と武器をチェックしろ、今のうちに便所も済ませとけ次はいつ行けるかわからんぞ」
ストーン大尉が空を見上げる、星空は見えず、漆黒の空からはチラチラと雪が降ってきていた
「雪か、寒いのは苦手なんだがなぁ」
「ハブルクッ!どうなっている!話が違うではないか!」
大日本皇国の大使館に攻め入った攻撃隊隊長がボロボロになりながらハブルクに詰め寄った
「奴らは条約があるから絶対攻撃してこない!そう言っただろう!結果はどうだ!?撃たれて、こっちは全滅したぞ!?どう責任を取るんだ!?」
「ふむ、予想外だな、奴らは和平の道を捨ててまでこちらを攻撃してきた、つまり生き残るのに必死なのだ」
「こっちだって生き残るのに必死だ!ふざけるな!」
「考えてもみろ、奴ら必死と言う事は追い詰められていると言う事だ、私は失敗の責任をとってこの席を降りる、これから愛国騎士団の団長は、君に任せることにする」
「……いいのか?」
さっきまで死にかけていたにも関わらず、突然降って湧いた団長の地位、何を隠そう、この隊長はずっとこの団長の地位に憧れていたのだ
「良いとも、常々、後を頼むなら君にしようと考えていた。どうか私の轍を踏むことなく、リラビア人を血祭りにあげ、クルジド国に害をなす亜人どもを根絶やしにしてくれたまえ!」
「……わかった!団長だ!俺が団長だぁ!隊員を集めろ!再度攻撃を仕掛けるぞ!クルジド兵の同士にも声を掛けろ!」
部屋を飛び出していった無能な男を見送りハブルクは立ち上がる
「本当に考える力があるのか疑いたくなる、逆にこれは私が罠に嵌められたのか?」
一瞬の思考、しかし今は自分の脱出が最優先と判断したハブルクは部屋から出る
「全ては大義のため、キングスレイヤーまでもう三手、だな」
《各員、今度は川と平原2箇所からだ!》
「各員、攻撃用意!よく狙えよ!」
指揮を取るレイトン軍曹がMk48軽機関銃を構える
《観測ドローンの映像だと、川の敵はマスケット銃や魔法使いが大勢いる、動きからしてクルジド正規兵の可能性が高い》
「クルジドのイカレどもめ、来るなら来やがれ」
バヌハ伍長がM4カービンを防弾壁に乗せ、狙いを定める
「誰一人逃さん」
レイトン軍曹が軽機関銃に新しい弾帯を繋げる
「…軍曹、それって、うるさい?」
バヌハ伍長はレイトン軍曹が手にしたMk48を見てそう呟く
「まぁ、そりゃ」
「やっべやっべ、耳栓無いや」
慌ててポーチを漁り出すバヌハ伍長、レイトン軍曹は白いため息を吐く
無線連絡は骨伝導スピーカーを使っているため耳栓をしても問題はない、人によっては冷えて耳が痛いからイヤーマフやヘッドホン式の無線機をつけるが、この激戦の中で仲間の声を聞き流すわけにはいかないから多くの兵士が耳栓やヘッドホンを嫌った
止血用のガーゼを耳に詰め込むバヌハ伍長を尻目にレイトン軍曹は自分のポーチを探る
「使え」
予備の耳栓を渡した
「おぉ!ありがとうございます!」
「来るぞ、気を引き締めろ」
敵は既に川を渡り、河川敷を渡り切れば後は大使館の防護壁があるのみだった
だが、河川敷には植え込みや身を隠せる物は何も無い、絶好の的だ
「撃ち方始めっ!」
口火を切ったレイトン軍曹は軽機関銃で敵の集団を薙ぎ払うように銃撃を見舞った
5名程が纏めて薙ぎ倒され、B棟の屋上とA棟の一部の窓から銃撃が浴びせられた
A棟は景観の関係上、東側を向いて作られている為、A棟からは選抜狙撃手数名の射撃支援と監視支援が得られるのだ
河川敷はあっという間に死体の山が出来上がり、浅瀬しかない川が真っ赤に染まる
「奴らの血で川を埋めろッ!建物に近寄らせるな!」
《この程度、いくらでもかかってこい!マッポレアに比べたら、屁でもねぇ!》
流星群のように曳光弾が乱れ飛び、暗闇に吸い込まれる弾もあれば、地面に当たって空へ跳ねていく弾もある、側から見ると幻想的な光景だが、その元では多くの人が死んでいるのだ
《正門に敵が近づいている!ドローン兵の死角だ!》
両サイドの攻勢に紛れ、正面の市街からも敵兵が忍び寄ったのだ
「ウヨウヨと湧いてきやがってちくしょうどもめ!」
その直後、正門脇の守衛門が吹き飛んだ
《守衛門が破られた!》
「クソ野郎どもがッ!」
レイトン軍曹は手すりへ叩きつけるようにMk48を置き、爆炎漂う煙幕へ向けて銃撃を見舞った
《中に入られたぞ!》
《リック、A棟の玄関を固めろッ!モロゾフ、ハンヴィーに行け!防衛パターンBだ!》
ストーン大尉の号令で兵士たちが動き出す
一番突破されそうなのは市街地と道一本を挟んで隣接する正門側であると予想されており、パターンBは土嚢と機銃を据え付けて即席トーチカと化したハンヴィー2台の十字砲火で正門から入り込んだクルジド兵を撃退し、大使館敷地内から敵を追い出す戦法である
「オブレン!こっちのハンヴィーはお前が乗るんだ、行け!」
「了解!援護してください!」
オブレン二等兵が脚立を転がるように慌てて駆け降り、物陰に身を隠す
敵は守衛門から植え込みや魔法で作り出した土壁で身を隠しながらこちらに魔法を撃ち込み始めている
最前線では無いからマスケット銃の数こそないものの、クルジド国が本格的にこの大使館を潰しに来ている本気度がうかがえた
生存者が不利な証言をしたら困るのはクルジド国だ、クルジド国からすると情報の伝達手段は人の伝令か伝書鳩などに依存している、伝達用の魔法は未だに開発段階なのだ、よって口封じの為にクルジド兵達は決死の覚悟でここを落とそうとしているのだ
だが、衛星経由の通信で状況は逐一伝わっているとは梅雨知らず、クルジド国は王都を守る正規軍を投入しているのだ
だが投入されたクルジド兵は瞬く間にトーチカと化したハンヴィーの十字砲火により撃退されていく
守衛門の安定化により、内に向いていた銃口が外へと向けられ始める
「外の敵を撃て!ゲートは確保された!」
A棟から現れた孫軍曹率いる予備兵力が侵入したクルジド兵を駆逐し、破壊された扉を塞いでいく
レイトン軍曹は視線を外側に移す、敵兵は退却を始めているようだ
瀕死の味方を引きずっているクルジド兵が見えた
「その油断が命取りだぜ」
Mk48に搭載したACOGを覗き込み、引き金を引き絞った
一瞬の指の稼働で十数発の弾が吐き出され、引きずっている味方ごとクルジド兵が打ちのめされた
《損害報告、C棟無傷だ》
「こちらB棟、全員無事です」
《こちらA棟補修班!二名軽傷!ゲート補修の手を貸してくれ!》
《了解した、何名か向かわせる》
新しい銃身と交換する為に耐火手袋を嵌めながら無線を聞く、狙撃銃を持った他の兵は遠くの敵兵を狙っているが、レイトン軍曹の持つMk48は流石に限界が来ていた
「この調子ならどうとでも追い返せそうだが……先が思いやられるな」
レイトン軍曹が呟いたのはこの防衛戦ではなく、今後のことだ、和平を願う国の国民を大勢射殺したのだ、今後はとう話がこじれるかわかったものではない
「あぁ、ちくしょう、さみぃ……」
チラチラと降っていた粉雪が激しくなってきた、もしかしたら吹雪になるかもしれない
《こちらウォーホッグ、予定空域に到達した。吹雪で視界が悪い、正確な支援は出来ない》
「クソッタレがよ」
ストーン大尉は作戦指揮所でそう呟いた
「気象衛星の予報だと後30分はこの吹雪は続くそうです、敵も味方にもこの吹雪はキツい」
アブラハム中尉も息を手に吐きかけながらそういう
前線飛行場から飛んできたUA-10、無人機使用のA-10二機は吹き荒れだした吹雪に阻まれ、航空支援は不可能となった
「この吹雪なら敵も味方も攻めてこないと信じたいですが」
「敵は長年この吹雪の中で生きてきた、分からんぞ」
ストーン大尉が非常食のクラッカーを摘まみ、復旧した監視カメラの映像を見る、暗視モードになっているが時折画面が不規則に乱れる、非常用の発電機を使っているのだから電圧が足りないのだ
「ファインダーの暗視モードも似たような状態です、視界不良にこの寒さ、慣れない敵地で包囲状態、これ以上の最悪はありません」
アブラハム中尉はエナジードリンクを飲み干す、八分割された大型モニターに映るドローン兵の映像を見る
ドローン兵のバッテリーは低温対策こそされているがそれでも電池やバッテリーの類は冷やすと化学反応が鈍り、効率が悪くなる、その影響か画質が荒い
「こうなってくると、頼りになるのは、人の目ですな」
「ちくしょう、デスクワークだからって簡単に言ってくれる」
ストーン大尉はコーヒーを飲み干し、外へ出る。暖房の効いたA棟の玄関ホールに身も凍るような冷気と吹雪が吹き込む
クルジド兵の攻勢を凌いだ後、正面バリケードを補強し、その後は武器を整備し、消耗した弾薬を補給する作業に追われた
監視の兵士が吹雪の中、凍えながらスコープを覗いて各方向を監視し、他の兵士は補給物資や弾薬が入ったアモカンを両手に持ち、首に弾薬ベルトを掛けながら走り回る
「大尉、航空支援はどうでしたか?」
「空軍のクソどもめ、この吹雪では支援不可能だとよ」
「あぁ、ちくしょう」
レイトン軍曹は咥えていたタバコを投げ捨て、紫煙と共に悪態をつく
大使館内の随所にはドラム缶に機密書類と角材が突っ込まれ、そこにガソリンを注ぎ込んだ焚き火が焚かれ、少なくない兵士が暖をとっていた
そこへ、アブラハム中尉が書類を手に駆け寄ってきた
「大尉!追加の情報だ!迎えのヘリの到着、後六時間後だ!」
「六時間!?クソッタレ!即応部隊が聞いて呆れる!とっとと来やがれって!」
紙コップに注がれたコーヒーを飲み干し、焚き火に投げ込む
「星の裏側から、ションベンもせずに駆けつけてるんだ、騎兵隊みたいにカッコよく出てくるでしょう」
アブラハム中尉も手にした書類をドラム缶に叩き込む、炎は貪欲に書類を飲み込んでいった
「後六時間、か……」
「大尉、菰野中尉の報告によると備蓄の弾薬は問題ないです、ですが発電機用の軽油が不足してます」
発電機の軽油は主に建物内部の暖房や照明に使われる、外の現場組が凍えるのはまだ我慢が効くが、室内のデスク組は環境の変化に敏感だ、何よりもドローン兵のバッテリーを冷やしすぎると良くない、既に監視ドローンやファインダーに影響が出始めているのだ
「吹雪が止むと攻撃が開始される筈だ、弾薬はケチるな、非常用以外ある分を全員に分配しろ、車両から軽油を抜いてでも発電機は最後まで動かせ、明かりを失うのは士気に関わる、最優先だ」
暖めていた手と手袋をはめなおす。引き金が引ける程度に温め直した手を労るようにさすりながら持ち場へと向かう
「了解しました、菰野中尉に伝えます」
「頼んだ」
クルジド国 王城
「クソッ!何故だ!?何故!こうなった!?」
ベラディーダは執務室の机に拳を叩きつけた
ベラディーダが怒っているのは目下進行中の暴動の事だ
リラビア大使館を焼き払い、暴走した市民や兵士が大日本皇国の大使館に襲撃をかけている件だ
「聖帝陛下!報告があります!」
「なんだ!?」
睨みつけられた伝来兵は萎縮しながらも答える
「大日本皇国襲撃に加わっているのは、王都防衛の聖騎士団が中心となっています!」
「聖騎士団、だと……ッ!?何故植民地軍の統括役共がッ!」
「聖地バランからも、聖騎士団本隊が出撃、さらに、王都周辺の植民地軍が集結を開始してます!」
「何が、始まっているんだ……」
ベラディーダは無意識のうちに椅子に座り込んだ。何かが頭の中で崩れていく音がした
崩壊が始まった




