見えない存在
「撃て撃てぇ!弾幕絶やすな!」
憲兵隊は持てる火力の全てを投入し、蔦型魔獣の侵入を防いでいた
ライフル弾なら2、3発当てれば蔦は千切れ、後ろに引っ込むが、それを実現するには不規則に動き回る蔦を捉え、撃ち抜く必要がある
極限状態の彼等にそんな繊細な芸当は不可能。つまり、当たるまで撃つしかないのだ
「これを使ってくれ!」
G36cを投げ捨て、リラビア兵から渡されたMP40で新たに弾幕を張る
「早く!早く!魔法陣を!」
「くそっ!クソクソクソ!」
魔法に造詣のあるリラビア兵が必死の表情で蔦を剥がす。死角をつかれ、護衛の兵士か次々と蔦に絡め取られ、通路の奥へと引きずられていく
「あった!これだ!警吏補!ここですッ!」
「よぉし!」
その声を聞いたラピス警吏補はすぐに立ち上がると駆け出した
ハードル走のように脚を絡め取ろうと襲い来る蔦を飛び越え、かわしきれない蔦は燃やし、どんな体勢になっても脚を止めない
「すげぇな!流石エルフだ!」
「見惚れてないで!」
背中合わせになり、ベレッタとG36cを構えたゴールド少尉とクロウリー中尉は天井を這う蔦を次々と撃ち、引きちぎる
ゴールド少尉は何処から手に入れたのか、二丁のベレッタを両手に持ち、地を這う蔦に銃弾を次々と叩き込む
「装填!」
空になった弾倉を落とし、ホールドオープンしたベレッタ二丁を左手に纏めて持ち、右手に2本の弾倉を掴み、二丁同時に押し込む
「二丁拳銃とか、カッコ良いじゃないか!」
「ルーサー伍長の分です!弾を何処かで補充しな、キャアアっ!?」
その直後、蔦がゴールド少尉の足に絡み、ゴールド少尉を宙に逆さ吊りに釣り上げた
「ゴールド少尉!くそっ!」
G36cを咄嗟に構えるが、シースルーマガジンの中は空だ
「チッ!」
ライフルを投げ捨て、M29リボルバーを引き抜く
「セェッ!」
引き抜いたリボルバーを発射。続けて左掌でハンマーを押し上げ、もう一発
その動作を6回、硝煙や火花が消えない内に全弾撃ち尽くした
「グェッ!?」
蔦が千切れ、空中で投げ出されたゴールド少尉が地面に落ちた
「立て!少尉!」
落ちていたMP40を拾い上げ、リボルバーのシリンダーに入った空薬莢を払って落とす
「いつつ…チクショウ!」
「脚は平気か!?」
「どうにか!」
落としたベレッタを拾い上げ、瓦礫に背中を預ける
「無線をチェックしろ!再度救助を要請するんだ!」
「ラジャー!」
「クロウリー中尉!」
そこへ滑り込んできたのはリラビア兵だ。シュタールメットを脱ぎ、羊のような巻角を出した女性兵士
「ラピス警吏補が魔法陣の書き換えに成功しました!二十分したら魔法が発動します!後は脱出手段のみです!」
「そうか、ラピス殿はどうした!?」
クロウリー中尉がそう聞くとその女性兵士が振り向く
その視線の先には二人がかりで運ばれるラピス警吏補がいた
「体内魔力のほとんどを使い果たして、あの様です。もう一日は起きないでしょう」
「よし、お前、名前は?」
「モルフィです。ラピス警吏補の補佐です」
「よし、リラビア兵の指揮はお前に一任する、何とかあの入り口の蔦の山を焼き払いたい、出来るか?」
「魔力がもう限界なのです、これ以上やると、全員が警吏補のようになってしまいます」
「チクショウ、それじゃあ、ここに閉じ込められちまうってことか」
一瞬、リラビア兵の決死隊に強引に道を切り開かせる策も思い浮かんだが、すぐにその案は無しにした。クロウリー中尉の良心が痛む以前の問題だ
「中尉!増援が到着しました!一個ヘリ小隊です!」
「やったぜ!そうこなくちゃ!」
無線機を操作していたゴールド少尉が通信機を投げて寄越してきた
「こちらブラボー中隊!聞こえるか!?」
《こちらレスキュー1、麾下のヘリと共に貴隊の救助に来た》
「敵の勢力は圧倒的だ!地上戦力の増援はいないのか!?」
《安心しろ、とっておきの助っ人がいる、出番だ!降りろ!》
無線を切り替えることも忘れ、ヘリパイロットがそう言うと遺跡の天窓からラペリングのロープが落ちてきた
それを伝って降りてきた兵士は背中に巨大なタンクを背負っていた
降りてくるなり這いつくばるクロウリー中尉達を追い越し、迫り来る蔦に火焔を浴びせた
「陸軍第6工兵大隊より参りました、妹島大尉です、遅れて申し訳ありません」
敬礼と共にクロウリー中尉に手を貸す妹島大尉
「助かりました、妹島大尉」
「礼なら、脱出してからで結構です。負傷者は?」
「幸いなことにあそこにいるラピス警吏補だけだ。あと二十分したらここは魔法で火の海だ、急いでくれ!」
「了解した、レスキュー1、まずは担架を下ろしてくれ」
《了解した、すぐに下ろす》
しばらくすると海難救助などで使う負傷者釣り上げ用の担架が降りてきた
「急げ!警吏補を固定だ!」
担架に寝かされ、固定されたラピス警吏補、体内魔力の使いすぎで土気色の顔をしており、死ぬギリギリまで魔法陣を書き換えたのだろう
「想定してたより人数が少ないが時間もない。急いでくれ!」
《了解、次のハーネスを下ろす》
やがて降ってきた次のハーネス。あえて作られたハーネスの輪っかに妹島大尉達が持ち込んだカラビナを取り付け、自分達の装具のカラビナに装着する
軽く引っ張り、体重を軽くする為、武器や装備品をできる限り捨てていく
《上昇する!》
「上がるぞ!しっかり掴まれ!」
すると数珠繋ぎにハーネスに捕まった兵士達が天窓から吊り上げられ、脱出していく
「リラビア兵は全員出た、次は我々だ」
落ちてきたハーネスを掴み、手際良くカラビナを繋いでいく
「急げ!ボンベを全て破棄!急げ!」
中身が少なくなった火炎放射器のボンベなどを脱ぎ捨て、必死な表情で全員がカラビナを繋いだ
「全員捕まったな!まだのやつは!?」
「……大丈夫、全員います!」
クロウリー中尉や他の兵士も銃を撃つ手を止め、自分に確実にカラビナがついているのを確認する
「あげてくれ!」
妹島大尉が叫ぶとハーネスが吊り上げられ、兵士達が次々と空へと上がっていく
蔦が逃すまいと迫り来るが、クロウリー中尉はM29リボルバーに弾を入れ、ハンマーを起す
「部下達の仇だ、クソどもが」
身体が釣り上げられるジェットコースターのようなフワッとした感触と共に、身体が吊り上げられる
その直後、クロウリー中尉は目に止まらぬ速さで連射。弾丸は吸い込まれるように脱ぎ捨てられた火炎放射器のボンベに直撃、引火した燃料と気化した可燃性のガスが引火、結果大爆発を起こした
「よぉし!」
《こちらレスキュー4、全隊員を収容、これより安全圏へ離脱する》
宙吊りのまま、ヘリが飛んでいく。その直後、眼下の遺跡が赤く光ったと思うと巨大な火炎の竜巻が立ち上った
「……危なかった」
数日後……
クロウリー中尉はコロモクの陸軍総司令部に来ていた。先日の遺跡での戦闘の聴取である
「クロウリー中尉、わざわざご足労、ありがとう」
取調室の中、クロウリー中尉の目の前に座ったのは大佐の階級章をつけた男性
ぶくぶくに太り、皮肉めいた歪んだ笑みを浮かべた大男、その男は自らをジャンヌと名乗った
「そうそうに聞きたいことがある。彼を知ってるかな?」
そういうとジャンヌ大佐は一枚の写真を滑らせた。その写真に載ってるのは
「確か、ジャーヴィン二等兵です。あの遺跡で一緒になった陸軍の兵士です」
おそらく誰かのチェストカメラの映像を印刷したものだろう、ひどくブレているが灰色の迷彩服や顔の面影から確認できる
「彼は、ジャーヴィンと言ったのか、他になんと言っていた?」
「ええと、確か第五軍団所属と言ってました、任務は極秘で魔獣兵器を調査すると言ってました」
そういうとジャンヌ大佐はニヤリと頬を歪めた
「他の兵士からも同じことが聞けたよ。その上で君にのみ、この事実を伝えよう。あの作戦、いやあの地域一帯に陸軍は君たち以外の部隊を展開してない」
「……つまり」
「奴はスパイの可能性が高いのだ」
そう言われてクロウリー中尉は薄れていた記憶を振り返る
とても怯えて俯きがちな印象、新兵以上に銃の扱いに慣れておらず、最後の脱出の際は半分忘れていたが、魔獣に飲まれたと思っていた
考えてみればそんなド素人に秘密任務を任せるはずがない
「この写真は君が通路の外に見張りに立たせた兵士から回収したものだ。その兵士を殺したのは、このジャーヴィン二等兵だ、カメラの映像で確認した」
「なんと!?」
クロウリー中尉は驚くと同時に合点がいった。あの遺跡での戦闘はある意味奇襲に近かった。いくらある程度の知能があるとはいえ、完全武装の憲兵二人がなんの物音や抵抗もなく殺されるとは考えにくいと考えていたからだ
だが仲間だと思っていた奴から刺されたとあれば声を上げられないのもうなづける
「奴の生死は……」
「不明だ」
「クッソッ!」
クロウリー中尉は机を殴った。自分がジャーヴィン二等兵の違和感に気づけていれば対処できたかもしれない事態であるが故に悔しかった
「クロウリー中尉、我々諜報部もこの男を追っている、もし行き先が判れば教えてやろうか?」
「何故?」
「君はいい上官だろう。兵士としても優秀、一緒に仕事するのなら君みたいな男としたいものだと常々思っててね」
ジャンヌ大佐が手を組んで顎を乗せる。逆光と制帽のつばで目元は影になって見えないが口は笑みを浮かべていた
「時期が来たら連絡する、憲兵として仕事しつつ、簡単な仕事をしてくれるだけでいい」
「……わかった、個人的にだが協力しよう」
「助かるよ」
ジャンヌ大佐が顔を上げ、クロウリー中尉と握手した
口元の笑みとは裏腹に目は笑っていなかった
今年の投稿はこれで終わりです。皆さま良いお年を
どうか体にお気をつけて




