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スパイの暗躍に御用心

大日本皇国 土城市

総統官邸


大日本皇国の中枢を担う大器の居城たるこの総統官邸は常に二人一組の警備兵が6組巡回し、複数の監視ドローンと警報機が目を光らせる現代の要塞である


軍学校の近くにあるその建物だが今日はあちこちに兵士や装甲車が止まり、総統官邸への道路を封鎖していた

その監視の目は勿論地下送電網や下水道にも光っていた

空も地上も地下も、あらゆる所を警戒していた


だが、暗殺者達は確実に迫っていた












「CP、こちらオメガ7、定時報告、異常無し」


《定時報告了解、引き続き警戒されたし》


「ちくしょう、交代まであとどれくらいだ?」


「……40分」

深いため息が吐かれる。当然ながらどこの世界の下水道は臭い、汚い、気持ち悪いの3Kが揃った空間であることが多い。防毒マスクをつけているにも関わらず、臭いは貫通してくるため汗で蒸れた顔面と下水の匂いのアッサンブラージュはまさに絶頂を迎えていた、背中に背負った酸素ポンベの中にも同じ臭いが詰まっているようにも思えてくる

憂さ晴らしも兼ねて足元をうろちょろするネズミを見つけると配管から勢いよく出る汚水目掛けて蹴り飛ばす遊びをしていたが、それでも暇は潰しきれない


「こんなとこ、クゥーバァーだけで良いだろうに」

そう言うと兵士の一人はミニガンを背負い、自動警戒モードで待機している無人四足歩行兵器のクゥーバァーの表面を撫でた


このクゥーバァー、大器がポイントを使って召喚した物ではなく、異世界の鉱物資源を使い、皇国本土の軍需工場で作られた物である

いずれはこのクゥーバァーのように大器のポイントに依存しない体制を作り上げ、国として運営していく、このクゥーバァーはその結果とも言える


だが、そんな事は今は関係ない。この劣悪な環境から早く出る事が彼らには最優先なのだ


その時、待機モードのクゥーバァーのランプが黄色から赤に変わった


「おい、クゥーバァーが何かを拾ったぞ」

そういうと左腕につけた端末を操作し、クゥーバァーか何に反応したのか調べる


「あぁ?ネズミに反応する設定はさっき切ったから、何だ?敵か?」

兵士の一人が怠そうにフラッシュライトをつけ、クゥーバァーの正面に向ける


「いや、映像じゃない、音響センサーが反応してる、えぇっと……」

端末を操作し、クゥーバァーが拾った音源の発生源を探す


「……そこの配管だ」


「はぁ?」

指さされたのは先程ネズミを蹴り入れた配管だ。ぽたりぽたりと茶色い雫が溢れている


「あそこから何かが這いずる音が聞こえたそうだ」


「へぇ、バジリスクでもいるのか?」

フラッシュライトを片手に例の配管へと歩み寄る


「ふぅーん、何も見えんな……」

フラッシュライトを向けるが配管の反対側と思しき鯖た配管しか見えなかった


ライトを下に向けるとさっき溺れたと思えるネズミが浮かんでいた


(アレ?そういや水が止まっているな、なんか詰まっていたか?)

反射的にもう一度、ライトを構え、ホルスターの拳銃に手を伸ばした


「ハァイ、こんに、ちわ」

直後、()()()()()()()()()()敵が銃を撃った


眉間を撃ち抜いた45ACP弾が頭蓋骨を貫通し、天井を通る配管に突き刺さる


脳天を撃たれた兵士が倒れると同時に配管から這い出たラミアの"キャラバン"は慣れた動作でもう一人の兵士の頭を撃ち抜き、クゥーバァーに襲いかかった


クゥーバァーも反撃しようとしたが、撃たれた二人目の兵士がもたれかかるように絶命し、ミニガンの旋回を邪魔したのが決め手だった


蛇の下半身が鋭くしなり、クゥーバァーを亀のようにひっくり返す

そこで攻めの手を緩めず、赤く光るクゥーバァーのカメラ部分に銃弾を叩き込み、そこへ炎魔法を叩き込んだ


「やは、り、たんたい、なら、かて、る」

ガバメントの新しい弾倉を交換し、ラミアの"キャラバン"は蛇の下半身を蠢かせ、下水道を進む


己の方向感覚のみを信じ、ラミアという特殊な獣人の感覚をフルに使い、バービートラップや巡回する武装ドローンを回避していく


やがてたどり着いたのは総統官邸の真下と思われる地点


「さ、て……」

キャラバンは深呼吸をすると口を大きく開ける。自分の体格より大きな動物を丸呑みする蛇のように、顎を外し、ほぼ180度の角度で口を開いた


そこへ自分の手を突っ込み、自分の身体に格納した()()を引き摺り出す


彼女がキャラバンと呼ばれる所以はこれである。真祖のラミアである彼女は蛇の下半身である自信の身体にあらゆる物体詰め込み、取り出すことができる。その物量は旅団(キャラバン)に匹敵するほどである


引き摺り出したのは一抱えほどあるドラム缶、表面には黄色でハザードマークが書かれている


奪われた化学兵器の最後の一つである


「さ、て……」

キャラバンはドラム缶に着々と準備を進める。淡々と














"ティーチャー"は巡回兵から奪い取った装備品を身につけ、()()()()()()()入っていった


時刻は午前二時、交替まであと四十分、一番集中力が切れてくる時間帯だ


ティーチャーには二つの武器がある。一つは読心魔法、人の心の機敏を瞬時に読み取る魔法

もう一つは()()()()()である


ティーチャーはただの人間、だが例えどのような場所でも()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これがティーチャーの最大の武器なのだ

これは生まれつきの呪いか祝福か。クルジド国に滅ぼされた国から見出されたこの才能を駆使して彼女はあらゆる場所に忍び込み、殺しを行なってきた


それらの武器を最大限に使いこなし、オマケに暗殺者が正面から入ってくるなどと思わない為、警備の兵士達もそこまで怪しく思わないのだ


「んっ、おいお前ッ!」

一人の兵士とすれ違うとすごい剣幕で呼び止められた


「ハッ!なんでありましょう!?」


「なんでありましょう?じゃない!貴様!」

憲兵の腕章をした女性に掴みかかられ、ティーチャーは手にしたライフルに意識を向けた


「銃の安全装置が外れているぞ!馬鹿者が!」


「えっ、あっ!?」


「ここは総統官邸だぞ!誤射防止の為、安全装置は必ずかけておけ!」

そう言うと取り上げた銃の安全装置をかけるとティーチャーに返す


「ハッ!申し訳ありません!」


「まったく……」

そう言うとその憲兵は立ち去った


(あっぶねーバレなかったか……)

ティーチャーは額を拭う。ティーチャーは亜人種ではない、普通の人間である為、こうして溶け込めているのだ

皇国兵は末端の兵士でもサングラス型の拡張ARグラスのHMDやHUDをつけている、その為顔が見えなくても違和感はない


(危なかった、本当に)

サングラス型のHMDを親指であげる


小さく息を吐くと、再び同じ歩調で歩み出す。緊張も無く、初めからここがホームだったように


(ふん、ザルだな)


検問をくぐり、総統官邸へと歩く建物の中まで入れば後はどうとでも紛れ込める


(室内で紛れ込めば、後はダンジョンコアを覚醒させて……)

手袋の下の指に嵌めたダンジョンコアのついた指輪、コレさえあれば


「……あれ?」

その時、ティーチャーは初めて気づいた。指輪をはめた右手、その右手には奪い取った手袋がはめられていたはずだ


「手袋が、無い?」

恐る恐る右手を見ると自分の右手があった。いつのまにか切り取られていたとかでは無い。手袋と()()()()()()()が無いのだ


「な、なんで……」


「探し物はこれかな?」

反射的に振り向いた、その直後しまった。そう感じた


振り向いた先にはニヤニヤと笑う先程の憲兵、手には手袋とダンジョンコアのはまった指輪があった


「安全装置のかけ忘れに、落とし物とは、全く皇国兵失格だな」


「……申し訳、ありません。それは私の落とし物で間違いないです」


「そうか、綺麗な指輪だが、結婚指輪かね?」


「は、はい。本土にいる、旦那との」


「失礼かもしれないが、旦那さん、いい趣味してるな。君のような合法ロリと結婚できるとは」


「失礼ですが、バカにしてます?」


「いやいや、そうだついでに、その旦那の名前を教えてくれないか?」


「え、えっと……」


「名前、は?」

HMDのガラス越しに、本来見えないはずの眼が、目線がティーチャーを貫く


「えっと、ゔぃ、ヴィクトリカ、です!」


「ほぉ、ヴィクトリカ、ふむ、確か南方戦線で名を馳せた優秀な狙撃手の名前と一緒だな、貴様の名前は?」


「は、はい、明里兵長です!名前はたまたまです!その方とは同じ名前ですが別人です!」


「そうか」

そういうとその憲兵は指輪をティーチャーに手渡した


「無くすんじゃないぞ」


「あ、ありがとう、ございます!気をつけます!」

右手に指輪をはめなおし、敬礼する


「……時に、貴様は指紋、と言うのを知ってるかな?」


「は?指紋、でありますか?」


「そう、人間の指に必ずついてる模様、一人一人違う形で、同じものはこの世に一つとない。この世界ではまだ大衆に認知されてないがね」


「……」


「皇国兵なら全員、指紋、虹彩、静脈などといったバイタル情報は必ずモニタリングされている。つまり迂闊に誰か死ぬと、即刻対応されると言うことだ」


「…………」


「下水道を警備していた兵士のバイタル以外にも地上巡回中の兵士のバイタルが途絶えた、つまり巡回中の兵士が殺されたということだ」


「……だとしたら、なぜ警戒体制に移らないのですか」


「私が止めているのだ。スパイの確証が得られるまで、な?明里兵長?消失したバイタルを辿るのは容易だったぞ?」


「ッ!」

もう無理だ。コイツは潜り込んだこちらの意図を気付いてる


反射的に銃を構え、安全装置を解除、トリガーを引いた


「ッ!?故障!?」


「言っただろう?バイタル情報は生存を確認してるだけじゃない、過去には鹵獲された武器で悪さをしてくる輩もいたからな、登録されたバイタル情報と相違がある時、銃には安全装置が自動的に掛かるようになっているんだ、本土の憲兵隊での試験運用だが、悪くないな、こうして愉悦感に浸れる」


「チッ!」

G36cを女憲兵に投げつけ、そのライフルの影に隠れるように毒を仕込んだナイフを投げた


「キヒヒッ!」

女憲兵は左腕をかざすと手の甲を中心に棒が現れ、その棒がくるりと一周回ると円形のパラボラアンテナのようなものが完成し、そのパラボラアンテナにG36cとナイフが弾かれ、女憲兵は反対の手でグロック18cを引き抜き連射する


「くそッ!」

間髪入れず地面に煙幕を叩きつける


展開された煙幕はあらゆるものの目を覆い、ティーチャーの姿を隠した


「くそッくそッ!なんでバレたんだ!ありえない!どうなってるんだ!」

腰からガバメントを取り出す。これは戦場鹵獲品なので使える


《これが科学だよ。科学があればなんでもできる。魔法なんてクソ喰らえだ》

耳につけたヘッドギアから先程の声がした


《君が偽装のつもりで銃を持ったのだろうけど、そこから君の指紋と静脈、さらにはヘッドギアから虹彩を採取した。そして指紋がピタリと一致したんだ、沈没した船の船長室から回収された銃弾の薬莢とね》


「うるせぇ」


《君が皇国行きの船でテロを起こし、大勢の人を殺してきた。その報いは受けてもらうよ》


「黙れぇ!」

総統官邸の扉を体当たりで蹴り開けた。後先は考えない。こうなったら一か八か


《地下下水道からガス兵器を漏洩させてダンジョンコアを活性化させる。その兵器は水溶性で水に溶けやすい、となれば行き着く先は、下水と繋がっている、トイレだ》


飛び込んだ最中、待ち構えていた兵士たちがライオットシールドで組み上げた防御陣が現れた


「チィッ!」

安全ピンを引き抜き、スタングレネードを投げる。閃光が全員の目を焼き、隙が生まれた


「シャァァァァ!」

ティーチャーの視界も焼けているが飛び込んだ瞬間、見えたトイレの位置は把握していた


「そこへ、そこに行けば、私の、勝ち、だぁ!」


ドアを蹴破り、部屋に駆け込む。次の扉を開けたら、もう


「させるかぁ!」

その直後、顔を殴られ、頭から壁にぶつかった


戻ってきた視界で相手を見る。リラビア軍の制服を着た狼の獣人だ


「オラ、テメェ、こっちは男子トイレだぞこらぁ!?」


「そう言う問題かよ」


「あの時の、憲兵ども……」


「船では世話になったな、まさか孤児になりすまして潜入してくるなんて、想定外だよ」

落としたガバメントを拾い上げ、クロウリー大尉がそのガバメントを突き付け、そう言った


「まぁ、歳をとっても見た目が変わらない種族ってのはいっぱいいるし、お前も先祖帰りってやつなんだろうか、まぁ、その辺は俺の仕事じゃないし」


「くそッ!」

右手に戻ってきた指輪を見る。よく見ると石の形が違う、偽物だ


「地下の別働隊にダンジョンコアを持たせなかったのはある種の安全装置、途中で暴発されても困るからって事だろう」


「全て、筒抜けか……」


「そういうこと、さてお縄を頂戴って事で」

クロウリー大尉は笑った。あの女憲兵と同じ部類の笑みだった













「そして、地下下水道には予定通り催眠ガスを注入、結果、敵国のスパイ2名を捕らえることに成功しました」

ミリア大将から手渡された報告書を眺め、大器は顔を上げた


「いいね、何名か兵が亡くなったのは、悲しい事だが、それでも彼らの尊い犠牲のお陰で、我々は最高の勝利を収めることができた」

大器はブランデーを傾ける、心は痛むが指導者としてはその犠牲も背負っていかねばならない


「ジャンヌ大佐曰く、時間はかかるがやがて情報を吐くだろう、と」


「ならば、大佐に任せようか、でムルテウの様子は?」


「順調です。ジワジワとクルジド国を絞り上げているようです、衛星からでも分かるほどに餓死や飢饉が横行してるようです」


「当然だ。クルジド国は他国を蹴落としその存在を糧に成長する寄生虫のような存在だ。占領して吸い上げる国がないと破綻してしまう、歪な国家」


「プラスが無いと破綻するのは普通の国ですが、あの国は巨大になりすぎた、それが弱点であり、狙い目、どれほど隷属の首輪とやらで国民を縛っても限界は来る」


「ローズ中佐に警戒するように伝えろ、それと空輸する物資の量も増やすんだ、炊き出しを行えばクルジド国の反戦感情も高まる」


「かしこまりました」

ミリア大将を見送り、グラスの氷を転がす


「大将にこんな秘書みたいな事させて良いんだろうか?」

以前、大器が秘書を雇おうとしたら保安上の理由で却下された。陸海空の三軍の指揮はそれぞれの大将に任せ、ミリア大将は本土の憲兵隊や駐留部隊の指揮をとっている、その合間を縫って大器の秘書紛いをしているのだ


「まぁ、いいか。働きすぎだと思ったら、命令で休ませようかな」

ウィスキーを舐めながら、書類を次々とめくっていく。今日処理するのはこの報告書ばかりでは無いのだ


「さて、このまま何事もなく相手が根を上げてくれたら、良いんだがな」


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