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開幕の狼煙

クルジド国

首都 ハーファル


クルジド国を統べる王、ベラディータは執務室で政務に明け暮れていた


クルジド国は隷属の首輪による他国民を虐げ、純クルジド人を厚遇する極端な階級社会。国の長であるハルディークの命令は絶対、アラヒュト神の地上での姿、現人神の言葉は絶対。故にベラディータが望むものは全て差し出されるのだ


それ故、ベラディータは内乱の兆しがある占領国を()()し、ムルテウ大陸征圧に向けて順次送り出していった


だが結果はどうだ。送り出している船団は軍船や投入物資含めて悉く壊滅。既に徴収した国では餓死者や疫病が流行り出している始末だ


「穀倉地帯や重要資源が無い国であるとはいえ、流石に国四つは惜しいことをしたな……」

ベラディータは息を吐いた。リラビア魔法国の第一皇女と大日本皇国の皇子を同時に暗殺する計画も失敗に終わっている、あの二人を同時に始末するほどの混乱を生めば隙をついて効果的な攻撃ができた物を……


「まぁ、過ぎたことだ。大日本皇国には小手先の諜報戦は通用しないということがわかった、皇国の皇子とリラビアの皇女両名の暗殺が失敗となると、いよいよ考えを変えなくてはな」

ベラディータは席から立ち上がり、窓の外を見る。季節は実りある夏が終わり、やがて冬になろうとしていた


「残り二人になった諜報員には引き続き内通者と接触してもらうとして、問題は今後の方針だな」


クルジド国にはいくつかの道がある。ムルテウへの侵攻をやめて国力の回復に努めるか、引き続きムルテウに侵攻するか


(ムルテウとは魔獣がいる海を渡らないと詳しい情報が掴めない、故に海上で敵がこちらの軍艦を皆殺しにしているのは確かだが、証拠がない。証拠も無しに殴りかかるのは奴らの思う壺、何より植民地国の協力も得られづらくなるし、皇国に付け入る隙に繋がりかねない……だがこのまま無理な上陸を続けても我が国が干上がるのみ、どうするか……)

思考の袋小路に入っていた。行くも地獄引くも地獄だった


クルジド国の経済は簒奪により成り立っている。征服した国から富と軍事力を吸い上げ、そして次の国を征服する

他国の経済力を丸ごと奪い取り、体力が無くなり、残った国民を戦争に投入、そのような口減らしのような形で巨大な帝国を築き上げたのだ


(今更引き返すことはできん、国の形態を変えるにしても時間が経ち過ぎた。こうなった以上、何か別の手を考えなければ……)

ベラディータは執務室のデスクの前にあるソファをチラリと見る。四人がけの豪勢なソファ、本来そこに座っている筈の腹心の男、ウォルガンはいない


「やはり、奴を最前線に送ったのは早計だったか、いや、余に間違いはない」

そう呟くと書類にサインを書き込み、席を立ち、窓の外を気晴らしに眺める


「奴らと我らでは戦いの価値観が違う。我らの戦は聖戦、だが奴らの戦いは、まるで……」

視線の先にはクルジド国の一角、リラビア魔法国と大日本皇国の大使館がある建物が見えた


「法と倫理に則った、遊戯。奴ら、戦いにルールを決めていいたな、確かセンジコクサイホウとかいう、だから大使館を設置し、わざわざリスクを冒してまで我らにムルテウ上陸を通告してきた」

ベラディータは思考を進める。各大使館には武装したリラビア兵と日本兵が詰めており、それらの建物の堅牢さと大きさは元からある周りの建物とは一線を画していた


「と、すると。奴らのルールを破らずにバレなければ、あらゆる戦闘が合法化され、無かったことになる」

ベラディータは頭を掻きむしる。子供の屁理屈のようだ


(敵はおそらく、ムルテウ大陸を掌握しつつあるはず、その目的はなんだ?)

空を眺める、帝都の空をクルジド軍のドラゴンが飛んでいく、そのドラゴンを追っていくとハーファルの外れ、大昔に取り潰されたクルジド国貴族の屋敷が見える、そこに掲げられているのはリラビア魔法国と大日本皇国の旗だ


「ムルテウに上陸した先遣隊を餌に、我が国の戦力を削ぐ気か」

その考えに至ったベラディータ、するとムルテウ大陸に侵攻する部隊が悉く全滅した理由も納得した


事実、植民地国四つを餓えと疫病で滅ぼし、クルジド国の経済はガタガタになっている

天空の覇者のドラゴンでさえ、餌を食わねばいずれ地に落ちる。クルジド国は今まさに落ちようとしてるドラゴンそのものだ


「そうなると、次は我らの正義を示すべきか、ルールに縛られた戦争をする大日本皇国、ならばそのルールに則ればいかなる理不尽も受け入れるはずだ」













数ヶ月後

リラビア魔法国 某所


「約束の品だ」

一人の皇国兵がガレットの飛び出たパンの袋を隣のベンチに座る男に渡した


「……確かに、受け取ったッス」

もう一人の男、クルジドのスパイの"クラウン"は袋を胸に抱える


「アンタも好きもんッスね」

しかしクラウンの軽口を無視して皇国兵は腕時計をチラリと見ると立ち上がった


「デートでもあるんスか?」


「……時間だ、二分もオーバーしてる」


「律儀な奴ッスね」


二人は別々の方向に向けて歩き出して行った














数日後

リラビア魔法国 クルジド国大使館

ベンゼルフ特務大使


クルジド国に日リ両国の大使館ができたように、リラビア魔法国にもクルジド国とその属国とも呼べる国々の大使館が作られた


これらは停戦協定に組み込まれた正式な条約であり、大使館経由で組み上げられたネットワークによる情報伝達や大日本皇国がもたらした恩恵は各大使達を驚愕させるのに十分だった

ちなみに協定の中には各国大使館の建設は防諜の為それぞれの国が主導で建設する決まりになっている、そのため発展するリラビア国の中で、異彩を放つ木造三階建ての建物があるという不思議な光景が広がることになった


「……つくづく、恐ろしい国だ」

ベンゼルフ特務大使がエアコンの効いた執務室で書類を片付けていた

エアコンだけじゃない。コピー機にテレビ、一部職員はパソコンすら使いこなし、業務を遂行してる


この大使館に赴任して早くも一年と少し、最初は野蛮な敵地に放り出され、遠く離れた土地で八つ裂きにされるのかと戦々恐々としていたが、実際は冬でも快適な職場環境に便利な事務機器、街は上下水道に街灯、迅速な移動の助けになる電車や高速道路を完備、露天や大日本皇国の企業が展開する店々が提供する美食の数々、クルジドにいた頃からは想像もできない贅沢の数々だ


「これじゃ、故郷に帰ったら妻に別人と言われそうで怖いね」

事実、体重は増加の傾向にあり、肉付きがだいぶ変わっている


「ベンゼルフ特務大使、本国より荷物が届いてます」


「うむ、そこに置いといてくれ」

置かれたのは一抱えある段ボール、秘書の手つきからするとさほど重くは無さそうだ


「なんだろう、重要書類か?」

訝しみながら箱を開けるベンゼルフ特務大使





その直後、黒煙が立ち上りクルジド国の大使館は倒壊、炎上した














「号外!クルジド国大使館がテロリストにより爆破!号外だよぉ!」


「爆発の規模からして炎の上級魔法以上は確実!大使以下職員は全員死亡!」


「リラビア魔法国の宣戦布告の前触れか!?号外だよ!」


クルジド国にも新聞というものはある。元は教会の神父が手っ取り早く神の教えを広めるために毎週発行していたのが始まりだ

活版印刷が発展し、やがてそれらは教会のミサの日程、出生した赤子の名前、商店の広告などが載り、やがてアラヒュト教の顔として教会が印刷するようになった


そしてそれらは時としてこのように重大事件を周知することにも使われる


当然、それは当事国であるリラビア魔法国でも知れ渡り、急遽リラビア魔法国と大日本皇国の重要人物で会議が開始された


「休戦してからまだ一年、なのに爆破テロとは……」

大器が頭を抱える、手元の資料には木っ端微塵になったクルジド国大使館の写真とリラビア国家憲兵が調べた捜査資料が広げられている


《戦争再開の口実にはもってこいです、現に国境付近の要塞線からも敵軍集結の報がされています》

リラビアを統べる女王、ハッシェル女王がそう告げた、ちなみに二人はテレビ画面越しにオンライン会議のような形で会話している、やはり直接出向く必要がないのは楽でいい


「一応聞きますが、貴国にクルジド大使館を粉微塵にしたがってる過激派の存在は確認されていますか?」


《妾は把握しておらぬが、そのような存在は皇国との共同作戦で殲滅した。今では厳しく取り締まっているし、皇国製の軍用爆薬を手に入れるような輩がいれば、即逮捕からの処刑よ》

ハッシェル女王の言葉は最もだ。以前クルジド国に内通したリラビア軍将校の件以来、不穏分子の摘発に力を入れ、リラビア魔法国も順調に独裁国家の道を歩んで行っていた


これは良いのか悪いのか意見が分かれるかもしれないが相対する敵対国の強大さを考えると、多少の理不尽を受け入れないとやっていけない所もあるのだ


「貴国の我が国に対する協力関係や信頼も理解しています、その言葉信じましょう」


《うむ、しかし使用された爆薬が皇国製の物だと聞いた、それに関してはどう考えておる?》


「我が国の見解としては、クルジド国の自作自演の可能性が高いです」


《やはりか》

ハッシェル女王も納得が行ったようにうなづいた。クルジド国の陰謀の大半は自作自演、自分たちで蒔いた種を大きく燃やして大義名分を得る事が多い

事実、クルジド国でばら撒かれる新聞には【皇国製の爆弾か使用された】という文言が多く挙げられている、大使館以外の通信網を擁さないクルジド国にしては異例の情報伝達能力である


《露骨に皇国式のルール仕かけの戦争とやらに乗ってきた証拠だろう、おそらく敵は何かしらの譲歩を迫ってくるぞ、対応は考えておるのか?》

ハッシェル女王が聞いてくる。今回はリラビア国内で起きたテロだが、使われた爆薬が皇国製の物であり、リラビア国としては完全に蚊帳の外、この質問は当然といえた


「自分たちが決めたルールである以上、ルールに則って我々の潔白を証明します。向こうがそれを受け入れるかは疑問ですが、自作自演の可能性がある以上、勝率は高いです」


《出来るのか?》


「具体的にいうのであれば()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そこを突いて時間を稼ぎ、首謀者を引っ捕まえ、正義を示します」


《わかった、外交ルートを通じて貴国の意思を伝えよう、クルジドからどのような答えが出るかは分からんがな》


「構いません、向こうもすぐにドンパチするとは思いません、継続してクルジドの力を削ぎ、内乱の種を撒いていきます」


《お主も悪よのぉ》

ハッシェル女王も悪い笑みを浮かべる


《時に、大器殿よ》


「なんでしょう?」


《娘の件だ、女王として、そして一人の母として礼を言う、ありがとう、娘を助けてくれて》


「……いいえ、経緯を考えればリビーさんの首輪の件は我々の過失、むしろそのように仰ってくださり、肩の荷が降りたようなものです」


《大器殿の存在が、娘にとって大きな影響を与えてくれている、良い意味でな》

ハッシェル女王がニヤリと笑う。大器は無意識に目を逸らす


「クルジド国の情勢はコントロール出来ています、現地工作員と大使館組は現地勢力とだいぶ打ち解けているようです」


《実に頼もしい事だ、我らでは国内の安定に手一杯だが、貴国は、強大な力と存在をもたらした、だが……》

ハッシェル女王は口を閉じると大器の目を見ていった


《頭がいくつもある多頭竜は必ず頭が別々の方向を向く、巨大だとより、足元のウサギが見えなくなる、かつての我が国もそうだった》


「……肝に銘じましょう」

何十年に渡り、大国クルジドと渡り合い、国を納めてきた女王の言葉は、とても重かった











「はい、こちら第四広報室」


《鉄の意思を砕け》


「……かしこまりました」

橘少尉は電話を戻し、パソコンに向き直る


入力途中だった新兵募集のポスターの文字を書き換えた


文字は皇国が正式言語として採用してる英語の他にもリラビア語、クルジド語の3ヶ国で書かれている


水面下の戦いは、いよいよ最終局面に近づいていったのだった

皆様お久しぶりです。ワクチン接種の副作用でひぃひぃ言ってました、ご意見ご感想お待ちしてます

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