月の下に真なるものは無し
大日本皇国
「ジャンヌ大佐、君はこの演説をどう見るかね?」
大器が目の前で録画されたベラディーダの演説を観ていたジャンヌ大佐に問いかける
「クルジド国の最大の弱点がよくない形で作用した結果だと思われます」
「詳しく聞かせてくれ」
「クルジド国は基本他国から経済基盤を奪い取り、それを自国民に解放する形で運営されてきました。ここ数十年はずっとそれです、戦争にも勝ち続け、人々は潤い、最前線の人以外は戦争を、飢えを忘れてしまった、贅沢が当然となった浪費家の末路のようなもの、その結果がこれです」
ジャンヌ大佐はニヤリと笑う
「この若造は国民を焚き付けすぎた。本来なら戦時国際法にのっとり、我が国に賠償なり何なりを要求し、あらゆる不条理を外敵に押し付けるところを怒りに狂った国民が大使館をキャンプファイアーに変えた、そんなところでしょう」
「正常に国家運営が出来なくなった理由は他にあると思うかね?」
「これは推測ですが、このベラディーダの側近、ウォルガンとかいう男が先の皇国本土襲撃失敗の責任を取らされ、最前線勤務になったそうです、今までは奴が抑えていたのでしょう、だが最大の枷がなくなった結果、国王が暴走したのです」
「つまり今のクルジドはベビーシッターのいない赤子同然、と言うことか」
「ウサギを泳がせとく必要も無くなったと思われます、ここまで事態が悪化したら、後は武力でやりあうのみですよ」
演説から六時間後
リラビア魔法国大使館
ゲート前に何百もの軍勢が集り、口々に怒鳴り声をあげていた
暴徒の重圧に押されるゲートをリラビア兵が必死になって抑える
その後ろには防弾盾を構えた完全武装のリラビア兵が20名、整列していた
「まずいですな、ゲートが突破される前に脱出しなくては……」
ハリス特務大使がカーテンの隙間から外を眺める
「外務卿、なんとも最悪のタイミングで来てしまいましたね」
「ええ、まったくです」
そう言ったのはリラビア魔法国外務卿のリンカルである
茶色いミミズクの羽根を生やした鳥系亜人の彼女は翼を小さくたたみ、ため息吐いた
此度の非常事態、外交危機であると感じたハッシェル女王は外務卿という外交筋の大将を動かした、それほどリラビアは和平交渉に本気であると姿勢を示したつもりだが、それが裏目に出たのだ
「覚悟はできている、だが最善をまだ尽くしてない。我らはまだ祖国のために働く、そのためにも、生きて帰るぞ!」
「はい、心得ております。既に大日本皇国大使館に救援要請を出しています」
「素晴らしきは良き隣人か、それと外の兵士に徹底させろ。こちらから発砲するなと、改めて伝えろ」
「わかりました!」
従兵の一人が外へ駆け出していく
「私の分のヘルメットをくれ、監視カメラの映像は途切れさせるな、一分一秒記録しろ!」
その直後、外から銃声が響いた
「ッ!?」
群衆がまるで海を割る聖人のごとく、円形に離れ、中心に取り残された一人の女性が血飛沫と共に倒れた
「……なんと」
銃声は一発のみ、外に出ているリラビア兵の銃は全員ホルスターにしまった拳銃のみ、発砲は明らかに暴徒側からの発砲だった
だか、それは冷静さを欠いた暴徒達には通用しなかった
再びの怒声と共に門に詰め寄った
血を流した女性を抱え上げ、鉄門に体当たりする
それだけでなく、門の隙間に槍を突き立て、門を押さえていたリラビア兵を斬りつけた
「外務卿、分水嶺は超えました、発砲許可を!」
「…ぬぅ、だが……」
リンカルは迷う。彼女は開戦初期から外交という平和的解決をする為に身命を賭して来たのだ、ここで市民に銃撃を加えるということはその十数年の努力を捨てるという事だ
「外務卿ッ!ご決断を!」
「……警告を、敷地に入ったら発砲すると警告せよ、その記録は確実に残すのだ」
「…かしこまりました」
ハリス大使もリンカルの血も滲む努力を知っている、だからその指示にしたがった
リンカルは奥歯が割れんばかりに歯を食いしばった
「アルファチーム全員集まったか!?」
ストーン大尉がハンヴィーの前で集まったメンバーを前に話し始めた
メンバーは十人、全員が銃火器に防弾チョッキと完全装備だ
「リラビアの大使館が襲われた、既に暴徒は正門を突破し、籠城戦に移行してる、アルファチームはハンヴィーでリラビア大使館に急行、大使達を連れ出す、質問は?よしいくぞ!」
ストーン大尉はそういうとハンヴィーに飛び乗り、他の隊員もそれに続いた
ハンヴィーは機銃こそ乗せてないが、ケージ装甲のような金網を前部に貼り付けており、ある程度の強引な突撃はできそうだった
出撃するハンヴィーは3台、2台はケージ装甲で強化され、もう一台は荷台に大きなコンテナを被せてあり、数本のアンテナが飛び出ていた
このハンヴィーは皇国軍が導入した最新鋭の攻撃ドローン搭載型の火力支援用ハンヴィーであり、車内で一度指令を出せば86機のドローンが時速30kmで飛び、マークした目標に60kgのC4と共に突っ込んで爆発するのだ
3台の車両はライトをつけず、街の喧騒に紛れるようにして走り出した
「なるべくでいい、目立たないように走れ」
「了解、中世ファンタジーの世界で、武装した男が四人乗り込んだハンヴィーですからね、静かにいきましょう」
運転手の孫軍曹は皮肉げに笑いながらそう言った、目立つなという方が無理な話だが、ストーン大尉も指揮官として無駄な戦闘を避ける為にも言わなければならない一言だった
ハンヴィー三台はクルジドの入り組んだ道を走る、時刻は夜中の八時、既に辺りはとっぷりと暮れ、暗闇に支配されていた
カンテラや松明を掲げたクルジド兵が騎馬に乗り、あちこちを駆け巡っている、そこで完全武装の皇国兵が見つかるのは不味いのだ
たったの600m、ハンヴィーなら一分もしないうちに辿り着ける距離だが、あちこちを駆け巡る人々を跳ね飛ばすのは火に油を注ぐ事になる
「マズイぞ、奴ら大使館に火を!」
だが注がれる油は代わりに大使館を燃やしていた
「急げ!B地点から入るぞ!」
ハンヴィーを大使館から少し離れた広めの路地に止め、兵士が飛び降りる
「偵察ドローン射出、映像良好」
「レイトン、一人連れて向こうの路地を見ろ、孫は一人連れて反対の路地だ、残りは俺と着いてこい!」
「了解!」
ストーン大尉は路地にある地下室の扉を蹴り開け、中に入る
中は違法経営と思しきバー、外では殺し殺されの戦いが起きてる中、そこにいる人々は酒や薬に明け暮れていた
その中、バーのマスターはストーン大尉達を見ると顎で奥をさした
ストーン大尉も軽くうなづくとカーテンで仕切られた一角へと雪崩れ込んだ
入った先の部屋のソファを動かすとそこには強引にぶち抜かれた大穴が空いていた
「殿二人、残れ、いくぞ」
ストーン大尉達は迷う事なく穴に入りトンネルを進む
着いた先はリラビア大使館の一画、植え込みで死角になっている箇所だ
「いくぞ、発砲は最小限に」
ストーン大尉はヘッドマウントディスプレイを下ろし、電源を入れた
画面の右端にはリラビア大使館のマップ、左端には上空からの観測ドローンの映像が映る
植え込みをかき分け、各方向を警戒しながら早足で駆ける
首から掛けたガスマスクをつけ、窓を叩き割り、室内へ侵入。扉を細く開け、鏡で各方位を警戒、廊下へ出る
《大使、並びにリラビア国外務卿は一階のセーフルームにいる、火の回りが早いので急げ》
《ちくしょう、なんて熱さだ!》
「全員離れるな!」
燃え盛る扉に手近な椅子を投げつけ、壊れた所へ飛び込み、セーフルームの入り口を蹴り開ける
「大使!お迎えに参りました!大使ッ!ゲホッ!」
するとセーフルームの扉が開き、汗まみれのリラビア兵が現れた
「警備隊のリックです!大使と外務卿は無事です!早く脱出を!」
「わかっている!行くぞ!」
生き残った警備隊にカバーされながら大使と外務卿が窓の外に出る
「後退するぞ!」
その直後、侵入してきた地下通路が爆発した
「なんだ!?」
《大尉!バーの連中が裏切りました!地下通路は爆破!殿二名は脱出しました!》
「くそッ!レイトン!孫!迎えにこい!強行突破だ!」
《了解向かいます!》
「松尾!攻撃ドローンを全部出せ!進路の邪魔になりそうなクルジド兵を蹴散らせ!その後殿と共に撤退しろ!」
《了解!蹴散らします!》
無線を切ると、ストーン大尉は膝をついてえづいてるリラビア警備兵に詰め寄る
「武器と戦える人数は!?」
「ここにいる6人、のみッ、です!武器は、拳銃、のみ……」
「オーケー、お前らは大使の安全のみ考えろ、ハンヴィーの到着まで持ち堪える、そこの岩場を防衛線にしろ!急げ!」
景観用の岩場に機銃を据え置き、岩場に半身を隠した兵士が張り付く、あっという間に即席ながら撃退用の陣地が出来上がった
「急げよ!ドローンの支援までもうすぐだ!」
「接敵ぃーッ!」
その直後、据え置かれたMk48とM4カービンがマズルフラッシュと共に弾丸を吐き出し、近づいたクルジド兵に弾丸が突き刺さった
「後方警戒!」
木々や地面に張り付くようにして銃撃を開始、リラビア警備兵の武器を奪った暴徒をあっという間に撃退した
「落ち着いて狙え!レイトン、いつ頃だ!?」
《今から強行突破します!》
その直後、正門の方向から連続した爆発音が聞こえた、ドローンによる爆発だろう
「もうじき到着だ!誤射に注意!」
大使館の敷地はランニングには向いてるほどの広さとはいえど、軍用車なら一分とまたず、往復出来る距離だ
「大尉!来ました!」
「よく来たレイトン!全員乗り込め!」
リラビア兵を詰め込むようにハンヴィーに押し込み、すぐさま走り出す
植木が燃え盛り、辺りには死体があちこちに落ちていた
「地獄だな」
ストーン大尉が呟き、リンカル外務卿やハリス大使も外を見る
「もはや、平和的外交は…不可能……クソッ!」
折り重なるようにして死んだリラビア兵とクルジド兵を見て、リンカル外務卿が涙を流し、ハンヴィーのドアを殴りつけた
「リック、どうしてこのような惨状になった?」
ストーン大尉は傍にいるリック警備兵に聞いた
「門が突破された後、クルジド愛国義勇会だか騎士団とかいうよくからん集団が現れて、民衆をたきつけ、最初に撃たれた女性を我々が治療する間も無く襲われ、後は……」
「そういうことか……」
ヘルメットを外し一息つく、燃え盛る建物に入ってから被りっぱなしだったからだ
「話に聞いていたクルジド国の過激派か、厄介だな、容姿の特徴は?」
「わからん、白い装束つけていたくらいしか覚えてない」
「オーライ、戦えそうか?」
「我々もあの戦争を生き残ったんだ、武器さえあれば戦える」
「よく言った、本国から救援が来るまで少なく見ても十時間は掛かる見込みだ、敵は暴徒ばかりとはいえ人手はあるだけ欲しい、働いてもらうぞ」
「任せてくれ」
リックを始めとしたリラビア兵の目は活力にあふれていた
共に戦った仲間の殆どの遺髪すら回収することが出来なかったのだ、復讐でもなんでも、とにかく戦う事に飢えているのだ
やがて大日本皇国大使館に到着、ハンヴィーが入るとすぐさま門が締められる
「補給を頼む!それとリラビア兵に武器を渡してやれ!」
ストーン大尉が怒鳴り、B棟に入っていく
「アブラハム中尉、状況は?」
「最悪です。街のあちこちで決起集会が行われ、もう数時間もしたらここに押し寄せてくるかと」
「迷惑な連中だ」
ストーン大尉が冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出し、一気に半分近くを飲み干す
「防衛体制は?」
「外周のライトと電流鉄線のスイッチを入れました、大使館に残った兵員は全員A棟とここに詰めています、機関銃を一丁とスナイパーを配置し、現在武器弾薬の分配と機密情報の破棄を優先させています」
「じゃあ我々外出組はB棟、リラビア兵を運搬に向かわせよう、近くで何か動きはあるか?」
「ライトが眩しいと苦情が入りました、もうじき日が落ちて暗くなるので、無視しました」
「上出来だ、敵は近いぞ、ドローン兵は?」
ストーン大尉とアブラハム中尉は大使館の見取り図を前に矢継ぎ早に話し、防衛体制を纏める。その間もレイトン軍曹は黙々と弾倉の入った弾薬箱を机に並べる
「バッテリーと弾薬の補給中です、五分もすれば全機稼働出来そうです、頼りになるんでしょうか?」
「無いよりマシだろう、本土からの増援は?」
「即応部隊が向かっています、一番早いのは最前線のレッドバック基地から来る対地攻撃仕様のUAV二機、道中空中給油しつつ来るので、到着は四時間後になります」
「オーライ、コイツで操れるってわけだな」
ストーン大尉が専用タブレットを持ち上げる
「独り占めしないでくださいよ?」
「わかってる、順番だよ」
画面を点灯させ、正常に動くことを確認したストーン大尉はタブレットをダンプポーチにしまった
そして空の弾倉を机に放り、誰かが作った新しい弾倉を取り上げる
「非戦闘員には安全な箇所から弾の補充や怪我人の手当てに回ってもらう、暴力沙汰は俺たちの仕事だ」
「わかってますよ、何かあったら逐一連絡します」
二人は最後にグータッチを交わし、それぞれの位置に戻った
「我らはぁ!クルジドの末を憂う民達の代表!クルジド愛国騎士団、代表の、ハブルクである!大日本皇国の者どもよ!門を開けられよ!」
奴は来た、噂通り、白い全身を覆う外套に顔をすっぽりと覆うに顔を隠す白い被り物に額の部分には金色の月下樹を模した装飾にアラヒュト教のシンボルが付いている
「まずは要件を聞きましょうか、ハブルクさん」
守衛室の側に土嚢を積み上げていたブライトン一等兵は首にかけたタオルで汗を拭い、そう切り替えした
「要件はこの建物の長に直接話す!門を開けよ!」
「あのね、ハブルクさん。ここは大使館なの。偉い人に会わせてくれって言ったからはいどうぞとは行かないの」
「貴様!私を中に入れない気か!?」
「当たり前でしょ!まず大使に会う約束を取り付けてください!」
「では要求を変えよう。中にいるリラビア人を引き渡してもらいたい」
「余計ダメです」
「なにぃ?」
その直後、ハブルクの後ろの男が腰に下げた剣の柄を握り、ブライトン一等兵の後ろの兵がライフルを拾い上げた
「貴様、今何と?」
「我が国の大使館に居る人を無条件で差し出せと?到底飲める話では無い、私ならそんな危険人物、二度と門を潜らせないね」
ブライトン一等兵とハブルクが睨み合う、ハブルクは覆面て顔が見えないが、眼は真っ直ぐブライトン一等兵を睨みつけていた
「それは、我らへの、挑戦か?」
「いいや、おたくらの国王とすぐに会えないのと一緒だ、とにかく言えることは、今日はお引き取りを」
「……その言葉、後悔するぞ」
そう呟くと、ハブルクは立ち去った
「正門より報告、敵の宣戦布告だ、奴ら動きが早いぞ」
《了解作業を中断、大使館内に避難しろ》
陽が落ちた夕暮れの曇り空には燃え上がる街の赤が映し出されていた
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