鬼畜の所業
コロモクの森で回収された蔦型魔獣、核となる種子を宿した生命を中心に蔦を這わせ、生命体を襲い、自らの糧にする
幼生体と呼ばれる初期段階においては魔獣に取りつかれた生命体が人型になり、自立歩行して襲い掛かる症例が確認されている
身体の全身を植物の蔦が覆い、目や口は黒く虚ろな空洞で、胸には種子が収まっている水風船のような皮膜がある
個体によっては人語を発し、人としての意識があるかは不明だ
生命体に襲いかかり、十分な量の栄養素が確保でき次第、人型は崩れ、核を中心に蔦の塊となり、引き続き、動体目標に襲い掛かり、種子を飛ばす。こうして蔦型魔獣は数を増やしていくのだ
「胸の皮膜を、撃つ!」
クロウリー大尉はベレッタを構え、引き金を引いた
発射された弾丸は蔦に覆われた人型を掠め、六発目が胸の皮膜を打ち破った
焦茶色の粘膜が勢いよく床に飛び散り、人型の蔦が波打つように暴れ出す
元が子供とは思えない量の体液を滴らせながら床を転げ回り、電池が切れたおもちゃのように突然動きが止まった
皮膜の中に溜まっているのは蔦型魔獣の栄養素、これを初期のうちに失うと、たちどころに枯れ果てるのだ
「くそ!」
悪態と共にベレッタの弾倉を抜き、ダブルカラムの弾倉に弾丸が入ってるのを確認する。予備の弾はそれほど持ってきていない
「ルーマン軍曹!生きてるか!?」
ポーチにしまったフラッシュライトを点灯し、辺りを照らす、大柄な獣人はすぐに見つかった
「な、なんとか……」
中折れ式のソードオフショットガンを持ち、同じように胸の皮膜を撃ち抜いたルーマン軍曹は震える手でショットガンに弾を差し込む
「もう一匹を探すぞ、早く潰さないと」
「もう一匹はそこです」
ルーマン軍曹が指差した方向にはモンブランケーキのように盛り上がった蔦の塊が蠢いていた
「もう一人の、船員が喰われました。アレはやがて周囲の生物を襲い、体液を吸い尽くしたのち、羽化します」
ショットガンのバレルを戻し、立ち上がるルーマン軍曹、だいぶ顔色が悪い
「だったら、早いところおさらばしよう。敵の目的を挫けなかったのは残念だが、まだ俺たちにやれることはある」
「と、言いますと?」
「艦橋にこの事を伝えて、護衛の駆逐艦にこの船を撃沈してもらう」
「なるほど」
「敵の真の狙いは、魔獣で一杯になったこの船を、大日本皇国本土に座礁させる事だ」
貨物室の水密扉を閉め、艦橋への道を小走りに走る
辺りでは悲鳴と銃声が響いている。船には非番や休暇で乗り込んだ兵士も大勢いる。銃声に混じって避難誘導の声も聞こえた
「この魔獣は他の植物に寄生して数を増やす。そんな物が皇国本土に広がれば、たちどころに人が住めなくなる」
大日本皇国には景観や防衛、防潮目的として多くの森林がある。島の七割を占める森林全てが人食いの魔獣となればその近隣に作られた軍事基地だけでなく、食糧や戦略物資の製造拠点、居住区、インフラ全てが失われる事になる
「皇国本土という戦術基盤を失えば、クルジドとの戦争どころではなくなりますな」
逃げ惑う人々をかわしながら、クロウリー大尉は拳銃を油断なく構える。今にも人に襲い掛かろうとしてる敵は胸の皮膜を撃ち抜き、無力化していく
「しかし、魔獣はどうやって持ち込まれたのですか。防疫検査をこの子達も受けたはず」
「オヤツのクッキーに、魔獣の種を混ぜたんだろう。x線検査してもクッキーの具材がなんなのかまではわからない。こちら側が知らないことが多すぎた、くそッ!」
皮膜を撃ち抜き、無力化した蔦型魔獣の塊に腹いせに蹴りを入れるクロウリー大尉
その蔦の中からくしゃくしゃになった皇国紙幣が出てきているのにルーマン軍曹が気づいた
「大尉……」
「……君達に、皇国を見せてやりたかったよ……」
皇国紙幣を元に戻し、クロウリー大尉は立ち上がる
「艦橋に急ごう!もう後十分もしたら皇国だ!」
「さっきから船が減速するそぶりがありません、何かあったのかも」
「軍曹、先頭に立て。この先、そのショットガンが役に立つ」
「了解」
艦橋へのタラップを駆け上り、操舵室の扉にとりつく
扉の両端に付き、クロウリーとルーマンはうなづく
クロウリーがドアを開き、ルーマンが蹴破った
「これは……」
「どうりで、減速も救難信号も出さないわけだ」
クロウリー大尉は銃をホルスターにしまい、喉を撃ち抜かれ、机に突っ伏した船長の死体を見て言った
「無線機と舵が壊されてます」
「ダメだ、逃げよう」
クロウリー大尉の決断は早かった。出来なければさっさと諦める、やれそうならとことん粘る、それがクロウリー大尉の美学だ
「誰にやられたのでしょうか?」
操舵室の現場を写真に納めながらルーマン軍曹は呟く。逃げると決めた以上、現場の証拠は可能な限り持ち帰るのだ
「さてな、銃とナイフを持った人間に襲われたのは間違いないな、足跡は、二人分。一人は小さい、子供サイズだ。もう一人は成人女性だろう」
血溜まりを踏んだ際の足跡からクロウリー大尉が推測を述べた
「銃は45ACP、ガバメントだな」
「決めつけは良く無いのでは?同じ口径と弾薬の銃はいくらでもあります、それに何故もう一つがナイフだと?」
「内腿を切られている船員がいる。ナイフを持った低身長の子供が内腿を切り裂き、膝をついた船員の喉を切り裂く、その後ろにいたもう一人が拳銃で他の船員を撃ち、座っていた船長の首も撃ち抜いた」
写真を撮り終えたクロウリー大尉が立ち上がり、外の景色を見た
「サブマシンガンだとしたら流石に船内には持ち込めないだろう、壁や窓にも弾痕が一発も無い、弾をばら撒くような武器では無いって事だ。入手が簡単で威力が強く、簡単な加工でサイレンサーをつけられる銃といえば、リラビア軍や戦場での鹵獲品として名高いガバメントだな」
拾った薬莢をビニール袋にしまい、大切にポケットにしまった
「……なるほど、その観察眼と洞察力、おみそれしました」
「じゃあ、見る物見たし行きましょう、流石に護衛もこちらの異常に気づいたようだ」
置いてある双眼鏡を机に戻したクロウリー大尉、視線の先には低空飛行でブラックホークがこちらへ向かってきていた
「慌てないでください!落ち着いて!」
「救命艇は十分足りてます!女性と子供が優先です!」
「男性は飛び込んでください!駆逐艦の内火艇がじきに来ます!」
「胸の皮膜を狙え!撃て撃て撃てぇ!」
船の甲板では乗り合わせた兵士と大勢の乗客で避難が始まっていた
「無理ヨォ!私ハ、泳ゲナイ、ノヨォ!」
「下にいる部下が助けてくれます!浮き輪を離さないで!」
「おかぁさーん!!!」
「どけ!私は貴族だ!この小舟は私が乗るのだ!平民は降りろ!」
「てめぇが降りろ!これは皇国の船だ!貴様の席はない!」
蹴り飛ばされた貴族や救命胴衣を着せられて海に落とされるラミアや獣人の人々の喧騒を背にベルトマン兵長は特大の悪態をついた
「せっかくの休暇なのに、こんな事に、なるなんてな!」
「ほんとだよ!全くお前はほんと疫病神かよ!」
「うるせぇ!オメェの方が疫病神なんだよ!」
西条訓練二等兵と宇佐美訓練二等兵の二人はお互いを罵り合いながら銃を撃つ。避難民が置いてった荷物を積み上げた即席バリケードにライフルを乗せ、歩み寄る蔦型魔獣の幼生体の胸の皮膜を狙い撃つ
「あんたら二人が揃って疫病神なのよ!いいから撃ちなさい!あーもう!なんでこんな時にテロに巻き込まれるのよ!」
ベルトマン訓練兵長が怒鳴りながら弾倉に次のマガジンを差し込む
「よっ!委員長の主人公!」
「巻き込まれ体質!」
「黙りなさい!着剣用意!よく狙えッ!」
ベルトマン訓練兵長のイライラは最高潮だった。目の前の二人をあの魔獣の群れに突っ込ませてもなんやかんや生き残りそうだから余計に嫌なのだ
「疫病神二人!避難民が逃げ切るまでここをもたせるのよ!」
「「アイアイサー!」」
だがとても頼もしい。そう感じた
モチベーションがとても下がっているので投稿頻度落ちます、ご容赦ください




